表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3・それらしく?

 大広間に、再び全員が集められた。宰相フィブリスに先導されて私が玉座の前に立つと、ざわっ……と不穏な空気が広がった。痛いほどの視線に晒されながら、天井を眺めてフィブリスが口を開くのを待つ。

 だってフィブリスが「その舌足らずな声でしゃべられると余計な反感を買いますから、今日のところはとりあえず黙っててください」って言ったんだもの。



「本来この儀式において、王笏に選ばれるとは先代に選ばれたも同じ。今回のように選定を疑うなど、あってはならぬことでした」


そこで言葉を切り、フィブリスは広間を見渡した。


「ガルグィード将軍とともに確認をし、王笏の選択に間違いのないことを確かめました。後ろの三人が見届け人です」


 私の横で将軍ガルグィードが、いかめしい顔で頷いた。少し離れて例の三人。モドンは音が聞こえるほどギリギリと歯を食いしばり、ベレスパードは上目遣いで苦虫を嚙み潰したような顔。イルウィンだけは我関せずといった無表情で、何を考えているのか全く分からない。

 どう見ても、誰も喜んでいるようには見えない。それは大広間にいる者の多くが同じ気持ちのようで、フィブリスが私について話している間も、低いざわめきは止まなかった。


「では、慣例にのっとり、即位の儀は三日後に行います。今日はこれで」


 結局私は一言もしゃべることなく、大広間を出た。

 大広間の扉が閉まった瞬間、中からわっと怒号のような喧騒が聞こえてきた。振り返ってガルグィードが苦笑する。


「やれやれ、これはしばらく大変だな」

「全くです。しかしこの方に威厳を期待するには、あと二百年ほどは待たなければなりませんね」


フィブリスも失笑し、ついてきた三人に言った。


「こちらも解散にしましょう。分かっていると思いますが、余計なことを洩らさぬように願います」

「分かったな、モドン」


 モドンは黙って頭を下げ、出て行った。残りの二人もそれにならう。ガルグィードが改めて私を見た。


「ミミィ……いや、新王陛下。はっきり言って前途多難ですぞ。正直に申し上げるが、わしも完全に納得しているわけではありません」

「……でしょうね」

「ですがこうなった以上、無駄な争いは避けたい。わしからも軽挙妄動は慎むように言っておきますが、どうかご理解のうえ、―――無理は承知だが、何とかそれらしくあるよう、努力していただきたい」

「それらしく?」


私は首をかしげる。


「さよう。王とは、一族全ての命を預かるものです。不運なことに、先代ダンギュバルム様と貴方は、何もかも正反対だ。当然比較され、反感は増すだろう」


 さすが将軍。内心どれだけ不満なのかは分からないけど、言ってることは公正だ。決して声を荒げることなく言いたいことを言うと、堂々と退出していった。






 フィブリスはそのまま私をつれて、城の最上階へ向かった。最上階は魔王のプライベートエリアだ。豪華な執務室に入ると、ものすごい美女が待っていた。褐色の肌も艶やかな美女は、スケスケのドレスの裾からトカゲのような尻尾を覗かせている。そして何より目を引くのは、薄布から零れ落ちそうな、ぷるんぷるんのお胸。美女は優雅に首をかしげた。


「あら、宰相様。新しい魔王様はご一緒ではありませんの?」

「ミミィ、彼女はシャリムです。シャリム、目の前にいらっしゃるでしょう」


シャリムは長い睫毛をぱちぱち瞬かせた。


「え、……は? 何、まさかこの子が……」

「そのまさかですよ。よろしく頼みます」

「えええええええ!!」


執務室に甲高い悲鳴が響き渡った。



「だってねえ、まさかこんな子供が魔王様なんて思わないじゃない……」


 まだぶつぶつ言っているシャリムを無視して、フィブリスは説明を始めた。


「さて、三日後の即位の儀まで忙しいですよ。まずは貴方が王になるにあたって、いろいろ決めねばならぬことがあります」


 はじめに、いわゆる組織的なこと。具体的には、宰相のフィブリスをはじめ、将軍、参謀長、その他の役職は据え置きで良いかどうか。


「普通、王に選ばれるような者には、たいてい部下などがいます。ですからそういった者で周りを固めるのが普通です。私もダンギュバルム様が即位したことで、宰相に取り立てられました。ですが」


 そう、城に来て日も浅い私には、部下どころか親しい者すらいない。一応上司みたいなのはいたけど、仕事を割り振られる時しか話したこともないし。それにそんなことを言うなら、筆頭魔導士のイルウィンこそ上司になってしまう。


「フィブリス様、私は」


私が言いかけると、フィブリスが慌てた。


「ああ、今から少しでも王らしくしていただかなくては。いいですか陛下、即位前とはいえ、もう私達臣下に様などつけてはなりません。まずは私のことは『フィブリス』と」


 え、ついさっきまで雲の上の存在だった宰相を、いきなり呼び捨てなの? さすがに戸惑っていると、フィブリスはさらに続ける。


「他の者も同様に。でなければ役職でお呼びください。ああそれと、敬語もお使いになりませんよう。分かりましたか?」

「……フィブリス」

「そう、それで良いのです。何ですか、陛下」

「私、敬語を使わないと、なんて言うか……ちゃんと喋れないんだけど。本当にこんなんでいいの?」


 すると意外なことに、シャリムが笑った。いつの間にかショックから立ち直ったらしい。


「いいんですよ、ここでは。玉座にいる時だけは、それらしい言葉遣いをお教えしますから」

「それでいいの?」

「大丈夫。このシャリムがついてますからね」


 そう言ってにっこりと微笑んだ美女に、私もつられて笑った。


「良かった。よろしくお願いします」

「ほら、それはいけません」

「ひゃ」


 さっそくフィブリスに突っ込まれて首をすくめると、シャリムががばっと私を抱きしめた。質感たっぷりのお胸に、むぎゅっと押し付けられる。


「んもう、何なのこの可愛すぎる生き物は! 決めたわ、私が絶対あなたを守ってあげる!」


よく分からないけど、どうやら私はシャリムのツボにぴったりはまったらしい。……嫌われるよりいいかな?


