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うそつきリスとおひとよしのキツネ

作者: 明日

 


 その森には、いたずら好きのリスが住んでいました。

 ふさふさのしっぽに、ちょこんと出た前歯が特徴的な彼は、毎日のように悪いことをするのです。

 キツツキが木に埋め込んだ木の実をほじくり返し食べてしまうなどよくあることで、たまにクマの秘蔵の蜂蜜を舐めてしまうこともありました。

 森の中に住んでいる生き物は、アライグマからコマドリ、ヘビやヤモリやミミズまで、一匹残らず騙されたことがあるといってもいいかもしれません。

 まるで息をするように嘘をついて、ものをちょろまかすので、皆はリスをときどき仲間外れにしてすらいました。


 けれど、そんなリスにもよく一緒にいる仲間がいます。

 灰色みたいな黄色みたいな毛の、キツネです。

 お人好しで優しいキツネは、今日もリスの嘘に付き合います。そんなキツネをみんなは『馬鹿だなあ』と笑って見ていました。



 みんなが暮らすこの森は、人間たちの間では『逆さ虹の森』と呼ばれています。

 あるときから、何故かはわかりませんが空に逆さの虹が浮かんでいたのです。虹はいつも上に丸くなっているはずなのに、この森の空にあるものだけは逆に下に出っ張っているのです。

 その理由はわかりません。

 フクロウやサルの学者様がうんうんと首を捻って考えましたが、その答えは出ませんでした。フクロウなどは首を捻りすぎて、首だけで後ろを向けるようにまでなってしまいましたが、それでも答えは出ませんでした。

 とにかく、この森ではそういう不思議なことが起きているのです。起きているったら起きているのです。


 そんな森の中に、根っこ広場という場所がありました。

 ふかふかの土に、たくさんの大きな木が太い根っこを絡ませながら立っている広場です。

 この広場では、嘘がつけませんでした。

 この広場で嘘をつくと、その根っこが絡んでキュウキュウと身体を締め付けてくるのです。その木の一番上に、海を飛び出したタコが住んでいるからだとか、木の中にいるカミキリムシが意地悪をしているとみんなは噂していますが、本当のことはわかりません。

 わからなくてもいいことは、この世にたんとあるのです。虹も根っこも、誰も困っていないので、みんなもわからないままにしていました。



 憎たらしい、いたずら好きのリスは、こんな広場でも嘘をつきます。

『ここに一番に来た奴には、ドングリの一番いいやつをあげる』とか、『こわあい猛獣がいるぞ、逃げろ!』など、それはもう皆が飽き飽きするほど多くの嘘をつきました。

 けれど、リスはいくら嘘をついても根っこに捕まりませんでした。


 お人よしのキツネが、それを本当のことにしてしまうからです。

 嘘をつく度に、鼻をひくひくさせながら一等賞のドングリを探してきたり、牙と爪を殊更に出して慣れぬ芝居をすることもありました。

 それをみんなは理解して、キツネが現れると優しく溜め息をつきながら見ていました。

 キツネは、本当にお人よし……いいえ、キツネよしだったのです。



 ある日のこと。

 今まで人の入ったことのないこの森に、名うての猟師が現れました。

 それはもう腕のいい猟師で、他の森では、朝に森に入れば昼には両手が塞がってしまうほどです。鉄砲を担いで角笛を吹き、追い立てた獲物を足音を消して、その鉄砲で撃ち抜きます。

 逃げようとしても、どうしてもだめなのです。何せ茂みに隠れても、木のうろに入っても、どうしてもこの猟師には見つかってしまうのですから。


 見張りの猿たちは、仲間から聞いてこの猟師のことを知っていました。

 なので、森に入るその姿を見た途端、この森にいる全部の生き物に報せに走りました。

「猟師が来るぞ! 鉄砲担いだ狩人が来るぞ!!」

 当然、皆は驚きうろたえます。隣の森ではイノシシが皆殺されたと聞きます。どうやらこの森でも仕事をするらしいぞ。そう聞いて、皆は我先にと逃げ出しました。


 しかし猟師もさるもの。森の生き物に嫌われていることはちゃあんと知っています。

 そんなことは慣れっこです。逃げ惑う生き物を殺す術を、この猟師は誰よりも心得ていました。



 動物たちは逃げ惑います。どこに逃げればいいんだろうか、ここか、あそこか、と探しながら。いつもみんなで楽しんでいる、かくれんぼとは違うのですから。

 猟師はそんな動物たちの影を追わず、ひとり落ち着き払って立ち止まります。それから、逆さ虹に向けて銃を構え、パァンと銃声を響かせました。

 気の弱いネズミたちは驚き巣穴から飛び出します。猟師はそれを撃ち抜こうと、狙いを定めました。

 目と照門と照星とを揃えて。ネズミに向かって一直線に狙いを定めて、引き金を引きます。


 けれど、その弾は間一髪当たりませんでした。細い根をくぐり、葉っぱに紛れたネズミは、九死に一生を得たのです。

 煙が上がる銃口を上に向けて、猟師は思います。ははあ、この森の動物たちはひと味違うようだぞ。そう、思い直しました。


 動物たちは逃げていきます。

 池の縁の柔らかい土を掘り進み、暗い土の中まで。誰がかけたかもわからないぼろぼろの吊り橋を渡って、猟師が追ってこられないところまで。


 名うての猟師も今回は坊主で終わるのか。そう、猟師も思いました。

 それでも、長年の経験と勘は侮れないようです。

 昼になってようやく、猟師は一匹の動物を追い詰めました。


 その動物は、皆を逃がそうと誘導して、そしてやっぱりそのせいで逃げ遅れてしまった、キツネでした。

 放っておけばいいのに。逃げ遅れたのは自業自得だ。そう思わなかった優しい心が、仇になってしまったのです。

 根っこ広場の根っこを飛び越えるのが少しだけ遅れて、猟師に足を撃ち抜かれてしまいました。


 びっこを引きながらでは、もう根っこは飛び越えられません。

「手こずらせやがったな。へへへ、だが、お前が最初の獲物だ」

 猟師は舌なめずりをしながら迫ります。肉はお昼ご飯に食べるとして、毛皮は売りに出そう。他の動物と合わせて売れば、そこそこのお金にはなるだろう。そんな、お金儲けのことで頭がいっぱいでした。


