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4・ガランとゴロン

「……ねえ、どう見ても無理なんじゃない?」

「そうですよねえ。丈を詰めれば……ってものでもなさそうですわ」


 私の前には、目もくらむような豪華なドレスが並んでいる。三日後に行われる「即位の儀」のためのドレスを選んでいるのだ。


 シャリムが張り切って出してきたドレスは、過去の魔王が身につけたものだ。歴代魔王の男女比は六対四くらい、女魔王もけっこういた。ただ当然だけどみんな大人で、王に選ばれるほどの魔物だから、恵まれた体格の持ち主だったらしい。

 それに対して私はどうかというと、みたところ小学生、身長はたぶん百三十センチくらい? この幼児体型の私が、胸を強調したり、背中がばっくり開いたりしたドレスなんて、無理に決まってる。


「はっきり言っていいよ。サイズ以前に、どう考えても似合わないでしょ」


 シャリムは嘘がつけないタイプのようで、何も言えなくなってしまった。……だからって、そんな可哀そうな目で見なくても。


「この手のドレスでは、かえって哀れをそそりますね。シャリム、他に何かないのですか」


 それまで呆れたようにドレスと私を見比べていたフィブリスが、白けた声で言った。こっちは完全に思ったままを口に出すつもりらしい。


「フィブリス、言い方……」

「ああ失礼、陛下。ですが今のうちに言わなくては、このまま即位の儀に臨んで恥をかくのは貴女ですからね」

「だから、言い方……。はあ、もういいや。ねえ、過去に魔道士の王様はいなかったの?」


 するとフィブリスが資料も見ずに並べ立てた。


「もちろんいらっしゃいますよ。四代ゴークス様、十一代レドメニア様、十八代……」

「いや、ごめん名前とかはいいの。なら、魔道士のローブじゃだめなのかなって……」


 フィブリスは眉をひそめたけれど、シャリムは頷いて目を輝かせた。実際今の私も、地味な灰色のローブを着ている。というかそれしか持ってないんだけど。


「あまり正装とは言えないのですが……、この際それしかないですか」

「そうですねフィブリス様! そうだわ、艶のある黒いローブがあります。あれを手直ししましょう! ローブなら、陛下の貧弱な体型もごまかせますし!」

「シャリムも、言い方……」


 私は何度目かのため息をついた。



 シャリムはすぐに件のローブを探し出してきた。なるほど、いつの魔王のものか知らないけど、シルクみたいな艶のある、漆黒のローブだ。


「これならすぐに手直しできますわ。なんでしたら、少し装飾をつけてもよろしいかと」

「……それなら、縁にレースをつけて。できたらピンクのがいいな、ゴスロリみたいな……」

「ごすろり……、とは何です? 陛下」


 二人がきょとんとしたので、私は慌てる。これまで人間だったことはひた隠しにしてたのに、打ち明けたことで気が緩んでいた。


「ごめん、何でもないの。ええと……ピンクのレース、だめかな?」


 上目遣いにこてっと首をかしげると、シャリムの頬が緩んだ。


「んもう、可愛い! ピンクのレースですね、かしこまりました。他のドレスからひっ剥がしてでも!」

「陛下、貴女という方は既にシャリムの扱いを……」


 フィブリスの呆れた声は、衣装庫に駆け込んで行ったシャリムには聞こえなかっただろう。私はにっこり笑った。


「シャリムって本当にいい人ね、フィブリス」

「……」


 フィブリスは探るように目を細める。


「どうやら、子ウサギの見た目に騙されてはいけないようですね……」

「もう、人聞きが悪いなあ。愛想良くして何が悪いの?」

「……その通りですね」


 フィブリスが棒読みで答えたところで、シャリムが両手いっぱいに布やらレースやらを抱えて戻ってきた。私とシャリムがデザインについてきゃわきゃわ騒いでいる間、フィブリスは何やら考える様子で、じっと私を観察していた。






 翌日、フィブリスが大きな(いのしし)を二頭連れてやって来た。いや、猪じゃない。大きな鼻と牙、それに茶色い毛が猪を連想させる、レスラーみたいなムキムキの魔物だ。たぶん昨日のモドンみたいなタイプだろう。


「陛下、彼らはガラディナックとゴロディメンティです」


 ―――え? ガラ……? ゴロ……? 何て言った?


 目をぱちくりさせる私の前で、猪らは目を合わせようともせずに直立している。


「彼らが貴女の護衛になります。城の中であなたの行くところ、全てに付き従うのが役目です」


 猪……じゃなかった、彼らは促されて前に進み出たが、何も言わずに私を睨みつけるだけだ。昨日の大広間の皆と同じで、私に頭を下げるのは納得がいかないのだろう。


「彼らで決まりなの?」


 フィブリスに尋ねると、重々しく頷く。ということは、これからこいつらとずっと一緒なの? うわあ、ちょっと鬱陶しいし暑苦しそう。だいたい名前、なんだっけ? 難しすぎてとても一回じゃ覚えられないし、そんな面倒くさい名前、いちいち読んだら舌噛みそう。ガラなんとかとゴロなんとか、……うん、もうガランとゴロンでいいじゃん!


