気が付いた先は
ミゲルに案内された部屋は、食事をしていた部屋から4つほど部屋を通り越した廊下の先だった。部屋といっても入口には扉はなく、その代わりにあるのは廊下から中が見えないように、部屋を入ってすぐのところに入口の幅より少し広めの壁があるだけだった。
その入口を入ったところの壁と部屋の周りを覆う壁の間を通り抜けると、長屋同様、少し廊下からの地面続きの土間があり、その少し奥は一段上がったスペースになっていた。そこはシングルベッド一台がおいてあるだけで机も何もない殺風景な部屋だった。その部屋の中央にはランタンが申し訳なさそうに吊り下げられていて、部屋の簡素な作りを余計に象徴している。
ナスタは入口を入ったところで思わず絶句してしまったため、ミゲルはその様子を察する。
「横方向は部屋があるからだめだけど、必要だったら奥方向には広げてもらうのは大丈夫だから! それに、生活にゆとりがでてくれば色々と揃えることもできるしね!」
ナスタは広げることが可能だということを聞いていた一安心する。
「ありがと、まずはこの環境に慣れるようにして、後々考えるよ」
「急ぐこともないしね! それでは、今日はゆっくり休んでね! ノン、いこ!」
当然ミゲルはノンとナスタが別の部屋で寝るものだと思っていたためノンに声をかけるが、ナスタから魔力供給を受けたいノンはナスタの部屋から一向に出ようとしない。その様子を見たミゲルはナスタに声をかける。
「ナスタ、ノンと一緒の部屋でも大丈夫なの?」
「大丈夫なの? って、ミゲルは何の心配をしてるのかわからないけど、まぁなんとかなるかな」
この広さだと、この先ずっとノンと一緒に寝泊まりするには狭すぎる気がしなくもないが、結局これまでも部屋の大きさこそ違うものの、気が付くとノンはナスタのベッドに潜り込んでいて、狭い中2人で寝てたから、実際はそこまでかわらないのかもしれない。そう考えていたナスタを、ミゲルはニッシッシと笑いながら肘でつつく。
「お兄さんもお盛んですなぁ、でも、明日から早速手伝ってもらうからほどほどにしておいてくださいよ?」
それを聞いて調子に乗ったノンはナスタの腕に絡みつき、背伸びをしながらナスタの耳元に向かって甘い声で囁く。
「初めての場所の初めての夜、なんだか燃えてきますね。でも、声が筒抜けになっちゃうから気をつけないといけませんね」
ミゲルの言葉だけでは何のことをいってるのかいまいち理解できなかったナスタだったが、ノンの言葉をきいてようやく理解できたようで、腕に絡みついたノンを振り払うと手でシッシッと追い払う。
「そういうふざけたこと言うなら独りで寝れば?」
ナスタの冷たいあしらいにノンは冗談ですぅ、とか言いながらナスタの腕に負けじとしがみつく。その様子を見ていたミゲルは微笑み、2人に言葉をかける。
「さっきのウンブラと話をしてたときはどんな子だろうって思ってたけど、その様子を見て安心したわ。とりあえず、隣の部屋がノンの部屋だから、2人で一緒に寝るもよし、別々に寝るもよしだから、好きに使って。邪魔者はそろそろ帰らせていただくことにするわ」
少し羨ましそうにしながら、それじゃあ、といってミゲルはナスタたちの部屋を後にした。
◇◇
少し時は遡り、ナスタが魔導書を取りに来た魔物を倒す少し前まで戻る。
「ここ、どこ?」
パステルは魔物に無理やり袋の中にいれられたと思ったら、自分の掌すら見ることができない真っ暗な中にいた。周りが暗すぎて、自分の目が開いているのかいないのか、もしかしたら失明してしまったのではないかと思うくらい、何も見えなかった。さらに、自分が発する音以外、これも感じることができなかった。試しにパステルは手を叩いてみると、音は聞こえるし手をたたいた感触があったことにパステルは少しだけほっとする。
パステルは少しだけ、近くをうろうろ歩いてみたが目に見える変化が全くなかったため、疲れるだけだと判断し最後にはその場で座り込む。
