魔法の秘密
ナスタは目が覚めると、自分の部屋のベッドの上で寝かされていた。横ではノンがナスタの首に腕を回して薄ら笑いを浮かべ、よだれを垂らしながら幸せそうにすやすやと寝息をたてている。
「あれ?僕魔法を使って気を失ってた気がしたんだけど……」
ナスタはベッドからゆっくりと上半身を起き上がらせると、たしかに魔法を使うときにきていた服をきていた。
「うん、やっぱりあの魔法を使ったのは夢じゃなかったんだね。全体的に体も重たくて魔力が減ってる気がするし」
すると、ナスタが起きたことにノンが気が付いたようだ。
「あ、ナスタさん、おはようございます。結局朝まで寝てしまったんですね。ちょっといいですか?」
ノンはそう言ってナスタと同じように上半身だけ起こすとナスタの首にそのか細く白い腕を巻きつけ、ナスタの唇を奪う。ナスタはもうすでにどうにでもなれといった雰囲気でなすがままにされていた。だが、今回のノンの行為はナスタの魔力を吸うためにしたわけではないようだ。
「やっぱりナスタさんすごいですね。もう魔力が7割くらい回復してます。この調子でいけば、毎日あのクラスの魔法を使うのは難しいかもしれませんが2日に一回は確実にできますし、そのうち魔力量自体が増えてくれば毎日普通に使うこともできそうです」
「そう……なんだ」
ナスタのイマイチな反応にノンは不思議そうにしている。
「嬉しくないんですか?」
ノンの問にナスタは首を横に振る。
「いや、そう言う訳ではないんだけど、あれだけの破壊力を僕なんかが手にしていいのかなって。だから、嬉しいとかよりも、戸惑いの方が大きいのかも」
ナスタの困惑する様子にノンは何やら嬉しそうに微笑む。
「僕の悩んでる姿、面白い?」
ノンは慌てて弁解する。
「あ、すみません、そんな訳ないじゃないですか!力の価値をちゃんと理解してくれているみたいで嬉しいんです」
ノンの思いがけない言葉にナスタは考える。
「悩んでる様子を見てまさか喜んでもらえるとは思ってなかったよ」
「はい、だって、力は善にも悪にもなりますから。新しく得た力に対して調子に乗らず、困惑してくれるというのは、力の価値を理解している証拠だと思いますし、契約した魔導書の精霊としては嬉しいものです」
ナスタはそんな物なのかとわかったようなわからないような気になったが、今回の詠唱で少し気になった点があったのでそれを聞いてみることにした。
「そういうもんなんだね、そいえば話はかわるんだけど、今回の詠唱、これまでよりもちょっと長かったよね?あれってなんで?」
「よくぞお気づきになりました!どこかでナスタさんにはご説明しておきたいと思ったのですがなかなかその機会がなかったのでこのタイミングになってしまいました」
ノンが改まってナスタの方を向くから、ナスタもノンに向くとベッドの上でお互い向き合うという、何か不思議な光景になる。
「まず、魔法とは何か、という話からすると、魔法は精霊の力を借りて、詠唱者の魔力を使って発動するもの、というのはご理解いただいていますよね?」
ノンの問いにナスタは頷く。
「それでですね、魔法の詠唱は、特に魔導書と契約しなくても原理的には言葉を紡ぐことができれば、その精霊の力を借りて、魔法として発動させることが可能です。例えば、私と契約する前からナスタさんが使っていた魔石を精錬するときの魔法や、地面を掘るときの魔法なんかは、力を借りている土の精霊と契約しなくても魔法としては発動するのは、そのためです」
「んじゃノンの魔法も詠唱さえ知っていれば誰でも使えるってこと?」
ノンは頷く。
「はい、ただし、ここが難しいところで、魔法は使用するときに使う魔力量と魔法にする際の変換効率が精霊ごとに自由に決められており、私の場合は要求する魔力量が高く、且つ変換効率が悪いため、使おうと思えば使えますが、よっぽど魔力量が多い人でないと使えません。なので、現実的には変換効率が優遇される契約者しか私の魔法は使えない、ということです」
「もし使うと?」
「その時は使った人の魔力から、詠唱した魔法に見合うだけの魔力を頂戴します。もしそこでその人の魔力が空っぽになったらその時点でその人は死んでしまいます。これが、私の魔導書が破滅の魔導書と呼ばれている一つの理由です」
