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第十六話 まだ見ぬ未来(ルート)へ

 ローズ村の住人が床へ就こうとする頃、ホーンズ要塞の方角から轟音が響いた。赤く染まった空を背景に無数のシルエットが宙を舞う。

 まるで終末を迎えたかのように、村人たちは呆然とその様子を眺めていた。しかしホーンズ要塞が落とされ、炎の矛先が村へと向けられると阿鼻叫喚の地獄絵図さながらの狂騒状態に陥った。


「つまらん! 堅牢なのは見せかけだけか!」


 遥かな上空から要塞攻めの指揮を執っていた男――大柄な体躯に炎のごとき赤髪を逆立てた男は、眼下に広がる光景を見て吐き捨てる。

 ホーンズ要塞。ここ数年で強化された要塞は、ヴァルハラ王国側からは難攻不落の砦のように思えた。

 だからこそヴァルハラの若きユリウス王は、人の手では手懐けられないという伝説の炎竜を手中に収めよと命じた。命じられたのはヴァルハラ王国軍第一旅団長『炎の将軍』ことヴォルグガング・ゴッドワルドだ。


「フン!」


 多大な犠牲を払いながらも見事に役目を果たしたゴッドワルドは師団長に昇格した。彼はホーンズ要塞攻めの指揮官に自ら志願すると、古巣である第一旅団を率いて戦場に乗り出した。

 炎竜を戦力に組み込むのに加え、騎手が炎に巻かれないよう同時に開発が進められた火炎耐性の高いフルアーマーを着込み、最前線で指揮を執っている。


「焼き尽くせ!!」


 手に入れた力の戦果を直に見たかった。それが炎竜攻略戦において命を落とした部下たちへの(はなむけ)になると思っていた。

 部下たちは炎竜をヴァルハラ軍の戦力とすることが、ヴァルハラ王国の栄光に繋がると信じていた。あの憎き堅牢なホーンズ要塞を破り、アメリア王国の地にヴァルハラ第一旅団の名を刻むに違いないと。

 だが実際に現実として目の当たりにすると、ゴッドワルドは落胆せずにいられない。


「この程度か! わずか1時間たらずで攻略できるほどホーンズ要塞は軟弱だったか! 我らは敵の力を高く買いすぎたか! この程度で片が付くというのなら、わざわざ炎竜を手懐ける必要もなかったわ!!」


 第一旅団の団員たちは、志半ばで倒れた仲間たちに捧げる生贄であるかの如く、敵兵を炎竜に焼かせる。憎きアメリア人たちの悲鳴は鎮魂歌のように響き、あの世へ旅立った仲間たちへ捧げられる。

 ホーンズ要塞が陥落したのを確認すると、ヴォルフガングは旗下の部下たちに命じた。


「前進せよ! 次なる目的地はスタンリー城だ! 地獄の火炎でヴァルハラの道を切り開け! 火の道を切り開け!!」

「オオオォォ!!」


 ヴォルフガングは炎竜騎士たちを率いてスタンリー城へと炎竜を駆る。ゴッドワルドが率いる炎竜騎士たちが去った後、後続の歩兵がホーンズ要塞を突破し、ローズ村へと雪崩れ込んだ。

 今回の行軍にあたり補給は現地調達――すなわち略奪によって手に入れるということで全軍が一致している。それゆえに収穫期が終わるのを待っての侵攻となった。


「ありったけの食料を出せ! 武器や防具類もだ!」


 ホーンズ要塞を突破した後はスタンリー城を攻め、アーチー地方の制圧後は後続の味方軍がヴァルハラ王国からやって来る段取りになっている。後続の軍は補給部隊を備えているので、以降の補給は味方によって行われる。

 ホーンズ要塞およびスタンリー城を落とすには、火の勢いで侵攻する必要があるとゴッドワルドは踏んでいた。ホーンズ要塞を攻め落とした手応えから、炎竜だけでも十分に攻められると手応えを掴んだゴッドワルドは炎竜部隊を引きつれてスタンリー城を目指して飛び続けた。



 そろそろベッドに入ろうかという時間帯だった。北東の空が赤く染まり、私――ユージェニーは伯父と一緒に家から飛び出した。周りを見ると、他の村人たちも何事かと外に出てきている。


