第二話
3限の終了を告げるチャイムが鳴ればクラスは一気に騒めき立つ。
ウチの学校では3限と4限の間が昼休みとして設定されている。
そのためこの時間は学校が一番盛り上がる時間といってもいいだろう。放課後を除けば。2限の体育でがっつり運動をしたからか、朝飯もロクなものを食っていないため体は限界。
いざ弁当を、そう開けた矢先。
「陽葵、席詰めて」
「は? 怜奈なんで」
「はいはい、今日はうちらもいっしょします!」
「よろしくねぇ」
「はぁ?」
いつの間に消えてしまったんか、俺の周りの席のやつら。
突如として現れた、怜奈とお友達女子二人、瀬尾唯奈と立花美緒に包囲された。廊下側、後ろから三番目の俺の席。
逃げようと思えば逃げられるが、
「でさー、昨日の番組が」
「マジかよ、バイトで見れなかった」
「そーいや、トイッターで—」
がっつり椅子を壁にべた付けし俺の退路を断とうとする女子が一名。
「よくやった由奈!」
「おっけー」
なにこいつら協力してんだよ。
——そんなことしなくたってな,,,,,,
左腕に感じる温もり。そしてふにっと包み込むような感触。
「陽葵」
「逃げんからはなせや」
「.....ふん」
「あぁ、陽葵いけないんだぁ」
「そーだそーだ」
「なんだそりゃ」
もはや訳の分からん冤罪甚だしいがそこには突っ込まない。
——てか、怜奈。 女出してくんのはずるいだろ。
男みたいな距離の詰め方をしたと思えば女で確保。俺の気持ちを知ってやってたらタチ悪いなんてもんじゃない。
「でさ、このお店が凄くて」
「お、ほんとだ」
「今度、怜奈も一緒にいこ」
「うん」
「あ、陽葵も行く?」
「いや、俺はいいや」
「だよね、女子の服屋だし」
目の前で繰り広げられる瀬尾と立花の会話に巻き込まれるもスマホの画面に映る写真で断りを入れれば笑って返される。
——てか怜奈も行くんか。
明らか女子物の店だが、ジャージとかのラフな服装しか覚えていないから驚きだった。
瀬尾と立花は所謂イマドキ女子ってやつなんだろう。茶髪に軽く巻かれた髪で化粧された瀬尾に、黒髪ロングでピアスにネックレス、化粧という立花。
この二人とどういう経緯で仲良くなったかは知らんが昔から女にも人気の怜奈ならわからんでもないような。
「で、今日おかしいじゃん」
「なにが」
「だっておかしいじゃん」
「は?」
「朝だって寝坊したし」
「だからネット見過ぎたんだって」
「米だけ食べてるし」
「っは? うわっやった」
見事に手元の弁当箱からは白米だけが消え去り、おかずだけが置き去りにされていた。
「おかずとっても気づかねーし」
「てめっ!」
言われてみてみれば、怜奈が持つ箸の先にはハンバーグが。俺の弁当のソースだけを残したスペースを見るに俺の。
「返せばか」
「うっせ」
「.......もういいわ」
もはやそれで争う元気が俺にはない。
三限も達也の言葉のせいでろくに記憶がない。延々と異性なのか親友なのかの問答を一人繰り返した頭はもはや食の争いにすら参加する気がない。
「ちょっと陽葵?」
「わり、もういいわ」
「え?」
「ちょっと出てくる」
「あ、ねぇまってよ」
ずっと思考の中心にいるやつが隣にいる。普段女なんて思ってなかった奴が、達也の馬鹿のせいで、女に見えて落ち着かない。母親には悪いが弁当をしまいカバンから財布を取り出す。
「えっと、陽葵君?」
「わり、どいてくれる」
「.....うん」
「ごめんな」
「ちょ、待ってよ」
「わり」
後ろから怜奈の声が聞こえるが間違いなく怜奈が来たら落ち着かない。
どいてくれた彼女の後ろを抜け、急いで自販機に向かった。
―――――――――
教室から陽葵がいなくなってしまった。
それも、怒ってるみたいに。
——なにやってんだろ
「,,,,,,,,,陽葵?」
「ちょ、怜奈大丈夫?」
「あぁー、怜奈怒らせた感じじゃ?」
「ちょ、唯奈!」
「あ、ごめん」
「ううん、気にしないで」
——間違いなく私が悪いから。
いつもと陽葵が、様子が違くって、調子に乗ってからかって元気にしようとしてみて逆効果で、
「怜奈。 そんな気にしないで」
「そぉそぉ。 陽葵だってすぐに元に戻るよ」
「.......うん」
まだ帰ってこない陽葵にどう謝ろうか考えていれば、昼休みは終わりに差し掛かっていた。
