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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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初めての空の旅

 「すごい……これが空なのか……。」

 眼下に広がる、人生初の視点に絶句するホートライド。北にそびえる南キルメトア山脈中腹ほどの高度を滑るキルトランス一行。

 彼は何度か山脈の途中にある鉱山村に行き、そこからのタタカナル方面の景色を眺めたことがある。村がわずかに見える平原、そしてその向こうに広がる大洋の光景。

 そんな光景も感動はしたが、今眼下、いや足元に広がる大地は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 足元から地表までには何もなく、また自分の意思で飛んでいるわけではなく、キルトランスの魔力によって浮遊している状態は稀有な感覚であった。

 実は彼自身、何度かキルトランスやヴィラーチェに浮かせてもらった事はあるが、この高さまで上がった事はない。

 足をばたつかせても何も爪先に触れることはなく、腕をかいてもなんの手ごたえも無い。そんな不可思議な感覚に、ホートライドも興奮を隠せないでいた。

 「……。」

 感動を共有しようとキルトランスの方を見るが、キルトランスは真っ直ぐ北を向いたままであった。

 (確かにキルトランスからしたら普通の光景なんだろうな……。)

 ホートライドはそう思って納得しながらキルトランスの反対側を見ると、レッタはアリアを抱きながら、大はしゃぎであった。


 この当時、魔術による飛行はある程度確立され、空を飛ぶという行為自体は人間にとってそこまで稀有なものではなかった。

 ただし、空を飛べたのは術者本人だけであり、それもかなりの高位の魔術師に限定されていた。

 もちろん、瞬間的な浮遊はそれなりの術者であれば可能であり、それを実現したマジックポーションも高価ではあるが存在はしていた。

 しかし、それらはあくまでも貴族の娯楽の一部として、短時間、部屋の天井に着く程度の浮遊をするだけのものであった。

 理由は魔力が尽きた時に落下して死なない程度の高さでないと危険であったからだ。

 実用、特に軍事に耐えうる飛行と言うのは、やはり高位魔術師に限られたものである。

 理由の一つとしては、有用な距離、例えば数十キロ先まで飛行が可能なほどの魔力量を持っている人間が普通であれば居ないという事。

 そしてもう一つの理由は重い物、もしくは多くの者を運べないという事であった。

 飛行魔術を行使している魔術師は、魔力の維持に集中力のほとんどを割いており、とてもではないが荷物を運べるような状況ではない。

 そのため、飛行魔術を使える魔術師の用途の多くは伝令、もしくはその人が身に着けられる程度の少量の物資の運搬程度であった。


 それを踏まえてもなお、今、キルトランスが置かれている状況と言うのは不慣れで過酷なものであった。

 そもそもドラゴン族は飛行できるのが普通であり、他人を連れて飛ぶという時は負傷した仲間を助ける時程度である。

 そして魔力での飛行に長けたドラゴンニュート族では、翼が折れようが、魔力が残っている限り飛行は可能なのだ。

 もちろん森で狩った得物を運ぶとき等は一緒に飛ぶこともあるが、相手は大体の場合、物であったり、すでに死体であったりするので、運ぶ時に躊躇(ちゅうちょ)は必要ない。

 だが、生きている人間を傷つけないように三人、ともなると話は全く違う次元の難易度になってくる。総重量にして、彼自身の体重を上回る重さの質量を、魔力で縛るのではなく、包むような感覚を心掛けないといけないからだ。

