表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第四話

 土曜日といえば、部活人は部活に行き、帰宅部民はバイトやニートに興じるそんな素敵な休日...

「陽葵ぁ......」

――のはずだった。

 暑苦しさに微睡む時間もろくになく目を覚ませば、開眼一番に視界に移り込んでくる怜奈の顏。

 呑気によだれを垂らして寝ている姿は完全に女を捨てているといってもいいだろう。

「んー、陽葵ぁ......」

「ちょ、抱き着くな!」

「陽葵ぁ......」

 何を思って抱き着いてくるのかはわからないが、寝ぼけるのも大概にしてくれ。

「お兄起きな.........失礼しました」

「まて、馬鹿妹」

 ノックもなしにひねられたドアから現れた、黒髪ロングのパーカー短パン女。

 年々怜奈の言うことばっか聞くようになってきた、中3の妹なのだが。

――それ、俺のお下がりか。

 なんだかんだ、お下がりを着ているのに好感を持たなくもない。

「うっさい、クソ男」

「ひでぇ」

――前言撤回。こいつはねぇわ。

「いや、昨日のは流石にないわ」

「........」

「じゃあ、ごゆっくり」

 そういってしたり顔で部屋の扉を静かに閉じていくが、

『おかーさん! お兄が怜奈ちゃんとベットで寝てた!』

『あら! ようやくね!』

『かーさん! ご挨拶に行かねば!』 

――あのバ家族が.......

 2階に位置する自室まで聞こえるこのバカ騒ぎに思わずコメカミを抑えようとするが、

――極まってる.......

 がっちりフォールドされた腕は一向に動かず、ただただ天井を見上げるだけに収まる。

 瞼を閉じて意識を徐々に沈めていく。もういっそのこと二度寝に更けてやる。

 どうせ起きてもロクなことがないのだから、寝るに限る。

 そう思って、視界を放棄し、思考も放棄したのだが。

「すぅ.....すぅ」

「うーん」

「んっ」

.......寝れねぇえええ!!!

 なんでこんな息遣いが聞こえてくるんだよ。

 本当に勘弁してもらいたい。

「はぁ」

 寝ることを放棄した頭で首を右に振れば床には綺麗に敷かれた布団が一組。

 そして、その上に綺麗にたたまれた女物の私服。絵だけを述べればいわゆる事後というやつなのかもしれないが、そんなことは一切ない。

 布団から覗く怜奈の肩を見れば、俺がよく知るジャージが見える。

――どうしてこうなったんだか...

 そんな後悔にも近い気持ちを浮かばせ、やけに冴えている頭が思い出すのは昨日の夜のことだ。


*********

「う、きもちわるぅ」

 馬鹿みたいに食った後の、軽いダッシュ。容量の限界に挑戦した胃が揺れる感覚に徐々に気持ち悪さを覚えたがだからといって足は止められない。

 22:49

 ポケットのスマホを取り出し軽くワンタップすれば表示された現在時刻。

――後三分あれば着くな

 目の前に見える、見慣れた公園を見つけ家までの時間を叩きだす。実際のところは本当になれから来る経験則なのだが間違いないだろう。

 少ない街灯で照らされた公園には当然人影などないのだが、何となく見てしまう。

 まだまだ、本当に子供だった時から遊んでいた場所をこの時間帯に見ると高野さんとの会話もあり感慨深い気持ちになる。

 暗がりで見えないが、あそこにある東屋に上って落ちたり、木に登って落ちたり。

 あと砂場に突撃したりと、今思えばかなりやんちゃというか、頭がおかしい行動をしていた気もするが、それも若さゆえだろう。今やったら死んじまう。

「っと、いくか」

 なんとも干渉に浸ってしまったが急がなくてはいけない。

 もう少し頑張れよ。胃袋にそう願掛けをして、また足に力を込めた。

 そこからは、もう立ち止まることもなく一定リズムで足を進めていけばすぐに見慣れた我が家が。


「ただいまぁ」

 小言の1つでも飛んでくるだろう。

 そう思って玄関を開けた俺に帰ってきたのは、

「.......陽葵」

「この馬鹿」

 泣きそうな怜奈の声と、仁王立ちした父親の言葉だった。

「れ、怜奈? どうして?」

「どうしてじゃないだろ? おまえと仲直りしたいからって待ってたんだぞ」

「は?」

――仲直り?

