赤い土の世界
ノンとナスタが出会った翌朝、ナスタは唇にあたる柔らかい感触に気が付きうっすら目をあけると、そこには白に近い金髪の美女が、顔を火照らせにんまり薄ら笑いを浮かべていた。
「ちょ、ちょっと!?」
慌ててナスタがノンの肩を押しやると、ノンはハッと我に返る。
「あ、すみません、ついうっかり……」
「いやいや、なんでついうっかりしたらそうなるの? だいたい、昨日も封印の間の壁を突き破って一番最初がそれだったよね?」
ナスタはベッドから起き上がり、身支度をしながらノンに疑問をぶつける。
「粘膜の接触が効率の良い魔力伝達手段なので一番手っ取り早いのがこの方法なんですよね。昨日のナスタさんから魔力を貰ったときの快感が突然襲ってきて、それでつい……」
「なるほど、でも、女の人とこういうことするのってやっぱりちょっと抵抗があるんだよね」
ナスタの発言にノンは下を向きながら問いかける。
「私とじゃ、嫌ですか……?」
良い訳がない、と思いながらノンの少し寂しそうな様子にあまり無碍に断るのも良くないと、ナスタは誤魔化す。
「いやいや、そういうわけではないんだけど」
しかし、どうやらこれがよくなかったらしい。ノンはナスタのその態度を承諾を貰えたものだと思ったようで、再びナスタに飛びかかり、ナスタの唇を襲う。しかし、そのとき。
コンコン
扉を叩く音の後、聞き覚えのある声が聞こえる。
「ナスタ? 戻ってきてる?」
ナスタは突然の来訪者で、しかも昨日ひどい言い方をしてしまった相手がきたことにひどく動転してしまう。その様子を見たノンは何事かときょとんとしている。
「うん、戻ってきてるよ。今準備してるからちょっと待って」
そう言いながら目の前で顔を火照らせているノンをどうしようかと寝起きの頭を回すがそうこうしている間に扉の開く音がする。
「昨日帰ってくるの遅かったみたいだけど……」
扉をあけた主、パステルは、目の前の状況に一瞬固まる。
「あ、パステル、おはよ。違うんだ。この子は親戚で、しばらく僕が世話をすることになったんだ。ほら、ノン、自己紹介して?」
ナスタは口早に聞いてもいないことをパステルに説明すると、ノンはナスタに言われるがままパステルにぺこりと頭を下げる。
「初めまして、これからしばらくナスタさんにお世話になります、ノンと言います。よろしくお願いします。」
ノンをじっと見て何も言わないパステルに、ナスタは怪しまれたかと心配していたが、どうやら気にしすぎだったようだ。
「何この子! 滅茶苦茶可愛いじゃない!」
パステルはノンの手を取りブンブンと振る。
「私パステルよ、よろしくね。ナスタのところが嫌になったら、いつでも私のところきてくれて良いからね!ナスタ、可愛いからって変なことしたら私がただじゃおかないから」
ナスタはむしろ変なことされてるのは僕のほうなのだけど、とツッコミをいれたいところだったがぐっと我慢し、その代わり、昨日からずっと言いたかったことをパステルに伝える。
「大丈夫だよ、親戚だしね。それよりパステル、昨日はごめん、せっかくああやっていってくれたのに、あんな断り方しちゃって」
パステルはナスタの突然の謝罪に驚くが、伏せ目がちにナスタを見る。
「私の方こそ、押し付けがましい言い方をしちゃってごめん。ノンちゃんもそのうちわかると思うけど、ナスタ、本当に不器用だから見てられないのよね。だから、一緒にいる間何かあったらノンちゃんも力になってあげて?」
「はい、わかりました! 喜んでお力になります!」
ナスタは、なんだか2人で盛り上がっちゃってるけど、まぁいいか、とその場は静観を決める。
「まぁなんにしても戻ってきてるなら良かったわ、いつもの時間に開始ポイントで待ってるから」
そう言って、嵐のように現れたパステルは嵐のように帰っていった。どうやら、パステルは自分と同じく、今日の採掘が始まる前に謝っておきたかったのかもしれないな、と思うナスタだった。
◇◇
ナスタは身支度を整えると食料を確保するためノンと一緒に居住区から更にファームの中心側にある供給所に向かう。どうやらノンはファームを出歩いたことがない様子だった。昨日は上空に浮かぶ人口太陽が暗かったためあまり見えなかったが、今はうっすらと明るくなり始めていたため、ノンが周りをキョロキョロと見回すから一緒に歩くナスタは恥ずかしくて仕方がなかった。明るくなってきたファームは空の代わりに地面と同じ色をした赤い土に覆われており、一部分に水が流れていてその周りに苔が生えている以外は光が届かず植物が育たないため木々すらなく全てが赤い土で覆われていた。そして、中央にはファームとグランドを繋ぐ唯一の手段として層間エレベータが不自然にファームの地面と天井を一本の棒で繋いでいた。
「ここがファームですね。それに、あれは層間エレベータですか?」
「ノン、申し訳ないんだけど、そういうことはもう少し小さな声で聞いてもらってもよいかな?」
ナスタは周りが不思議な目でノンを見ているのに気が付き、ノンに小声で諭し、そしてそうだよ、と説明する。
