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恋人

作者: 綾瀬えみ

私の恋人は素敵な人だった。


「圭くん、来週の日曜日って暇かなぁ?」

「ごめん、その日は仕事なんだ。今度埋め合わせするよ。」

彼の口から告げられる定型文。そんな断り文句、聞きあきた。

「そっかぁ。ちゃんと埋め合わせしてよー?」

いたずらっぽく笑ってみせる。圭くんは私の気持ちなんて知らずに満面の笑みをうかべた。私は何かに押し潰されてしまいそうだった。


「梨子は最近、彼氏とどうなの?」

友人の彩から発せられる何気ない会話。会社では、彼氏のこと話題にしたくないのに。今日の昼休みは疲れそう。

「うーん。なんか、忙しいみたい。来週の日曜日も仕事なんだってー。」

「大変なんだね~。ちなみに私は来週の日曜日、彼氏とデートです!」

彩がデートの予定を教えてくれる。でも、そんなこと、もう知っている。

「彩はいいなぁー。」

その言葉を口にした私は、何かに押し潰されてしまいそうだった。


すっかり日が暮れた住宅街を1人で歩く。いつからだろう。こんなみじめな気持ちになったのは。

最近、圭くんと話してても、彩と話してても何かに押し潰されてしまいそう。苦しくて苦しくて、必死にもがく。もう、こんな思いしたくない。


日曜日。私は1人で、住宅街を歩く。

圭くんと付き合った当初にもらった、圭くんの部屋の合鍵。本当はこんなことに使いたくなかった。

圭くんのマンションまで来て、息を落ち着かせる。ここからの展開はもう見えていた。

鍵穴に合鍵をさしこみ、出来るだけ音をたてないように鍵をまわす。

玄関に入って、最初に目に飛び込んだのは黒いリボンがついたハイヒール。そういえば、彩もこれと同じ靴がお気に入りだったっけ。

靴を脱ぎ、足音をしのばせ、リビングへ向かう。

リビングには誰もいなくて、男物の服と女物の下着が脱ぎ捨てられていた。代わりに奥の寝室から声が聞こえる。

この声聞いたことあるなぁ。圭くんともう1人は彩の声に似てる。

私は鞄から布にくるまれた包丁を取り出す。

いつからこんなことになったんだろう。

また、押し潰されそう。

圭くんと彩の声は、楽しそうで私の気分を逆撫でした。

あぁ、苦しい。

押し潰されそう。


もう、全て、


終わりにしよう。

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