第二話 破滅の未来を防ぎたい
「うわぁ……だんだん思い出してきちゃった……」
『戦場の薔薇』は名前の通り戦争をテーマにした乙女ゲーだ。中世ヨーロッパ風の世界を舞台に物語が繰り広げられる。
ちなみに薔薇っていうのはヒロインのユージェニーのことで、決してロザリンドのことじゃない。
ゲームではユージェニーが17歳、ロザリンドが18歳の時に隣国のヴァルハラ王国との戦争が始まる。そしてヒロインと攻略キャラが戦場のロマンスを繰り広げて――ってストーリーだった。
「ええと、確かユージェニーは戦争が始まる1年ぐらい前にアーチー地方に引っ越してきたんだよね。そこから攻略キャラたちとフラグを立てるんだっけ……それで私は……」
ぶつぶつ呟きながら記憶を探る。ロザリンドは王子の婚約者でありながら、戦争が始まると敵国に情報を売って自分だけ助かろうとした。そのせいで最終的に王子から婚約破棄を言い渡される。
私がプレイしたルートの結末では地位を剥奪され、国や領地から追われる破滅エンドを迎えた。その後のことは語られていないけど、売国奴として追われた元貴族の娘がどんな運命を辿るかは想像するまでもない。
「きっとロザリンドに恨みを持つ民にあんなことやこんなことを……」
やめて! 私に乱暴しないで! ――って、ふざけてる場合か。
「めちゃくちゃまずい状況じゃない!」
国を追われるのはアメリア王国ルートでの展開だ。
『戦場の薔薇』はどのキャラを攻略するかによって、最終的な戦勝国が変わるらしい。
アメリア王国のキャラを攻略すれば、アメリア王国が戦勝国に。ヴァルハラ王国のキャラを攻略すれば、ヴァルハラ王国が戦勝国になる。
ヴァルハラ王国ルートでもロザリンドはあちこち寝返りまくったらしく、登場人物から嫌われていた。最後は唾棄すべき蝙蝠女として、断頭台の露と消える――らしい。
らしいって言うのは、私はアメリア王国ルートしかプレイしていないからだ。ヴァルハラ王国ルートの情報は攻略サイトで入手した。
だってあのゲーム、クッソ長いんだもん。しかも基本的にアメリア王国側の好感度が上がりやすく設定されていたから、なかなかヴァルハラ王国ルートに入れなかった。苦労してヴァルハラ王国ルートに入った時も直後にバッドエンドを迎えてしまって、もういいやと投げ出した。
「ああ、何にしても最悪!」
記憶を探るうちに自分自身のことも思い出してきた。
本来の私はどこにでもいる普通の女子高生だった。17歳になったばかりの高校2年生。趣味はオタ活。面白そうだと思えば男向けも女向けも構わず手を出していた。
オタクだけどまあまあ人生を楽しんでいた、いわゆるオタ充ってやつだ。
それなのに、こんなことになるなんて……。
はっ。ひょっとすると、これは夢かもしれない。それも悪夢だ。現実の私、さっさと目を覚まして! 私は思いっきり頬をつねってみた。
「痛いっ!!」
「まあまあロザリンド様! どうなされましたか!?」
またしてもメイドたちが部屋に飛び込んでくる。
「なんでもないの! 大丈夫、大丈夫だから!」
大丈夫だと言ったのにメイドたちは私の身体を隅々まで確認して、どこにも傷がないのを確認してから出て行った。
「うう、汚された気分……」
でも痛みのせいで完全に思い出した。ある雨の日、私は学校帰りに歩道橋で足を滑らせて階段を落ちた。それが最後の記憶だ。たぶんあれで死んだんだろう。
「詰んだ……」
来月は欲しいゲームの発売日だったのに~!
追いかけていたアニメの最終回だって見たかったのに~!
超人気ハリウッド映画三部作の完結編を見届けないまま死んじゃうなんて~!
