第三話
「何やってんだろ私」
先生のホームルーム終了のあいさつで人が消えていく中、机にただただ沈んでいた。
ばかの癖に陽葵を元気づけようとすれば空回りで、それがますます陽葵を怒らせてしまった。
『まぁ、陽葵も一人になりたい時があるんだよ』
『たまに無性にイライラする日あるじゃん。 きっとそれだよ』
唯奈と美緒はそんな感じで一生懸命慰めようとしてくれたけど、私の気持ちは晴れないし、もちろん陽葵の気持ちが晴れるわけもない。
「うし! 行くぞ!」
いつも通りだらだら教室で過ごしている陽葵に謝って元通りにする。
許してくれなかったら、もっと怒らせちゃったら、そんなことも頭をよぎるけどここは絶対引いちゃいけないところだから気合を入れて。
「陽葵!」
思わず目を瞑っていった言葉。
ただそれには、一切の返事もなくて。
——そんな怒ってるの?
おそるおそる瞼を開けてみると。
「,,,,,,え?」
「あー、野崎さん。 今日陽葵、シフト早いんだ」
「え?」
陽葵の声も姿も一切なく、かえってきたのはそんな予想外な言葉で、
「諸星くん?」
「あー、野崎さんお疲れ」
「うん」
彼がだれなのかはわかる。長身で、たぶん顔はかっこいいに分類されて、運動はできるけど帰宅部の諸星達也。
「体育ぶり」
「お、おう」
それで今日、体育の時間に陽葵のペアをしていた人。
「えーと、それで陽葵だったらバイト行ったよ」
「バイト?」
「そー、TATSUYA。 きょう人少ないんだわ」
陽葵がバイトをしていることは知っている。それが諸星君と一緒のバイト先だっていうことも。
——ただ、いつもはバイトがあれば一緒に帰れないって言ってくれるのに。
怒らせたんだから当然教えてくれるはずも、声をかけてくれるわけもないってわかっているのに、いまいち気持ちが落ち着かない。
「何時までかわかる?」
気づけばそう聞いていた。
「いや、わからないわ」
「そう」
「あ、野崎さん!」
「なに?」
「体育ごめんね」
いい返事が聞けず、足早に退室しようとした私に掛けられた諸星君の声。
ただ、私はそれに返事はしなかった。
「えっと、日奈さん?」
『なに怜奈ちゃん』
「陽葵のバイトの時間ってわかります?」
『わかるけど、どしたの?』
ところ変わって自宅のベット。
流石に寝っ転がって電話するような馬鹿ではないので、ベットに座りながら電話をするが、身体はこわばってしまう。
なんか、怒られるみたい。
「えっと、陽葵を怒らせちゃって」
『あー.....あの馬鹿』
「あ、全然陽葵は悪くなくて」
『怜奈ちゃんに気を遣わせる時点で悪い!』
「あ、ありがとうございます」
電話口でもわかるように怒っている日奈さん。
というか、陽葵のお母さん。
勝手に陽葵のことを聞いて、勝手に陽葵が怒られそうになっているのだから可哀そうな気もするが、少し救われた気がする。
『ちょっと待っててね。 シフトね。』
その言葉を最後にブツンッ!ときれてしまった電話はおそらくスマホを操作するときに通話を切ったのだろう。
なんというか、こういうおっちょこちょいというか、大人過ぎない感じが凄く好きだ。しばらくすればスマホが呼び出し音を警戒に鳴らしだした。
『あ、怜奈ちゃん! ごめんね』
「いえいえ」
『陽葵、八時には上がると思うわ』
「わかりました」
『あの馬鹿と仲良くしてあげてね』
「私こそです」
電話口で陽葵を下げていってくれるがそうじゃない。
いつも馬鹿なのは私の方で、何だかんだ陽葵が解決してくれたりした。
だからきょうは、
——私が頑張る日だ。
「よし!」
部屋の鏡に視線を送れば、少しおしゃれな外行きの服装に身を包んだ自分の姿。
流石に高二にもなればずっとジャージとはいかない。というか、周りが許してくれない。
「おかあさん! ちょっと出てくる」
二階の廊下から下に向かってそういえば、慣れたように覗いてくる母親。
「一ノ瀬さんのお宅?」
「いや、陽葵のバイト先」
「.........ふーんそっか」
「なに?」
何かを悟ったような顔でうんうんと頷いている母親に疑問を投げれば満面の笑みでずかずかと階段を上がってくる。
「,,,,,,,デート?」
「違うから!」
——何を言ってるんだこの親は。
こうなれば弄り倒されることは明白だから階段を下りる。
「ちょっと、ごはんは?」
「食べてくる」
「お泊り?」
「泊まらない!」
強めに否定して家を出れば何か言い返されるがそれは置き去りに、
——待ってろよ陽葵!