ナスタはふむふむと頷きながら話を聞いているが、ふと話が逸れていることに気が付く。
「それで、それと詠唱が長くなったことはどう関係してるの?」
「はい、先ほども申し上げた通り、魔法は精霊の力を借りて具現化していますが、その精霊のイメージが明確になるほど魔法の発動効果も大きくなっていきます。そして、その精霊のイメージが詠唱の長さに比例するのです。ナスタさんも、自分のことを少ししか知らない人よりも、より多くのことを知ってくれている人の方が力をたくさん貸してあげたいと思うでしょう?」
ナスタは腕を組みわかったようなわからないような感じで首を傾げている。
「そこはよくわからないけど、つまりは、より魔法の発動効果を大きくするためには、精霊のことを説明する魔法の詠唱をより長くすればいいってことだね!」
あまりのあっさりしたまとめにノンは少し残念そうな顔をする。
「ま、まぁ簡単に言ってしまったらそう言うことですね……」
「今まで何となくで魔法を使ってたけど、これで少しは魔法のことがわかった気がするよ。それに、ノンのこともね」
いきなり自分のことをわかったと言われたノンが今度は首を傾げる。
「私、ですか?」
「うん、ノンがいろんな人と契約しなかったり、変換効率を下げてるのは、本当に自分のことを知ってる人以外には使ってほしくないからだよね」
ナスタの問いにノンは一瞬真剣な顔になり少し考えるがすぐにいつもの顔に戻る。
「そうです、そういうことです!だからナスタさん、私をもっと知ってください!」
そうしてノンはナスタに正面から抱きつき、ノンは顔を見られないようにナスタの肩に顔を埋めるのであった。
◇◇
ナスタがノンから魔法のいろはを教わったその日、ナスタはトリントンに呼ばれる。初めてトリントンと会った一番奥の部屋にいくと、そこにはトリントンともう1人、トリントンと同じくらいの歳の白髪の入り交じった小柄な眼鏡をかけた男性が座っていた。
「ゆっくり休めたか?」
ナスタはトリントンに手で座るように促されるので2人の正面に座りながらトリントンの問いに申し訳無さそうに謝る。
「昨日は初めての採掘だったのに気を失ってしまってすみませんでした」
トリントンはナスタの言うことはあまり気にせず、気にするな、とだけ声をかけると隣にいる男性の紹介をする。
「こいつがビスタで、おれが一緒にこのレジスタンスを立ち上げるきっかけになった人物だ」
紹介されたビスタにナスタは自己紹介をすると反応はイマイチだったようだ。
「何やら面白いのが入ったって聞いたがぱっと見はぱっとせんやつやな。でも、こんなやつがあんなことしでかすんやからなぁ、世の中わからんわ」
いきなり追い込まれたナスタは思わずたじろぐが、トリントンはグイグイ攻め入るビスタをなだめ、ナスタの方を改めて見直す。
「話というのは他でもない、昨日見せてもらった魔法の件だ。ビスタ曰わく、あの魔法の採掘能力はこれまで採掘してきた4人で掘った10日分以上に相当するそうだ。魔石は得られなくなるが、それ以上に掘る速度を優先したいから是非ナスタにはあの方法で採掘を続けてほしい。」
ビスタは続く。
「ただしな、あまりにも一度に掘り進める量が大きすぎるから、魔法を使う前にしっかり方向を確認してほしいんや。気が付いたら、知らん間にぐるりと回っとる、なんてこともあるからな。まぁ多少はやむなしやけど、誰かに後ろから見てもらって方向の調整をしてくれや」
ナスタは頷くと気になっていたことを聞く。
「さすがに、あの魔法を毎日使うのは少し難しそうで、2日に一度くらいになりそうですが、大丈夫ですか?」
ナスタは2人をがっかりさせてしまうのではないかと心配そうにするが、そんなことはないらしい。
「そんな頻度で使えるのか?てっきり3日とか、4日は間隔を開けないといけないかと思っていた。それであれば十分だ」
「わかりました、ありがとうございます。できるだけ早く、毎日使えるように努力したいと思います」
その日から、ナスタは2日に一度あの魔法を使いながら、使わない日はちまちまと、これまで通りのやり方で掘り進める日々がしばらく続いた。