悲劇の襲来
この日は、たまにはみんなで食事をしようと話になり、パステルの提案で採掘が終わった後ナスタの家に集まることになった。ナスタとノン、パステルの3人で支給食を受け取りにいきがてら、買い出しにいき、ラインとアングルは先にナスタの家で待っててもらうことにした。
「昔は今日みたいに採掘が終わった後ナスタの家に集まってみんなでナスタの作るご飯を食べて、カードゲームをしたりしたよね」
このファームでは楽しみと言えることは数少ないが、このカードゲームは大切な娯楽の1つだった。中には、自分たちの魔石をかけて人間同士でギャンブルをしている連中もいたくらいだった。
「私も是非そのカードゲームやってみたいです! 後で教えて下さい!」
「もちろん! ノンちゃんも一緒にやろ!」
しかし、それを聞いてナスタはパステルの魂胆を暴露してしまう。
「パステル、そんなこといってノンをカモにしようとしてるでしょ? パステルはほんとにあれ、弱かったからね」
ナスタの発言にノンはパステルに詰め寄る。
「パステルさん、そうだったんですか!?」
ぐいぐいっとノンがパステルに顔を近づける。整った顔の2人が顔を寄せ合うとやっぱり絵になるな、とかナスタは思っていたが、顔をよせられた当の本人にはそんな余裕はないらしい。
「ちょっと、ナスタ! なんでそれを先に言っちゃうかな!? ノンちゃん、ごめん。でも、多分初めてやっても私とはいい勝負だと思うから安心して!」
この後しばらくナスタはパステルの思惑をノンにばらしたことについて愚痴を聞く羽目になるが、ナスタにとってはそんなやりとりですら楽しい一時だった。
ナスタ達一同は支給食に加え、供給所からさらにこのファームの中心にある商業地帯にある商店で肉と野菜を買っていく。
「さて、それじゃあ買い物も済んだし、戻ろうか!」
そう言って一同は支給食や購入した食材を腕にぶら下げながら、人工太陽の光が少しずつ暗くなる中、来た道を歩き返すのであった。
◇◇
一方その頃、ラインとアングルはナスタの家で時間を持て余していた。
「火だけ起こしておいてほしいっていわれてもなぁ。すぐ終わるよな」
ラインは暇そうに入り口からすぐのところにある囲炉裏で焚かれた火を手元の棒でつつきながらその火を眺める。
「そうですね。それにしても、こいつの部屋本当に当時から全然変わらないままですね」
アングルは何か面白いものでもないかと思い、部屋の中を眺めると、そこには見慣れない本がベッドの脇においてあった。
「あ、ちょっとこれ、見てくださいよ! これ本ってやつじゃないですか?」
アングルの言葉にラインはめんどくさそうにアングルの方へ歩いていくと、確かにそこには本が置いてある。
「あいつ、こんな物どこで手に入れたんだ?」
ファームにおいて、紙はかなり珍しく、その紙が大量に使用された本はなかなかお目にかかれるものではなかった。思わぬ発見にラインとアングルは顔を見合わせ、そして本の中を開こうとする。
ガチャリ
その時だった。入口の扉が開く音に、ラインとアングルはてっきりナスタ達が帰ってきたものだと思い、振り返る。
「ナスタ、こんなものどこで手に……」
しかし、扉の前にいたのはナスタ達ではなく緑色の肌の爬虫類顔をした二足歩行をする生物だった。
「ま、魔物様!?」
このファームにも魔物はいたし、物資の供給なんかにくるのはみんな魔物だったため、別に魔物が珍しいわけではない。しかし、2人が驚いているのはその魔物が人間の居住区にわざわざ出向いてきたためだった。
「こ、こんなところに何か御用でしょうか?」
アングルは怯えながら入口の魔物に声をかけると、声を掛けられた魔物はずかずかとアングルに近づき、片手でアングルの首を掴み、そして宙に持ち上げる。
「何か御用でしょうか、だと? しらばっくれるんじゃねぇよ! お前がその手に持ってるものは何なのか、言って見ろよ?」
ラインは怒り狂う魔物に向かって恐怖で膝を振るわせながら必死に事情を説明する。
「こ、ここ、おれたちの家ではないんです! ここの家に住んでる奴が帰ってくるまで、ちょっと待ってもらえませんか?」
ラインの言葉に魔物はピクリと耳を傾ける。しかし、その手にはさらに力が込められ、アングルの首もとに鋭い爪がめり込み、その指先に血が滴る。
