なかなおり
ああ・・・なるほどね。ちょっとしょんぼりしている風を装って、うつむいて紅茶を飲みながら考える。
アリーセに問いかけたい気もしたが、酷な質問になりそうで、考えるだけに留めておく。おそらく兄、オスカーは本妻の子なのだ。そしてアリーセは他所に囲った愛人か・・・この世界の婚姻システムがよく判らないけど、第二夫人とか第三夫人とか、なんせそちらの子どもなんだろう。ふむ、異母兄妹か。
そして父が亡くなったばかり。そんならまあ・・・当主が亡くなったどさくさに紛れて、押しかけてきた、もしくは送り込まれてきた愛人の子ってこのお屋敷の人が思っていても仕方ないのかも。遺産やら相続やらも絡んでるかもしれないもんね。まあ、多少疎まれることは織り込まないといけないのか・・・いや、それでも8歳に大人げないとは思うけどね!
ふと部屋を見渡す。部屋の2面に大きな窓があり、カーテンも開け放たれているためにとても明るく、暖かい。先ほど廊下に出たときの寒さからすれば、この屋敷でもかなり居心地の良い部屋だろうと推察できるし、しつらえから言って、とても上等なお部屋に見える。
「ね、ベルタ。このおへやはお客さまのおへやなの?わたしずっとここにいましたけど・・・」
客間にしてはちょっと広すぎるような?と思う私の前で、ベルタは茶器の配置を変えている手を止めた。
「まあ・・・!ここは奥様、オスカー様のお母様のお部屋だったのですよ。お嬢様がいらした日は、アードルフ様が亡くなったばかりのちょうど大変な時期で、遠来からのお客様でもう客間が一杯だったのです。ですからオスカー様がここに、と。
それから寝付いてしまわれたので、そのままここでお過ごしだったんですのよ!」
まるで咎めるような言い方をする。
その言い方に、ものすごくカチンときた。ということは、アリーセは父を亡くしたばかりということじゃないか。8歳の子に、まるで図々しいタカリか何かのような言い方するって、どういうこと!!
私が口を開きかけたときだった、バタン!と大きな音がして扉が開くと、兄と小柄な男性が一緒に入ってきた。
「気分はどうだ」
こちらに近づきながら声をかけてくる。
えっ、ええと・・・答えようとするけど声が出ない。アリーセはさっと下を向いて、膝の上の手をぐっと握りしめる。
う、まあしょうがないよね・・・。
アリーセの横に立ったようで、うつむいた視界に兄の手と先ほど見た軍服がちらりとうつる。ますます縮こまるアリーセと私。
頭上で、小さなため息が聞こえた。 ああ、面倒くさい奴と思ってるんだろうなあ・・・私としては、仲を取り持ちたかったんだけど、こんな兄じゃアリーセが傷つくだけだからな・・・これからはうまく避けないと!
ふ、と動く気配があった。ちらりと横をみるとなんと顔のドアップ!!えっ何、ひざまずいてる?!
びくーっとなって、目をぎゅっと閉じたアリーセ(私)の横で、
「・・・悪かった」
とつぶやく声が聞こえた。膝の上の手をそっと取られる。
「クリスタから事情はきいた。早合点して悪かった・・・その、ここしばらく色々あったせいもあって、気が立っていた。」
おおお、素直に謝ったよ、意外!!
びっくりしたものの、アリーサはまだ相手の顔を見る勇気はないようで、兄の手に取られた自分の手を見つめている。それから小さな声で言った。
「あの、わたし、ほんとうに・・・ほんとうにその、おにいさまにそんなおねがいをするつもりでは・・・」
「わかっている、礼を言いに来てくれた、そうだろう?」
なだめるようにポンポンと手を軽く叩かれる。それから、はあ、と息を吐く。
「だが、服はやはりいる。華美なものは時間がかかるが、外に出るための服なら午後にでも町の商人を呼びにやればいい。お前の気に入りそうなものを見繕って持ってくるだろう。服飾の店は、俺は疎いがコンスタンティンが良く知っている。」
はっとしたようにアリーセが顔を上げて兄を見る。兄はわずかに眉間にしわを寄せているが、その瞳は真摯で、詫びていることは本当なのだと伝わってくる。アリーセは兄の方に向き直り、必死の様子で叫ぶように言った。
「あっ、あの、わたくし、ほんとうに服は、服はいりませんの、ただ・・・ただわたくし、かえりたいのです。おかあさまのところに・・・あの、どうか、どうか馬車をおかしくださいませ・・・!」
「アリーセ・・・!」
オスカーが目を見開いて、瞳をゆるがせる。
「お、おねがいいたします、ずうずうしいとまた思われるかもしれませんけど、ば、馬車がなければかえれないのです。あの、もしお金のかかることなのでしたら、かならず、かならずあとで・・・」
「アリーセ!」
目の前のオスカーの腕にすがらんばかりになっているアリーセを、強い調子呼びかけながら、オスカーが押しとどめる。
うんうん、そうだよ、ちょっと落ち着いて、アリーセ!
泣きださんばかりになっているアリーセの瞳を覗き込みながら、
「もちろん、どこへでもちゃんと連れていってやる、だからそう焦るな、いいな?」
そう言って落ち着かせようとしながら、言い終わるとアリーセから視線を外し、周囲に少しさまよわせた。
そしてベルタに視線をあてると、もういい、下がれと伝えた。
・・・そう、私がさっき兄の部屋で聞きたかったこともあるから、ふたりきりになれるのは好都合だ。でもアリーセがこの状態だとちょっと難しいかしら。