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久しぶりのファーム

 様々な店が建ち並ぶ路地裏の影の一部が更に濃くなると、そこから突然ナスタとミゲルが頭からヌルリと現れる。現れると同時にナスタは膝から崩れ落ち、地面に這いつくばって嘔吐している。


「な、なんなの、これ?」


 ナスタは地面のことを恋い焦がれるようにしばらく両ひざと両手を地面に付いたまま動けずにいると、ミゲルが隣で笑っていた。


「あはは! 影で転移するとそうなるんだよね!次第に慣れるから大丈夫だよ!」


 ナスタは何事もなかったかのように歩き出すミゲルを追いかけようと、何とか立ち上がろうとするが、足元を絡ませてその場で再び地面に転がる。


「もう、しょうがないなぁ」


 そう言いながらミゲルはナスタに手を貸し立ち上がらせると麻袋から水を出しナスタに差し出す。


「ほら、これ飲むとちょっとはマシになるから」


 ナスタはミゲルから水を受け取り一口含むと、確かに食道を通って胃の中に水が流れ込んで幾分か気分が戻る。


「ありがと、お陰で何とかなりそうだよ」


 ナスタは多少調子がよくなると大きく息を深呼吸して、久し振りの共通区の空気を胸一杯吸い込む。


 路地裏から一本外にでると、これまでのレジスタンスにいた環境とは大きく変わり、目まぐるしく人が行き交っていた。ほんの一ヶ月ほど前に通ったはずなのにナスタはその行き交う人にめまいを覚える。ナスタは顔がバレて前回のように追いかけられるのを防ぐため、口元をストールで覆い、白いフードがついた外套を覆っていたためよほどの事がない限り本人だとばれる心配はなさそうだ。


「ほら、何ぼさっとしてるの?」


ミゲルに声をかけられ、ふと我に返ると少し先でミゲルがナスタの方を振り返っていた。


「ごめん、まだ足元がおぼつかなくてさ」


 ファームはナスタがレジスタンスで潜る前から何も変わっていなかった。しかし、ナスタを捕まえるために打ち出された立て札には既に人集りもなく、既に空気となっていた。きっと犯罪や事件もこうやって風化していくんだろうな、と他人事のようにナスタは思ってしまう。


 ナスタは少し早足でミゲルに追いつくと、改めて路肩で売られている様々な物に目をやる。路肩では、層間エレベーターから近い中央側から、日持ちしやすい根菜類がベースの野菜を売っている八百屋、パン屋、乾燥した肉をベースにした肉屋が大きく店構えを広げている。どこの店も日持ちする物が殆どだったが、一部の葉物の野菜などは、根菜類の10倍ほどの魔石数で販売されていた。さらに、もう少し中央から居住区に外れた、敷地が広くなったところで家具や雑貨など、生活用品が取り扱われている。


 ナスタたちは日持ちする食材を一通り買い揃えると外側の家具や雑貨などを物色する。ナスタは最初、ノンと一緒に寝るのが窮屈だから、ベッドでも買おうかと考えていたが、あと半月ほどでグランドに出る可能性を考えると、今ここで買うのは無駄だと判断した。


「いざ使ってもいいと言われるとなぁ……」


 ナスタは家具屋でベッドやソファーなどを手で押して柔らかさを確認しながら、ぼやく。今回渡された魔石の数を考えると、余裕でベッドやソファーは買えてしまう。しかしなかなか決意が決まらない。


「悩むくらいなら買っちゃえば? あって困る物ではないんだしさ」


「そりゃまぁあって困るものではないけど、なくてもなんだかんだ不自由はしてないんだよね」


「お、ってことはノンと一緒に寝るのが楽しいと。そういうことですな、大将?」


「バカにするのやめてくれるかな?」


 ミゲルは笑っているが、ナスタはミゲルに言われて確かにここ最近ノンと一緒に寝ることに対して、何の違和感もなくなってきている気がしているのに気が付く。


「まぁぬいぐるみが近くにあると安心するのと同じ原理だよ」


「乙女か!?」


 ミゲルの突っ込みは、何気にナスタの心に深く突き刺さった。


 結局、家具は何も買わずにその場を離れ、特に目的もなかったが何も買わずに帰るのは少しもったいないというナスタの気持ちから、少し離れた雑貨屋にきていた。


 通路を挟んで両脇に、グラスや器、それこそぬいぐるみやよくわからない人形、鏡などなど、食べ物と家具ではないものが雑多に並べられている。店番は各区各の両側に1人ずつかったるそうにある者は頬杖をつきながら、またある者は居眠りをしながらナスタ達が買い物をするのにたいし、そこにいるだけだった。


