こんにちは、私。
朝だ。 目を覚ましたときには、既に日中に日が昇り、外からは小鳥のさえずりが聞こえている。
耳をすませば、階下や庭先と思われる辺りで、人が立ち働いている気配がする。
とりあえず、むっくりと起き上がる。手は、動く。足もパタパタさせてみる。うん、動く。心の中でそっと呼びかけた。
(アリーセ?)
(・・・はい)
(ええと、私が奥に引っ込もうかな?あなたが動きたいんじゃないかな?)
少し間があって、ちいさな返事があった。
(あの、しばらくおねえさまに・・・)
(いいの?)
(はい、わたし、いつもこわくて、ほとんどおへやから出たことないのです・・・おねえさまでしたら、きっともっとじょうずにできますわ)
(そ、そうかなぁ・・・、じゃあ、色々教えてくれるかな? 一度やってみるね)
そんな会話をしながら、そっと頭を上下左右に振ってみる。うん、頭痛が起きる気配はなさそう。ベッドの端まで転がって、よいせ、床に足をついて立ち上がる。ベッドが高いので、ちょっと滑り落ちるような感じになる。とたんにふらっとした。え、何?めまい?
あわててベッドに手をついて自分を支える。なんか身体がスカスカする気がするなあ・・・と思いながら、ぐるりと回りを見渡す。おお、こんな風になってたのね。ベッドの向こう側には窓。それから左手にはベランダにつながる掃き出し窓。その掃き出し窓の角には暖炉、その手前にソファセットが置かれている。一方、ドア側の壁に沿っては、飾り棚と、ベッドヘッドと同じ向きの壁沿いには、勉強机?らしき机と本棚セットが置かれている。ひ、広い・・・! なんだろう、学校の教室ぐらいの広さがあるぞ・・・!
感心して見まわしていると、そこで「ぐぅっ」と盛大な音がした。・・・あら、私の腹の虫・・・!
(まあっ、はしたない、ごめんなさい、おねえさま・・・!)
アリーセがきゃああと可愛らしい悲鳴を上げているが、いや、沢山泣いて、お腹がすいたのは良いことよね!ちょっと元気出てきた証拠よ、沢山食べようね!
(ところで、朝ごはんって、どうやって食べているの?) 何気なくきいてみると
(いつもは、はこんできてもらっているのです・・・わたし、おへやからでないで、ねていることがおおいので)
なーるほど。うーん、では来るまで待っていてもいいけど・・・。私はちらりと自分の服をみた。フリフリで可愛らしいけど、寝間着、よね、これ。着替えて、お屋敷探検でも行くのはどうかな・・・
・・・・・・。・・・はっっ!!!
そそそうだ、肝心なこと確認してない!!
(アリーセ、この部屋に鏡は?!)
(え、こ、ここにはてかがみぐらいしか・・・おとなりのへやに、大きなかがみがありますの。)
どこ?!
なんと、ベッドと勉強机の間に、小ぶりの観音開きの扉があった。そこは開け放てるようになっているようで、ギイっと開くと・・・
「ぐぇ・・・」
可愛い女の子にあるまじき、変な声がでた。そこはそれほど広くない、いやそれでもゆうに20畳ぐらいはありそうな部屋で、ドレスやら靴やらが山盛りに整然と並べられていた。
(衣装部屋ってやつね、すごい・・・!)
目を奪われていると、意識をツイツイと引っ張られる感じがして、
(かがみはここです。)
あ、ありがとう・・・!
衣装部屋の分厚いカーテンをひいて、明かりを充分に入れてから、壁にたてかけてある大きな姿見の前に立った。
「ほわ・・・」
鏡に映っていたのは、目をまん丸に見開いて、口をポカンとあけた、間抜け面の女の子。・・・のはずなのに。
(何これ、かっわいい・・・!)
まっすぐで柔らかそうな黒髪は、背中のあたりまでサラリと伸びている。起き抜けなので多少くしゃっとなっているが、クシを通せば一発直りそうな素直な髪だ。前髪はパツンと切れていて、その下でアーモンド形の目に、漆黒の瞳がつやつやと濡れ光っている。鼻は小ぶりでツンととがっていて、その下には桃色に色づき、ほんの少しだけ下唇がぽってりとして、まるで砂糖菓子のように見える。ちょっと信じがたい8歳だ。
でも同時に。
(青白くって、今にも倒れそう・・・!)
そうなのだ。目の下にはクマなのか青黒くなっており、血色というものもほとんどない。手はまだぷっくりしているが、顔は・・・本当はもっとふっくらした頬でいいはず、だよね、8歳って!!
整った顔立ちで、さらに頬がこけていることで、大人びた雰囲気に見えてしまうけど。ちょっと、こんな状態でほっとくなんて、周りの大人たちは何をしているのかしら?!
(アリーセ、あのね、あなた、熱があったり、病気だったりしたの? あんまり食べたり運動したりしていないみたい。)
(・・・あの、ここにきてからかなしくて・・・あんまりたべたいとおもわなくて・・・あとおへやからでるのもこわくて・・・)
(ここにきたのはいつ?)
(ええと・・・ひとつきほどまえ、です)
指をおって日数を数えている姿は可愛らしいけど、言ってることは可愛くないからね!一か月ろくに食べてなかったら、そりゃそうなるわ!
その時、ベッドのある部屋のドアが開く気配がし、ガラガラと何かが運び込まれる音がした。
「まあ、お嬢様・・・!」
やっと二人、状況がわかってきました。