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第11話 智弘2

 暫くして、智弘の彼女である吉井奈美がやって来た。

 昼間見た時には後ろ姿と横顔しか見えなかったのだが、すごく童顔で俺たちより2コ下の二十歳にはとても見えなかった。中学生と言っても通用するのではないだろうか。智弘の彼女だから、化粧がけばく、香水をどぎつくつけたど派手な女かと思っていたが、正面に座るこの女は化粧も薄く、大人しそうな可愛い顔の女だった。

 この女が昼間、智弘をひっぱたいた女と同一人物とは信じ難い。

 サクラが奈美の前にお茶を出すと、俺は名前を名乗り、智弘の友人である事を話し、それからサクラの事も紹介した。


「ここで、遠慮なくきちんと話し合ったらいいと思うよ」


 奈美は俯いたまま頷いた。


「ごめん、俺。無神経な聞き方したよな。言い訳見たく聞こえるかもしれないけど、避妊してたからびっくりして……、確認したかっただけなんだ。他に男がいるって疑ったわけじゃないんだ」


 智弘はそこで一度口をつぐみ、奈美の反応を窺ってからまた口を開いた。


「俺…、奈美の事本気で大好きなんだ。初めて本気で人を好きになったんだ。だから、奈美を傷つける事は絶対したくなくて避妊には気を使ってたから……」


「でも、本当に智弘との子供なんだよ。私だって……智弘の事大好きなんだよ。他の人と浮気なんて絶対してないよ」


 今まで俯いていた奈美がせきを切ったようにそう言った。


「うん、分かってる。奈美がそんな女じゃないって分かってるよ」


 俺達はなるべく二人が本音を喋れるように傍観者として息を殺しそんな二人を見ていた。恐らく二人には俺たちの存在は意識の中から除外されているのではないかと思う。


「俺、結婚するなら奈美とだってずっと思ってた…。だから、俺が卒業して就職したらプロポーズするつもりでいた。結婚したら子供は3人くらい欲しいとか乙女チックな夢見てたんだ。順番狂っちゃったけど……、俺と結婚してください。一緒にその子育てよう……」


 智弘は奈美の目を真剣に見つめてそう言った。智弘のこんな真剣な目を見るのは俺にとっては初めてだった。

 奈美は目に涙をいっぱいに溜めて頷いた。智弘は素早く奈美の元に近寄ると優しく抱きしめ、二人はキスをした。

 俺はまるでドラマのワンシーンを見ているようで、こっちが恥ずかしくなって思わず目をそらした。そらした先にサクラがいて、サクラは二人を見て貰い泣きをしていた。目をキラキラさせて二人をうっとりと見ている。


 さんざん自分たちの世界に入っていたこの二人だが、俺達がいる事にようやく思い当たると真っ赤な顔をして謝罪の言葉と感謝の気持ちを言葉にした。


「突然来てこんな深刻な話を聞かせてしまってごめんなさい。それから、本当にありがとうございます。きちんと話せて良かった。わたし、おろす事も考えていたから……」


 恥かしさと嬉しさとそして最後の言葉の時には少し寂しさを交えて奈美はそう言った。


「良かったですね」


 俺の部屋にはようやっと和やかな空気が戻って来ていた。長居をしてしまってすまん、と言って智弘は奈美を連れて帰って行った。

 これからの事はお互いの両親を交えて相談して行く事になるだろう。今の時代できちゃった婚が珍しくないとは言っても、親としてみればあまり気持ちのいいものではない。奈美の両親は恐らく二人の結婚に反対するかもしれない。智弘は子供の出産費用やなんやらで大学を辞めて働く事にだってなるだろう。彼らのこれからは始まったばかりなのだ。その時々で、俺も何か手助け出来るならそうしてやろうと考えていた。ふと、そう考えて、今までの俺だったらこんな事に巻き込まれていたら、明らかに面倒臭がっていたのだと気付いた。それがどうしたことか彼らの手助けを率先してやろうなどと考えているのだ。どうしたんだ……、俺。友達の為に何かする。友達の悩みを聞く。それを面倒臭いなんてこれっぽっちも思わないなんてどうかしている。

