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第十一話 彼女たちの恋愛模様

「本日はアイラさん、いらっしゃらないんですね」

「ええ。私の用事で森に行っているわ」


 日曜日。お茶会に来たユージェニーはアイラがいないと知って少し落胆したようだった。

 ……面白くない。いや、2人の間には友情しかないっていうのは分かっているけど。だからって露骨にガッカリした顔を見せられると面白くない。


「あなたは迷子になりやすいようだから、1人で森に入ってはダメよ。必ず誰かと一緒に入るようにしなさい」

「え?」

「な、なんなら私が一緒に行ってあげてもよろしくてよ」

「本当ですか? 嬉しいです!」


 ユージェニーは花のつぼみが綻んだように微笑む。なんなのこの子。なんでこんな些細な言動で私を一喜一憂させるの。


「ふ、ふん! ではお茶会が終わった後、散策に向かいましょうか!」

「はい!」


 お茶会が終わると私たちは森に入り、アイラがいる方向とは逆の方向に向かう。


「本日は馬を連れていらっしゃらないのですね」

「ええ。だってあなたは馬に乗れないのでしょう」

「はい……すみません」

「謝る必要はないわ。乗馬なんて機会がなければ習得できないものね」

「ロザリンド様は子供の頃から馬に乗られていたのですか?」

「そうよ。小さな頃からお兄様にくっついて狩猟に出たり、馬に乗って闘技場のトーナメントに参加したりしていたわ」

「そう、なんですね」


 ユージェニーは何かを言いたげに私を見る。

 そ、そんな目で見つめられると、私、私――って、何を考えているの! 話の流れを考えれば、ユージェニーの言いたいことは察しがつくでしょう!


「ユージェニー。あなた、馬に興味があるのね」

「え?」

「ずいぶん馬を気になさっていらっしゃるものね。そう、そうなのね。あなたも馬に乗れるようになりたかったのね!」

「え、あの……」

「遠慮することはないわ。いいわ、せっかくだから私が乗馬を教えてあげましょう!」

「! 本当ですかっ?」


 ユージェニーは瞳を輝かせて食いついてくる。やっぱり馬に興味があったみたいだ。


「そういうことなら、一旦戻って馬を連れてきましょう。先日あなたが見せてくれた身体能力なら大丈夫よ。きっとすぐに馬を操れるようになるでしょう」

「ありがとうございます、ロザリンド様!」


 ということで、その日から私は週に一度、ユージェニーに乗馬を教えることになった。



 やがて1ヶ月が経つ頃になると、ユージェニーは見事に馬を乗りこなせるようになっていた。彼女の身体能力ならすぐにマスターできると見た私の目に狂いはなかった。


「ほら、手綱を持ってごらんなさい。足はしっかり締めて。遠慮していてはダメよ。馬とはいえ体を密着される以上は、相手の気持ちが伝わりやすくなるものよ。馬は騎手を値踏みするの。自信がなければ馬に見抜かれ舐められてしまうわ。馬は乗せるに値しないと見た人物には容赦しないものよ」

「は、はい!」

「あら、かえって怖がらせてしまったかしら。あなたなら大丈夫よ。言われた通りにやってみなさい。馬のリズムに合わせて――そう、そうよ。いい感じだわ!」

「あ、ありがとうございます!」


 私は愛馬のネプチューンにまたがり、彼女は練習用の馬に乗って森に入る。ユージェニーの速度に合わせてゆっくり歩き、森の奥にある泉の前で一休みする。


「ふう……いい気持ちね」

「泉から吹いてくる風がとても心地良いですね」

「ここは夏になっても涼しいのよ。木々の葉が緑に色づいて、泉の水面は夏の日差しを受けてキラキラ輝いて――とても美しい景観だから楽しみにしていなさい」

「はいっ、楽しみです!」


 ユージェニーは無邪気で可愛い。何でもないようなことでも大イベントのように喜んでくれる。こういう反応をされると、もっと喜ばせてあげたいと思うよね。


「秋の景色も素敵なのよ。一面がオレンジ色に染まって、泉の水も澄んでいて。そうそう、ブラックベリーも採れるのよ。一緒に採取に来ましょうか」

「ありがとうございます。ぜひご一緒させてください!」

「ふふっ」


 何気ない話でもユージェニーは楽しそうに聞いてくれるから、ずっと話していたくなる。でも、そろそろ戻らないといけない時間になっていた。


「そろそろ戻りましょうか」

「あ、はい……そうですね」


 心なしか彼女も残念そうだった。もっと一緒にいられたらいいのに。

 ……お兄様とユージェニーがくっつけば長時間一緒にいられるけど。でもそれって本当に私が望む形? 分からない。この世界に転生した私は、ずっとそれを目標にしてきた筈なのに。ここに来て私の気持ちは大きく揺れ始めていた。


「ふう……」


 日が傾き始める前にユージェニーをローズ村に送り、屋敷に戻る。台所の近くを通りかかると、数人のメイドたちがひそひそと噂話を囁き合っているのが聞こえてきた。


「アイラは一体どうしたのかしら?」

「あれは男ね、間違いないわ。あたしには分かるのよ」

「あんたに何が分かるっていうのさ」


 ここ最近、アイラはボーっとしていることが多くなった。森に入っている時間も長くなり、ついでにどことなく色気も帯びてきたみたい。ぼんやりとしている時、白い頬に赤みがさす様子も見受けられるようになった。きっと私の目論見が成功したんだろう。

 でも彼女は絶対に口を割らない。アイラは恋バナを共有するタイプじゃなく、自分の内側に秘めて情熱を燃やすタイプだ。

 そんな彼女の性質がどんな結果を招くのか、私はそこまで理解できていなかった。



 さらに1ヶ月後。アイラは情熱的な書置きを残して城から――ひいてはアーチー地方から姿を消した。


「やっぱり男だったわね。あたしの言った通りだったでしょう」

「まさか、あのアイラが……分からないものねえ」


 アイラがいなくなってからというもの、メイドたちは好き勝手に噂話を交わしていた。聞きとがめた私は階段の上から叱責する。


「ちょっと、あなたたち! 噂話をしている暇があるのなら、早く掃除を終わらせてちょうだい!」

「は、はい、ロザリンド様! かしこまりました!」

「二度とつまらない噂話はしないでちょうだい。アイラは今までよく尽くしてくれたわ。これからは自分の幸せを優先して考えたって罰は当たらない筈よ」


 思いつめた顔で言う私を見て、メイドたちは口を噤む。そそくさと掃除を済ませると立ち去って行った。

 部屋に戻った私は机の引き出しにしまってあった手紙を取り出す。アイラが私宛てに残した手紙だ。


『今までご親切にしていただいたというのに、このような事態になり申し訳ございません。誠に勝手ながら、私には大切な人ができました。彼と一緒にいる為には、この地に留まることはできません。これまでの御恩に背くような真似をして、心より申し訳なく思います。私のような恩知らずは地獄に堕ちることでしょう。けれど私は、彼と一緒ならたとえ地獄でも――』


 私はアイラの手紙から目を上げて、窓の外を見やる。


「あなたは地獄になど堕ちないわ。罪悪感を抱く必要など欠片もないの。だってこうなるように仕組んだのは私なのだから……」


 直接そう言ってあげられないのがもどかしかった。

 アイラが消えた森を見つけ、せめてこれからの未来、彼女とサミュエルが幸せになるようにと強く願った。

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