救いの道
トリントンからこのレジスタンスの大目的を聞いたナスタたちは果たしてどれくらいトリントンが本気でそのことを考えているのか全くイメージがつかずにいた。
「ファームの人たち全てって、どうやって?」
ナスタは煮込み終わったスープに、最後に豆を発酵させてできた黒茶色のペーストを溶かしながらトリントンに質問をする。その独特の香ばしい香りにノンの鼻がヒクヒクと言っている。ナスタは思わずノンに「犬か!?」とツッコミたいところだったが、今はやめておいた。
「本当は明日に話をしようと思ってたんだがいいだろう、せっかくだから食事をとりながらでも説明しよう」
ナスタは器に出来上がったばかりのスープをよそい、乾パンを軽くあぶり温めて他の器に盛り付け、しっかり3人分をテーブルに並べる。
並べられた食事を前にそれぞれ座るとトリントンは手を合わせる。
「星の恵みに感謝を」
ナスタとノンは初めて聞くその言葉に、その言葉を口に出したトリントンの方に振り返る。
「ほら、お前たちも」
手を合わせたトリントンに言われると、ナスタたちは何か特別な儀式にでも参加するような気持ちで手を合わせ、同じ言葉を口にする。
『星の恵みに感謝を』
2人の所作に満足した様子のトリントンは頷く。
「それでは、頂こうか」
こうして大凡一日ぶりに食事にありつけたナスタは食事をしながら先ほどの話の続きをトリントンに促す。
「それで、どうやってファームの人たちを魔物の支配から解放するんですか?」
ナスタの問に、トリントンはスープの中から具を口に運び答える。
「お前、料理上手いな。これからのレジスタンスの料理長はナスタで決定だな」
その発言に、なぜかナスタの隣でノンが拍手をしている。
「いやいや、突然話が変わりすぎてよくわかりません」
「あぁ、すまない。あまりにこのスープが上手くてな。で、どうやって支配から解放するかだが、このファームをグランドと物資や人が行き来できるように繋ぐ」
突然の話の飛躍にナスタは付いていけないでいたが、ノンはうんうんと頷いている。そこに、いきなり入り口の方から声をかけられる。
「トリントンさんだけこんな美味しそうな食事してずるい! 私が説明するから話に混ぜて!」
突然現れた女性は、自分で器を準備するとスープをよそい、トリントンの隣に腰掛ける。真っ黒な髪をショートカットにしてノースリーブにショートパンツといった格好は見るからに活発そうな女性で、背丈も平均的な高さだろうが、その締まった肢体と小さな顔立ちから、少し背が高く見えるくらいだった。
「ナスタをあの群衆から助けたのはこのミゲルだ」
ナスタは当時の様子を思い出す。突然路地裏から手がにゅっと延びてきたかと思うと、後ろから口を封じられ、そのまま意識を失った。ただ、そう考えると、確かにナスタは背中に当たった柔らかい感触を微かに思い出し、思わず当たっていたミゲルの胸部の丘に目がいってしまうが、すぐにそのまま目線を上げてミゲルの顔に向ける。
「はじめまして、が正しいのかわからないけど、とりあえずあのときは助けてくれてありがとう。僕はナスタで、あと、こっちはノンだよ」
ナスタは素直に礼を言ってノンを紹介すると、ミゲルはパタパタと手を振る。
「いいっていいって! 困ったときはお互い様でしょ? 君のお陰でこのご飯にもありつけたんだしね! お安い御用だよ! ノンもよろしくね! んで、どうやって魔物の支配から人間を解放するか、だったね?」
ミゲルはしばらく何も食べていなかった犬のように、器の中のスープを胃の中に流し込みながらナスタの方を見る。ナスタはミゲルの食事の様子を見ながらパッと見は綺麗な感じなのにもったいないなぁと思っていたらトリントンもどうやら同じ思いだったようで呆れた顔をしていた。
「うん、そうそう。ファームとグランドを繋ぐってとこまでは聞いたんだけど、それが何でファームの人間を解放することに繋がるのかいまいちわからなくて」
「まぁ簡単にいうと今の魔物の支配は、物資の供給元を層間エレベーターに絞ってて、しかもこのファームでとれるものなんて水か魔石くらいだから、人間は何をするにしても魔物に従って魔石を納めないといけないよね? それに、ここからでるにも簡単には出られない。だから、このレジスタンスで、物資や人が行き来できるような通路を作ろうってわけ」
ナスタは自分の耳を疑い、確認する。
「通路を作るって、もしかしてこのファームの天井を抜くってこと?」
