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第十三話 森の泉の前で

 私はアーチー地方の侯爵令嬢ロザリンド・スタンリー。元は普通の女子高生だったけど、乙女ゲーム『戦場の薔薇』の世界で悪役令嬢に転生してしまった。

 破滅ルートを回避する為に兄とヒロインのユージェニーをくっつける筈が……なんと私がユージェニーと恋人同士になってしまった! 

 もちろん私は女で、ユージェニーも女。同性同士の上に、私は来年アメリア王国第二王子のグレン王子と結婚する予定になっている。

 それでも私たちはお互いの気持ちを確かめ合い、時間が許す限り愛を交わそうと誓い合った。


「聞きましたよ、ロザリンド様。前の武芸トーナメントで優勝なされたのでしょう? おめでとうございます!」


 週に一度の日曜日、私とユージェニーはスタンリー家が所有する森の奥で逢瀬を重ねている。今日も私は愛馬のネプチューンにユージェニーと2人で乗って、森の奥にある泉を目指す。


「ありがとう。ようやく青年大会で優勝できたわ」

「青年大会は15歳から25歳までの人が参加していらっしゃるんですよね。ロザリンド様以外は全員男の人で……そんな中で優勝なさるなんて、やっぱりロザリンド様はすごいですっ」

「ふふっ、ありがとう。でもいい加減に様付けと敬語はやめてくれないかしら?」

「あっ……ごめんなさい」

「せっかく恋人同士になったのだからね」


 私が言うと彼女ははにかんだように笑った。

 くぅっ……やっぱり可愛い!


「さあジェニー、着いたわよ!」


 前方に泉が見えて来る。今の関係になってから、私は彼女を愛称で呼ぶようになっていた。それなのにジェニーは相変わらずの様付けと敬語だ。まあ身分の差を考えるとしょうがないんだろうけど。私の感覚だと、もっと砕けた態度で接してほしい。


「う、うんっ。着いたね、ロザリンド」

「え?」

「……うぅぅ~、やっぱり恐れ多いよぉ!」

「え、あ……そ、そんなことはないわ! 今の、とっても自然だったわよ!」

「……本当に?」

「ええ!」


 嘘。本当はすごくぎこちなかった。今だって真っ赤な顔で、涙目になって見上げるように私を見つめている。ああ、可愛い。可愛いのにいじめたくなってしまう。でもダメだ、いじめちゃダメ。そんなことをしたらジェニーは元の態度に戻ってしまう。


「焦る必要はないけれど、それでも心安く接してくれると嬉しいわ」

「う、うん」

「さあ、ピクニックを始めましょうか!」


 私たちは馬を降りてピクニックを始める。ポットには私が淹れた紅茶、軽食はジェニーが作ったお菓子と果物類を持ってきている。


「……どう?」

「ええ、美味しいわ」

「良かった! そのフルーツケーキ、アイラさんに教えてもらったレシピを元に作ったんだよ」


 数ヵ月前まで私の専属メイドだったアイラは、ある日知り合った相手と一緒に駆け落ちしてしまった。その相手とはヴァルハラ王国宰相の息子サミュエルで、実は私が手引きしたことでもある。もちろん私以外の人間は誰もそんなことを知らないけど。


「アイラさん、元気にしているかな」

「好きな人と一緒に逃げたのよ。どこへ行ったとしても幸せにやっていけるわ」

「……うん、そうだよね。好きな人と一緒だと、どんな困難でも立ち向かえる勇気が湧いてくるもんね」

「な、何よ、そんな目で見て……」

「うふふ、幸せだなあって思って。こんなに綺麗なロザリンドが私の恋人だなんて、今でも信じられないよ」

「それを言うのなら、あなただって――あなただって素敵よ、ジェニー」

「そんなことないよ! ロザリンドの方がずっと綺麗だよ!」

「何を言うの! あなたの方がよっぽど――」


 顔を突き合わせたところで私たちは口を噤む。


「言い争うようなことじゃなかったわね」

「えへへ、そうだね」

「まったく……」


 見つめ合うのなら、言い争うよりも愛を囁く方がいい。口付けを交わすのならもっといい。私たちはどちらからともなく目を瞑って唇を重ね合わせた。


(あああ、可愛い、いい匂い、柔らかい、気持ちいい……! なんなのジェニーは。一体なんなの!? どうしてこんなに可愛いの!? 女の子同士なのにこんなに惹かれてしまうなんて……)