 もう駄目だ。

 キツネは諦めて目を閉じます。もう逃げられません。足にしか当たらなかったのも奇跡のようなものなのです。猟師の腕なら、本当はもうキツネは殺されてしまっているはずなのですから。


 ぴたりと銃口がキツネに向けられます。もう一息で、そこから飛び出した鉄砲の弾がキツネを殺すでしょう。


「まあ、まってよ、どうだい、おいらの話を聞かないかい」


 そんなとき、小さな生き物の声が響きました。

 誰でしょう。キツネは目を開けて、見回しました。その声に、聞き覚えがあったからです。

「狩人さん、ねえ、おいらの話を聞いてよ。損は絶対にさせないよ」

 そう、キツネの前に立ち猟師に話しかけているのは、キツネよりも大分小さい、いたずら好きのリスでした。



 猟師は面食らいます。

 他の動物はみな自分から逃げていくのに。何故、目の前の小さなリスは、逃げもせず自分に話しかけてきているのでしょう。そう考えました。

「話ってえのは?」

「狩人さん、おいらが捕まるよ。だから、キツネさんを見逃してくれないかな」

 リスはくるりとまわりながらそう猟師に呼びかけます。

 その言葉に、猟師も合点がいきました。

 ははあ、動物の浅知恵か。ひとつ命をもらったら、ひとつ命を手放すなんて、そんな取引を思いつくとは。


 猟師が応えないのを見たリスが、言葉を重ねます。ふかふかの尻尾をブンブンと振りながら、得意満面に大きな声で。

「おいらならどうだい? 食いでは少ないけど、おとなしく捕まるんだ。鉄砲の弾一つ分得をするぜ」

 悪知恵の働く猟師は、その言葉にもう一つ考えます。

 そうだ、この取引に乗ってやろう。そして、一息にリスを殺して、目の前のキツネを改めて撃ち殺せばいい。そうすれば楽だ。そうすれば、肉が二つも手に入る。そう、心の中で決めました。


「いいだろう。こちらへ来い。そうしたら、このまま帰ってやる」

「本当かい?」

「ああ、本当だとも!」

 猟師は言い切ります。


 そうです、猟師はこの森のこの広場のことを、なあんにも知らなかったのです。



「嘘をついたな! 嘘をついたな!」


 どこからともなくそんな声が響き渡ります。そうかと思えば、地面に生えている根っこがばりばりと浮き上がり、抵抗する間もなく猟師に絡みつきました。

「ぎゃー!!」

 猟師は苦しがり叫びます。ですが、そんなことはお構いもせず、根っこはぎしぎしと猟師の身体を締め上げていきました。

 その猟師の手にぴょこんとリスが飛び乗ると、猟師に大きな声で叫びます。

「どうだ! 本当に、心の底から、この森の動物を殺さないと言えば帰れるぞ!!」

「そんな馬鹿なことをいえるもんか!」

「なら、そのままバラバラになっちまえ!!」

 そんな問答を続けている間にも、猟師の身体は締め付けられています。まるで処刑場にはりつけにされているように、猟師の目から涙がぽろぽろとこぼれていました。


 それから少しして、ようやく猟師はぽつりと呟きます。

「わかったよう、もう殺さずに帰るから、もう離してくれよう……」

 それは、本心からの言葉でした。ようやく、猟師の口から本当の言葉が吐き出されたのです。

「それは本当だ! それは本当だ!」

 根っこも、それを聞いて力を緩めます。それから、するりと猟師の身体が地面に落ちたかと思えば、もとの根っこに戻っていきました。


 ですが、もうこうしてはいられません。

 猟師は立ち上がり、一目散に逃げていきます。もうこんなところにいられません。こんな怖い森には、一秒だっていたくありませんからね。

 何度も何度も躓きながら、猟師は振り返らずに逆さ虹の森を出て行きました。




「どうだい」

 ふふん、と笑いながらリスはキツネに話しかけます。誇らしげに胸を張って、小さな身体を少しでも大きく見せようとしていました。

 その姿を見て少しだけ笑って、それからキツネはリスに聞きました。


「ありがとう、でも、どうしてあんなことを言ったんだい? キミをつかまえたらこのまま帰るっていうあの言葉が嘘じゃなかったら、どうしてたんだい?」

「もちろん、おとなしく捕まっていたさ。だってそのときは、きみは本当に助かるんだから」

 そう言い切ったリスに、キツネはもっと不思議に思います。だってそれは、自分が死んでも構わないと言っているようなものなのですから。

「どうして、僕が助かるより、キミが助かる方がずっといいだろ?」

「そんなことないさ!!」

 恥ずかしげもなく、リスは大きな声で叫ぶように口に出します。


「だって、きみは友達じゃないか! 友達が死んじゃうってのは、おいらが死ぬより、ずっとずっと辛いことなんだぜ!!」


 根っこは、ぴくりとも動きませんでした。




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