第七話
一年近くの空白となってしまい申し訳ありません
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「んじゃ、行くか」
「っん。おけ」
「てか紫音。 なんで親父死んでんの?」
「しらない」
廊下に出れば、俺と見事にペアルックになった紫音と床に沈む親父。
涙目になって腹を抑えているようにも見えるが、紫音が言うのであればそうなのだろう。
――大方、なんかウザがらみしたんだな。
まぁその応酬として愛娘の腹パンを貰っているのだとすれば、なかなかにバイオレンスな家庭にも思えなくはないがそれは今回は気にしないことに。
悲しき死体のことは忘れその横を抜け階段へ、
「お、紫音も陽葵も準備おっけい?」
「ん。 怜奈ちゃんごめんね。 待たせて」
「いいよ、どうせ陽葵が悪いから」
「...ひでぇ」
音で気付いていたのか、階段のちょうど降りたところで待っていた怜奈に声を掛けられれば、きれいに俺のせいといういうことで話はまとまっていく。
――解せん
「あ、そーいえばゲーム。 これにしよ?」
「ん、てか俺のスマホか!?」
「置いてったじゃん」
「あ、あぁね」
怜奈が見せてきたスマホの画面だが、それ以上にスマホ自体に完璧に覚えがあった。
見覚えも当然で俺のスマホだからなのだが、別段ゲームを見られて困るわけはない。さっきまで見ていたのだから。
問題は、おやすみでもマナーでもなんでもなかったスマホの状態だ。
いまだ遅れて、俺の恋愛相談にコメントを返してくれるフォローやFF外の皆さんがいるわけで、もしも通知を見られでもしたら死んでしまう。
「変な陽葵。 あ、エロ動画か!」
「ちげーわ」
「え、...きも」
「ふざけんな紫音」
「あー、ごめんごめん嘘嘘」
「ったく」
完全にふざけていっている怜奈に若干信じてるっぽくてめちゃくちゃに冷たい視線を送ってくる紫音。
最悪な流れではあるのだが、もっと最悪な事態は迎えていないようでいいのやら、悪いのやら。
「で、ゲーム何にしたんだよ」
「あ、そーそー」
なんとも言えない空気を変えるべくにそう切り出せば改めて怜奈がスマホを渡してくる。
「『配管工カートDX』か」
『配管工カートDX』は、配管工シリーズに幾つかのコラボが入ったレースゲームだ。
といっても、空き缶を投げたりスッポンを投げたりして相手を妨害するようなバチバチカーレースというよりかはワイワイゲーム。中には全国や世界といったランク戦をしている人もいるらしいが、おそらくそれは怜奈の狙いではないだろう。
「うん。 これなら紫音もできるでしょ?」
「え!? あたしも?」
「あ、紫音やだった?」
「ううん!! 私もいいんだって思って」
「当たり前じゃん、みんなでやろ」
紫音のことを本当に実の姉妹のように気に入っている怜奈のことだからこうして、あんまりガチガチのゲームをやらない紫音もできるものを選んでいるのだ。
「じゃ、じゃあお兄!」
「は?」
やけに爛々とさせた目で腕をつかんでくるものだからつい声を上げたが思いのほか態度の悪い言葉が出てしまった。
本来ならここでひと悶着なのだが、そんなことを気にしないのか紫音はこっちをじっと見上げてくる。
「今日これ買お!」
「....は?」
「怜奈ちゃんだけ買わせるのはダメじゃん」
「そりゃそうだけど」
もっともらしいことを言ってのける紫音。
ただ言っていることは間違いでもないが顔はそれだけではない様子だ。
そしてそれはやはりその通りだったらしく、少しいじけたような、恥ずかしそうに口を開いた。
「あと...通信とかしたいしあんまゲーム得意じゃないもん」
要はせっかく自分のできるゲームを怜奈が選んでくれたから一緒に遊びたくて、明らかな足手まとい感を出すのは嫌なのだろう。
――swett、俺のやつなんだけどな。
「......はぁ。 映画館ってあそこのイオンだろ?」
「うん」
「.......在庫あったらな」
「うん!!」
おそらく買うのは完全俺の自腹。