まさか放課後になっても一言も話せないとはこのとき、私は思っていなかった。
――――――――――
よく学校に或る、装飾もなく文字盤がやたら大きい時計が五時を射そうとしている頃合い。
俺はバイト先のバックルームで椅子に沈んでいた。
「はぁ。 やったなぁ」
「ん、一ノ瀬君どうしたん?」
「あ、高野さんお疲れです」
換気扇の下にすっと現れ煙草に火をつける姿はまさに熟練されたもの。
高瀬さんはいくらか俺の先輩の、バイトというかパートみたいなギャルっぽい人だ。
「で、どうしたん一ノ瀬ちゃん」
「ちゃん? いや、ちょっとやらかして」
「女の子?」
「いや......なんでわかんすか」
「んー、女の勘ってやつ」
「なんすかそれって」
後ろで束ねた茶髪のポニーテールを揺らして、びしっとブイサインをして見せる様に思わず見惚れてしまう。
「てか煙草って、久しぶりに吸ってるの見ましたわ」
「んー、まぁそっか」
「どうしたんすか?」
「いや彼氏と別れて。 ムシャクシャしてやった」
「は?」
あまりにもスムーズに会話中にぶちこまれた爆弾に、思考が止まった。
——え? 別れたの? てか居たこととか知らないんだが。
正直、世間話とちょっとした日常会話だった年上女性に落とされた爆弾に俺の意識は完全に刈り取られた。
「一ノ瀬君、時間だよ」
「え?」
「ほら、シフト五時でしょ?」
「え。 あ、そうですねそろそろ行かないと」
「あー、慌てない慌てない」
時計が刻一刻と出勤までのカウントダウンをはじめていたので机の上のスマホをしまったり、カバンを開けたりと動けば笑われてしまった。
「ねぇ、一ノ瀬ちゃん」
「なんすか?」
「今日、ご飯いこっか」
「......まじすか?」
さっきの別れ宣言とおんなじタイミングで言われた一言にそう聞き返せば満面の笑みになる高野さん。
「うん。 お姉さんが恋愛相談乗ってあげるよ。 振られたけど」
「いや、えっと、マジすか」
二度目のマジすかは、決して振られたのに恋愛相談マジすかとかの意味ではない。
仲いいとは思ったけど、一緒にご飯ってマジっすか、の方だ。
「一ノ瀬君。 本の整理お願い」
「あ、わかりました」
「とりあえず、雑誌系とコミックお願いね」
「うす。 文庫系は大丈夫そうですか?」
「そっちは高野ちゃんがいるから?」
「わかりました」
「はいよ。 よろしくね」
感じのいい対応の店長の指示に従い、雑誌のコーナーに向かう。
この『TATSUYA』の店長である伊藤さんは、子どもがもう成人しただか結婚しそうだだかで俺ら学生バイトにも優しく、事務系の仕事に慣れない俺にも優しく教えてくれるまさに、仏の様な人だ。
といっても学生バイトは達也とあと二人ぐらいしかいないんだが。
雑誌コーナーも幅はかなり広い。
それこそ『小GAKU館』から、おじさま方の楽しみ『ディ顎スティーニ』まで。
女性には、『RIボン』から『ザクシィ』まで。
——これ全部でいくらするんだろうな。
本棚に無数に置かれたそれに、そんなしょうもないようなことを思いながらハタキで埃を落とし、整頓し、在庫があれば補充する。
もはや慣れたもので、付録の飛び出た月刊の少年誌をもとに戻し、いざ女性誌の方にシフト。
ここもいつも通りに、さっきのように素早くやって終わるはずだった。
『気になるあいつは幼馴染!!』
そんな、少女雑誌の表紙を見るまでは。
あまりにもタイムリーなようなそんな話題に思わず手が止まる。ただ、一瞬だ。一瞬止まっただけ。
『俺! おまえが好きだ!』
『勘違いから始まる恋』
「ごふっ!」
「?」
思わずせき込むと、そばにいた主婦っぽい人に見られたので会釈を一つ。
——最近の少女漫画は攻め過ぎだと思うんだよな。
間違いなく小学校のうちは女子の方が男子より先をいってるに違いない。
精神的にゴリゴリ何かを削り取られるのを感じながら少女漫画を無事補充、陳列し今度はファッション雑誌に。
ファッション雑誌には、少し化粧っ気の強いような女性が表紙のモノや、完全なギャル雑誌、それにOLさん向けなどの雑誌などがある。
別段、表紙が俺の精神を削り取るような場面はそこに一切ないはずなのだが、
『じゃあ、この子とどっちがかわいい?』
——あの子モデルだったのかよ....