 その背徳感がさらに私たちを甘く酔わせる。私の手から林檎が滑り落ち、草原に転がった。



 ゆっくりと上昇する熱に身を委ね、激しく燃え上がった後はゆるやかに下降する。私は足を泉に浸し、拾った林檎に歯を立てる。瑞々しい果実の水分が熱に浮かされた体を巡った。

 一口齧った後で隣にいるジェニーに手渡すと、彼女も林檎に歯を立てた。傷一つない果実にお互いの歯形が刻まれる。フワフワとした夢見心地の私は、ぼんやりとジェニーの横顔を見つめていた。顔をあげたジェニーと目が合うと、彼女は照れくさそうに微笑みを浮かべた。


「ねえジェニー。あなたは今まで、私以外に女の子を好きになったことがある?」

「え? ……どうだろう。私はずっと子供の頃に会った女の子に憧れていたから、他の人を好きになる余裕なんてなかったよ」

「そう……」

「ロザリンドは、どうなの?」

「私? 私は――そうね。前世では女の人を好きになっていたような気もするわ」

「前世?」


 私はジェニーの問いには答えず、遠くを見つめる。

 前世――そう、この世界に転生する前の記憶では、男女問わずちょっといいなと思う人もいた。それでも本格的な恋愛感情には至らなかったし、誰かと付き合いたいという強い願望もなかった。でも今にして思い返してみると。当時は恋とも思わなかった記憶がある。

 あれは幼稚園児だった頃。当時のクラス担任だった保育士の女の人。お迎えが遅く、1人で教室に残っていたある夕方――すぐ近くで優しく私を見つめる彼女が、ふとした拍子に髪をかき上げた。その瞬間、私の胸は飛び跳ねた。綺麗な人だと思った。まだ小さな子供だったのに、私はあの時の彼女に色気を感じていた。

 ――女が女に恋をすることがあるなんて知らなかったから、少女が年上の女性に抱く憧れの感情だと思っていた。だけどあの(ひと)の記憶は、こうしてロザリンド・スタンリーとして生まれ変わった今でも記憶に刻まれている。


「ロザリンドとして好きになったのは、たった一人だけよ」


 どんなに時間が経っても忘れられない記憶――色褪せない感情。脳裡に焼き付いた光景。私はジェニーへの恋心を認めたことで、前世のあの感情が恋だったのだと遅まきながら理解した。


「あなたが好きよ、ジェニー。あなたと出会う前の自分がどうやって暮らしていたのか思い出せないぐらい……愛しているわ」

「私もよ、ロザリンド。私のロザリンド……私はあなたのものよ。身も心も、すべてあなただけのもの」

「ジェニー……」


 私たちはもう一度抱き合い、時間の許す限り愛を囁き合った。



 季節が巡る。転生歴12年、アーチー地方の景色はあまり変わらない。それなのにジェニーが隣にいるだけで、世界は何倍にも輝いて見えた。


「はあっ……ロザリンドが言った通り、泉から吹く風が気持ちいいね!」

「向こうに小舟があるのよ。沖まで漕いでみましょうか」

「うんっ!」


 夏。私とジェニーは森の泉でボートを浮かべる。ジェニーは片手を水に浸し、気持ちよさそうに目を閉じる。泉の中央に到着すると私はボートを漕ぐ手を休め、ジェニーと寄り添い合った。


「水の上ってフワフワしているんだね。なんだか夢の世界にいるみたい」

「面白いことを言うのね。でもこれは現実よ。だってほら、私の体温を感じるでしょう?」

「うんっ」


 夏の日差しが水面に反射して眩しい。でもそれ以上にジェニーの笑顔が眩しかった。



 秋。私たちは約束通り、森にブラックベリーの採取にやって来た。


「見て見て、ロザリンド! もうこんなにブラックベリーを集めたよ!」

「あら、私だってこんなに採取したわよ」


 私たちは籠いっぱいに採取したブラックベリーを見せ合って、クスクスと笑い合う。


「こんなにたくさん食べきれるかしら」

「私、ブラックベリーのジャムを作るね。それでブラックベリーパイを作るの。ロザリンド、食べてくれる?」

「ええ、もちろん。それなら私はブラックベリーの紅茶を作ろうかしら。次の日曜日、また森であなたと会う時に用意してくるわ」

「ふふ、来週はブラックベリーパーティーだね!」


 些細なことで私たちは喜びを分かち合い、思い出を作り、絆を育んでいった。

 最愛の彼女と過ごす日々の中で、私は未来も運命も何もかも忘れ――きっと世界中の誰よりも、幸せな時間を過ごしていた。

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