遥か彼方での決意
パステルは先を歩くゾルグの背中を見ながら、キョロキョロと周りを見渡す。パステルがいた部屋を出ると、同じ床材、同じ青い絨毯が中央に敷き詰められたら長い廊下をだった。等間隔に並んだ窓の外に見える地面の高さが、パステルの足元よりずっと低いことから、パステルは今いる場所が一階ではないことを知ると、パステルの足取りをなおさら重たくさせた。
少し歩くと、廊下の先の広間から繋がった部屋の一つにパステルは通される。
「ここ、君の部屋にするから。好きに使ってくれていいよ」
部屋に入ると、正面には大きな窓がこしらえてあり、パステルがファームでは見たことのない明るい光が部屋の中に降り注いでいた。その窓の外に覗くのは青々と生い茂る草木と山、それにどこまでも透き通った青い空、そしてそこに浮かぶ白い雲だった。
さらに、部屋には大きなベッドや化粧台などが整然と並べられており、どれもファームでは見たこともないような代物だったが、それらが高級なものであることは見たこともないパステルでもはっきりと感じることができる物だった。
しかし、パステルはブンブンと頭を振りゾルグに向かって言い放つ。
「こ、こんな部屋使えません! というより、元の場所に帰らせてください!」
「そうだよね、いきなりこんなところに連れてこられたら、誰だって元いたところに帰りたいよね。んー、そうだね、じゃあもし僕の話を聞いて、それでも帰りたいと思ったら僕が責任をもって元の場所に返す。だからまずは僕の話を聞いてくれないかな?」
ゾルグは部屋の中央におかれたソファーに腰掛けると、その正面の席に腰をかけるようにパステルへ促す。
「そういうことなら……」
パステルは気乗りしなさそうな顔でゾルグの正面のソファーに腰をかけると、その柔らかさでソファーにすっぽりと埋まり、転がりそうになる。
「あはは、大丈夫かい? ファームではこんな柔らかいソファーなかなかお目にかかることはないだろう?」
ゾルグは嫌みのない抜けた笑いでパステルに話しかけるが、当の本人には恥ずかしい出来事だったようだ。耳まで真っ赤にしながら、俯く。
「いいから、話を初めてください!」
「そうだね、それじゃ、話そうか。単刀直入に言おう、パステル、この世界を変えるために君の力を貸してほしい」
いきなり大きく出たなとパステルは大きく溜め息をつく。
「私に世界を変える力があったら、ずっと前にまずはあのファームから私は抜け出してますよ……」
「いや、君にはそれくらい容易いくらいの力を持つだけの素質があるんだ」
「そんなこと、いきなり言われてもよくわかりません」
「そうだろうね、まずは説明しようか。君は双輪眼という、特殊な目を持っているんだ。きっと、ファームにいたらずっと気が付かない素質だろうが、君たちが魔物や魔族と呼ぶ存在には持ちえない素質で、人間の中でもかなり少ないと聞いている。その素質を君は持っているんだ」
パステルはゾルグの言葉を聞いて目を見開いたかと思うと、視線をゾルグから外し目線が泳いでいる。
「その様子だと、何か思い当たるところがあるようだね」
パステルは頷く。
「この目の……ことですか?」
パステルは小さい頃、鏡で自分の顔をみたときによく見ると二つの瞳孔が重なって一つの瞳孔になっていることに気が付き、他の人と異なることに不安を覚えた時期があった。結局当時は親にも相談したが原因もわからず何の問題もなかったので特に何かをしたわけではなかったし、ぱっと見では何もわからないため、気にするのをやめたのだった。
「そう。君は魔導書の精霊との契約の話について聞いたことがあるかい?」
パステルはゾルグの問いに首を横に振る。
「本来ね、精霊っていうのは契約できても1人に1精霊なんだけど、君が持ってる双輪眼を持つ人間はなぜか2人の精霊と契約することができるんだ」
「仮にそうだとしても、それがどうしたんですか?私の魔力量なんてあなた達から見たら大したことないと思いますけど……」
パステルは少しうんざりした様子で大きく溜め息を吐きながらそう言うと、ゾルグは大きく首を横に振る。
「もちろん、魔力量だけで言えば僕らの方が多いのは君の言う通りだ。でもね、エルフ族に伝わる伝記によると2精霊と契約しないと使えない魔法があって、その魔法で、この世界を変えてほしいんだ」
「仮にそうだとしてと、それが私たち人間に、どう関係があるんですか? ここ、ファームではないですよね?それに、ゾルグさん、はじめに言いましたよね? 帰りたいなら帰らせてくれると。そろそろお話は終わりましたか? 私は力なんていりません。だから帰らせてください」
ゾルグを睨みつけ、今にも目の前の机を叩き、立ち上がりそうな様子でまくしたてるパステルをゾルグはゆっくりと宥めるように話す。
「パステル、この話は君たち人間にとってもメリットのある話だと思うんだ。だから、一度真剣に考えてみてほしい」