「ホーンズ要塞が燃えている……」


 誰かがそう呟いた後の展開は、あまりに早すぎた。ヴァルハラ王国の紋章をつけた兵士たちが村になだれ込んでくると、村人たちはあっという間に捉えられる。上空を巨大な竜が何匹も飛び、村には目もくれず南西の方角へと飛んでいった。


「大人しくしろ! 抵抗する素振りを見せた者は容赦しない!」


 丸腰の村人は両手を拘束され、村の広場に連れていかれる。私はヴァルハラ兵が家にやって来る直前、伯父に逃げるようにと言われ、伯母と共に裏口からそっと押し出された。


「隙を見て森へ行け。スタンリー様に助けてもらうんだ」

「でも……」

「女が敵兵に見つかれば、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃない! いいから言う通りにしなさい。絶対に我々の方へ来るんじゃないぞ!」


 伯父は有無を言わせない調子で告げると扉を閉める。私たちはどうすることもできず、敵兵に見つからないよう密かに森へと駆け出した。背後では話し声が聞こえる。


「これで全部か?」

「はい……」

「畑や家屋の数に反して村人が少ないようだな。残りの連中は――フン、逃げたのか」

「森に入られるとまずいな。村人といえども、ゲリラ戦になれば地形を熟知した土地の者が有利だ」

「おい! 森を捜索しろ! 村人は発見次第、殺せ! 脅威は早めに摘んでおけ!」


 ヴァルハラ兵が見立てた通り、森の中には何人かの村人が逃げ込んでいた。彼らと合流した私たちはスタンリー城を目指して夜の森を駆ける。


「あっ!?」


 私は木の根に足を取られて躓いてしまい、勢いづいたまま転がる。道を外れた先にあった小さな崖を転がり落ちると、頭上から私の名前を呼ぶ伯母の声が聞こえた。

 ……でも、すぐに悲鳴にかき消された。


「ギャアアアアアアッ!!!」


 頭上を仰ぐと、つい今しがたまで私たちが走っていた道にヴァルハラ兵が駆け付けていた。彼らは馬に乗って長槍を構え、逃げ惑う村人たちに突き立てていく。


「森へ入った連中は全員殺せ! ゲリラ兵になるぞ!」

「そ、そんな、私たちは――グゲッ!」


 馬の嘶き、人の悲鳴、怒号、槍が肉を抉る音が耳に届く。


「あ……あぁ……」


 私はその場にへたり込み、悲鳴をあげることもできず、喉から掠れた声を絞り出した。

 これは本当に現実の出来事なの? 悪い夢ではないの?

 悪夢……そう、悪夢だったらどんなにいいか。でも鼻をつく血の匂いも、体の下にある土の感触も、転んだ時に打った痛みも感じている。これは夢じゃない。現実なんだ。


「ん?」

「お、おい! なんだ!?」

「ギャッ!」


 ――不意に頭上の様子が変わった。それまで一方的に怒号を放っていたヴァルハラ兵たちの声が焦りを帯び、悲鳴のような声も混じる。


「ハァッ!」


 闇の中、凛々しい女性のかけ声が響いた。姿は見えない。でも私はその人が誰なのかすぐに分かった。ロザリンドだ! ロザリンドが私たちを助けに来てくれたんだ!



 森の中を走っていた私は、悲鳴が聞こえた方へとネプチューンを走らせる。開けた空間に飛び出すと、ヴァルハラ兵が丸腰の村人を虐殺している現場に出くわした。


「ハァッ!」


 私は疾走の勢いのままネプチューンを跳躍させ、兵たちを踏みつけた。着地すると構えていた槍で横薙ぎに兵たちを払う。

 一方的に殺戮を楽しんでいた兵たちは突然の攻撃にバランスを崩し、馬から落ちて地面に倒れ込む。私は容赦せず、鎧と兜の隙間に槍の切っ先を抉り込ませた。短い悲鳴と共にヴァルハラ兵は絶命する。

