再びの目覚め
目が覚めると、また、あのベッドだった。
(あれ、ここどこ・・・?)
一瞬訳が分からなくて、なんで見慣れたワンルームマンションの天井が見えないのか、ぼんやり不思議に思って・・・
・・・はっ!そうだった!よく判らないけど、私、他人の心に間借りしているんだった!!
ばっと自分の手を目の前にかざしてみる。あぁ、可愛らしいおててだよ・・・夢オチにはならなかったよ・・・。
はあ・・・と思っていると
「お気がつかれましたのね? ベルタ、アリーセ様が・・・!」
という声がした。そっと声のした方を見遣ると、クリスタが心配げに立っていた。
「お加減はどうですか? どこか痛くはないですか?」
そう言われれば、オデコがズキズキする。手でそっと触ってみると、おお、ぷっくりふくらんでる!
・・・それで顛末を思い出した。
そうそう、お兄さまに挨拶に行って、走り出てすっころんだのよね。おおーい、アリーサ・・・?
呼び掛けてみるも、返事なし。なんというか、固くしこっている感じがする。うーん、確かに、あの兄の態度は・・・。
でも。
(ねえ、アリーセ。)
もう一度声をかける。
(アリーセ、えらかったねえ?)
(・・・)
返事はないが、ふるっと揺れた気配がする。
(だって、自分でお礼を言ったものね?)
そうなのだ。ちゃんと自分で。思いもかけずひどいことを言われて傷ついていても、ちゃんと御礼を言ってから走り去ったのだ。
(だって)
声がひびく。
(おねえさまが、が、がんばってくださったのですもの。 お、おかあさまだって、おれいはちゃんといいなさいって、お、おっしゃってたから)
お母さんとの約束だって思い出したかから。だか頑張れたんだね、えらかったね・・・!
よしよし、とアリーセをなでる。ていうか、ぐりぐり撫でまわすさまをイメージする。アリーセにも確かにそれは伝わったらしく、ほんのりほほ笑むイメージが伝わってきた。
アリーセは今とても傷つきやすくなっていてひきこもりだけど、本当は頑張り屋さんの芯は強い子なんだねえ・・・
私もしみじみしていると、
「お嬢様?大丈夫ですか?聞こえてます?おでこが痛むんですか?」
はっ!クリスタに聞かれてたんだった。
「うん・・・ちょっとズキズキしますの。でも平気。」
そう言って、ゆっくり起き上がってみた。うん、デコが痛いのと、あと手のひらと膝がちょっとヒリヒリする以外は大丈夫そう。派手にすっころんだにしては、ケガが少ない方じゃない?
「絨毯敷きの場所でようございましたよ。石畳のところに出ていたら、ひどい打ち身か切り傷ができて、また私どもの失態だとご勘気を被るところでしたわ。」
後ろから乱雑に言い放つ声がする。この声は・・・
「ベルタ!なんて言い方しますの!」
咎めるような調子のクリスタの声。
「けがが軽くすんでよかった、と言っているだけですよ」
ベルタはクリスタの非難を軽く流すと、こちらを見もせずにお茶の支度を続けている。
「お嬢様、念のため薬師を呼んで参りますわね。オスカー様にもお知らせして参ります。」
ベルタの方を向いてため息をついたクリスタはもう一度私の方を向いてそう言うと、踵を返して戸口に向かった。 アリーセが急に口を開く。
「おにいさまに伝えるにはおよびませんわ・・・!」
あ、アリーセ。よっぽど堪えたのね・・・あっ、言うだけいってひっこまないで~!!
「もうこれ以上、わたくしのことでお心わずらわせても、お怒りになるだけでしょう・・・?今すぐでなくとも、折を見て、無事でしたとだけお伝えいただければ。」
と、私からもフォローする。うん、あの兄貴ならヘタに連絡入れたらまた仕事の邪魔された、とでも怒りそうだよね。
でもクリスタは、
「まあ、そんなこと・・・ここまでアリーセ様を運んだのはオスカー様なのですよ。慌てて薬師も呼ばれて・・・大事ないと薬師が言いましたから、一旦執務に戻られましたけれど、目が覚めたら必ずお知らせするように、きつく言いつかっております。」
へえ・・・?
目を見開く私。クリスタはちょっとため息をつくと、
「オスカー様の悪いところですわ・・・言葉が足りないですし、思ったことをポイと言ってしまいますもの。あれで随分損をしていると思うのですけれど。」
「お茶が入りました。先ほどオスカー様のところで出されたお茶菓子も頂いて参りましたし、もしご気分が悪くなければ、テーブルまでいらしてお茶はいかがでしょう? 先ほどはほとんど召し上がれませんでしたでしょう。」
あ、そうよね。お菓子はぜひ欲しい。すでに小腹がすいてるもの。
「私はオスカー様と薬師のもとに参りますわね。」
私はクリスタにこくりとうなづくと、ベッドからそろりと降りて、テーブルに向かう。
(いや・・・!またおにいさまに会うなんて・・・!)
アリーサの声。よしよし、そうだよね。でももうちょっと頑張ろうよ。
テーブルでは給仕を終えたベルタがじろりとこちらを見た。ううむ、こちらもね・・・!ちっ、兄さまのところにはベルタに行ってもらえばよかった。そう思いながらテーブルにつき、紅茶の給仕を受ける。
「ベルタはここにおつとめして長いのですか?」
とりあえず聞いてみる。なにせまだ右も左もわからないのだ。相手があからさまに態度悪い人でもとにかく話しかけて色々知っていくしかない。
いきなり何なのかという顔でベルタがこちらを見る。うっ、負けるな。先ほどのことは忘れたように、にっこりと笑って見せる。8歳の何気ない好奇心・・・にできたかしら。
「ええ、長いですよ、13歳のときに奉公にあがりましたからね。」
ふうん、ということは・・・おそらく20年ぐらいここにいるってことかな。
「じゃあ、おにいさまが小さかった頃もしってるの?」
答えには、少し間があった。
「・・・ええ、本当にお小さい頃は。学院にご入学される年には王都に行ってしまわれて、そこで奥様と専らお過ごしでしたからね、あまりお会いしていませんのよ、お帰りになるまでは。」
「おくさま・・・?」
え、結婚してるの?
びっくりした私の顔をみて誤解を悟ったらしく
「あらまあ、奥様というのはオスカー様のお母さまのことですよ。アードルフ様の奥様で。」
そこで言葉を区切ると、ベルタは少しかがんで、椅子に座っている私の目の高さにあわせると、
「本物の、奥様でございますよ」
といった。