話を聞いたノンはほぇーとか言いながら層間エレベーターと天井のつなぎ目を見ている。
「人間はこんな日の当たらない地中で魔物に遣われて生活するの、嫌じゃないんですか?」
「んーどうなんだろ?そもそも、僕はここしか知らないし、今の生活も自由はないけど不自由もそんなにないから嫌ではないかな」
ナスタの話を聞いたノンは、何か思うところがあるような素振りをするがそうですか、とだけ答えるただけだった。
「さぁ、供給所についた」
ファームにおいては、賃金は魔物から払われる雀の涙ほどだったが、必要な衣類や食事は基本的に支給制で、この供給所で支給されていた。そのため、食事については、多くの人が与えられた食料をそのまま食べるだけで、自分たちの手で調理をするのは趣味でやる人がごくまれにいるくらいだった。そして、実はナスタはその稀な人間の1人で、支給された食料に雀の涙ほどの賃金で揃えた調味料で少し手を加えるのがうまかった。そのため、この日も供給所で食料を支給されると、居住区まで食料を持ち帰り、簡単な加工をして朝食として済ませる。
朝食後、開始ポイントに向かうと、ナスタとノンに気が付いたパステルが2人に手を振る。
「あ、ノンちゃんも一緒に来たんだね! ナスタを手伝ってあげてねー!」
しかし、その様子を面白くなさそうに見ているのがラインとアングルだった。
「なんなんだ、あいつ。こんなところにあんな女の子連れてきて」
「どうせナスタが連れてくる女の子なんて大したこと……」
アングルがそこまで言い掛けるが、ナスタとノンの顔がよく見える位置まで近づくと、言葉を失う。ラインはしっかり目の色が変わり、ナスタたちが見たことのない腰の低さでノンに向かって話しかける。
「ど、どうも、いつもナスタとここで採掘してるラインです。初めまして」
ナスタはラインのあまりもの変貌に驚き、笑いを必死に堪える。ラインの態度に合わせてアングルも低姿勢だから流石にナスタは笑いそうになるが、ナスタが笑うより早く反応したのはパステルだった。
「ちょっと、そこの2人! いくらノンちゃんが可愛いからって、私に対する態度と態度が違い過ぎなんじゃないの!?」
パステルは可愛かったが、ラインやアングルからすればいつも顔を会わせていたし、パステルがいつもナスタのことばかり気にかけていたため、ラインやアングルからすれば長い付き合いの中でちやほやするだけ無駄だということを無意識下で悟っていたのだろう。しかし、そうは言ってもこれからも一緒にいるであろう手頃な可愛い子を怒らせておくわけにはいかない2人は言い訳を始めるが、その苦しい言い訳が更にパステルを怒らせ、2人の立場を悪くした。
「全く、これだから男って嫌になっちゃうわよね。ノンちゃんもこんな男たち相手にしちゃだめだからね!」
パステルの問いかけにこれまでのやりとりを見ていたノンは微笑む。
「でも、皆さん仲が良さそうで羨ましいです。これから、しばらくの間お世話になりますがよろしくお願いします」
こうして、ノンはナスタたち4人に何の疑いを向けられることもなく溶け込むことができた。
そして、それぞれの穴の先まで進み、いざ採掘を始めようとするとナスタは不思議なことに気が付く。
「あれ?昨日僕が間違って掘った穴がなくなってる?」
そう、昨日ナスタが掘り進んだ、元の穴から横にそれて掘った穴が無くなっていたのだ。ナスタが不思議そうに掘ったであろうところを言ったり来たりしながら不思議がっていると、なにやらノンはニコニコしている。それに気が付いたナスタはノンに声をかける。
「もしかして、ノンが元に戻してくれたの?」
すると、ようやく気が付いてくれたか、と言わんばかりの満面の笑みでノンは頷く。
「こうしておけば、しばらくはナスタさんが私を連れ出したことがばれないと思いまして」
「じゃあ、もしかして僕が寝てる間に?」
驚きながらのナスタの問いに、ノンは少し照れて頷く。
「私の魔法を使えば穴を掘るだけなら簡単です。だから正しい道を掘って、そこで出た土で埋めておきました。昨日いきなり魔力を貰ってしまったので、そのお礼にと思って。ナスタさんの魔力と私の魔法があればこれくらいは朝飯前ですよ」
「確かに、僕が寝てる間だから本当に朝飯前だね! って、冗談をいってる場合ではないか。ありがとう! ここまでやってくれるなら、もっと魔力もっていってもらっても良かったくらい!」
ナスタのこの発言にノンはナスタの唇を咄嗟に奪いにくるが、ナスタはこの動きを察知してか、迫り来るノンの肩を両手で抑える。
「でも、今取られると採掘できなくなるから帰ってからね。って、今思ったんだけど一体僕は何を言ってるんだか……」
ナスタの唇まで後少しというところで食い止められたらノンは少し膨れっ面をするが、ナスタの帰ってから、という言葉に納得したようだ。
「では、少しでも早く帰れるように、私が穴を掘るときに使った魔法を教えましょう!」
ノンが紡ぎ出す詠唱をナスタは何が起きるのか少しわくわくしながら繰り返すのであった。