破滅せしめる虚無の衣
ナスタはノンが紡ぐ詠唱に自分の言葉を重ねる。
総てを破滅せしめる虚無の衣よ、我が手に纏え
「ヌルヴェール!」
ナスタの詠唱とともに、その手は白い光に包まれる。
「その手で自分の採掘したいところを掘ってみてください」
ナスタは言われるがままビッケルの代わりに自分の手で岩の壁を掘ってみる。
「わ、わわわ! 凄いね、これ! サクサク進むよ! ノンの魔法って本当にすごいね!」
まるで砂山を掘る勢いで素手で岩の壁を掘り進めることにナスタはかなり気分を良くしていた。
「そうでしょう? 気に入っていってもらえたみたいでよかったです」
素直に誉められたノンは嬉しさから顔を赤らめる。
「この調子ならかなりいい調子で採掘を進めることができそうだよ! 魔力の消費も今までよりずっと少ないしね!」
「では早く帰れるということですね!しっかりとご褒美もらわないと。ムフフフフ」
ノンは帰ってからのことを妄想し薄ら笑いを浮かべているが、ナスタはそんなノンを全く気にせず、新たに手に入った力を振るうのに心を完全に奪われ、ただひたすら採掘を続けた。
どれくらいそうしていただろうか。しかし、しばらく掘り進めていると流石にノンが飽きてきたようでナスタに向かって話しかける。
「ナスタさんは黙々と採掘するの、楽しいですか?」
ナスタはノンの声に手を止め、腕で汗を拭う。
「難しい質問だね。楽しいかって聞かれると楽しいわけではないかな。特にこれまではなかなか採掘するのが苦手だって感じてたし。でも、やらないと生活できないし、たまに魔石が見つかると嬉しいし……」
ナスタはそこまで言うと魔法を止め、大きく息を吐き出し、言葉を続ける。
「パステルに、迷惑をかけたくないっていうか認めてほしいっていうのか、そういう思いがあるから頑張れるのかな」
ナスタの言葉を聞いたノンは少し考え、微笑む。
「きっとナスタさんはパステルさんのことが好きなんですね」
ナスタは予想もしてなかったノンの返答に思わず固まる。
「えっと、どうなんだろ?ごめん、全然考えたことなかった。んー、でも、そう、なのかな……?」
「きっとそうなんだと思いますよ?恋愛相談なら私、得意分野ですのでお任せください!」
なぜか張り切るノンに向かってナスタは思い直す。
「あ、なんかごめん。やっぱり今のなし! ノンとは昨日会ったばっかりなのに、何言ってるんだろ、僕。ちょっと採掘の調子が良かったから調子に乗っちゃったかな。そんなことより、ほら、見てよ! ノンの魔法のお陰で今日はもう4つ魔石を見つけることができたよ! 昨日なんて今くらいの時間だったら1個見つけてたかどうかくらいだったのに!」
必死に話を変えようとするナスタに、ノンは笑いながら相槌を打つ。
「はいはい、わかりましたよ、ではなかったことにしておきます。それに、この分なら本当に早く帰れそうですね、お役に立ててよかったです」
そんな話をしていたところ、開始ポイントの方から足音が聞こえる。
「ナスタ、ノンちゃん、そろそろ一度休んだら? と思ったら2人で休んでるんじゃない、お邪魔だったかしら?」
冗談っぽく笑うパステルに対しノンも笑顔で答える。
「お邪魔だなんてとんでもないです。むしろ、私がお邪魔なくらい……」
ノンの話が終わらないうちにくだらないことを言われまいと、ナスタが言葉を被せる。
「今日はノンのお陰で調子がいいし、せっかくノンもいるんだからたまにはみんなのところで少し休もうかな」
そう言って、足早にナスタは開始ポイントの方に歩き始めるが、何かを思い出したようにふとパステルに振り返る。
「そいえば、これ、昨日渡してくれた魔石の代わりに。」
ナスタは腰に付けた麻袋から魔石を取り出すとパステルに向かって差し出すが、パステルは首を横に振る。
「そんなの気にしなくて良いわよ、昨日の事なんだし」
しかし、そこに割って入ったのはノンだった。
「良いんですよ、パステルさん。これ、実は私が見つけた魔石なんですが、ナスタさんにお世話になるお礼にと思って渡したら、代わりにパステルさんに渡してほしいって言われまして。だから、私からのお近づきのプレゼントだとでも思って受け取ってほしいです」
ナスタはノンの突然の申し出に内心驚く。実はナスタとノンは全然そんな話をしていなかったため、ノンの言ってることは全くのでっち上げだったためだ。
「そっか、そう言うことなら、受け取らない訳にはいかないわね。ありがと、ナスタ、ノンちゃん!」