 少し歩くと、ナスタの目の端に何かがとまる。


「あれ? 剣?」


 ナスタは足を止め、隣に置いてある犬の置物に剣を当てないようにゆっくりと持ち上げる。剣と呼ぶのは他の剣に対して失礼かもしれない。それくらい、刀身は錆で埋め尽くされ、とてもではないが普通に使えるような状態ではなかった。


「ナスタ、そんなのが好きなの?」


 まじまじと剣を掲げ、眺めるナスタを横目に見たミゲルはナスタに声をかけるが、ナスタは首を横に振る。


「いや、そういう訳じゃないんだけど。なんかちょっと気になって」


 ファームでは人間の反乱を防ぐために武器類は販売されていなかったが、この錆びた剣はどうやら剣とすら見なされなかったらしい。しかし、刀身こそ錆びているが柄は細かな装飾が施してあり、何やら不思議な魅力をナスタは感じていた。


「その剣、気に入ったのかい?刃は錆び付いてるけど見事な装飾だろ?部屋の飾りとしてでも買っていったらどうだい?これでいいよ?」


 そう言って店番をしていた如何にも怪しそうな細身でちょび髭のちっちゃい中年男性がニヤニヤしながらナスタの方に両手を広げる。どうやらこの使えない剣1本で魔石10個を意味しているようだった。ナスタはぎりぎりこの日にもらった魔石を全て出せば買えない訳ではなかった。しかし、魔石1個で野菜が籠にひと盛り買えるのに、流石にもったいないと感じ、ナスタはすぐにその剣を元の場所に戻してその場を立ち去ろうとする。


 すると、慌てて店番のおっちゃんはナスタ達に声をかけ直す。


「いや、すまねぇ、おれの勘違いだったみたいだ! 魔石7個だったらどうだい?」


 ナスタが足を止めたのをみてミゲルはナスタの方に振り返る。


「そんな値段であの剣買うっていうの!? やめときなよ!」


「ちょっとお嬢ちゃん、人の商売邪魔しないでくれるかな!」


 ナスタは2人のやりとりを横目にしながら再び剣を手に持って何やら感触を確かめている。そして一言。


「うん、この剣買っていくよ」


「毎度あり!」


「え!? ほんとに買っちゃうの!?」


「うん、まぁいいかなって」


 ナスタは麻袋から魔石を取り出すと、店番のおっちゃんに手渡し、剣を受け取りその場を後にする。


 おっちゃんは気を利かせてサービスだといって剣を腰にぶら下げるのにちょうどいい革のベルトを準備してくれた。ナスタはその場でそのベルトをすると、まるで新しいおもちゃをもらった子供のように珍しく顔をほころばせ、剣をベルトに取り付ける。


 その後、道行く人々は錆びた剣をぶらさげた青年のことを少し白い目でみるが、ほくほく顔の当の本人には全く気にならないようだ。


「やっぱり買い物をした後ってなんだかすっきりするね!」


 そう言うナスタにミゲルは大きく息を吐き出し、呆れた顔をしていたが、それもまた、当の本人は気が付かないことだった。


 ◇◇


 ナスタたち2人はミゲルの転移魔法でレジスタンスに戻ると、ノンとウンブラが出迎えてくれる。


「何か良い物はありましたか? って、なんですか、その剣は?」


 ウンブラの部屋にあったような柔らかいソファーやベッドなど、生活用品をてっきりかってくると思っていたノンは思わず驚きの声を上げる。しかし、ナスタはそんなノンの気持ちはどこ吹く風で、自分の腰から剣を取り外すとノンに手渡す。


「なんかこの剣、ちょっと不思議な雰囲気ない?」


「ナスタさん、言いにくいのですが残念ながらこの剣からは何の力も感じません。多分ただの錆びついた剣ですよ」


 ノンは申し訳無さそうにナスタへ剣を返すと、ナスタはあからさまに肩をがっくりと落とし、落ち込んでいた。ナスタは自分の直感を信じ、何か秘められた力があるに違いないと思い購入を決めたのだが、そんなことは全くなかったのである。


 しかし、あまりにも落ち込むナスタにノンは優しく声をかける。


「で、でも、剣の練習にはもってこいですよ! ほら、アッシュブレードを使うのに、剣がちゃんと使えるのと使えないのでは雲泥の差がありますよ!」


 ナスタは定まらない視点で、辛うじて頷くが、ノンの励ましはナスタの落ち込みをより加速させるのであった。

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新作、始めました!

人として大切なことは全て異世界で学んだ!-大切なのはスキルでも境遇でもない、心だ!-

社畜サラリーマンが転成先で超絶魔力量を手に入れたものの、悩み、そして人として成長するお話です。是非お読みいただけると嬉しいです。
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