「私、魔物に捕らえられたのよね? でも、殺されたわけではなさそう。それに、さっきの話だと、私は何か特殊な力がありそうだから、そう簡単には殺されないはずよね」
パステルは不安に押しつぶされそうになる自分の心をなんとか保とうと、自分にとって都合の良い解釈を自分に言いなだめる。しかし、最初はなんとか自分を言いくるめていたが、少し寝て、起きても何も変わっておらず、さらにそこから少し経っても変化しないこの暗闇の世界は、時間の感覚が全くないことも手伝って、いつしかパステルの心を蝕み始める。
「私が何か悪いことしたっていうの!? 何でこんな目にあわなきゃいけないの!? 早くここからだしてよ!」
八つ当たりをするにも、何も物がないこの空間では当たり散らすこともできず、両膝を地面についてガンガンと握り拳をした手の側面で地面を殴り続ける。いつしかパステルのその目には涙が流れていた。
「ナスタ、助けてよ……」
力無く崩れたパステルはその場にペタリと座り込み、どこを見るわけでもなく虚ろな表情になり、そのまま再びしばらく時が経つ。
どれくらい時が経ったか全くわからなかったが、ふと、目の前に見たことのないような真っ白い光がパステルの目に映る。遂に頭がおかしくなったかとパステルはなぜか笑ってしまうが、その光があっという間に大きくなるとパステルのいた暗闇の世界を包み込み、その眩しさに思わず目を瞑る。そして目を開けた瞬間、目の前にはパステルが今まで見たことのない世界が広がっていた。
「何…ここ?」
眩い光の中で、パステルは少しずつ目が明るさに慣れてくるとどうやら自分がファームにはいないことを理解する。四角に綺麗に整えられたら白い石を敷き詰めた床の上には柔らかな青色の絨毯が引かれており、ファームではなかなかお目にかかれない木材でつくられた扉や、家具、そして壁面には透明な何かが、壁にあけられたら隙間に綺麗に埋められており、そこからはファームにはない青く広がる空が広がっていた。
「待たせたね、大丈夫?」
しかし、パステルの目の前にはパステルが暗闇に入る直前に魔物に被せられたら大きな袋をもった男がいた。パステルはその袋を見ると、先程まで暗闇に閉じこめられていた感情がフラッシュバックのように戻ってきてその場で腰を抜かしてしまい、恐怖でカタカタと奥歯がなってしまう。
「大丈夫だ、もう大丈夫だから」
目の前の男は自分の羽織っていた真っ白な外套をふわりとたなびかせて脱ぐと、そっとパステルの肩にかける。
「すまないね、随分と怖がらせてしまったみたいだ」
男はパステルの前でしゃがみこみ、目線の高さに顔がくるとようやくパステルはその男自身に目がいく。ほっそりとした全身に日の光をしらないような真っ白い肌、碧く澄んだ海のような輝きを放ったエメラルドブルーの目をしており、金色の肩より少し上まで伸びた金色の髪は男にしては少し長めだったが、この男の整った顔立ちにはぴったりあっていた。パステルは最初その男の顔を見たときに、人間かと思ったが、その金色の髪からのぞく尖った耳を見て、そうではないことにすぐに気が付く。
「魔物……?」
パステルがようやく絞り出したその声に、男は少し困ったような顔をしながら極力恐怖を与えないようにと笑顔でパステルの明るい茶色の瞳を見つめる。
「君たち人間からすれば、人間以外、という意味では魔物かもしれないね。でも正しくは魔族かな。僕はゾルグ。エルフ族のゾルグだよ」
「エルフ……?」
パステルは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「君は?君の名前を聞いても良いかな?」
問われたパステルは、少し考えるがポツリと自分の名を呟く。
「パステル、人間のパステルよ」
「パステル、ね。うん、わかった。パステル、少し向こうで座ってゆっくり話をさせてもらってもよいかな?」
ゾルグは立ち上がると、パステルの前に手を差し出す。パステルは目の焦点が定まらない状態だったが、ゾルグの手を取り立ち上がると、ゾルグについていった。