虚無の光
ナスタが1ヶ月ぶりにファームに出て買い出しをしてから、2週間が経っていた。
ナスタは上位魔法によるグランドへのミチの開通にむけて、ファームに行く前と同じように穴を掘ったり、ノンに教わった魔力操作の訓練をしていたが、そこに加えてファームで買った剣を振ることも欠かさなかった。
この時も、ナスタは穴を掘り終え、ミチの入口付近の少し開けたところでノンが見ている中剣を振るっていた。
「ナスタさん、剣振るの楽しいですか?」
しばらく見ているだけだったノンがナスタへ声をかける。
「うん、なんか剣を振るって僕、好きだな。何が楽しいかってきかれるとわからないけど」
ナスタは続けていた上段斬りの手を止め、額の汗を袖で拭う。
「グランドで、剣を使える師と出会えると良いですね」
「え?人間はいないんだよね?」
「えぇ。でも魔物の中でも人型の魔物は剣を使う種族もいますので」
ナスタはノンの説明にイメージがつかなかったのか、首を傾げていた。そもそも、人間が魔物に物を教えてもらうというのがイメージがつかなかったのだ。
「頼んだら教えてくれるものなの?」
「ナスタさんが思っているほど、きっと魔物のみんながみんな、人間のことを下に見ているわけではないと思いますよ?」
ナスタや、その他のファームにいる人間の中では魔物は威張り散らしてて、人間を過当な生物としか思っていないのかと思っていたらどうやらそうではないようだ。
「そんなものなのかな」
ナスタはわかったようなわからないような返事をノンにすると、再び剣を振るい始めた。
◇◇
そして更に数日後、遂に予定していた上位魔法を使う日がやってきた。ナスタたちがファームに買い出しに行った翌日にはトリントンから予定を聞かされていたため、この日がくるのをナスタは希望と不安を両立させながら待ち望んでいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、ナスタさん。魔力は十分溜まってますし、量もおそらく大丈夫です」
両膝に手を当てながらベッドの脇に座りうなだれているナスタに向かってノンは声をかける。
「そうは言っても、一歩間違うと僕死ぬんだよね?不安にもなるよ」
「それも大丈夫です。今回に限っては私がナスタさんの魔力量を確認しながら、必要であれば私から魔力をお渡しします」
「え? 本当に?」
魔力をいつも欲しがるノンにしては珍しい提案だなとナスタはノンに確認すると、やはり裏があったようだ。
「えぇ、但し、しっかりと利子を付けて返してもらいますからね」
ノンが口に手を当ててムフフと笑っている。なんで元は自分の魔力なのに返さなきゃいけないんだとナスタは突っ込みたくなるが
そんなことよりも早いところこの閉鎖的な空間から解放されたいという思いの方が強く、ナスタは口答えを諦めた。そして、覚悟を決める。
「よし、ノンを信じるしかないね。やろう」
ナスタは膝をパンと打ち、その場で立ち上がると予定時刻に向けて身支度を始めた。
◇◇
ナスタたちは準備が終わるとミチの一番奥に集まる。そこには珍しくビスタや、残りのレジスタンスのメンバーであるアインスとツヴァイがいた。アインスとツヴァイは双子の兄弟で、一卵性らしくその目鼻立ちがくっきりとして、クルクルの真っ黒なくせっ毛は2人ともそっくりだった。この2人は魔物に対して喧嘩をふっかけていたところを助け出し、レジスタンスへの加入を提案し、今に至る。
「今日は面白い物が見られるっていうから見に来たぜ!」
「このくだらない日常からようやくおさらばできそうだな!」
アインスとツヴァイの言葉にナスタは改めて今回の魔法への期待を感じてしまう。
「まぁそんなに難しく考えるなや、だめだったらまた掘りゃいいだけだろ?」
そう言って、ナスタが魔法を使う方向に掘られた人1人が横向に通れるかどうかの穴からビスタが現れる。
この穴はある程度方向を定めるために、とビスタの提案で掘られた穴で、中にはランタンが3つ少し距離を空けておいてある。
「あの3つのランタンが一直線に並ぶ位置からランタンを目掛けてぶっ放してやりゃあ大丈夫だ」