結局、ノンの押しに負けたパステルは魔石を受け取り、そして開始ポイントまで3人で戻る。この一連のやりとりもあったお陰か、ノンとパステルは戻る道中も和気あいあいとしているし、開始ポイントについたら、今度はラインとアングルが加わり、一同の盛り上がりは更に加速する。ナスタも、元々こういった雰囲気を見ているのは嫌いではなかったため、話を外から聞きながら盛り上がるみんなを眺めていた。
みんなをぼんやりと眺めているナスタに気が付いたのはパステルだった。
「ちょっと、何自分だけ蚊帳の外みたいな顔して話聞いてるのよ?」
ナスタはパステルから小声で耳打ちされ、ハッと我に返る。
「あ、ごめん、そんな顔してた?いや、みんなでこうやって盛り上がるの、楽しいなって思って」
ナスタの言葉にパステルは頷く。
「そうよ!それなのにナスタはいつも採掘し続けてるから。でも、あの事故が起きるまではみんなでこうやってよく騒いでたのにね……」
遠い目をするパステルにナスタは頷く。
「でも、どれだけ悔いても過ぎた時間は戻らない」
ナスタの言葉にパステルは首を横に振る。
「そんなに自分を追い込まないで? あれがあってから、ナスタはラインやアングルとちょっと距離を置くようになっちゃったんだよね」
それはナスタたちがまだ親元から離れたばかりの頃、今から何年も前の話だった。その頃は今と違ってこの開始ポイントにはもう1人同世代の仲間がいた。当時はみんなで今日のように和気藹々と話をしながら、一カ所に5人が固まって採掘を進めていた。しかし、当時始めたばかりの魔石の採掘だったため採掘している途中で落石を発生させてしまい、たまたま落石でアングルとラインの2人と、ナスタとパステルともう1人の3人で分断されてしまう事故が発生した。その時に、ナスタは無傷だったナスタは落石にあったパステルは救うことができたが、もう1人はナスタの魔力切れによって救うことができなかったのだ。
「あの時のことは、今でもたまに夢に見るよ」
この事故があってから、それぞれが自分たちの持ち場で採掘するようになり、ラインとアングルがナスタを見下すようになったのだ。
「でも、ナスタのお陰で私はこうして生きていられるっていうのも忘れないでね。それに、またこうしてみんなで話せるようになったんだからナスタも昔みたいに戻ってくれると私は嬉しいな」
ナスタは休憩を終え、再びノンと採掘を再開した後もしばらくパステルの言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
◇◇
ノンが来てから既に数日が経っていたが、ノンがきてからナスタの魔石の採掘は絶好調だった。もちろん、みんなにはノンのお陰ということにしてあるが、ナスタは自分の力で安定的に魔石を採掘できるようになってから、少しずつ自分に自信が持てるようになってきていた。また、その自信とパステルに言われた言葉やノンがいることなどが相互に作用し、少しずつだがラインやアングルとも話すようになってきていた。
「最近、少しずつナスタさん変わってきましたね。付き合いが短い私でもわかるくらい、変わってきてます」
採掘をしていた中で突然ノンに言われてナスタは驚くが、採掘をしながら照れくさそうに笑う。
「うん、ノンのお陰でちょっとずつ自分に自信がもてるようになってきたんだ。それに、いつまでも変わらないままではだめなんだなって思って」
「そう言っていただけると契約した甲斐があります。やっぱり、パステルさんに言われたあの言葉が原因ですか?」
ナスタは思わず作業の手を止め、ノンの方に振り返る。
「なんだ、聞いてたんだ。てっきりラインたちと楽しく話をしてて僕らの話なんか聞いてないと思ってたよ」
それを聞いたノンはニヤリと嫌らしい笑いを浮かべる。
「私の耳を舐めてもらったら困ります。遠くの音でも、他の人に話しかけられていてもナスタさんの声はばっちり聞き分けて理解しますから」
「まぁでも聞いてたなら話は早いけど、僕はずっとあの落石事故を引きずって、自信を失ってたけど、こうやって少しずつ自信を取り戻してきたし、みんなとも打ち解けられるようになってきた。これも全てノンのお陰だと思ってる。本当にありがと」
ナスタの礼にノンはこしょばゆそうに体をくねくねしながら小声で呟く。
「お、お礼ならいつもより激しめの魔力補給で返してほしいです」
しかしこれにはナスタは掌の側部でノンの頭を軽く小突く。
「調子にのるのもいい加減にしなさい」
ナスタの手が当たるのに合わせて軽く舌を出し笑うノンは、きっとラインが見たら悶絶するほど可愛いと思うのだろう。
「冗談はさておき、いつまでもみんなで仲良くいられると良いですね」
ノンのその言葉に、ナスタは大きく頷く。
しかしながら、この幸せは束の間の幸せであることを少なくともナスタは知る余地もなかった。