 もとはと言えば、サクラが来てからなんだ……。俺の日常も、俺の考えもあいつがすべて変えていく。

 俺は、炬燵でお茶をずずっと飲んでいるサクラをじろっと睨みつけた。


「どうしたんですか?」


 俺の気も知らないで、のほほんとした笑顔で首を傾げる。


「あの二人、仲直りして良かったですね〜」


 俺の中の苛々した気持ちなんて、サクラのエンジェルスマイルでたちまち萎んで消えていく。やはり、天使は近くにいるだけで、周りを和やかな気持ちに変えてしまうのかもしれない。でも、それじゃなんだか悔しくてサクラに意地悪をしてみたくなった。


「お前、セックスとかコンドームとかそんな知識あったんだな?」


「なななななっ……! それぐらい……、天使だって一応知ってますっっっ!!!」


 動揺したサクラが真っ赤な顔で大きな声を張り上げた。どうやらまだまだお子ちゃまなようだ。



「人間とは愚かな生き物ですね……」


 炬燵に潜り込んでいたタクローが智弘達が出て行った事で漸く這い出て来た。


「ああ、その通りだ。人間は、自分の人生をどう生きていくか、いつも悩み、躓き、間違いを犯す。それでもみんな必死で道を探してるんだ。まあ、大きく道に逸れ過ぎちゃってるやつもいるけどな」


「私は人間は美しいと思います。不器用で愚かな分だけ、人間は美しいんじゃないでしょうか。善だけでは美しくはない、その中にほんの少しの悪があるからこんなに美しいんだと思います。私は、こんな事を言ったら天使失格かもしれませんが、天使よりも人間の方が美しいと思っているんです。まあ、勿論例外はいますけどね」


 俺はタクローの言った事に驚いて口を大きく開いた。


「驚いたな。タクローがそんな風に考えていたなんてな。お前は人間が嫌いなんだと思っていたよ」


 それを聞いたタクローは苦笑した。猫の姿をしているので、分かりにくいが僅かな変化で読み取る事が出来る。


「嫌いではありません。興味があります。大分研究していましたから」


「研究? どんな?」


「人間の行動パターン、性格分析、心理などいろいろな事です」


 へぇと俺は感心したように相槌を打った。タクローを胡散臭いと思っていたが、この時初めて俺はこいつが案外好きかも知れないと思った。

 タクローと話している間、サクラは全く話に加わってくる事がなかった。不審に思ってサクラを見ると、炬燵に突っ伏してすやすやと気持ちよさそうに寝てしまっていた。


「こうやってみると本当に天使みたいだな……」


「天使ですから……」


 そりゃそうだなと言って俺はくくくっと笑った。

 サクラの寝顔はとても可愛い。こんな事は本人には決して言わないが……。どんな夢をみているのか、サクラは幸せそうに微笑んでる。


「哲さん、申し訳ありませんが、サクラ様をお部屋に運んで頂けませんか?」


 もちろん俺もそうしようと思っていたので、快く引き受けた。


「タクロー。頼むから俺にその型苦しい言葉だけはやめてくれ。お前は俺の世話係でも使用人でもないんだからさ」


「分かりました。何分癖の様なものですから、すぐには無理でしょうが、努力いたします」


 言ってるそばからそんな丁寧な話し方をするタクローを俺はしばし笑ってしまった。

 俺はサクラを起こさないようにそっと抱きあげ、ベッドに寝かせた。寝かせた時に顔にかかってしまった髪の毛を指でどかしてやる。

 妹? 娘? どっちにしろサクラは俺にとって可愛い家族にいつの間にかなっていた。サクラには幸せになって欲しい。そう心から思った……。


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