契約の代償
ナスタは何やら頭に柔らかい感覚と共に目を覚ます。するとナスタの目の前にはナスタの顔を覗き込むノンの顔があった。
「あ、目を覚ましましたね、よかったです」
ナスタはいまいち自分の状況が理解できずにいたが魔物を倒すと同時に気を失ってしまったことを思い出す。そして、自分がノンの膝に頭を預けていることに気がつく。
「わ、あわわ、ごめん! いつの間に!?」
慌ててナスタは起き上がるが、その様子にノンは首を傾げ、どこ吹く風だった。
「私の膝くらい、いくらでもお貸ししますよ? まぁでも、あまりここでのんびりしてる訳にもいきませんし、とりあえずここからでましょうか」
ナスタは頷くと、魔物たちが入ってきた封印の間の扉を閉め、自分たちが空けた穴から開始ポイントに向かって歩き始めた。
「一時はどうなることかと思ったけど、ノンとの契約もうまくいったし、あの場も切り抜けることができてよかったよ」
「はい、最初にナスタさんから魔力を貰ったときに、契約に十分な魔力をお持ちだってことがわかっていたので。こんな言い方は良くないかもしれませんが、ナスタさんは何で人間なのにそんなに高い魔力を持っているんですか?」
ナスタは歩きながら考えるが、自分でもよくわからない。
「本当に僕の魔力って多いの? どちらかというと、この魔石抗の探索も他の人に比べたら全然遅いし、魔石の精錬できる数も少ないから、むしろ魔力は少ないんだと思ってたくらいなんだけど」
ナスタの言葉にノンは不思議そうな顔をするが、何かを思いついたらしい。
「ナスタさん、お疲れのところ申し訳ないのですが、一度どこでもいいのでいつもやってるように採掘してみてもらえませんか?」
2人はちょうどナスタが掘り誤った地点を通り過ぎるところを歩いていてナスタは正しい方向に向かって魔力を込めてビッケルを何度か振るう。
「ね? この通り、全然掘り進めることができないでしょ?それに、休み休みやらないとすぐに魔力が尽きちゃうし」
しかし、どうやらノンには納得いったらしい。
「ナスタさんは魔力を使うのがとても下手なんですね。だからこそ、常に使える魔力の最大量を使うからすぐに疲れてしまうわけです。」
ナスタは改めて自分の出来の悪さを再通告されたような気分でがっかりするが、その様子を見たノンは慌ててフォローする。
「でも、だからこそ私の契約に耐えられる魔力を持っていたんですよ!」
「え?どういうこと?」
ナスタの質問に気をよくしたノンは人差し指をピンと立て、得意げに説明を始める。
「魔法の結果を決めるのは、単純に言えば魔力の出力量と使用効率です。魔力の絶対量は関係ありません。それで、ここからが大切なのですが、魔力の絶対量はあまり知られていないのですが、自分の魔力を空にする度に少しずつですが増えていきます」
ここまで言われてナスタも理解できたようだ。
「つまり、僕はこの魔石抗で毎日魔力を空にし続けていたから、魔力量が大きくなっていた、と」
ノンはナスタに向かってビシッと指を指す。
「ご名答です! それに、あまりにも魔力が空の状態で魔法を使おうとし続けたがために、ナスタさんの魔法回復速度も普通の人よりだいぶ早いです。それもこれも全てはナスタさんは不器用なお陰ですね!」
「喜んでいいのか悪いのかよくわからないけど、僕がこれまでやってきたことが報われた気がしてよかったよ」
「ちなみに、使用効率についても、私の魔法を使う限りは契約の効果で最大効率で使用可能ですので安心してください」
「え、そうなの? まぁでもノンの魔法で魔石を掘る訳にもいかないだろうし、精錬もできないからどうしようもないか。」
「そんなことないですよ、私の魔法も使い方次第だと思いますが……」
ナスタの間接的なノンの魔法のディスりにノンは何気に気を落とすが、それに気が付いたナスタは慌てて話題を変える。
「ところで、これからノンはどこにいくの?僕と契約したっていっても僕とずっと一緒にいるわけではないんだよね?」
ナスタはビッケルをしまい、再び開始ポイントに向かって歩き出しながらノンの方をちらりとみる。するとナスタの言葉に立ち止まり、何やら泣きそうな顔をしている。
「わ、私、一緒にいたら迷惑ですか? 少しは採掘のお役にもたつことができると思うのですが……」