 幸いなことにアリアは彼の魔力で編んだローブを身に付けていた。自身の魔力で満たした魔鉱石の布は、自分の体の一部の様に操ることが出来た。

 しかし、問題はそのローブに異物、つまりはレッタが張り付いている事だ。


 飛行しながらキルトランスはチラリを横を向いた。

 レッタはアリアと抱き合うようにして浮いている。そして、彼女の大きな、しかし若干充血した瞳に映る全ての光景を、一つでも多くアリアに伝えようと必死である。

 その彼女の甲斐々々しい様子を微笑ましくも感じたが、さすがにそれを手放しで見ていられるほどの余裕はキルトランスには無かった。

 しばしの思考の後、キルトランスは前を向いたまま頼んだ。

 「……レッタ、ホートライドの方に移動してくれ。」

 「は?なんでよ?」

 心底嫌そうな顔をするレッタ。内心凹むホートライド。

 「理由は後で説明する。とりあえずアリアから離れてくれ。」

 「ははぁ~。さてはアタシとアリアがいちゃいちゃしているのを見て嫉妬してるのね!」

 「違う。」

 即答である。そもそも、それで嫉妬するようなものであれば、普段から屋敷で嫌と言うほど眼前で睦まじくしている様子を見せられている時に既に嫉妬に狂っていたであろう。

 もっとも今この時においては、彼がアリアに対して持つ感情は、嫉妬が芽生えるのか怪しい程度のものでしかなかった。

 その時、アリアが真面目な声でレッタの腕を握りしめた。

 「ねえ、レッタ。お願いだからとりあえずホートライドさんの所に行ってあげて。」

 アリアはキルトランスの声色から、何らかの事情があるのだろうという真剣さを感じ取ったのだ。

 彼女にそう言われると大人しくなるのがレッタと言う少女である。

 「……うん、わかった。」

 拍子抜けするほどに素直に肯くと、ホートライドの方に手を伸ばした。

 「落とさないでよ?」

 「……善処する。」

 キルトランスは半分真剣に答えると、それまで二か所に意識をしていた魔力を慎重に三か所に分けて、ゆっくりとレッタをホートライドの方に移動させた。

 「アリアー!!」

 少しずつ離れていくレッタは、まるで旅芸人の三文芝居のように腕を伸ばしアリアに叫ぶ。

 そしてそんな彼女の腕をホートライドがゆっくりを掴んで引き寄せた。

 「ほら、暴れるとキルトランスが大変だから落ち着いて。」

 そう耳元で囁くホートライドに対して、特大のため息を出すレッタ。

 「あ~あ、アリアと一緒が良かったな~。」

 その言葉に苦笑するしかない多感な青年であった。

 しかし、この方法はキルトランスにとっては効果覿面(てきめん)であった。

 レッタがアリアの体から離れた瞬間に、アリアが、正確には彼女のローブが自分の体の一部のように感じ、何の意識もしなくても、彼女が勝手に着いてくるように扱えるようになったからだ。

 これでキルトランスはホートライドとレッタにのみ集中して飛べばよくなったからだ。

 「ふう……レッタ。ありがとう。随分と楽になった。」

 キルトランスは珍しく大きいため息を付くと、素直に礼を言った。するとレッタは大笑いで答えた。

 「アンタにも大変な事ってあるのね!何でも魔術で楽々解決!って感じだと思ってたけど!」

 「……魔力は万能ではない。それと……他人と一緒に飛ぶのは初めてだからだ。」

 「……マジで?」

 途端に三人の顔から血の気が引く。

 「だから、先ほどから落とさないようにするのに苦労していたのだ。」

 足元を見れば高度は既に距離感が分からない程になっており、南キルメトア山脈の頂が同じ高さに見えるほどにまでなっていた。

 もしここから落ちるとなれば、どうなるであろうか。もはや想像すら不能の領域であるが、唯一絶対であろうことは、確実に死ぬという事だけである。

 レッタの腕を掴む腕に自然と力が入り、少しだけ彼女を自分の元に寄せた。それに下心など一切なく、純粋に彼女を守らなければという無意識であった。そして彼女の腕にも少し力が入り、彼の腕にしがみつくようになった。だが、そんな些細な事でも、彼は嬉しかった。

 「キルトランス!アリアを落としたら絶対に殺す!!」

 だが次に彼女の口から出た言葉はそれであった。この状況下でもアリアの事を第一に考える彼女に、いつも通りだという安堵を感じつつも、少しだけ嘆息するホートライドであった。

 「安心しろ。アリアはローブのお陰で落ちることは無い。」

 「なら許す。」

 考え方によっては若干不穏当なキルトランスの言葉に、即答で応えるレッタ。だがそれは幼い時からの習慣とも言うべき、アリアを第一に考えるレッタそのものであった。

 レッタ様の許可をいただき、ようやく一息つけたキルトランスは本来の様子を取り戻せた。

 「……これなら楽に飛べる。少し速度を上げるぞ。」

 そう言いながらキルトランスは少しだけアリアの様子を見た。彼女は見えていない筈の瞳で彼を見つめており、その口元が少しだけ微笑みながら答えた。

 「はい。私は大丈夫です。」

 そんな彼女の表情を横目に、キルトランスは不思議な心持であった。この感覚はなんなのだろうか、そう思いながらキルトランスは一直線に山脈の(りょう)線を目指し滑り始めた。


 滑り始めてしばらくして、キルトランスは少しだけ後悔をした。

 離れてなおレッタが大声でアリアに状況の説明をするので隣が(かしま)しいのだ。

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