しかも悪役令嬢に転生するなんて~!
神様は残酷だ。前世で私が何をしたっていうの!? 特に良いことはしていないけど悪いことだってしていなかったのに!
「でもこうなった以上は仕方がないか……なんとか破滅を回避しなくちゃ!」
ロザリンドは悪役令嬢と言っても、単にヒロインをいじめる恋敵ってだけじゃない。売国奴だ。国家レベルの悪役だ。王子から婚約破棄を言い渡され、地位を剥奪されて国を追われたのにも正当な理由がある。仮にヒロインと仲良くしたからといって、破滅が回避できるわけじゃない。
「でも確かランドルフのルートでは、処刑も国外追放もされなかったよね!」
全部で六つあるルートのうち、ランドルフルートのロザリンドは無事に終わる。
婚約破棄は免れなかったものの、兄の尽力があったおかげで領地を追われることにはならなかった。
もちろん領民からは白い目で見られるようになり、いわゆる蟄居状態になってしまっていたけど。それでも身一つで故郷を追われたり処刑されたりするよりマシだ。
戦争はアメリア王国が勝って、兄とユージェニーが結婚して、戦争で苦労したロザリンドも丸くなってユージェニーと仲良し義姉妹になるという結末だった。
「比較的マシなそのルートを狙う? でも確率は6分の1か……」
ちなみに『戦場の薔薇』の攻略キャラは6人いる。
①アメリア王国第二王子のグレン
②アーチー騎士団長アーロン
③アーチー侯爵ランドルフ
④ヴァルハラ王国将軍ヴォルフガング
⑤ヴァルハラ王国の国王ユリウス
⑥ヴァルハラ王国宰相の息子サミュエル
ヒロインが兄以外のルートに入ったら私の破滅は確定だ。
あのゲームは攻略難易度と好感度の上がりやすさを合わせると、ランドルフの優先順位は三番目ぐらいだって攻略サイトに書いてあった。ヴァルハラ王国ルートほどじゃないけど、割と狙わないと入れないルートだ。
「しかもお兄様って一番の不人気キャラじゃなかったっけ!?」
ランドルフは攻略キャラの中では地味な方で、地位こそ高いけれど特に目立った活躍がない。さらにはシスコン気味ときている。乙女的にはマイナス要素だ。ランドルフルートのエンディングも、結局妹離れできていないだけじゃないかと不評の声もあるぐらいだった。
「ユージェニーはお兄様のルートに入ってくれるかな?」
正直かなり難しいと思う。だって他のキャラの方が魅力的だもん。他の攻略対象キャラとヒロインを引き合わせてしまうと兄になびかない可能性が高い。
けれど他キャラと会っていない状態で兄と出会えばどうなるか。
平民であるユージェニーにとって、領主であり侯爵のランドルフに見初められるのは大出世だ。シンデレラストーリーだ。他ルートを知らなければこれ以上ない上がりだ。
「決めた! ヒロインにはお兄様ルートへ入ってもらおう! 他のフラグはすべてへし折らなきゃ!!」
でも最悪の未来を回避するためには、運を天に任せるだけじゃダメだ。自分から行動しなくちゃ! ヒロインと他キャラとのフラグをへし折るだけじゃ生ぬるい!
ゲームのロザリンドはナイフとフォークより重いものは持ったことがないようなお嬢様だった。世間知らずで精神的に弱く、戦争が始まるとあっさり恐怖心に飲まれてしまった。
でも私は――この私はそうなっちゃいけない。
せっかく運命の筋書きを知っているのなら、最悪の未来を回避したいというのなら、私自身も強くならないと!
「よし! 人生の目標決定!!」
思えば前世はこれといった目標もなくフラフラ生きていたけど、ハッキリ目的がある今世だってそう捨てたもんじゃないかも。私は拳を握る。この世界での自分の運命を見据え、心身共に強くなって未来を変える努力をしようと決心した。