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第十話 メイドのアイラ

「アイラさんっ。先日教えてもらったフルーツケーキを作ってみたんです。味をみてくださいませんか?」

「かしこまりました、ユージェニー様」

「ど、どうでしょうか?」

「……! 驚きました。とても美味しいです。独自にアレンジなさっているのですね。私のレシピ以上ですよ」

「そんなことはありませんよ。アイラさんのレシピが良かったからです」


 日曜日。お茶会が開催される度に私はユージェニーに招待状を送り、彼女を招いている。彼女はメイドのアイラと料理つながりですっかり意気投合したみたい。今日もお互いのレシピを教え合っている。


(ああ、なんて微笑ましい女子的空間なの……)


 一方で私は淑女教育(家事含む)を放り出して生きてきたので、料理なんてロクにできない。

 いや、前世では料理することもあったよ? でもこっちの世界では勝手が違うんだからしょうがないじゃない。

 あらかじめカットされて分量が計られた食材も、適当に混ぜるだけで味がつく調味料も、お湯を入れるだけで完成するラーメンもないんだから。

 ついでに言うとガスコンロやIHヒーターだってない。火を使うのも一苦労だ。そんな状態でわざわざ料理したいとは思わない。逆に言うと、こんな環境で料理を趣味にしているユージェニーたちはすごい。


「先日、マダム・ロリマーのお宅で出されたスコーンもおいしかったんですよ。林檎のスコーンだったんですけど、とても香りが良くてほのかに甘くて、紅茶によく合いました。あれは刻んだ林檎の他にも、すりおろし林檎が入っていたんじゃないかと推測しているんです」

「もしかすると蜂蜜も入っていたかもしれませんね」

「あ! そうかもしれません!」


 癒しの空間は絶賛進行中だ。他のゲストである貴婦人たちも、微笑ましいものを見る眼差しで2人のやり取りを見守っている。

マダム・ロリマーと愛猫騒動があって以来、ユージェニーは貴婦人たちの間でも受け入れられるようになっていた。

 まあそもそも侯爵令嬢である私のゲストだし、失礼なことができるはずがないんだけど。面と向かって異論を唱えたマダム・ロリマーが例外というか、豪胆というか。さすが女性ながら農園を経営しているだけはある。


(封建制社会って基本的に男社会だものね)


 だから騎士団見習いにも女の子はいない。女ながらに戦闘訓練を受けて武装して戦っているのは私ぐらいなものだ。そういう関係もあって、私はロリマー夫人に好意を抱いている。やり方こそ違うけど、彼女もまた封建的な社会で逞しく生きている女の人だからだ。


「ロザリンド様」

「な、なあに? ユージェニー」

「あの、もしよろしかったら、お嬢様もぜひご賞味くださいっ!」

「私もいただいていいの? ええ、ではぜひ。――っ!?」

「ロザリンド様!? お口に合いませんでしたか!?」

「……いいえ、その逆よ。絶品だわ! 思わず言葉を失ってしまうぐらい……」

「本当ですか? 嬉しいです!」


 ユージェニーの顔いっぱいに安堵の笑顔が広がる。ああ、やっぱり可愛い。おどおどした小動物のような彼女も可愛いけど、一番は何と言っても笑顔だ。彼女が笑うと、それだけで私の心は幸福に満たされる。乙女ゲーのイケメンたちが無条件降伏した気持ちもよく分かる。


「ああ、幸せ……」


 夜になり部屋に戻った私はベッドに身を投じて幸せに浸る。

 つい先日まで灰色の日々だったのに、ユージェニーと出会ってからというもの、毎日が輝いているみたい。

 元々この世界は好きだったけど、彼女と過ごすようになってからはさらに好きになっている。ユージェニーが生きるこの世界を守りたいと強く思うようになっていた。


「その為にもお兄様ルートに入ってもらわないと……」


 乙女ゲー『戦場の薔薇』には6つのルートがある。3つはアメリア王国寄り、3つはヴァルハラ王国寄りのルートに分岐する。どのルートにも分岐しないとバッドエンドに突入してしまう。

 分岐前のバッドエンドでは、ヴァルハラ軍に侵攻された際にユージェニーも死亡するというひどい結末だった。あのゲームは悪役令嬢(ロザリンド)にも厳しかったけど、一歩間違うと主人公(ユージェニー)にも厳しい。


「元々は自分の破滅を防ぎたいだけだったけど」


 今となっては守りたいものがたくさんできた。

 ユージェニー、領地、領民、お兄様。私はみんなに幸せになってほしい。もちろん私自身も幸せになりたい。……でもそうなると、やっぱりユージェニーにはお兄様ルートに入ってもらうしかないのか。


