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第九話 お茶会へようこそ

 時はあっという間に流れてお茶会の当日。ユージェニーが浮かないように名門貴族だけではなく、聖職者や平民出身の歌手も招待した。それでもユージェニーは緊張してしまったようで、ドレスを着てテーブル席に座って恥ずかしそうに俯いている。


「あの娘は誰かしら? 綺麗な子ね」

「ロザリンド様がご招待なされたそうよ。最近ローズ村へ越してきたのですって。ご立派な殉教者の娘さんだそうよ」

「まあ、お可哀相に。それで慰めてあげようというのね。ロザリンド様は本当にお優しいお方ですわ」


 女性客たちは直接ユージェニーに話しかけず、ひそひそと囁き合う。彼女に対して失礼な内容じゃないからいいけど、気になるのなら直接話しかければいいのに。うちのお兄様のように。


「やあ、君がユージェニーだね! 妹のロザリンドから話は聞いているよ。妹から聞いた通りのお美しいレディだ。俺はランドルフ・スタンリー。ロザリンドの兄だ。以後お見知りおきを、レディ」

「め、滅相もございません。レディだなんて、私――」


 ユージェニーは真っ赤になって慌てる。

 ……面白くない!

 でも、どうして? 私はユージェニーがお兄様ルートに入ってくれることを望んでいた筈なのに。

 複雑な心境が顔に出たのか、ユージェニーは不安そうに私を見る。いけない。ここで彼女を怖がらせてしまっては悪役まっしぐらだ。私はティーカップを片手にニッコリと微笑む。


「今日のフルーツケーキはどうかしら? うちのメイドのアイラのお手製よ。ローズ村で収穫したベリーを使っているの」

「あ……そうなのですね。とっても美味しいですっ。アイラさん、ありがとうございます!」


 私の傍らに控えていたアイラは無言で小さくお辞儀を返す。アイラは3年前からスタンリー家で働くようになったメイドで、私より2歳年上だ。こげ茶色の髪に緑メノウを思わせる瞳。どことなくユージェニーと似た容姿の女性だけど、口数は少なくて大人しい子。でも仕事は的確にこなすしっかり者だ。


「私、料理が好きなんです。お菓子作りも大好きで。アイラさん、レシピを教えてもらってもいいですか?」

「かしこまりました。お帰りの際にメモをお渡しします」

「ねえユージェニー。君は普段どんな料理を作るんだい?」

「えっと、シチューとか、パイとか……ごく普通の料理です」

「シチューにパイか! いいなあ、どちらも俺たちの好物だよ。なあ、ロザリン?」

「ええ。狩猟で手に入れた新鮮な肉を使ったシチューやパイは、とても美味しいですわね」

「……ごめんなさい。あまりお肉は手に入らないので、具材は野菜ばかりなんです」

「それは健康に良さそうだな。なあ、ロザリン?」

「ええ。健康の為には野菜が必要よね」

「……ふふっ。ありがとうございます」


 私たち兄妹の会話はユージェニーに安らぎを与えたみたい。最初はぎこちなかった彼女も次第に打ち解けていく。

 お茶会がひと段落すると、お兄様にエスコートを任せて中庭の案内に向かわせた。私はテラスに残って貴婦人たちの相手をする。悲しいかな、これも主催者の仕事だ。


「なかなか良い子のようですわね。ロザリンド様」

「そうでしょう」

「ですけどねえ、やはり私たちのお茶会に平民の子を招くというのは……どうかと思いますわ」


 ゲストの1人、カームフォードという農園の主であるマダム・ロリマーが愛猫の毛並みを撫でながら言う。

 アーチー地方はスタンリー侯爵の土地だけど、その中でも領地はさらに分割され、侯爵家以下の貴族が管轄している。マダム・ロリマーはカームフォード一帯を管轄する子爵夫人で、一昨年に夫を亡くして以来、愛猫を溺愛している。

