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おにいさまは、こわいひと

戸口を振り返ると、お仕着せを着た女性が仁王立ちになって立っていた。年のころ、30代半ばかしら・・・? 栗色の髪をまとめて結い上げ、化粧っけのない顔。はしばみ色の瞳。顔立ちややキツめの美人なんだけど・・・顔が険しい?


「まあ、そんなところにいらして。そこは冷えますから、早くこちらにお出でくださいませ。」


・・・んん? 口調は丁寧だけど・・・


「お食事を運んで参りましたよ。今日はお召し上がりにならないと。昨日もオスカー様にお手間を取らせましたでしょう。」


・・・なんていうか、すごい高圧的だよね。この人。ここで働いている人、だよね? 


カチャカチャと音を立てながら配膳しているこの人、言い方が高圧的なだけじゃなくて、ほとんどこちらを見ようとしない。


(アリーセ?)


この人はどういう人なの・・・?と問いかけようしたけど、縮こまってしまった彼女の心が判る。せめてあっちに行こうとしたが、う、うーん、手足が重い・・・

ああ、おびえてるんだ。


(アリーセ?大丈夫、大丈夫、おねえさんにまかせて。ね?)


固くなったアリーセの心をなでなでしながらそうささやくと、ちょっと身体のこわばりが抜けた。ふう。


「お嬢様、そちらでは風邪をひいてしまいます。早くこちらへ」


イライラした様子で女性は近づいて来て、私の肩をぐいと押した。

むっとして、私は彼女の手をぱっと振り払った。


「わたし、ひとりで歩けますから。」


驚きに目を丸くする彼女を後ろにおいて、颯爽と歩きだした・・・はずだったけど、実際はふらっとふらついて、がしっと、衣装部屋入口の扉につかまって自分を支える羽目になった。ううっ・・・。


肩で息を整えると、もう一度そろり、そろりと歩き出す。配膳がベッドサイドに置かれているのをみて、先ほどの女性に振り返って言ってみた。


「今日は気分がとてもいいのです。あのテーブルで食べてみたいと思うのですけど、構いませんかしら?」


うっ、気取ったセリフって言うの難しい。しかもちょっと8歳の口調じゃないよねコレ・・・。


ベッドとソファーセットの間に、2人掛けの小さなテーブルが置かれている。なんだか中途半端な位置のようにも感じるけど、まあ、いいかなここで・・・


女性は無言でワゴンらしきものを引いてくると、テーブルの上で配膳しはじめた。先ほどので機嫌を損ねたのか、かたくなに視線を合わせようとしない。おーい、まず返事でしょ!もう・・・!この人、何て名前なのかしら。


(ベルタ)


ふわっと浮き上がった答え。アリーセ?ありがとう。


「ベルタ」


私が名前を呼ぶと、ビクッとして、こちらを凝視する。私はやや苦笑して、


「先ほどはごめんなさい、あなたが急に押すものだからびっくりしたの。昨日の夜も、来てくれたのはあなた?」


「・・・ええ。」


「そう、どうもありがとう。」


配膳が終わり、ポットから紅茶が注がれる。焼きたてのパンにフルーツ、それから少しのハムとチーズ。素朴で、量もそれほどないけど、ふわりとしたパンと紅茶の良いにおいに、私のお腹が・・うっ、また鳴りそう。

私は大慌てでパンを取り上げ、小さくちぎって口の中に入れた。


(おいしい・・・!)


これは私の声でもあり、アリーセの声でもある。お腹、すいてたんだなぁ。昨日の調子を振り返るに、きっとずっと緊張してたんだろう。いうなれば、迷子センターに1か月間。う、そりゃ痩せるわ・・・。よしよし、一杯食べようね!


というわけで、準備された朝食をあっという間完食した私たちは、食後の紅茶を淹れてもらう。満腹・・・までいかないな。でもまあ、一か月食べてなくていきなり詰め込んだら、お腹壊しちゃうもんね! 健康は腹八分目から!


しかしそれでもベルタには仰天の出来事であったらしい。


「今日は、本当にどうされたのですか・・・、大分お加減が良いようですのね?」


ジロジロ見ながら話しかけるとも、つぶやきともとれる言葉を漏らす。ええい、会話は人の顔みてはっきりと!