「ほぅ、それは本当か? どれくらいでくるんだ?」
問われたラインは慌てて答える。
「支給所と買い出しにいったから戻ってくるので、も、もうあと10分程で戻ってくると思います。そ、それまで少しお待ちいただけませんか?」
ラインの言葉を聞いた魔物はアングルを地面に降ろすと、アングルはそのまま力なく崩れ、ひゅうひゅうと不自然な呼吸をしている。それを見た魔物は足で自分の足下で地面に這いつくばっているアングルを足で蹴飛ばすと、ゴキリと、鈍い音がしてアングルが壁とぶつかる。
「ちょっと力を掛けただけですぐにこれだ。だから人間はクズなんだよ!大した耐久力も、魔力もない。ほんと、魔物たちが飼い慣らしてやらないと、まともに生活すらできないんじゃないのか?」
ラインはアングルの元にかけつけ、アングルを仰向けにして頭を抱きかかえると、アングルは虚ろな目をして弱々しくラインを見る。
「す、すみません、こんな惨めな姿晒しちゃって。最期の最期くらい、ラインさんにいいとこ見てもらいたかったです」
アングルは最期にそれだけ言い残すと、ラインの腕の中で力無く横たわり、息を引き取る。ラインは自分の手の中で、古くから自分を慕ってくれていた親友が事切れるのを見て、怒りで自分の手を握りしめるあまり、その手には爪痕で血がにじんでいた。
「あん?あんなんで死んじまったのか?ったく、つくづくしょうもない存在だな、人間って」
魔物の言葉にラインは遂に我慢の限界を迎え、近くにあったナスタのビッケルを手に持ち、魔物に向かって近寄り振り下ろす。
「なんで人間ってだけで、そこまで虐げられなければいけないんだよ!?」
しかし振り下ろされたピッケルは魔物がタイミングを合わせて払いのけると、持ち手の部分がへし折れ、先の金属部だけがクルクルと飛んでいく。
「このおれに楯突こうっていうのか?いいだろう、ちょっと遊んでやるよ。そうだな、おれはこの指一本で相手をしてやるよ」
魔物は指を一本だけ立て、ラインに見せつける。ラインは最初の一撃でかなわない相手だということを悟ってしまうが、ここまでコケにされた相手に一方的にやられるわけにもいかず、魔物に向かって今度は素手で殴りかかる。
「馬鹿にするな!うぉぉぉぉー!」
すると魔物はその拳を避けるわけでもなく、正面から受け止める。
「ほぉ、ただ殴りに来ただけかと思ったら、小細工をしていたんだな」
魔物は胸で拳を受け止めると、その拳に赤い魔法の光を纏っているのに気が付いたのだ。ラインは、当たればなんとかなると思っていたにも関わらずどうもできなかったことや、これからの自分の幾末を理解してしまい、その場で膝から崩れ落ちる。
「化け物か」
ラインのその言葉を聞いた魔物はラインを見下し言い放つ。
「化け物?おれたちがか?違うだろ?おまえ等人間が弱すぎなんだよ!」
そして魔物は宣言通り立てた指でラインの胸元を貫いた。
ガチャリ
しかし、そこで再び入口の扉は開きその場に似合わない声が響く。
「ただいまー!」
支給所から戻った一同はその場の状況に絶句する。
「な、何よこれ!?どうなってるの?」
自体が飲み込めないパステルは慌てる一方、ナスタとノンは顔をしかめる。そして、魔物がナスタ達に気が付くとラインを貫いたその指を引き抜く。指を引き抜かれたラインは口と貫通した胸元から大量の血を吐き出した。
「あともう少し早く帰ってくればこいつらは死ななくて済んだのになぁ」
パステルたちはラインの元にかけつけるとラインは咳込み、焦点があわないうつろな目をしながら、話をする。
「せっかくみんなで久しぶりにナスタ飯食えると思って楽しみにしてたんだけどなぁ」
そう言うとラインは大きく咳き込み、血を吐きだす。
「もう喋らなくていいよ!」
パステルの静止を聞かず、ラインは話し続ける。
「ナスタ、パステル、おれは魔物が支配するこの世界が大嫌いだったんだ。おまえたちの手で、この世界をかえてくれないか?おれと、アングルからのお願いだ」
「もういいよ、わかったから!」
パステルはラインの手を握りしめると、ラインの目には一筋の涙が流れる。
「ライン!」
パステルのすぐ後ろで見ていたナスタはラインに必死に呼びかけると一瞬顔をナスタの方に向け、笑った気がしたが、それを最期にラインは力無く息絶えた。