ビスタはその骨ばって乾燥した手をナスタの肩にポンと乗せ、ナスタとノンから少し離れる。ミゲルとウンブラは2人を見ながら緊張からか、肩を強ばらせていた。
ナスタが改めて深呼吸し、トリントンとビスタに向かって頷く。
「いつでも気持ちが落ち着いたら始めてくれ」
「よし、じゃあやろうか、ノン」
「はい、ではいきましょう!」
ナスタは膝を震わせ緊張しながらも、これまで何度も練習してきたように体中の魔力を指先に集中させると、既にこの時点で魔力の赤い光がナスタの指先に集まり始める。ノンはナスタの背中にそっとその白くて細い手で触れる。すると、小刻みに揺れていたナスタの膝のふるえが止まる。ナスタは改めて大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと、頭の中で聞こえるノンの声を繰り返すようにその言葉を紡ぐ。
虚ろう万物を超えし無の象徴
汝に我の総てを捧げることを誓い
此処に汝の力を願う
始点にして終点の無を司る純白を纏いて
総てを破滅せしめる虚無の光よ貫け
「ルミエスト!」
詠唱と共に少しずつナスタは体から魔力が失われ、軽く目眩を起こしそうになる。しかし、ノンの手に支えられた背中から温かい何かが流れ込み、そして最後の詠唱と共に指先を起点にして広がった見たこともない真っ白い光の奔流はナスタの意識をなんとか保たせる。光の奔流の発生によって、光が放たれた方向に向かって風が吹き、その場にいる全員の髪を激しく乱す。
そして、放たれた光はナスタたちがいるその場を光で埋め尽くすと、すぐに放たれた方へ飛んでいき、音もなく赤い土の壁を消滅させた。
ナスタは魔法の成功を確信すると、その場に膝を折り、額にはびっしりと汗をかいていた。
「ナスタさん、魔法は成功です。でも、大丈夫ですか?」
「うん、なんとかね」
ナスタの隣にしゃがみこむノンの顔も少し青白い。
「よくやってくれた、ここで少し休んでいてくれ。様子を見てくる」
2人の様子を見て声をかけたトリントンだったが、ナスタはこの提案を首を横に振って断る。
「いや、せっかくなので僕もどうなってるのか様子を見たいです。ノン、いける?」
「私は大丈夫ですが、ナスタさん、歩けますか?」
ナスタは立ち上がってみせると、立ち眩みのように少しふらつく。それを見てきたミゲルが近寄り、ナスタに肩を貸す。
「しょーがないわね、ほら、行くわよ!」
「え?」
ナスタは突然自分の腕をミゲルの首にかけられ、半分背負われるような形になると一瞬戸惑う。
「一緒に行きたいの? それとも行きたくないの?」
「そりゃ行きたいけど……」
「じゃあこれくらい気にしないの! ほら、いくわよ」
それでもやっぱり居心地が悪そうにナスタはミゲルの肩に回された手を戻そうとするがその瞬間ミゲルにその手を掴まれ、逃げられなくなってしまった。
「無駄なあがきはよしなさい」
ここまで言われてようやくナスタは覚悟を決めた様子で、
「よし、じゃ行くか」
トリントンは2人が歩けそうなことを確認すると、ビスタとかなりの量のランタンを抱え込み、そしてナスタがあけた穴に向かって歩き出した。
ゆっくりと少しだけ上り坂になったミチをランタンを所々に設置しながら8人みんなで登ると、やがてミチの先からうっすらと風が吹くのを感じる。
「ツヴァイ、風が吹いてるぞ!」
「あぁ、アインス! おれも感じたところだ!」
アインスとツヴァイがみんなを尻目に駆け出すと、ビスタとトリントンは手に持ったランタンの個数を確認しながらお互い見合い頷く。
「そろそろだな」
「せやな。ようやくお天道様をこの目で見ることができそうやな」
ナスタもアインスたちと一緒に駆け出したくてウズウズしていたが、ナスタの体はその気持ちに応えてくれそうになかった。ナスタの残念そうな顔を見たノンはナスタに声をかける。
「大丈夫ですよ、急がなくてもグランドは逃げていかないですから」
そういってノンはナスタの気持ちを宥めながら、ミチの先を見ながら少し遠い目をしていた。