 その間もネプチューンは暴れ、他の兵たちが態勢を立て直そうとするのを防ぐ。私はさらに2人、3人とヴァルハラ兵を仕留めていった。


「ロザリンド! 危ない!」


 背後から叫び声が聞こえた。すぐさまネプチューンの手綱を引いて向き直るが、私の後ろにいたヴァルハラ兵は硬直したように動かない。

 馬に蹴られた勢いで兜を吹き飛ばされ、剥き出しになった顔は驚愕の表情を浮かべている。眼球がぐるんと上を向くと、そのまま前へと倒れ込んだ。

 ――ヴァルハラ兵の背後にはジェニーがいた。私が仕留めた兵の1人から回収したのだろう。彼女はクロスボウを構え、信じられないといった表情で私を見ていた。


「わ……私、この人がロザリンドを狙っていたから……それで……」


 あのジェニーが、私を助ける為に人を手にかけたのだ!

 馬から降りて彼女を抱き締める。初めての人殺しに震えていたジェニーだけど、抱き締めているうちに落ち着いてきた。

 私は周囲を見回す。……どうやらジェニーの他に生き残りはいないみたいだ。私とジェニーが仕留めたのは5人。軍隊の最小単位だ。

 それに反して殺された村人は10人近くいる。その中にはジェニーの伯母の姿もあった。私はその場で聖印を結び、哀悼の意を表する。


「伯母さん……」

「ジェニー……可哀相だけど、ここに留まっているわけにはいかないわ。すぐにこの場から離れましょう。この連中が戻ってこないまま時間が過ぎれば、訝しんだ仲間たちがやって来るわ!」


 ユージェニーは涙を払い、力強い瞳で私を見ると頷き返した。


「さあ、乗って!」

「う、うん! スタンリー城に向かうんだね!?」

「いいえ、違うわ」

「え?」

「……ここへ来る途中、多くの炎竜が城に向かって飛んでいくのを上空に見たわ……今から城に戻ったところで、みすみす命を捨てにいくようなものよ」

「それじゃあ私たちは、どこへ行くというの?」

「どこへでも、とにかくここではない何処かへ。お兄様はあなたと共にアーチー地方から逃げろと言ったわ。私に己の運命を切り開けと言ってくれた」

「運命を?」

「ええ」


 それはある意味で成功したと言えるし、失敗したとも言える。

 確かに私はこの世界の運命を大きく捻じ曲げた。けれどそれが良い結果に繋がったのか、それとも最悪の方向に転がってしまったのか。今の段階では何とも言えない。

 結局私は侯爵令嬢の地位を失い、領地を放棄して逃げることになった。それでも最悪のバッドエンドは回避できた。ジェニーは生きている。彼女が生きている以上、この展開はバッドエンドじゃない。

 ただしこれから先に待つのは、ゲームでは描かれなかった未来だ。


「行くわよ、ジェニー! しっかりつかまっていなさい!」

「ええ、ロザリンド! あなたと一緒なら、どこへだってついて行くわ!」


 背後からジェニーを抱えるように馬に乗り、手綱を握って号令を飛ばした。


「行きましょう! ここではない何処かへ!」


 私たちはスタンリー城とは正反対の方向へと馬を走らせる。今はとにかくアーチー地方から逃れることだけを考えていた。


 ――ごく普通の女子高生だった私は、ある日突然死んでしまった。

 そして気が付いたら、乙女ゲーム『戦場の薔薇』の悪役令嬢ロザリンド・スタンリーに転生していた。

破滅を回避する為に、ゲームで描かれたロザリンドとはまったく異なる成長を遂げた。その結果、ゲームのどのルートでも描かれなかった未来に到達してしまった。

 破滅を回避できたとは言い切れないかもしれない。それでも私は後悔していない。

 腕の中にジェニーがいる。森を走っている最中、もう彼女は死んでしまったかもしれないと思い、その都度絶望に襲われた。

 世界が終わってしまったかのような絶望を……それを思えば、彼女を腕の中に感じられるのなら、この先にどんな未来が待っていても怖くないと思えた。


 これから私たちを待っているのは、まだ見ぬ世界。ゲームでは描かれなかった未来(ルート)を目指して私は馬を飛ばし続けた。

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