 女性ながらに農園経営の才能に恵まれ、領民からも慕われているが貴族としてのプライドも高い。


「貴族は貴族、平民は平民。そこはしっかり区別しておきませんと。私もねえ、領民を愛していますわよ。領民あってこその農園主ですもの。だからといって、領民を誰かれ構わず屋敷に招くような真似は致しませんわ。ましてや貴人の集まる席に招待するなど――あ痛ッ!?」


 話しているうちに猫を撫でる力が強くなっていたようで、マダム・ロリマーの愛猫は主人の手を引っかくと膝から飛び降りて走り去っていく。


「まあ、ミンティ! お待ちなさい!」

「落ち着いてください、マダム。アイラ。他の使用人たちにも頼んでマダム・ロリマーの猫を探させて」

「かしこまりました。ロザリンド様」

「あの子はミンティ、ミンティという名前よ! ただの猫ではないわ!」


 マダム・ロリマーは愛猫を子供のように可愛がっている。その場にいる他のゲストたちはどう接したら良いものかと、しきりにこっちを見ている。


「私も探して参ります。スタンリー城のことでしたら熟知しておりますので」

「ああ、お願いします、ロザリンド様!」


 城内ではネズミ取りの為に何匹かの猫を飼っている。猫の好みそうな場所を探しているとお兄様に遭遇した。


「ロザリン。どうしたんだ、そんなに慌てて」

「それが――」


 かいつまんで事情を話していると、お兄様がユージェニーを連れていないことに気が付いた。


「お兄様、ユージェニーはどうなさったの?」

「夢中で庭の説明をしている最中にはぐれてしまってな。ちょうど探しているところだった」

「もう、お兄様ったら! しっかりしてちょうだい! 紳士失格よ!」

「返す言葉もないが、今は言い合っている場合じゃない。ユージェニーを探そう。ロリマー夫人の猫もな」

「ええ」


 兄と2人でユージェニーと猫を探していると、城壁沿いに設置された見張り用の小尖塔の屋根の上で子猫が鳴いているのが発見した。


「お兄様、あれをご覧になって!」

「うちの猫ではないな。ん、あれは!?」

「ユージェニー!?」


 なんとユージェニーが小尖塔の窓から身を乗り出していた。わずかな壁の出っ張りに足をかけると猫に向かって歩いていく。

 危ない! ――と、言いかけて口を噤む。今は彼女を驚かせない方がいい。ユージェニーと猫がいるのは3階ぐらいの高さだ。落ちたら洒落にならない。私とお兄様が見守る中、ユージェニーは子猫を捕まえると抱きかかえて窓に戻る。


「まあ、ミンティ!!」


 そこへロリマー夫人がやって来て、ユージェニーと猫の様子を見て悲鳴じみた叫びをあげた。私はつい舌を打ちそうになるけど、ユージェニーは驚いた様子もなく窓に入るとすぐに尖塔から降りてきた。


「ミンティ、まあ、ミンティ! 怪我はないわね?」

「大丈夫だと思います。きっと珍しくて塔に昇ってしまったんでしょうね。降りられなくなっていたようです」

「お嬢さん、どうもありがとう!」


 ロリマー夫人はユージェニーの手を取ると、目を赤くしてお礼を言った。さっきの態度とは大違いだ。


「あなたこそ怪我はない? ユージェニー」

「はい。ごめんなさい、勝手に塔に入ってしまって」

「構わないわ。それよりも見張りの兵はどうしたのかしら?」

「ちょうど交代の時間だな。ふん、どこかでサボっているんだろう。今日の当番はエリックとサムだったか。あいつらと来たら、つい先日も見張りの最中にカード遊びをしていたな。少し厳しく指導してやらないとな」

