出会い
見渡す限り赤い土の壁が覆い、ランタンがほのかに光を灯すだけの薄暗く、人2人が何とか横並びに並べるくらいの細さの洞穴で、土埃が舞う中に1人の青年ナスタがいた。小柄で細身、これといった特徴がない目鼻立ちと黒髪のナスタは黙々とビッケルを永遠と続く壁に突き立て、少しずつ穴を掘り進めながらうんざりしていた。
「はぁ、掘っても掘ってもなかなか進まないし、魔石も出てこないね、ほんと。」
単調作業に飽きてきたナスタは袖口で黒髪が貼りついた額の汗を拭いながら、独り言を呟く。ふと、自分が進んできた道のりを振り返ると、作業を初めてから数時間経っていたのに作業開始場所は目と鼻の先であることに気が付く。改めて確認した現状に大きくため息をついていると、ナスタが採掘を始めた場所から更に穴の向こうの少し広くなったこの魔石抗の開始ポイントから何人かの話し声がする。どうやら休憩時間のようだ。
「なぁアングル、見ろよ。ナスタの野郎、まだあんなとこまでしか進んでないぜ」
「ラインさん、まぁしょうがないですぜ、ナスタですからね」
ラインとアングルと呼び合う2人はある時からナスタのことを見下し、馬鹿にしているがいつものことなので、ナスタは聞こえないフリをしながらふたたび黙々と穴を掘り進めているとナスタは近づく足音に気がつき、振り返る。
「なんだ、パステルか」
ナスタの視線の先には明るい色の髪を肩で外跳ねさせたナスタと同じくらいの背丈をした少し幼さを残した女性がいた。土埃で煤けた顔をしている彼女は少し勝ち気な、大きくはっきりをしている目でナスタを鋭く睨む。
「せっかくお水持ってきてあげたのに、なんだ、はないでしょ?」
「ごめん、ありがと」
そう言ってナスタは申しわけなさそうにパステルから水を受け取るとグビッと一飲みしてグラスをパステルに礼を言って渡す。
「ナスタ、いつも言ってるけど、ちょっとは休んだらどうなの? あんまり根詰めてやっても良いことないわよ?」
「そうかもしれないんだけどさ、そうはいってもあの2人が言ってるみたいに、僕、要領悪いから。ちょっとでも時間を有意義に使わないと。でも、いつもありがと」
ナスタは改めて自分の掘りかけていた穴に向かって向かい直し魔法を詠唱する。
「土を切り裂け、ガッシュ!」
詠唱とともにビッケルの先に魔力を纏わせながら採掘を再開する。
「おーい、パステルもそんなやつ相手にしてないでこっちで一緒に休もうぜ!」
パステルは遠くから自分を呼ぶ声を聞くと、大きく溜め息を吐いて元来た道を戻っていった。
◇◇
それから作業を続けること数時間。ナスタは只ひたすら採掘を続ける中でようやく3つ目の魔石を見つけたところで再び開始ポイントの方から声が聞こえる。
「いやぁ今日は調子が良かったな。これだけの時間で10個も取れれば上出来だろ」
「流石ラインさんですぜ、わっしは6個で、今日のノルマは越えましたがもう少し欲しいところですぜ。それにしてもラインさん本当に調子いいですね。この調子でいけば、ラインさんはいつかはグランドにいけるんじゃないですか?」
そう。ここはファームと呼ばれる場所でこの世界のこの世界のほとんどの人間はこのファームで魔物のためにほぼ奴隷のような生活を強いられていた。そして、このファームの上にはグランドが広がる。
ラインは腰に下げた小さな麻袋から魔石から精錬された赤く輝くマナを取り出すと、まじまじと手に持って見つめる。
「あぁ、そうだな。残り5年くらいあればいけそうな気がするな」
「ってことは20歳過ぎにはグランドにいけるってことですかい?そこまで早くいけた人間、ほとんどいないんじゃぁないですかい!?」