「えーと、なんて言うか……どうぞよろしく……」




 少しして興奮がおさまったのか、シャリムは静かになった。彼女はなんと私の(というか魔王の)侍女なんだとか。


「では、先ほどの続きですが」

「ああ、役職ね。とりあえず、据え置きでもいい?」


私があっさり言うと、フィブリスは目を丸くした。


「でも辞めたい人は辞めてもらって」

「それでいいのですか」

「うん。不満があると、ちゃんと働けないだろうし。後任は、今回はフィブリスと将軍に任せる」

「今回は?」


 フィブリスはすっかり面食らっているようだ。私は頷いて、シャリムが出してくれたお茶を一口飲んだ。わ、美味しい。


「だって、相談されても分からないし。そのうち仕事ぶりとか性格とか分かったら、口出すから」

「なるほど賢明ですね。ではそのようにしましょう。……しかしモドンやイルウィンも、そのままでいいのですか? 今日の様子ではかなり不満そうですが、彼らは地位を手放すことはないと思いますよ」

「うーん」


 確かにあの様子では、私をたてるどころか、いつ命を狙われても不思議じゃない。でも、辞めさせたらそれはそれで……。


「いいよ、本人が辞めたくないならそれで。でも、フィブリスから見て危険そうなら、そのときは任せる」

「……子ウサギかと思えば、意外と(したた)かですね」


 私の意図に気付いたフィブリスが苦笑した。そう、この言い方だと、フィブリスにも管理責任みたいなのが生じる。


「だって、見ての通りか弱い子ウサギだもん。だから、将軍にもよく頼んでおいてね」

「そのへんが『転生者』たる所以ですか」

「そうなの? 普通、そのくらいのこと考えない?」

「さて、どうでしょうか」


さらりと返したものの、フィブリスの私を見る目が少し変わったようだった。




「ところで、よろしければ伺っておきたいのですが」


フィブリスが改まって尋ねた。


「何?」

「貴方が転生者であると、先ほど伺いましたが。具体的にどういうことなのです?」

「私は、元々は人間だったの」


 そう話し始めると、さっきの話を聞いていないシャリムが目を剥いた。


「どういうことです? 人間が魔物になれるなどと聞いたことはありませんが」

「そういうことじゃなくて。今の私はちゃんと、ミミィとしてこの世界で生まれたよ。もうすぐ四十歳になる」

「四十歳!? なんと、本当にまだ赤子同然では……」


フィブリスが、らしくもない声を上げた。




 この世界にも、人間はいる。先代ダンギュバルム様の御代にはなかったけれど、過去には交流も諍いもあり、ときには迷い込んできたりすることもあったらしい。


「でも、この世界じゃないの。こことは全く違う世界で、私は人間として生まれた」


また口を開いたフィブリスが、思い直したように先を促す。


「で、その世界の私は、若いうちに死んだみたいで。いつの間にかミミィになってたの」



 言ったってどうせ分からないからほとんど端折ったけれど、本当はそんな簡単じゃなかった。


 高校へ入ってすぐの「親睦合宿」とかいう行事で、バスを連ねて近県の高原へ出かけた。あいにくの悪天候のなかでどうにか日程をこなした帰り道、それは起こった。

 突然の衝撃、轟音、悲鳴。たぶん、事故か土砂崩れか、とにかくバスが崖から転落したのだと思う。私も、というか大抵の生徒は疲れて眠っていたし、今となってはもう分からない。


 で、気が付いたら。私はすでにミミィになっていた。その辺の記憶は不思議にぼやけていて、ミミィとして生まれ育った自分が突然前世を思い出したのか、それともあの時のミミィに転移して過去の記憶を受け継いだのか、これも分からない。

 JKのはずが三十四歳になっていてがっかりしたのは覚えてるけど。でも向こうとは歳の数え方も違うし、むしろさらに若い(というより子供)と理解した。


 なんか、よくあるラノベっぽい世界と思ったけど、どう考えても勇者でも聖女でもなくただのモブだし。ミミィは白魔道士だから、魔力はそこそこあって当然と思ってた。あんまり物事を深く考える質じゃないし、むしろ怖いから考えないようにしてた。このまま何とか、そこそこ快適に暮らせればいいやって。だいたい帰れそうにないしね。



「だから、特にすごい知識も記憶もないの。こんな私が、まさか魔王になるなんて思わなかった。」


 話し終えた私にフィブリスが何か言おうとしたけれど、シャリムのほうが早かった。


「大丈夫よ、私がついてますからね!」


 シャリムの肩越しに、フィブリスがため息をつくのが見えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