「いや、そもそも喧嘩」

「いいから部屋行って話してこい!」

「お、おう」

 身に覚えのないことに戸惑いしかないが、やたら気合の入った父親にそういわれたのでしぶしぶ玄関をあがり階段へ。

「あとでなんか持ってくから」

「お、おう」

「ほんとあんたって子は...」

 途中リビングから顔を出してきた母親が、あきれたような顔をして俺に言ってきたが、わけがわからない。

「さいてぇ」

 いざ部屋に入ろうとすれば、隣の部屋の扉がすっと開きそんな一言。

 いや、本当になんなんだよ。

「えっと、怜奈はいれよ」

「うん」

 あと怜奈も。明らかに余所行き用みたいな服装で凄い沈んだ様子で後ろをついてくるし、いったい何なのかもはやわからない。

 てか、仲直りってまず何なのか。そこがわからない。

 

 飾りっ気のないような俺の部屋に入れば、定位置と化しているセンターテーブルの廊下側にちょこんと座るが、いつものような崩した座り方じゃなくてまさかの正座。

――本当にどうしたっていうんだよ

 とりあえず、カバンから抜き取るものだけ抜き取りベットに投げ上着を脱ぐ。

 本当はここでスウェットやジャージに着替えたいが流石にそれをできるような空気感でもないことは伝わってくる。

「えっと、怜奈?」

 本来はここで、相手が言うのを待つのが望ましいのだろうがここまで情報も身に覚えもなければいつになるかわからない。

 何より、明らかな言いづらさを滲ませている その顔を見るに助け舟を出すのもありだろう。

 実際、助け船なのかはわからないが。

 俺の言葉に肩を震わせた怜奈は、うつむいていた顔を持ち上げ俺に顔を向けてきた。

「陽葵.....怒ってる?」

「何を?」

「わかんない」

「ん?」

 一体どういうことなのか一切わからない。

 俺が一切何を怒っているのか、怜奈もわかっていないとはどういうことなんだ。

「だって、今日なんか変だったもん」

「朝だっておかしいし、体育だって一緒にやってくれないし........ごはんの時はどっか行っちゃうし」

 涙声になってそう切り出した怜奈にすべてを理解した。

 つまり、俺の悩みを怒っていると勘違いしたのだ。

「あー.......怜奈?」

「.......ごめんね」

「怜奈?」

「私、馬鹿だからからかったりしたらますます怒らせちゃって......ごめんね」

 おそらく昼飯の時の話をしているんだろうがそれも怜奈の勘違いなのである。

 てか、聞いてる限り俺が満場一致で今回悪い。

「えっと、怜奈ごめん今日俺考え事してて。 俺が悪かった」

「考え事って彼女の事?」

「か、彼女?」

 突然予想外なことを言われ聞き返すが、怜奈の目はいたって真剣だ。

「ちょっと! 彼女って陽葵本当なの!?」

「本当か!? 陽葵!」

「お兄に彼女!?」

 ただ悲しいかな、そんな声と共に開け放たれた部屋の扉。

――こいつら聞き耳立ててやがった

「なにやってんだあんたら」

「それはこっちのセリフです! 怜奈ちゃんはあんたに謝るために22時過ぎても公園で待ってたのよ!」

「そうだぞ! 野崎さんから連絡来たんだぞ!」

「そーだそーだ!」

 一つ言ったら倍以上で返してきやがった。

――てか22時って何やってんだ

 もはや開き直った家族は俺の部屋を綺麗に陣取りだした。

 机の右サイドを両親が。対面を妹。

 そして左に怜奈が。

「で、お前彼女いるのか?」

「いや、いねぇから」

「本当なの?」

 なんというか頭の悪い会話になりだしたがそれが我が家なのである。

 ただそのおかげもあってか、怜奈は出されたお茶を両手に持ちながら俺のことを睨んでくる。

「バイト先の綺麗な人と付き合ってるんでしょ」

「はぁ? てか高野さんのことなんで知ってんだよ」

「え、お兄バイト先の人と付き合ってんの?」

「じゃあ、今日のご飯ってその人?」

 野次馬根性で体を机の上に乗る勢いで突き出してくる我が家の女二人。

「なわけねぇだろ。 てか本当になんで高野さんのことを怜奈が知ってんだよ」

「だって、一緒にお店から出てきてどっか行ったじゃん....」

「は?」

 なにが気に入らなかったのか、むっとしたような声で言われるが、言ってることは間違いなく今日の事。

 てかなんでそれを知ってんだよ。

「あんた、怜奈ちゃん謝ろうって、あんたのとこ行ったんだよ?」

「は?」

「うわ、それで女連れてどっか行くとかキモ」

「うざ」

 なし崩しに散々なことを言われるがおかげで少しはわかった。

 要は、怜奈が謝ろうとTATUYAまで来て俺が高野さんといるのをみて勘違いしたと。

 大方、それで謝るタイミングを逃しまくったってとこか。

「この馬鹿怜奈!」

「っつ! なに!?」

「高野さんとはただ飯いっただけだ!」

 頭上に軽く拳骨を落とせば強めに抗議の声が返ってくるがおそらくこれに関しては俺は悪くない。

――つーか俺に彼女できても気にするタイプじゃないだろ

 そんなことを思ったが、もしかしたらこいつも一番の友達って風に思ってくれてはいるのかもしれない。

「でも、陽葵が誰か女の子とどっか行くのなんて見たことないから」

「そりゃ、休みの度にお前と遊んでんだからそうだろ」