人間かグランドにいくためには、層間エレベータと呼ばれる、グランドとファームの物資を運搬するエレベータに乗る必要があり、その乗車権利は魔石5000個が必要だった。ただ、その5000個が通常納めなければいけない1日4つの魔石とは別に準備する必要があり、この世界での人間の寿命は長くなかったためなかなかグランドにいける人間は少なかった。
煽てられたラインは満更でもなさそうにニヤニヤしながらマナを見つめる。
「あぁ、そうかもしれないな。その歳でグランドに行けたら今のこんな精錬だけの錬金術じゃなくて、いろんな錬金術を学んで、いつしかこの魔族の支配すら引っくり返してやれるかもしれないな」
ナスタはアングルとラインの夢物語を遠くに聞きながら魔石に魔力を注ぎ込み、魔石の精錬に取りかかっていた。ビッケルでできた豆だらけの片手で赤い光が漏れ出る魔石を握り、もう片方の手に魔力を込め、魔石に覆い被せる。そしてナスタは魔石に向かって声をかける。
「素の元へ分けよ、精錬!」
赤い魔力の光が魔石を中心に迸るのを確認し、ナスタはゆっくりと被せたその手を開くと、そこには先程ラインが眺めていたのと同じようなマナと呼ばれる赤く光る石と、魔力を失い灰色になった魔石、ガワがナスタの手の中にそれぞれ残されていた。ナスタは魔力の消費による立ち眩みで、壁にもたれ掛かる。
「ふぅー、これで3つ。後1つ、もう少しがんばらないと」
今日の作業もなんとか終わりが見えてきたところで一息吐くと、そこに再びパステルが現れる。
「相変わらずただの精錬なのにド派手に光らせてるわね。今日のノルマはそれで終わり?」
ナスタは突然の呼びかけに驚き、肩を跳ね上げるが、パステルの方を振り向かないようにしながら、出来るだけ素っ気なく応える。
「いや、後一つ残ってるよ」
すると、パステルは得意げにスルリとナスタの前に躍り出て袋の中を見せびらかす。
「じゃじゃーん!今日私めっちゃ調子よかったんだ!その数なんと8個!過去最高タイだわ!」
ナスタは一瞬その数に目を奪われるが、すぐに袋の中から目を離す。
「す、凄いね。僕では2日かかっても見つかるかどうかわからない数だよ」
皮肉たっぷりのナスタの言葉をさらりと受け流し、パステルはナスタの顔の前にググイっと顔を寄せると、思わずナスタは顔を赤らめ、すぐさま顔を背ける。
「でしょでしょー!だからそんなナスタ君にはこのご機嫌のパステル様が魔石を1つ恵んであげようと思って!お礼はいつものナスタ飯でいいわよ!」
パステルが袋から精錬されたマナを取り出し、ナスタの前に差し出す。
「まだ時間もあるし、もう少し自分で何とかしてみるよ」
ナスタはパステルのことを無視するように採掘を再び始めると、パステルは一瞬曇った表情を見せるがその曇り顔を吹き飛ばす明るい声で、更にナスタに詰め寄る。
「まぁまぁ、そう遠慮しないの!ナスタと私のなかじゃない!」
しかし、そのパステルの言葉がナスタの感情の触れられたくない部分に触れたようだった。
「そう言うの、いいっていってるよね!」
ナスタは言葉と同時に振り向きざまに自分の顔の前を手で払うと、その手がパステルの手にパシリと当たり、マナを吹き飛ばしてしまう。思わずナスタはハッとするが時すでに遅しだった。
「ごめん」
パステルは払い跳ばされたマナも取らずに、そのまま開始ポイントの方へ走り去る。そのパステルの頬が光って見えたのは袋から溢れ出たマナの光のせいではなかったかもしれないが、それに気がつくほど落ち着いているナスタでもなかった。
走り去るパステルに声をかけることも、追いかけることも出来ずに唯一人取り残されたナスタは何かに取り付かれたようにただひたすら魔石を掘り続けるのであった。
◇◇