「あなたたちは、それで良いわけ?」


 聞くまでもないけど、一応聞いてみる。ガランとゴロンはちらりと顔を見合わせて、口を開いた。


「……正直、おまえなどを王と認めたわけじゃない」

「その通り。だが役目なら仕方ない」


 フィブリスが止めようとしたけれど、私は目線でそれを抑えた。


「どうしても嫌なら、降りてもいいけど?」

「陛下……っ!」


 二人は意外そうに顔を見合わせる。私はまた口を出そうとしたフィブリスに言った。


「フィブリス、ちょっと外してくれる? この二人に、直接聞いてみたいことがあるの」


 フィブリスは驚いたけど、少しだけならと了承してくれた。ただし二人に「無礼を働くな」と釘をさすのも忘れない。

 扉が閉まると、二人はこちらに向き直った。まるで双子みたいによく似ていて、見分けがつかない。本当に双子か、兄弟なのかもしれない。ああ、よく見たら剣の位置が違う。利き手が反対みたいだ。

 右利きらしい方が、憎々しげに口を開いた。


「ふん、たった一日でずいぶんと偉そうになったじゃないか。だが俺たちは騙されんぞ」

「兄者の言うとおりだ。宰相殿をすっかり丸め込んで、いったいどんな手を使った?」


 ああ、やっぱり兄弟なのね。左利きのほうが弟……と。


「俺達もおまえみたいな小娘なんぞ気にいらんが、おまえも俺達が怖いだろう?」

「そうだ。俺達に降りて欲しければ、お願いしますと言ってみろ」


 ムキムキの筋肉を見せつけるようにして、上から凄みをきかせる。フィブリスがいなくなった途端にこれじゃ、そのうち首をきゅっと捻っちゃうつもりかも。ううん、それは嫌だな。


「お願いなんかしないわよ? 降りたいなら許してあげるって言っただけ」

「なんだと? このガキが」

「もう一度言ってみろ!」


 まごうことなき単純脳筋仕様だ。こういうタイプは説得もきかないし、面倒くさくて嫌いだ。二人はお約束のように眉を寄せて、私に顔を近付ける。―――ぎらぎら光る目が、私を捕らえた。




「―――陛下? もうよろしいですか、入りますよ」

「いいよー。ちょうど話がついたところ」

「話、ですか?」


 フィブリスが怪訝そうにこちらを覗き込んで、目を丸くした。無理もない、あのガランとゴロンが私の足元に跪いて、それこそ足を舐めんばかりになっているのだから。


「こ、これは……!? おまえたち、これはいったい……」


 慌てて駆け寄ってくるフィブリスに、ガランが幸せそうに答える。


「宰相殿、我らは陛下のためにこの命を捧げさせていただきます」

「はっ?」


 ゴロンもうっとりと酔ったような声で続ける。


「兄者の言うとおり。ミミィ様のためなら護衛はもちろん、足台になっても構いません」

「へ……?」


 フィブリスらしくない間の抜けた顔が可笑しくて、私は笑いながら声をかけた。


「そんなの要らないよ、ガランにゴロン」

「うおお、愛称でお呼びくださるか!」

「もういつ死んでもいい!」


 床で悶える二人を眺めて、フィブリスは絶句している。


「とにかく二人とも、よろしくね」

「はっ!!」


 彼らはさっきとは別人のように、恭しく礼をして下がっていった。




「……いったい、彼らに何をしたんです!?」


 ガランとゴロンの姿が見えなくなったとたんに、フィブリスが叫んだ。


「えー、何のこと?」

「しらばっくれても無駄ですよ、彼らがあんなになるなんてありえない」


 昨日使ったあの黒い玉には、ほぼ全てのステータスが示される。とはいえ、個々の使える技や魔法までは表示されない。ここは本来強いものが生き残る世界だし、手の内を晒すということは、弱みを見せることにも繋がる。皆がみんな、一つや二つは隠し球をもっていると言っても過言ではない。


 だから私も別にフィブリスに、全てのカードを見せる必要はない。ちょっと迷ったけど、それでもフィブリスには説明しておくことにした。


「さっきの二人は、私を完全に見下して脅してきた。そんなのに護衛なんてされたくない」

「ならば、さっきご自分で仰ったように替えれば……」

「誰が来たって一緒でしょ」


 ここで物憂げに脚でも組み替えたいところだけど、残念ながら椅子からぶらぶらしてる私では格好がつかない。ため息をつくだけで止めておく。


「昨日の状態見れば分かるでしょ? 誰が喜んで私を守ろうと思うの。あわよくば自分が成り代わろうとするのがオチ」


 気休めの反論をする気はないのだろう、フィブリスは黙って私の話を聞いている。


「昨日、私は白魔道士だから、攻撃魔法はほとんど使えないって言ったよね?」

「ええ、確かにそう言いましたね」

「でも状態異常系は、いくらか使えるんだ」

「毒とか麻痺とか、その手の魔法ですね。で、彼らに何をかけたんです」


 フィブリスは頷いたけれど、私を見る目はまだ疑わしげだ。


「見て分かんない? 『魅了』」

「はああああ?」


 フィブリスの細い顎が外れそうなほどがくんと開いて、端正な顔が崩れた。


「……何でそんなに驚くのよ」

「え、いやあの……」


 あたふたするフィブリスもなかなか面白かったけど、さすが敏腕宰相。ひとつ咳ばらいをして、どうやら平静を取り戻したようだ。


「『魅了』……。失礼ですが、どう見ても子供の貴女に、本当にそんなことができるのですか?」

「そうだよ。自分でも役に立たない魔法だと思ってたけど、こういう時に使えばいいのね。どうせ子供だからややこしいことにはならないし、丁度いいでしょ?」

「しかし……」


 それでもフィブリスは、まだ納得がいかない顔をしている。やっぱり、子ウサギが魅了だなんて信じられないのかな。


「フィブリス?」

「はっ」


 目が合った一瞬をとらえ、私はぱちんと指を鳴らした。



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