達也が怜奈との比較に出した女の子。 確かにモデルかなんかだとは思ってはいたが、まさか雑誌の表紙にいるとは。
「えっと、一ノ瀬君大丈夫?」
「ダイジョウブです」
「そう? まぁ水分補給とかしっかりね?」
「はい」
ようやくコミックコーナーに移った頃には、度重なる精神攻撃でボロボロに滅ぼされてしまった。
そりゃもう、店長も水分補給を勧めるほどに。
自分のポンコツ具合に呆れながら在庫の品出しをしていく。
ただこのときの俺は忘れていた。
——新刊には帯が付いている場合があるということを。
「お、くそ弱ってるね!」
「なにがおもろいんすか」
「いや、一周回って笑うって!」
あの後、少女漫画の帯に精神を刈り取られ、そのあとはもはや無意識に仕事を終えタイムカードを切れば、バックルームには爆笑している高野さんが一人。
時刻は20時。 高校生バイトとしてはだいぶ健康的な時間ではないだろうか、そんな頃合い。
「なんすか、俺をからかうために待ってたんですか?」
確か、高野さんの上りは19時半だった気がするが。
「えー、一ノ瀬君忘れちゃったん? ほらごはん」
「ん? ........あぁそういえば」
「もー、おじいちゃんかよ」
「いや、冗談だと思ってたんで」
「もぉ、そういうところが女子は嫌うよ!」
「っん!? 了解です」
「よし!」
なんというか、図星を付かれるというか、タイムリーな話題を射されたというべきか。
——てか、冗談半分で流してたけど、ご飯本当だったんだな。
「じゃあ、ニワトリ貴族でいい?」
「いや、居酒屋はだめでしょ」
「えー? 飲みながらでいいじゃん。 一ノ瀬君はソフトドリンクで」
「駄目です」
たぶん居酒屋で飲まなければそこまで問題にはならないかもしれないが、さすがに高校生で居酒屋いった、なんてなればめんどくさいのは火を見るよりも明らかだ。
「じゃあ、道豚堀でいい?」
「まぁ、それなら」
「よし! 飲み放題確保!」
「それが狙いか」
某有名お好み焼き屋の名前に安心したが、まさかそんなメニューがあったとは。
「じゃあ行きますか」
「うん。 いこいこ」
そんなに飲食店の無いこの町の道豚掘は限られている。
頭の中で店の場所を呼び起こしながら、退勤前に事務所へ。
「お、高野ちゃんもいっしょなの?」
「そーです。 今日は一ノ瀬君とごはんなんで」
「へー。 あんま羽目外し過ぎないようにね」
「はーい」
「一ノ瀬君も高野ちゃんに流されないように」
「はい」
もはや保護者のように甲斐甲斐しくいってくれる店長に挨拶をし、店を出る。
五月も終わりに差し掛かっているからか、だいぶ明るい外を見てスマホを数回操作。
『今日は、バイト先の先輩とごはん食べてくる。』
送ったメッセージもすぐに既読が付き、
『今日はお寿司でした』
そんなカウンターと共に送られてくる出前の写真。
——おかしいだろ。
もはや運命のいたずらを感じざる終えないが、さすがに深追いはできない。
「今日はやけ食いしてやる!」
「お、一ノ瀬君! いいね! 私もやけ酒だぁ!!」
「それはやめてください」
上機嫌で、トートバックを持った手を突き上げる高野さんにツッコミを入れながら俺たちはお店へと急いだ。
―――――――
「ねぇ。 お母さんいいの? お兄、こんな時間に」
「まぁ高校生だし」
「いいのかなぁ?」
確かに少し文句も言った方がいい時間ではあるのだが、目の前で悩んでいる愛娘の心配は杞憂であることを伝えなくちゃ。
「なんか、怜奈ちゃんと喧嘩したみたいで。 怜奈ちゃんが迎え行ったはずよ」
「あぁ、だから」
「そっ、だから一緒にご飯でも食べてくるんじゃないの?」
仲のいい二人のことを思えば、それを止めるなんて野暮に他ならない。
「でもさ、怜奈ちゃんなら、お兄そういうでしょ?」
「え?」
「え?」
言われてみれば確かにそうだ。
そうなると、
「怜奈ちゃんは?」
「さぁ?」
我が家の食卓に大きな爆弾が落とされた。
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