話を変えるつもりが更にノンを落ち込ませることになったナスタは戸惑う。
「あ、いや、迷惑ってことはないんだけど、僕みたいなのと一緒にいてもいいことないと思うし、それに精霊っていろんな人と契約するのが普通じゃないの?」
「では一緒にいさせてください! ちなみに、いろんな人と契約するかどうかは精霊それぞれです。ちなみに私は一途なので1人としかしませんので安心してください」
「そうなんだ、そういうものなんだね。そもそも、契約がなんなのかすらちゃんと聞けなかったからとりあえず一度僕の家に帰って一段落してからまた教えて貰おうかな」
ナスタの反応にとりあえず安心したらしい。こうしてノンとナスタは魔石抗を後にした。
◇◇
「とりあえず何もないところだけど適当にその辺に座ってよ」
ナスタたちは魔石抗から少し離れた居住区にあるナスタの家に帰ってきていた。帰る道中、ノンがあまりにもキョロキョロ、ふらふらするため、ナスタは不審に思われるのをさけるため、足早に家に戻ってきていた。ナスタたち魔石の採掘をしている人間は、このファーム全体を覆う地面と同じ様な色の赤っぽい土をベースにし、魔物によって造られた長家にそれぞれが住むことが魔物によって決められていた。長家のサイズは住む人数で多少違いがあるものの入口を入ると水周りと火を起こす場所があり、そこから少し奥には、床から少し上がったフロアがあるという点はどこも同じだった。
ナスタに声をかけられたノンは興味深そうにあっちこっちをふわふわ見ていたが、そう対して見る物もないナスタの部屋にすぐに飽きたようで少し中の一段高くなったところに腰掛けた。
「それで、お話させていただくのは契約について、ですね?」
ナスタは頷き、靴を脱いで一段高い場所にくつろいで座る。
「話といっても、そこまで多くはないのですが……」
そういってノンが話し始めた内容は
・魔力の受け渡しと双方の合意によって契約は成立する。
・契約することで、契約者は精霊に一定量魔力を渡し続ける。
・契約者は精霊の司る魔法を使いやすくなる。
・基本的に精霊は何人とでも契約できるが、契約者は複数の精霊と契約することはできない。
・契約することで双方で念話が可能となる。
・精霊はいつでも契約を解除できるが、契約者から解除はできない。
といった感じだった。それを聞いたナスタは率直に感想を述べる。
「随分精霊本位の契約内容なんだね、それに、常に魔力を渡さないといけないなんてきいてないけども」
ノンにはナスタの発言が少しムッとした感じに聞こえたのだろう。
「すみません、隠してるつもりはなかったのですが、あの時は説明する時間も十分なくて」
ナスタはノンに謝られ、自分の言葉が強かったことに気が付く。
「あ、ごめん、そう言ったつもりでいったわけではなかったんだ。だから気にしないで。でも、契約についてはこれでわかった。それで、これからのことなんだけど、ノンは特にどこに行きたいとか、何がしたい、とかはないの?」
ノンは少し考え、そして少し遠くを見ながら答える。
「そう、ですね…… どこに行きたい、というのはないのですが、強いて言えば、せっかく契約したナスタさんのお役に立ちたいです」
「僕の役に立ちたい、か。そんなことを言ってくれるのは嬉しいけど、そう言われると逆に僕も困るな」
ナスタの答えにノンは少し残念そうにするが、すぐに普通を装う。
「いきなりこんなこと言われても困りますよね! まぁすぐに思いつかなくても、何かあれば言ってくださいね! 私にできることなら何でもしますから! あ、でもそうはいってもあんなことやこんなことはまだだめですからね、ウフフフフ」
ナスタは最初ノンが何を意味しているかわからなかったが、ノンが口の前に拳を当て、イヤらしく笑うのを見てようやく意味がわかり、思わず赤面する。
「いきなり何を言ってるんだよ! 全く。まぁ冗談はさておき、しばらくは友達として仲良くしてもらおうかな。一緒に採掘しているメンバーには親戚の面倒を見ることになったってことで話をしておくから。だから人間のフリをしてくれほしいな。それじゃあ、これからよろしくね」
そう言ってナスタは立ち上がりノンに手を差し出すとノンも立ち上がってナスタのその手を取る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」