時刻としてはまだ18時を過ぎた頃合い。
陽葵のバイト先とは少し距離のあるスタバに入る。
適当に安いものを注文し、店の隅の席を確保。目の前の窓ガラスから見える人の往来。
どう考えてもウチの制服の女子が男といちゃついてたりするようだけど、
——みてるんですけど。
ぼーっとしながら過ぎ去る人波に見切りをつけてスマホを確認する。
19:01
まだまだ満足いく時間ではない。
——はやく陽葵に会わないと。
少しでも早く不安も落ちつかないこの状況も閉じたいんだ。
20:00
「よし!」
タンッ!——
机に叩きつけた紙コップはやけに甲高いような気持ちのいい音と一緒に席を立ち上だり気合を一つ。
——待ってろ陽葵。
きっとビックリすると思う。もしかしたら怒られしちゃうかもしれないし、困らせるかもしれないし、そう思えば自然とTATSUYAの入り口に向かっていた足は遠ざかって、入り口横にある広めの謎空間に。
ガラス張りの入り口を外から見渡すようなその場所は、おじさんたちが煙草を吸う喫煙所とかしているがそこは気にしない。
――あと少し
スマホの時計機能が20:05を示している。
バイトが短期というか単発みたいのしかない私だって、仕事の上り時間と退社時間が同じじゃないことはわかる。
ただそれでもきっとすぐに来る。
そう思って、少し隠れるようにガラスを覗き込む。
おじさん、おばさん、中学生、おじさん。
どんどんと入ったり出たりしていく人を見送ってどれくらいが経ったのだろうか。
――陽葵
ついにガラス越しに映った待ち人に歓喜したはずなのに
――誰?
隣にいるたぶん年上のお姉さん。
予想外な突然のことに声がかけられなけばドンドン二人は先を言ってしまう。
自分でもわかっている。早く言わなくてはいけないことは。
なのに。
――陽葵。 その人と付き合てるの
謝罪の1つも言えない私はそんなことをただただ思っていた。
*********
酔っぱらいや、元気な高校生、家族や仕事仲間などの集まりで騒がしい店内。
そして、
ガンッ!!!!!
「聞いてよ、陽葵君!!! あの馬鹿がぁ.......」
目の前でビアジョッキ片手に愚痴を吐く高野さんの姿。
――よかった、すだれで遮られていて。
おそらく会話は筒抜けだろうが、誰が話しているか目で見えないので幾分かマシだろう。
ただ、それでも。
「あのくそ男ぉぉ....」
ピンポーン!
「はい、承ります」
「りんごサワーとハイボール」
「はい少々お待ちください」
悪態と共に呼び出しボタンを押してサワーの追加注文をかける彼女はどうにかしないといけないのだろう。
「で、陽葵君は!? なんかあったんでしょ?」
「え、いや。 そんな大したことじゃ」
「嘘だ。 嘘言ってるぅ」
「いや。 高野さんには比べられませんって」
「何お! 馬鹿にしてんのぉ?」
「いやいや」
もう完全に酔っぱらいのそれと変容した彼女の言葉を聞き流しながら豚玉をひっくり返す。
「あ、上手! すごーい!」
「はいはい。 こっちはもう焼けてますよ」
「おー、頂戴!」
「っす」
やけにご機嫌で褒めてくる彼女から皿を預かり、鉄板の隅っこでスタンバイしていたスジ牛玉を切り分けておいてやる。
「ありがとー」
「いえいえ」
「んー、あっつ」
「あ、大丈夫ですか?」
いくら鉄板の端っこで燻っていても温度はしっかりとあったようで悲鳴を上げる彼女に視線を向ければ、大丈夫大丈夫と言わんばかりにジョッキを傾けている。
ほんとうに大丈夫なのかはわからないが。
「でさぁ、なんなの?」
「はい?」
「だからなんかあったんでしょ、女関係」
「まぁ」
「じゃあいっちゃえよぉ」
私ばっかでずるいよ。そう付け足されれば居た堪れない気持ちになる。
この一時間ほどの時間で、浮気されたり浮気されたり、そっけない態度だったり、きもかったり。
散々の情報を教えられた。一方的に。
「ね、いってみ」
たぶん酔っているからだろうか、トロンとした目でそういわれる。
いつの間にか頼んでいたウインナーを箸で摘まみながらハッキリしないような声音がなぜか優し気に聞こえて。
「実は.....