「・・・わたし、ゆめをみましたの。」


「夢、でございますか?」


けげんな顔をするベルタ。


「ええ、よくおぼえていないのですが・・・どなたかに、しっかりしなさいと言われましたの。もう、大丈夫だから、とも。それをきいて、こころがかるくなりましたのよ」


まあ、夢のお告げというか、何かのきっかけでって周りに思わせるには、夢あたりが一番いいよね。ほんとはおかあさまの、って言いたかったけど、それはアリ―サを傷つけるだろうし。昨日私が励ましたこと、アリ―サの気持ちがほんの少しでも軽くなるのに役立っていればいいんだけど。


そんなことを思いつつ、ベルタの顔をふと見て仰天した。

ベルタが仰天していたのだ。目がまん丸に見開かれている。


「ゆ、夢のお告げでございますか・・・!ど、どなたの!!」


ええ?!


どなたのって、どなたのって、そんなのわかんないよ、だって今私が作ったからね!・・・えっ、これ、何か地雷踏んだ??


私がベルタの仰天に仰天しているのを見て、彼女ははっ、とした様子で態度をもと通りに戻した。


「失礼いたしました。その、・・・あなたのお父上、アードルフ様が夢枕に立たれたのかと・・・」


「まあ・・・」


ああ!そうだった、昨日アリーセが教えてくれたのに!そうか、お父さんが亡くなって呼び戻されたのよね!てことはまだ喪中ね、うお、夢のお告げは考えなしだった!!


「ごめんなさい、そうかもしれないわ、でも判らなかったの・・・」


少ししょんぼりした様子で返しておくと、ベルタは少し頷き、それ以上の追及はなかった。

ふうー・・・汗かいたよ・・・。


ベルタが給仕を終え、食器を下げようとしたときに言ってみた。


「きょうは気分がいいから、おきがえして、それで、お庭をあるいてみたいわ。」


ベルタは私をじっと見て、それから視線をフイとそらし、それから言った。


「それでしたら、これからクリスタを寄越しますから、ご一緒にお着換えなさって下さいませ。」


そういうと、こちらの返事も待たずにさっとワゴンを引きドアを閉めてしまった。


んがー!!!ストレス溜まる~!!何あれ、それでも社会人か~!!

心の中をゴウゴウ燃やしていると、アリーセの小さな声が聞こえた。


(ごめんなさい、おねえさま・・・。わたくしも、ずっとおへんじをしなかったのです。さいしょはみなさま、なんどかはなしかけてきて下さったのです。でもわたくしがずっと下をむいていて・・・だからみんな、あんなふうに・・・おねえさまはさきほどからずっと、ベルタにおへんじしなさいっておもってますものね?わたくしもおへんじしなくちゃいけなかったのですわ・・・!)


おお・・・挨拶とお返事は人が気持ちよく過ごすための基本よ、アリーセ! でもね、アリーセはまだ8歳、まだまだ練習で良いのよ!あの人は多分・・・少なく見積もってもあなたの4倍は生きてるわよね!ふん!!


思い切りふん!!とハナを鳴らすと、ちょうどコンコンとノックの音がして、「クリスタです。着替えの手伝いに参りました」との声。


濃い目の金髪にちょっとたれ目のやさしい灰色の目。ベルタより若いのかな?ちょっとぽっちゃり体型だけど、包容力ある感じの、そこが好きっていう男の人は多そうだなぁ。


入ってもらって早速着付けてもらう。そ、想像してたけど・・・ヒラッヒラの動きにくそうなレースやリボンなどの装飾がついた服がいくつか。あれ、思っていたより手持ちが少ない? ああ、1か月前に来たばかりで、そこからひきこもりだったもんね・・・持ってきた分だけ、ってことか。


できるだけシンプルな、でもまだごてっとついている感じが否めない服を選びだし、着付けてもらう。


髪も梳かしてハーフアップで纏めてもらう。前髪も少し横に流して留めてもらった。 これで下向こうと上向こうと可愛い顔が髪の毛に隠れなくなったよね! 靴もできるだけ歩きやすい靴にしてもらおうとしたら・・・革の編み込みブーツ。重いっっ!! でもこれ以外はヒールって言われちゃうとなあ・・・