「で、でも,,,,,,,,わかんないじゃん」

 やけに突っ込んでくるが、本当に俺にそんな時間が最近あっただろうか。

 思い出すが、大抵怜奈やほかの男たちと遊んでいる。

 てか怜奈に関しては家でゲームやったりマンガ読んだりなんだが。

「とりあえず付き合ってるとかはないから。 今日はたまたま相談乗ってもらったんだよ!」

「相談?」

「そー! ほら散れ散れ」

 端的に弁明して、家族を部屋から追い出す。

 散々文句を言われるが文句を言いたいのは俺の方だ。

「ふぅ」

 追い出しに成功し、ため息を一つ吐けばどっと疲れが押し寄せてきた。

「陽葵....ほんとに付き合ってないの?」

「おう」

「ほんと?」

「ああ。 第一付き合ったら言うだろ」

「そっか」

 少ししつこさもあるような質問に答えればようやく納得してくれた様でようやく、いつも通りとはいかないがだいぶ落ち着いたような顔になった。

――まぁ確かにいきなり知り合いが付き合いだしたらびっくりするもんな

 たぶん俺も怜奈が誰かと付き合ったらビックリする。

 これは恋愛感情とかではなくてもだ。

「で、納得してくれた?」

「うん」

 どうにか了承ももらえたのであとは家に送るだけだ。

「じゃあ、送るわ」

 だからそういったのだが、帰ってきたのは

「えっと、今日は泊って来いってお母さんが....」

「は?」

 予想外の回答が来た。


「まじで?」

「うん」

「あーー........わかった」

 一体怜奈のお母さんは何を考えているのだか。

 年頃の娘じゃねぇのかよ。

 ただ慣れたもので、最近でもたまに徹夜でゲームをやって泊っていくことはあったので、昔から怜奈用として常備されている布団を押し入れから引き出す。

「俺、ワックスだけ落としてくるからあとやっといて」

「あ、了解」

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「あ! 陽葵ジャージかして」

「じゃあ、適当に取っといて。 そこな」

 徐々に普段の感覚を取り戻してきた怜奈に言われ、タンスの下を指させば理解したようでタンスへ向かっていく。

 俺も、洗濯物としてたたまれていた服をテキトーに見繕い洗面所へ。


「ふぅ、すっきりした」

 別段シャワーを浴びたりしたわけではないが、頭を洗面台に突っ込んで水を掛けるだけでだいぶ違ってくる。

 そして自室の扉を意気揚々と開ければ、

「よう」

「おう」

 俺のジャージに身を包んだ怜奈がベットの上に。

 ただしっかりと布団は床に敷かれている。

――おれに床で寝ろと?

 まぁ今回は甘んじて受け入れるが......

「じゃあ、そーゆーことで」

「あ、ちょっとまって」

「ん?」

 流石に満腹や寝不足で眠気もピークに達しておりいそいそと布団にもぐろうとした俺を怜奈が止める。

「今日はさ...久しぶりに一緒に寝ようよ」

「はい?」

「ほら! その夢中になったSNSとか気になるし」

「いや......」

「いいじゃんほら!」

 トイッターの件は勘弁してほしいのだが、ベットから飛び降りてきた怜奈に腕を引かれ強引にベットの上へ。

 おそらく、もう少し頑張れば逃げ切れもしたのだろうが、

「わかった、わかった」

 眠気がピークに達し、『一番の友達』なんていう考え方が頭を占めていた俺はおとなしくしたがったのだった。


 ちなみに適当にゲームをしてごまかした。


*******


「あーー」

 思い出した夜のことにただただ唸るが、唸ったところでどうしようもない。

――高野さんは無事生き残ったんかな

 枕もとに捨てられたスマホをとって軽くタップすれば通知はなし。

 いや、そういえば俺が連絡もなんもしてないから来るわけもないか。

 メッセージアプリを開いて数回の操作。

『生きてますか?』

 もはや形式も何もかも瓦解したメッセージは意外にもすぐに既読が付いた。


ピコン!


『死んでる』

 察するしかないメッセージと共に送られてくる二日酔い親父のスタンプ。

 まさかそんなものがあるとは。

 数回にわたる安否確認を兼ねたトークを繰り返しアプリを閉じる。

 トーク中にもずっとちらついていた時計の時刻は『08:45』

 流石に起きなくてまずい時間にもなってきた。まぁその実バイトがあるわけでもないからだらけることはできるんだが。

 流石にウチのバ家族に天誅を与えなくてはいけない。

 だから、俺の腕をがっちりロックしているこいつを起こさなくては。

「おい! 怜奈起きろ」

「ん.......んん」

「起きろぉ」

「うー、うるさいぃ」

「このやろ...」

 いまいちハッキリとしない怜奈にいよいよ強硬手段をとってやろうかと頭が思考を開始し始めたとき、

「おはよ、陽葵」

「......おう」

 まだまだ微睡んだような声でそう言われ思考は霧散していった。

 

 はにかんだようなその表情がやけに女の子ぽくって、俺は

「じゃ、下いってるわ!」


 部屋を飛び出した。


 

読了ありがとうございます。

評価や、コメント、ブクマなどいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