「はあ……」

「失礼します、お嬢様。お茶をお持ちしました」

「アイラ。もうそんな時間なのね」


 眠る前にはお茶を飲む習慣がある。もうそんな時間かと体を起こしてテーブルにつくと、アイラはてきぱきと給仕してくれる。


「ねえアイラ。今夜は一緒にお茶を楽しみましょうよ」

「ですが……」

「私に引き留められたと言えば誰も文句は言わないわ。ね、いいでしょう?」

「かしこまりました」


 テーブルの向かいに椅子を用意して、アイラと一緒にお茶を楽しむ。今夜はなんとなく誰かと一緒にいたかった。

 ティーカップに口をつけるアイラを観察する。こげ茶の髪に緑メノウの瞳。どことなくユージェニーを思わせる風貌の持ち主だ。アイラが屋敷にやって来た時、私は一目見て彼女を気に入った。ぜひ私の専属メイドにしてほしいと駄々をこねたものだ。


「あなたとはもう3年の付き合いになるわね、アイラ」

「はい。お嬢様に目をかけていただいたおかげで、長く務めさせていただいております」

「大袈裟ね」


 アイラは先祖代々続く騎士の家柄に生まれた娘だった。だけど父親が酒と博打で身を持ち崩し、ついには不祥事を起こしてナイトの位を剥奪された。アイラが幼い頃には既に生活が苦しかったようで、子供たちは早くから奉公に出されることになった。

 それでも彼女は愚痴など一度も言ったことがない。積極的に生きる為の技能を学び、忠実なメイドとしてスタンリー家に仕えてくれている。


「あのユージェニーという方はとても良いお嬢さんですね」

「あら、アイラもそう思う?」

「はい。少し前までお嬢様は浮かないお顔をなされることが多くなっていましたが、ユージェニーさんとお知り合いになられてからはお元気を取り戻されましたもの」

「あなたったら……」


 この通り、アイラは私を第一に考えてくれている。嬉しい反面、なんだか申し訳ない。もっと自分のことを優先して考えてくれてもいいのに。彼女も幸せになってほしいと思う人間の1人だ。


「そうだわ。ねえアイラ、あなたも結構腕が立つのよね」

「え? そうですね、没落したとはいえ騎士の家柄でしたもので。没落してからは己の身を守る為にと、基礎的な戦闘の手ほどきを受けました」

「獣やモンスターと戦ったこともあると聞いているわ」

「はい」

「私ね、今度スタンリーの森で泊りがけの狩猟をしたいと考えているの。森の奥に小さな別荘があるのだけど、久しく手を入れていないからあちこちが痛んでいるわ。あなた、手入れをしてくれないかしら。もちろん一度にとは言わないわ。何度か通って手入れしてちょうだい」

「かしこまりました、お嬢様」


 夜が更けると、空になったティーセットを片付けてアイラは部屋を後にした。


(この時期、森の別荘近くにはヴァルハラ王国宰相の息子サミュエルがいる筈だわ)


 あのゲームでヴァルハラ王国ルートフラグをオンにするには、サミュエルとの出会いが必須だった。

 ゲーム本編ではサミュエルは父親とケンカして家を飛び出し、身分を隠してアメリア王国にやって来た。それから紆余曲折あって――まあ下町のならず者と揉めたせいで――記憶喪失の状態になり、スタンリーの森の中で倒れていたところをユージェニーに発見される。そこからユージェニーがサミュエル寄りの行動を取ると、ヴァルハラルートに突入するという筋書きだ。


(スタンリー家の娘としては、ヴァルハラ王国が戦勝国になるルートだけは絶対に回避しなければならない!)


 サミュエルは一見するとチャラ男のドラ息子だけど、根は真面目というギャップ萌えキャラだ。ルート次第では宰相である父親を説得し、講和条約を結ばせるのに一役買ってくれるらしい。私はヴァルハラ王国ルートをプレイしていないからよく分からないけど。


(ユージェニーとの出会いは回避しつつ、なんとか活かせないものかしら)


 私は以前からそう考えていた。そして今夜、ふと答えを導き出した。

 ユージェニーと似た雰囲気のあるアイラとサミュエルを出会わせてみよう。もしもアイラとサミュエルの間にロマンスが芽生えるのなら、それはそれでいいんじゃないか。アイラは今まで自分のことを顧みずに私やスタンリー家に尽くしてくれていた。このまま放っておけば、ずっと忠実に仕え続けるだろう。


(もちろんそういう生き方が悪いわけじゃないけど、私はアイラにもっと自分の幸せを考えてほしいから)


 見た目こそチャラいけど根は真面目なサミュエルと、クールっぽく見えるけど優しくしっかり者のアイラの相性はかなり良いと思う。2人とも美男美女だし、とても絵になるだろう。

 アイラは幸せになれるし、平和の為に活かせるし、ユージェニーとサミュエルのフラグ構築も防げる!

 一石二鳥どころか一石三鳥!

 ……ということで、私は適当な口実を作ってアイラを森に向かわせることにした。

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