というか出されそうになったら流石に中学生の妹から小遣いなんてもらえない。
まぁ最近は何だかんだ一緒にゲームなんて言うことはやっていなかったからそれはそれでありだろう。
別段部活に精を出すわけでもなく、暇するぐらいなら感覚で働いているのだからその金を変に男友達の驕りに使うよりかはましだろう。
それこそ達也と飯でも行けば、なぜか大食い勝負になってものすごいお金が減るし・
「よかったね紫音」
「うん。 ありがとお兄」
「はいよ」
珍しくここまで素直な妹も見れたことだし。
「よし! 私もイオンで買っちゃお!」
そして、そんな紫音を見て意気込む怜奈。
「マジで!」
「マジマジ!」
――こりゃ当分はゲーム三昧だな。
―――
「なぁ、まだつかねぇの?」
「もうちょいだよ陽葵」
「お兄、足早い」
家から最寄りの駅に行き、電車を乗り継いで早数分。
JR松葉駅に降りれば、俺達を待っていたのは何とも時季外れな日差しの良さだった。
時季外れというかは、五月なので春日和が過ぎるというか、この時期にしては暑すぎるそれは、駅から扇方に伸びていくビル群の中で唯々熱量を上げて俺の体を熱してくる。
そんな熱波を浴びて動けば体はすぐにSOSをはじきだし、足取りは涼を求めて自然と早まる一方だ。
『イオンモール 松葉』
駅から徒歩20分なんていう謳い文句のその立地は実際には駅から若干の上り坂で実際はなかなか20分が難しい距離だ。
後は周辺に一つ城があるためか、傍になれば城下町が突如として近未来的な建物に切り替わるので、目視だけでもまだまだ道が続いていくのはわかる。
「そーいえば、ドーラエモンなんて映画見るの何年ぶりだろうね?」
「そうだな」
「小学校以来?」
「いや、中学校以来だろ」
「そっか」
「ねぇ、それって私も行ったやつ?」
「ああ」
さっきまで少し下を向いていた紫音が思い出したように言えば、怜奈の顔もああと思い出したようだ。
「紫音にドーラエモンポップコーン買ってあげたとき?」
「あと、めちゃくちゃ欲しがったバインダーもな」
「あぁ、あったあった! そのあと陽葵がお小遣いたんなくなって「いわんでいい」」
「ごめんごめん」
「そうだったのお兄?」
「気にすんな」
「うん」
あの時は、夏休みだったかで今みたいにチケットを親父からもらって怜奈と紫音と一緒に、当時紫音の見たがってたドーラエモンを見に行った時に映画館特有のアニメものポップコーンケースに紫音が一目ぼれしてしまったのだ。
普段あんまり、物とかをねだったりしないし一応ポップコーンもおかわりまでついているから、ケース付きのものを買ってあげたのだが、すべてはその帰り。
せっかくだからとお土産コーナーでボールペンやしおりでもと立ち寄った際に、
『お兄!! これ!!』
どうして映画館というのは時折年齢層の合わないグッズを作るのか。
小学生が持つにはやや早い、ドーラエモンの映画のイラストが描かれたバインダーを両手で掲げたそんな姿の紫音が目の前にはいた。
バインダーとして使いだす年になればなかなか憚られるキャラ物で、しかも映画物価でなぜかチケットの二倍以上するそれは今でも高く感じるが、中学生の俺にはもっと高く感じた。
というより、実際に高かった。
ただ財布には資金があった。
その翌週あたりの予定の新作ゲームを買おうとためていたため、資金としては潤沢だった。
そのゲーム自体も、怜奈とやる予定だったのもあり紫音と天秤にかけた末に、当面持ってるゲームで遊ぶことによって妹の笑顔を獲得したわけだ。
まぁ、あれをまだ紫音が持ってるかどうかは知らないが。
――――
「あ、お兄! 見えたよ!」
何回目かの信号を超えたときに紫音のそんな声が聞こえて視線を上げれば、視界の端っこにそれっぽいものが見える。
「いこ!」
「お、ちょ走るな!」
ようやく見えた目的地に走っていこうとする紫音を止めようとするも、
「陽葵! 早く早く!」
「なっ、この裏切り者が」
見事に一緒になって走っていく怜奈が見えそれはあきらめる。
なぜこんなに元気なんだろう。