第5話 陽介2
東京タワーである。
何を隠そう、俺は東京に住んでいるにも拘らず、東京タワーという物に上った事がない。それは何故かって……、そんなの高所恐怖症だからに決まってんだろうが〜!!!失礼、俺とした事が取り乱してしまった。それにしても高所恐怖症の俺からしたら、あんな高い所から景色を見て何が楽しいんだってんだ。
あぁ、思い出す。小学校か中学校か高校の時に行った旅行で、とっても高い所にある吊り橋を渡った事がある。おんぼろの橋で、人が一人歩いただけで大揺れするし、足場の板が所々腐っているし、現に崩れて既になくなっている物まであった。その隙間からは容赦なく下が見えた。下には川が流れていたが、その川の水深は上から見ても分かるぐらいに浅いものだった。ここから落ちたら確実に死ぬ。俺は、恐怖に震えあがった。しかし、そこを通らねば目的地には着けない。こんなおんぼろの橋にもう既に50人くらいの生徒が一度に乗っている。落ちないのかと心配になりながらも、先生に先を即されて仕方なく腰が抜けそうになりながらもニ、三歩くらいはあるいたと記憶している。が、足が硬直してそれ以上歩けなくなった。同級生達は、俺を囃し立て、俺の周りをジャンプして橋を揺らした。
あまりの恐さに、俺は気を失った。あとで聞いた話だが、俺は先生におんぶされ、その橋を渡ったそうな。それから、俺はその時の事を長く囃し立てられる羽目になってしまった。
今でも、あの怖さを俺を震い上がらせる。そして、俺の失態を俺は二度と忘れないだろう。
だから、俺はこれまで高い所を避けて暮らして来たのだ。俺のアパートは2階建て、俺は2階に住んでいる。その上に屋上があるのだが、そこに上がるのが俺の限界だ。4階以上には、極力行かないようにしている。友人の家が4階以上の場合行く事を拒否する事がある。勿論、理由は勿論適当に見繕ってに決まっている。
今のところ、大学の奴には俺の高所恐怖症はばれていない。大学は5階建てだが、4階より上の教室の場合、絶対窓際には座らない。高校までは結構辛かったな…そういえば。高校は席が決まっていたから窓際の席になったら、外は絶対に見なかった。勿論、ベランダ何か論外だ。
しかし、うっかり語り過ぎてしまった。本筋に戻さなきゃな。
そう、東京タワーである。
俺の最も忌み嫌う東京タワーに行かなければならなくなった。そして、当日の朝、由紀の野郎が直前でドタキャンしやがった。あいつは、俺の高所恐怖症を知っているから、何とかフォローしてもらおうと思っていたのに。俺の計算が狂っちまった。最悪だな……。だが、サクラは東京タワーを見るのを、楽しみにしていやがる。朝からにこにこ俺に「東京タワー行くんですよね、ね?ね?」などとしつこく聞いてきやがる。流石にあんなに嬉しそうにしているサクラに行けないとは言えない。
どうしようもねぇ、俺はあの二人の邪魔にならないように、窓ガラスの近くには近づかないようにしよう。
待合わせの赤羽橋駅から歩いて東京タワーへ向かう。
サクラは、嬉しそうに俺の後に着いて来る。サクラは陽介とあまり話をしようとしない。なんて意味のないデートなんだ。
そして、俺の恐怖のタワーが刻一刻と近づいている。俺にとっちゃ大展望台に上るだけで、冒険なんだ。特別展望台はどんなに誘われたって絶対に行かねぇ。
「うわぁ、すごい、すごい、すご〜い!!!哲さん、ほら見て。ほらほらほら〜」
サクラが俺の腕を掴んで無理やり窓の所まで連れて来てしまった。大きく眼を開ける事が出来ずに、薄眼を開けていたら、
「哲、何で薄眼なんだ?」
「いやっ、ちょっと眩しくってしょうがねぇよな。はははっ」
陽介は、疑わしいような眼で俺を見ていたが、俺は取り合わない。
あぁ、しかしサングラスでもかけてくれば良かった。そうすりゃ少しはましだったのに……。うううっ泣きたくなって来た。
「サクラちゃんは、高い所好きなの?」
「はい、大好きです!!!」