ゾルグはこれまでの柔らかい表情から、真剣な、少し堅い顔つきになり説明を続ける。
「君の言う通り、ここはファームではなくグランドだ。そして、ファームを含めグランドと、そしてシエルをも統一し、そこで他の種を奴隷のように遣っているのが竜族で、僕はこの竜族を何とかしたいと思ってる。ただ、この竜族は強力な魔法障壁があって、多くの魔法の威力が大きく減衰されてしまうんだ。でも、この魔法障壁を無力化できるのが、さっき話した2精霊を併せ持つものだけが使える魔法なんだ」
パステルはここがファームではないことがわかると、自力でなんとか帰ることが難しいことを悟る。そして、初めて聞くいろんな情報にこめかみあたりを押さえて、なんとか理解しようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。シエル、でしたっけ? 何ですか、それは? それに、竜族なんているんですね」
ゾルグはポンと手を打ち、1人で納得する。
「そうか、ファームにいたらシエルのことなんて全く情報が入らないんだね。シエルっていうのは、グランドの空の一部にある場所で、一部の魔物や魔族しか入れないところで、今の魔族の王がいるところだよ。全ての制度はここで決められるんだ」
「それって、例えばほとんどの人間がファームで魔石を掘らないといけない、とかですか?」
ようやくパステルは自分にも多少は関係がある話だという実感がでてくる。
「うん、その通りだよ。そして、人間と同じように不遜な扱いを受けているのは竜族に媚びへつらう種族以外全員で、エルフ族も同じだ。つまり、竜族は人間とエルフにとっては共通の敵なんだ。だからこそ、君にも協力する価値はあると思うんだけど、どうかな?」
パステルは目を閉じ、少し考える。
「共通の敵だから、といってエルフ族が仮に竜族に取って代わったとして、人間に対して同じ扱いを継続する可能性はないですか? それに何より、今の私には情報が少なすぎて、ゾルグさんの言っていることが正しいかどうか判断できません」
パステルの言葉にゾルグは大きく息を吐くとソファーの背もたれに身を預ける。
「わかった。君の言うことももっともだ。確かに、今現時点で君に判断しろというのは難しいかもしれない。だったら、しばらくの間、試しにここで生活をしてみないかい? 嫌になったら言ってくれればいつでも帰らせてあげよう。それに、今はこれ以上話をしても意味がないと思うから、今すぐに帰りたいならそれでもいい。でも、良いのかい? 何度も言うけど、君たち人間はファームにいたらいつまで経っても魔物に従って穴を掘り続けるだけだ。それでも君が良いというのであれば僕は諦める」
今までは押すばっかりのゾルグだったが、急に一歩引かれてパステルは拍子抜けしてしまう。しかし、パステルも覚悟を決め、その重い口を開く。
「では、最後に1つだけ教えて下さい。私をここに連れてきたあなたの部下は、私の大切な友達を殺しました。この責任をどうとっていただけますか?」
ゾルグはパステルの話を聞いて一瞬考えるが、すぐにソファーから身を乗り出し、頭をさげる。
「そうか、僕の部下がそれは申し訳ないことをした。まさかそんなことになっているとは思いもしなかった、すまなかった」
パステルはまさか魔族から謝られると思っておらず、面食らっていると、更にゾルグはその場で立ち上がり、腰に差した剣をその鞘から解き放ち、白銀の細身の刀身を煌めかせる。
そして、外の日の光が刀身にあたり、パステルがその眩しさから目を細めた次の瞬間、ヒュンっと風を斬る音が聞こえたと思うと、ボトリと、何かが落ちる音がする。パステルが目を開けると、そこには片腕を自らの剣で切り落としたゾルグの姿があった。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」
パステルが慌ててその場を立ち上がり、ゾルグの元へ駆け寄り、自分が持っていた布でゾルグの傷口を押さえつける。
「友人を失った君の心の痛みは、こんなものではないだろう? 僕の腕一本では足りないかもしれないが、これで許してもらえないだろうか?」
眉間にしわを寄せながら極力平然を装おうとするゾルグを見ながら、パステルは涙ながらに頷く。
「わかりました、わかりましたから、まずはこの傷をなんとかしましょう」
パステルはゾルグの傷口を押さえながら、これからの自分の生活に不安が胸をいっぱいにするのをなんとか耐えていた。
◇◇
こうして、ナスタとノン、パステルとゾルグはそれぞれのやるべきことへ向かって準備を進める。
ナスタとパステルは決意を胸に、自分たちの道を進み始めた。
第1章までお読みいただきいかがでしたでしょうか?
筆者都合で申し訳ありませんが内容の更なる精査のためこの後少し更新をあけさせていただきたいと思います。
再開まで、少しお待ちいただければ幸いです。




