賢者の石
ナスタがレジスタンスで採掘を始めた数日後、ナスタは前日に使った魔法の影響で今日はちまちまと手で掘り進めていたが、魔力量には随分と余裕があった。
「ねぇ、ノン。ノンの魔法は効率が考慮されるから良いんだけど、できれば他の魔法もそれなりに使えるようにはなりたいんだよね。何か鍛える方法ないかな?」
ノンは腕を組んで顎に手を当て考える。
「そうですね、ナスタさんは魔法を使うときに魔力が散らかり放題散らかってるから、それをなんとかしないといけないんですよね……」
ナスタは初めて聞く話に採掘の手を止める。
「何それ?どういうこと?」
「そうですね、口で説明するのはなかなか難しいのですが、イメージは水を何かに移し替えるときに、移し替える容器の外にたくさん水がこぼれてる感じとでもいいましょうか……」
「なるほど、わかったような、わからないような…… でも、それって改善できるの?」
ナスタの問いにノンは頷く。
「えぇ、魔力の使用効率は正しく訓練すれば改善できます。ナスタさん、魔法を使うときってどこから魔力を出してるイメージで使ってますか?」
「どう?って言われても、詠唱したら体から魔力がでていくだけだよね?」
ノンは首を横に振る。
「今のナスタさんは確かにそうかもしれませんが、改善すべきはそこですね。魔力を使うときにナスタさんの魔力は正しい方向に向いていないのです。それをまずはなおした方がよいですね」
「具体的には何をどうしたらいいの?」
「はい、そのためには、まずは魔力をコントロールできるようにならないといけませんね。元々採掘のときに使ってた魔法を一度使ってみてもらえませんか?」
ナスタは他の人が置いていった近くにあるビッケルを手に持ち、魔法を詠唱する。
「土を切り裂け、ガッシュ!」
そのままナスタは何度か掘ると、ノンがナスタを止める。
「はい、そこまでで大丈夫です。今の感覚を覚えておいてくださいね。では次はこれをビッケルとの間に挟んで同じ事をやってみてください」
ナスタはノンから手渡された何の珍しさもない石をビッケルと手のひらの間に挟み構える。
「ちなみに、その石は賢者の石っていって魔力を増幅させる石なのでそこを通るように意識してみてください」
ナスタは言われるがままちょうど掌と石の接点に意識を集中しながら同じ魔法を唱える。そして、壁にビッケルを突き立てると、ナスタは驚きの声をあげる。
「何これ、すごい石だね!全然今までと掘った感触が違うよ!こんなのがあるなら早く教えてくれたら良かったのに!」
ナスタはノンの方を見ながら珍しくご機嫌そうな様子で壁を掘り進めると、その様子を見ていたノンもにこやかに微笑む。
「さすがナスタさん、やはりそれだけの魔力量があれば本来それくらい掘り進めることができるってことですね」
「何いってるの?これ、賢者の石のお陰だよね?僕の魔力量は関係ないよ」
ナスタは手を止め振り返ると、ノンに賢者の石を返す。
「これ、珍しい石なんだよね?見た目はなんて事ない石なのに不思議だね。でも、また何かの時に使わせてよ」
しかし、ノンはナスタから石を受け取るとまだにやついている。
「何が面白いの?」
ナスタはいい加減意味も分からずにやついてるノンに苛立ってくると、ノンがネタばらしをする。
「ナスタさん、さっきの石は私がその辺で見つけたただの石ころで、賢者の石ではないですよ。だから、さっきのあの力は正にナスタさんの力なんです」
「でも、確かに掘ったときの感覚は全く違ったよ?」
ノンはナスタの前にピンと伸ばした人差し指をたてる。
「そう!まさにそれが魔力をコントロールするということなんです!」
ナスタはよくわからないといった様子で首を傾げていると、ノンは説明を続ける。
「今、ナスタさんは魔法を使うときにこの石を通じて魔力を通そうと意識されましたよね?その意識によって、魔力を集中させることができたから、いつもより魔力の使用効率が向上し、切削しやすかった、ということです」
ナスタは言われて改めて自分の手のひらをまじまじと見ながら未だに納得ができないようで、狐に摘ままれたような顔をしていた。
「もう一度、今度は石を使わずにやってみたらどうですか?」
ナスタは頷くと再びビッケルを握り、魔法を唱え、ビッケルを壁に向かって振るう。
「うーん、たしかに言われてみると一番最初よりも掘りやすい気はするけど、石を挟んだときと比べると全然だめだよ」
「それでは、そのあたりの石ころを拾って、私が渡したときと同じようにビッケルを振るってみてください」
ナスタは未だ信じられないといった顔をしながら近くにある手頃な石を見つけ、三度魔法を唱えてビッケルで壁を崩す。
「わ!ほんとだ!確かに、ただの石でも何かを挟むことで意識がそこに集中されるから、確かに全然効果が違うね!」
ナスタはそのまま感触を確かめるように何度も何度もビッケルを振るうと、どうやら納得したようだ。
「うん、ノンが言ってる意味がようやく分かった気がするよ。でも、やっぱり慣れないうちは頭でわかってても上手く思ったところに集められないね」
「はい、だからこそ繰り返し練習して体得する必要があります。ナスタさん、今と同じ要領で、詠唱をしないで魔力を手に集めるイメージを持ってみてください」
ノンに言われてナスタは先ほどのイメージで手のひらに魔力を集めるが、残念ながら全く何も起きない。どうやらノンの目から見てもうまくいっていない様子だった。
「うーん、なかなか難しいみたいですね。ちょっとナスタさん、そのまま手に魔力を込めたまま手を貸してもらっていいですか?」
言われたナスタは自分の手をノンの方に差し出す。すると、ノンは何を思ったのかナスタのその手をとると、手の甲に唇をあてる。一瞬何をしているのかとナスタは戸惑うが、すぐにノンが何をしているのか理解する。
ノンがナスタの甲に唇をあてると、魔力を集めようとしていた手にほんのりと赤く魔力の光が灯る。そして、そっとノンはナスタの手から唇を離すと、それでもナスタの手は光ったままだった。
「そう、その調子です。その感覚を忘れないでください」
ナスタは体中の体液をその手に集めるようなイメージで何とかその状態を維持するが、しばらくするとその手から光は消え、ナスタは肩で大きく息をしている。
「あ、ありがと。でも、これなかなかしんどいね。肉体的に、というよりも精神的に、だけど」
ノンは頷く。
「はい、魔力操作は慣れない間は精神力を使います。でも、これが自分の思うところのどこにでも操作できるようになれば色んな魔法の使用効率があがるようになりますよ!もちろん、私の魔法も、もっと強くすることができます」
「たしかにそうかもしれないね。僕、しばらくはこの操作を頑張って習得してみるよ。ありがと」
それからしばらく、ナスタは2日に一度纏めて穴をあけ、残りの1日は地道に手で掘る、という作業を進めながら平行してノンに教わった魔力操作を続ける。この地道な努力がナスタの持ち味であって強みであった。このときのナスタは、後にこの努力が大きく実を結ぶことを知る由もない。