どれくらい掘り続けたのだろうか。ナスタはふと目の前を見ると今まで見たことのない土の壁が目の前に立ちはだかっていた。これまで掘ったことのない硬さで掘っても掘っても僅かにしか進まない。いつものナスタであればその異常さに気がついたかもしれないが、精魂尽き果てたナスタには、それが異常なのか、はたまた自分が疲れているだけなのか区別もつかず、何かに取り憑かれたように懲りずにただひたすらビッケルで掘り続けた。
そして、一心不乱について掘り続けたある時、その土の隙間から白い光が漏れていることにナスタは気がつく。
「な、なんだ、ここは?」
ナスタはこれまで魔石抗の中にこんな中から光が漏れ出るような明るい場所があるなんて聞いたことがなかった。もしかして、別の区画の開始ポイントに当たったのかとも考えたが、全部で36区画ある区画の開始ポイントは同心円上で均等に36当分されており、各区画は放射線状に円の外に向かって探索を進めていることになっているため、流石にそれも考えにくかった。一瞬、このまま何も見なかったことにして今日は帰ろうかと思いもしたが、この光の先に何があるのか、という好奇心には勝てず、これまで以上のペースで掘り進める。
そして、ひび割れから僅かに漏れる光の線が、ナスタの一振りによって1つの穴になったと同時に、その白い光はまるで主を待ち望んでいたかのように残りの壁を吹き飛ばすと、一斉にナスタへ飛びかかり、その眩しさにナスタは思わず目を窄める。すると次の瞬間、ナスタの唇に何か生暖かく、柔らかいものが触れた。
「っ!?」
ナスタは声にならない声をあげ、驚いて目を見開くとそこには見知らぬ美女が自分の唇を奪いに来ていたのだ。そう、正に奪いに来たという表現が正しかった。ナスタと唇が触れた瞬間から、ごっそりナスタの中から何かをもっていかれるような、そんな感覚と共にナスタは目眩を覚える。ナスタはようやく美女の肩を掴み、自分から引きはがすことに成功すると、目の前には謎が沢山並べられていた。
「ここ、どこ? 君、誰? あれ、何?」
ナスタは頭を掌でトントンと叩きながら目の前の状況が事実であることを確認し、突如自分を襲ってきた美女に質問をする。
「どうも、初めまして。まずは美味しいご飯をありがとうございます。私、無の魔導書の精霊、ノンと申します。ここは魔導書の封印の間で、あそこにあるのは無の魔導書です」
「ふぅーん、無の魔導書の精霊、ノン……ねぇ。って、ちょっと待って。魔導書の精霊って、この世界に何冊かしかないあの魔導書の精霊?しかも、無の魔導書って、あの破滅の魔導書とまで言われた?」
ナスタはダメ元で聞いてみた割に思いの外、すべての質問にしっかりと答えが返ってきた点にも驚くが、それ以上に現状に驚く。
改めてナスタはノンと名乗った美女を眺めると、白に近い金色の腰まである髪と、色素を感じさせない真っ白な目、真っ白なワンピースに真っ白な肌と、よくよく見ると人間っぽくはない。何より、ふわふわ宙に浮いているのである。
「破滅の魔導書だなんて、酷い言われ様で心外ですが、多分そうだと思います。それにしても、よくここまでたどり着きましたね」
ナスタは言われてあの硬い土壁はこの封印の間の防御壁だったことを理解する。それと同時に、あることに気がつく。
「ちょっと待って。ここ、封印の間ってことは、そこに入った僕はもしかして……」
ナスタがそうこう言っている間に、この部屋に1つだけ設けられたら扉の向こうから何人かの足音が聞こえる。
「そう、立派な侵入者ですね」
あの光の筋が見えた時点でやっぱり我に返って掘り進めるのをやめておくべきだったと心底後悔するナスタだったが、気がついたときには既に手遅れだった。