「今日は本当にお元気なんですのねぇ。本当にようございましたわ。これからだんだん外に出ていけるようになれば、身体も丈夫になってこられるでしょうから。」


存外に嬉しそうに言われて、なんだか私もほっこりする。


「ありがとうございます。これからできるだけ色々あるいてみたいの。かまわない?」


「ええ、ええ、ようございますよ。お兄様にお知らせなさいませ。きっと喜んで下さいますから。それに、お嬢様がお持ちになられたお洋服だけでは、ここの冬を越すのは心許ないですわ。何かと身の回りの品が入用になるのですから、そのこともぜひ併せてお願いなされませ。」


外に出るのでしたら、急ぎ外套も作らせないと、そう呟きながら片付けにいそしむクリスタの隣で、私は自分の身体がヒュッと固まるのを感じていた。


(アリーセ・・・?)


(お、おにいさまは、わたくしにそんなこと、おゆるしになったりしませんわ!)


え、ええ・・・?アリーセ、お兄さんてどんな人・・・あっ、もしかして、昨日来た人?


(そうです、・・・おにいさまは、わたしがここにいるのはめいわくとおもってらっしゃるもの・・・!)


びっくりするくらい強いアリーセの気持ち。どんなことがあったの・・・?


アリーセは一つひとつ、教えてくれた。なんていうか、思い出してくれた。そのまま私の意識の中に記憶として入ってくる。映画で見たことと、現実とがごっちゃになる、そんな不思議な感じ。

おそらくこのお屋敷の玄関ホール。雪まみれでたたずむアリーセ。ホールの奥の廊下、こちらからは姿が見えないところから大きな声が響いてくる。


「なぜ、連れてきた?!こんな状況の時に!一体向こうの親は何を企んでいるんだ・・・すぐに追い返せ!碌なことにならん!」


まあまあ、もう夜です、この吹雪の中ですよ、それは明日にでも・・・周りのなだめる声が聞こえてくる。大きな舌打ちの音と、「好きにしろ!」という一声。


結局、びしょぬれのままホールでさんざん待った後、屋敷に泊まったアリーセは熱を出し、そしてそのまま帰ること叶わずに1か月、この屋敷に留まったままなのだった。


その後も何度か顔を合わせた、らしい。ただこの初回の印象が強すぎて、毎回アリーセは顔を顔をこわばらせて下を向き、相手は相手で最後は舌打ちで帰るという、気の弱い強情っぱりと大人げない少年の一騎打ち状態。アリーセは碌に相手の顔を見てないから、昨日初めてまともに顔を見たんだとか。そうなの・・・。


(そうなのです、だから、ぜったい、おゆるしいただけないのですわ!) 


なぜか力強く断言するアリ―サに、私はにっこり笑ってみせた。


(ねえアリ―サちゃん、あなた、私からさっき何を学んだかしら?)


(・・・え・・・っと、ご挨拶とお返事が大事って・・・)


(そのとおりっ!うん、“お兄様” なんて、ご挨拶の練習にちょうどいいわね?)


(え・・・っ!)


びっくりして青ざめるアリ―サの心をパンパン!と叩いて。足が動かなくなっているのを確認して、ため息をついて言う。


(アリ―サ、私に託してくれるんじゃなかった? 大丈夫よ、おねえさまに任せなさい!あなたのおかあさまは、“ありがとう”をちゃんと言いなさいって言わなかった?)


(!い、いいました。アリ―サ、ひとにはちゃんとかんしゃしなさいって。)


(そうよね? 1か月も泊めてもらったのだもの、元気になったらまずご挨拶と、ありがとうよね?)


(・・・!)


ふるふる震えだすアリ―サの気配。私は丸く彼女の意識を抱え込むようにしてささやいた。


(大丈夫よ、大丈夫・・・怖かったら、私の背中につかまって。後ろでそうっと見ておいで。ね?)


そっと彼女が頷く気配がする。私はニコリと彼女に笑いかけると、ブンっと顔を上げた。

衣裳部屋に着付けの道具をしまいに行ったクリスタが戻ってくる。私はにっこり笑って彼女に言った。


「さっそくおにいさまにおねがいしてみます。クリスタ、どうぞおへやまで連れて行ってくださいませ。」

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