「そう!だって、普段みんなはこの魔石抗を横に掘って魔石を採掘してるよね? だったら、斜め上に掘るのも同じでしょ?」
このミゲルが滅茶苦茶いってるのかと思いきや、トリントンも特にミゲルの発言を止めるでもなく、大人しくスープをすすりながら横で聞いているからどうやら本気でこのレジスタンスではファームの天井をぶち抜こうとしていることをナスタは悟る。確かに、冷静に考えてみれば特別おかしなことは言っていないなとナスタは思い直す。そして、このレジスタンスについていけばナスタの大目的であったグランドへ行くことができることがわかると、俄然やる気が出てきた。
「わかった! んじゃ明日からはしっかりと穴を掘って、早くグランドへいかなきゃね! ちなみに、何人くらいで作業は進めてるの?」
先ほどの廊下から見える部屋数の感じだとそこまで多くはないことがナスタにもわかっていたがレジスタンスというからにはある程度人数がいるのだろうと予想していた。しかし、トリントンとミゲルは顔を見合わせ、申し訳なさそうにトリントンが答える。
「今はおれたち2人と、あともう3人いるだけだ。だから、ノンを含めれば全部で7人ということになるな」
ノンはいきなり自分も穴掘り隊員にいれられていることに目を丸くしている。
「わ、私もですか!?」
ノンの問いにトリントンは首を縦に振る。
「精霊ももちろん貴重な戦力だ。それに、先ほどの7人の中には他の精霊も1人含まれている」
トリントンのこの発言には聞いていたミゲルとナスタが、それぞれ違った点に対して驚く。ミゲルはノンが精霊だという点、ナスタは魔導書の精霊が他にもいた点に対してだった。
「どこか不思議な雰囲気があると思ったらノンは精霊だったのね! ようやく謎が解けた気がするわ!」
「っていうか、精霊がいるってことは、ここには魔導書があるってこと?」
話を聞いていたノンが、両手で持っていた食器を静かに机に置き、どこに話しかけるわけでもなく声をかける。
「ウンブラ、聞こえているのでしょう? 顔を見せたらどうなの?」
いつもはふにゃふにゃと締まりのないノンだったが、その声はどこか凛としていて気品を感じる。すると、部屋の外から黒髪をつんつんと跳ねさせた活発そうな少年が現れる。
「お呼びでやんすか、ノン様」
そのやりとりには当の本人たち意外が全員目を見合わせていた。ミゲルはしばらく食べ続けていた食事への手をようやくとめたと思うと、今度は身を乗り出して2人に食い入る。
「何、ノンとウンブラは知り合いってことなの!?」
「ノン様には昔お世話になったでやんす。それに、ノン様のことを知らない精霊は精霊界の中ではただの不届き者でやんす」
この世界でも確かに破滅の魔導書は、他の魔導書のことを全く知らないような魔導書に詳しくない人間でも知っていることから、精霊の世界ではそれがより顕著であることをここにいる人間全員が初めて知る。
「もしかして、僕とんでもない魔導書と契約しちゃったのかな? それにしても、ウンブラは何の魔導書の精霊なの?」
ナスタは改めて自分の契約したノンのすごさを客観的に感じるが、当の本人のノンはナスタにおだてられ嬉しそうにニヤニヤしながらスープをスプーンでクルクルまわしている。それをよそにウンブラ本人が答える。
「どうもはじめましてでやんす。あっし、影の魔導書のウンブラと申すでやんす。固定された起点から自分の希望した影へ移ることが可能でやんす」
つまり、その効果を使ってあの状況からナスタをここに連れ込むことができたということがナスタは理解できた。
「なるほど、じゃあここにいることが出来てるのはウンブラのお陰ってことだね! ありがと!」
「ノン様とのご契約者様でやんすね? 礼を言わなければいけないのはこちらでやんす。ノン様と契約していただき感謝するでやんす。ちなみに、あっしと契約してるのはミゲルで、魔導書もここにあるでやんす」
ミゲルとウンブラ、どこか似た者同士だな、とナスタは思わず薄ら笑いを浮かべたが、すぐに大きな欠伸で薄ら笑いはかき消される。それに気が付いたトリントンはナスタに気を使う。
「残りの後2人はまた今度紹介するが、今日のところはこんなところにしよう。ナスタも一日色々あって疲れただろう。片付けはおれがやっておくからミゲルに部屋へ案内してもらってくれ」
ナスタはトリントンに礼を言うと、明日からのことに期待と不安を募らせながらノンも一緒に案内された部屋に向かった。