――気づけばそう口走っていた。
鉄板でポテトもちを遊ばせながら。
――――
「俺にとっては幼馴染で、男みたいで。」
「うん」
「一緒に居たって、それが当たり前で何も思わなくて」
「うん」
「ただ、ただ。 俺、そいつが好きなのかって言われたらわかんなくなって」
「そう」
「昨日言われたら、もう、なんか色々わかんなくなっちゃって」
俺が言うことにただただ優しい返事を返してくれる彼女に、昨日からのよくわからない感情を形にしてみるがやっぱりうまくまとまらなくて嫌になる
ただそんな俺に高野さんは、
「羨ましいな」
「え?」
唐突にそんな言葉を投げてきた。
訳が分からなくて視線を送れば、ジョッキも置いてまじめな雰囲気を醸しだしてくる。
「だって、ずっと思ってもらえるっとすごく羨ましい」
「いや、でも好きかもわからないし」
「ううん。 恋人の好きじゃなくてもだよ」
「そうなんですか?」
愁いをもった視線というのはこれを言うのだろうか。
そう思えるほどに彼女は寂しそうで羨ましそうだった。
「だって、どちらにしろ一番ってことじゃん」
「だからさ、一番の友達ならそっけなくしたこと謝るんだよ」
一番の友達。やけにしっくりときた言葉を何度も頭の中で復唱する。
「わかりました」
「うん」
「よーし! 陽葵君の失敗談も聞けたからのむぞー!!」
「あ、ちょ......もう」
湿ったような空気を吹き飛ばすためかそう豪語する高野さんに注意を飛ばしつつ、俺はお好み焼きに手を伸ばした。
******
夜の街灯も少ないような道を歩く人影が2つ。
「あ、そこーみぎぃ」
「どこっすか?」
「違うひだりぃ」
「......はい」
いうまでもなく俺ら二人なんだが、
「あ、そっちだった」
「はいはい」
かれこれ10分はこんな感じだ。
背中に背負った高野さんのうなだれたような声を聴いて画策し続ける。
というのも、
「うぅ、頭痛い」
「ほら、もう着きますから」
「ごめんねぇ」
「いいっすから」
「ごめん......うぅ」
ぎゅっと抱きしめられるが首筋から香ってくる香水以上に香る、アルコールの匂い。
「飲みすぎっすよ」
「うん」
――さっきは少し頼りがいもあったのに。
的を射た明確なアドバイスというものではなかったが、『一番の友達』この言葉はすごくしっくりとして荒れた気持ちを和らげてくれた。
あの後湿っぽい雰囲気を飛ばすためか、それともやけ酒なのかはわからないが可愛い、可愛いと俺にいいながら絡み酒をしたかと思えば気づけば完全につぶれ切っていた。
タクシーを勧めれば、家が近くて逆に遅くなるといって歩いて帰ろうとしたので送ることに。
――千鳥足で生垣に突撃してれば流石にフォローもする。
てか、せざるを得ない。
「ほら、つきましたよ。 201号室」
「うー、ありがとぉ」
「はいはい」
何度もぐわんぐわんと頭を縦にお辞儀をされるが、これは早く帰った方がいいかもしれない。
「じゃあ、行きますから」
「うん」
「あ、お茶...」
「はい、帰ります」
バタンッ!
まぁまぁ強めに扉を閉めれば一仕事は終わりだ。
「ふぅ」
スマホを開いてみれば22:32を示している。
数件たまったメッセージを確認してみれば早く帰ってこいからの、11時にはかえってこいに変わっている。
「まだ間に合うな」
たぶん走れば10分もあれば行けるだろう。
腹部に明らかなキツさを感じるがそこは根性だ。
『今すぐ買える』
思わず間違ったまま送信したがそれでもいい。
何やら返信を告げた音は聞こえたがそれは無視で。
――っし、根性!
********
「ほんと馬鹿みたい」
謝るはずだったのに謝れなかった。
あの時すっと出れていればよかったのかもしれない。
――ただ出れるわけない
もし付き合ってるとこに出てったら変な奴だ。
――付き合ってたら......
まったく予想もしたことがない状況で訳が分からなくなった。
だからなのかもしれない。
「まだかな」
スマホを見れば22時36分。
親からは鬼のように電話が来てるけどそれにも出れずに公園にいる。
陽葵が返ってくるなら絶対ここを通るはずだから。
――ここで話せなければきっと後悔するから。
「おい」
決意も固まっていたとき後ろから声を掛けられた。
よろしければブクマ、評価もらえるとありがたいです。
よろしくお願いします!