「そうね。でもお兄様、本日はお兄様も失態を犯したのをお忘れなく」

「うっ……ロザリンは厳しいな」

「自分の話に夢中になるあまりレディを放置するなんて、紳士失格よ」

「違うんです、ロザリンド様。私がつい庭園に見惚れてしまって、それで――」

「その間にお兄様は先へ行ってしまったというわけね。それならやっぱりお兄様が悪いわ」

「返す言葉もない」


 私たちの会話の傍らで愛猫の無事を確かめたロリマー夫人が安堵の吐息を漏らす。どうやら自分の目でも猫に異常がないと確認したようだ。


「お嬢さん、改めてありがとう。今度は私の屋敷に招待させていただきますわ」

「そんな、私なんかが何度も貴族のお屋敷へお招きに与るなんて――」

「いいえ、あなたは素晴らしい女性ですわ。ミンティを助けてくれたお礼を、ぜひともさせてちょうだい。そうですわ、ロザリンド様もご一緒にいらしてくださいな。その方がお嬢さんも気持ちが落ち着くでしょう」

「こうおっしゃってくださるのですから、お邪魔しましょう。ユージェニー」

「は、はい。お招きいただき、ありがとうございます!」


 最後にちょっとした騒ぎがあったけど、その日のお茶会は無事に終わった。帰り際、私はふと思い立ったのでユージェニーに尋ねてみる。


「ねえ、あなたはずいぶんと身軽だったわね。まったく臆した様子もなかったわ。ああいったことに慣れているの?」

「ええ。私、身体を動かすのが好きなんですよ」

「意外ね」


 ゲームのユージェニーはあまり活発な方じゃなかった筈だけど。内心の疑問が顔に出たのか、ユージェニーは照れたように笑いを浮かべる。


「実は私、子供の頃にもアーチー地方に来たことがあるんです。その時に知り合った子がとても活発で素敵な人で……その子みたいになりたいと思って、体を鍛えるようになったんです。とは言っても町中だから、あんまりモンスターと戦うような機会はなくて。戦闘訓練とかも受けられなかったので、ああいう軽業みたいなことばかりが得意になってしまったんですよ」

「そうなの」


 子供の頃にアーチー地方で知り合った人……ということは、アーロンかな?

 ゲームではユージェニーとアーロンは幼馴染という設定だったけど、そんなエピソードはなかった。ということは……ひょっとして、私!?

 もしそうだとしたら……どうしよう、嬉しい。私は子供の頃、スタンリーの森で会って以来ユージェニーのことをずっと覚えていた。彼女も同じだったなら――どんなに嬉しいことか。


「素敵な思い出を持っているのね。素晴らしいことだわ」

「そう……ですね。大事な思い出です」


 だけど私は確かめられなかった。勇気が出なかったせいだ。もしも私ではなかったら……期待した分だけ落胆が大きい。私は城門の前までユージェニーを見送り、屋敷に戻るとお兄様の部屋に向かった。


「お前の言う通り、いい子だったな。ローズ村にあんな娘が引っ越してきたとは。これからの日々に希望の光が差したようだ」

「良かった。お気に召しましたのね」

「ああ。身分は違えども心が通い合っているのが何よりも大切だ。お前にユージェニーのような友達ができたことを兄として嬉しく思うぞ」


 お兄様はユージェニーを気に入ったようだし、ユージェニーもお兄様に好印象を抱いていたように見えた。本来ならお兄様とユージェニーが出会うのはもう少し後の予定だけど、これぐらいの誤差なら許容範囲だ。今のタイミングなら大きく運命の筋書きが書き換わることもないだろう。

 それにゲームの出会い方もいいけど、今日みたいな出会いもなかなか良い感じだったんじゃないかな。

 お茶会で出会う紳士と淑女。イケメンのお兄様と美少女のユージェニーがスタンリー家の庭園を歩く姿は、まるで絵本の世界のように美しくて幻想的で――。


(……面白くない!)


 お兄様とユージェニーが結ばれることを望んでいた筈なのに、いざ2人が並んで歩く姿を目の当たりにすると実に面白くなかった。

 これって嫉妬? どっちに? ユージェニー? それともお兄様?

 今はまだ何とも言えないけど、少なくともその感情が嫉妬であることだけは自覚していた。

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