興奮気味のサクラの声が、フロア中に聞こえる。平日に来たから客は少ないからまあいいだろうけど。今日は、俺も陽介も休講だったから平日に来たんだ。由紀がドタキャンしたのは、講義がどうしても休めないからだった。変な所で真面目な奴め。いつもは、そんな真面目に勉強なんかしない癖に……。
サクラがたまに俺をちらちらと見ている。俺なんか気にしないで、陽介ともっと語れと手でしっしとした。その瞬間少しサクラが寂しそうな顔をしたが見なかった事にした。
「俺、あっちで土産物見て来るから、勝手にやってて。特別展望台行って来ても良いぞ」
俺がそう二人に声をかけて、土産物を見るふりをした。中央部に小さなショップらしき物がある。それを俺は何となく適当に見ていた。
「永澤さんは、恋ってした事あります?」
「陽でいいよ。皆そう呼ぶから。恋ね。勿論した事あるよ」
俺は、二人の会話を物陰から聞いていた。スパイになった気分になって来たぜ。
「サクラちゃんは、恋をした事がないの?」
サクラの返答はなかったが、恐らく頷いたんだろうと思った。しかし、あいつ等はなんだってこんな所であんなこっ恥かしい会話が出来るんだろう。謎だ。フロアが空いてるからまだいいが、俺だったら空いてたって恋の話なんてしないけどな。というか、恋なんて口に出しただけで、鳥肌が立っちまう。
「陽さんは、今恋してますか?」
「してるよ……」
初耳だよ。陽介はいつも、しら〜っとした顔をしてるから、あんまり女に興味ないのかと思ってたぜ。だから、サクラが丁度いいと思ってたんだが、もしかして忘れられない女がいるから、他の女に目がいかないとか、そんな所なんだろうか……。
「恋するとどんな風になりますか?」
「そうだな。その人の事を考えると嬉しくて、楽しくて、愛おしくて……でも、時には苦しくて、悲しい。それでも、一緒にいたいって思うんだよ」
陽介の野郎、よくもあんな甘ったらしい言葉をああも臆面もなく言えるもんだ。逆に、尊敬に値するかもしれん。俺には絶対に出来ないな。
「陽さんは、その人と恋人同士なんですか?」
「いいや。多分、俺の片想いかな……。サクラちゃん、聞いて貰っても良い?俺の恋の話」
ここでもサクラの返答がないから、頷いているんだろう。俺としても、陽介の恋の話ってやらに若干興味をそそられた。
「俺の好きな人はね、幼馴染なんだ。小さい頃からいっつもいっしょだったんだけどね、中学入った頃から、お互いを意識しちゃって、全く話さなくなっちゃったんだ。俺は、多分小学生の頃から彼女の事が好きだったんだと思うんだけど、自分で自分の気持ちに全然気付いてなくって、彼女に中学2年の時に告白されたんだけど、断っちゃったんだ。それから、違う高校に進学して、本当に遅いと思うんだけど、高校に入って彼女の姿を全く見なくなって初めて気付いたんだ。あぁ、俺彼女の事が好きだったんだって。でも、遅かったんだよ。俺が自分の気持ちに気付いた時には、彼女は違う男と付き合ってるって彼女と同じ学校に通う友達から聞いた。それきり、諦めようと思ったんだけど、今でも彼女が好きで忘れられないんだ。俺って結構女々しいだろう?自分でも笑っちゃうよ。あれきり、彼女には会ってない。今どこで何をしているのかも知らない。ごめんね、こんな湿っぽい話しちゃって」
陽介……、以外にお前も一途な男だったんだな。そうか、ずっと好きだったから、他の女に一切なびかなかったってわけか。ふむふむ。
「分かりました。私、陽さんの恋応援します!!!」
はぁ?待て、サクラ。お前に他の恋を応援してやる余裕はないんだぞ。お前はお前の恋を何とかしろ〜。
「え?」
「私、絶対陽さんの恋成就させてみせます」
「サクラちゃん、そんな事しなくていいんだよ?」
「いいえ、やらせて下さい。私と哲さんで何とかします!!!」
待てと言っとろうが!!!何で、お前は他の奴の応援をする……ん?俺の名前を言ったのか?今、俺の名前を言ったのか!?勘弁してくれよ〜、あぁ、面倒くせぇ、サクラの奴、今日帰ったらお仕置きだ、この野郎。