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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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旅立ちの朝

 その日のタタカナルは快晴。

 太陽は東の空に上がり、見事な朝焼けは壮観ではあったが、村人たちにはいつもの光景であった。

 風はいつも通り南風(はえ)。北へ向かう彼らの背を押すように爽やかに吹いていた。


 しかし村の広場に集まる者たちの面持(おもも)ちは三者三様であった。

 キルトランスとアリアの表情はいつも通りである。草原のそよぎのように穏やかな笑顔を湛えるアリアに寄り添うように、いつも通りの顔をしているキルトランスが、まるで草原に立つ一本の大木のごとく立っていた。

 彼女の笑顔の理由は旅立ちへの期待だけではない。今朝、太陽が顔を覗かせた時、アリアは初めてキルトランスを起こすという行為をしたためだ。

 眠りの浅いドラゴンは、少女が部屋に向かう廊下を歩いているだけで目が覚めてしまう。同衾した日も、彼女が目を覚ました身じろぎで彼は覚醒し、一声かける時にはすでにいつもの彼であった。それ故に、彼女は彼の寝起きという物を見たことが無かった。

 今朝、彼女が目を覚ました時、キルトランスは返事が無く、彼の体にゆっくりと手を当てた時に、ビクリと体を震わせて、いつもとは少し違う言葉を漏らした。

 「……あ?……ここは……?……ああ、エアリアーナか……。」

 要は初めてアリアに見せた少し寝ぼけたキルトランスの様子が面白くて、彼女は朝から上機嫌なのである。

 ヴィラーチェは時間ぎりぎりまで寝ていて、先ほど家を出る時に起こすと、着の身着のままに着いてきた。

 「どうせワタシは行かないのです!」

 一応納得はしている彼女ではあったが、やはり不満は隠せないらしく、朝から顔を膨らませている。


 それに対して、少し遅れて来たジャルバはいつも通りであった。

 酒臭い彼は水袋を片手に頭を抑えながらゆっくりと歩いてきた。いつもの自警団としての装備をしていない、ただの村人としての彼を見るのは珍しく、キルトランスは少しだけもの珍しそうに見ていた。

 その少し後にしな垂れるように乗って歩いてきたモルティもまた、帯剣のみの軽装であった。

 彼は朝に弱い。常に冷静沈着で頭脳派である彼も、目覚めから一時間ほどは意識が半分寝ている。いつも伏し目がちな目が、完全に糸目になっている彼を見るのは新鮮であった。

 それでもキルトランス達を見止めると目を開け、いつもの彼に戻ろうとしていた。


 そして少し遅れて来たレッタとホートライドは悲惨であった。

 レッタの表情は晴れやかに見えたが、目は充血し目の下の(くま)が見て取れた。どうやら徹夜で何かをしていたようだが、それは後に語る事になるであろう。

 そしてホートライドは外見こそいつも通りであったが、その表情は精神的な疲弊がありありと浮かんでいる。

 それは昨晩、彼がレッタの両親を説得するのに、いかに心労を割いたかがよく分かる物であった。

 今朝、両親に起こされたホートライドは、重い頭を振りながら旅の荷物を整えると、レッタの家に行き、両親に挨拶をした。

 そして彼女の部屋の扉を開けると、そこには椅子に座ったまま熟睡していたレッタを発見した。どうやら、彼女は夜通し針仕事をして、それの完成と同時に意識を失っていたようだ。

 二人の後ろには、両家の両親があまり緊張感のない世間話をしながらついてきている。やはり旅立ちの前の見送りには立ち合いたいのが親心と言うものであろう。


 一同が広場に会すと、にわかに騒がしくなる。ジャルバ団長が親たちに挨拶をしたり、レッタがアリアに抱き着いたり。

 そして一同の旅装束や大きな荷物を見た広場周辺の村人たちも、見物に少しずつ集まってきた。

 村のあちらこちらから炊事の煙と、微かな良い香りが立ち始め、今日も村が動き始めるのを感じた。


 一通りの社交辞令が終わると、完全に本調子に戻ったモルティがホートライドに近寄る。

 「これは村と自警団からの餞別(せんべつ)です。」

 それは小さな袋と少し大きな袋であった。

 「帝都での多少の生活費にはなるでしょう。一応十日分はあると思いますが、無駄遣いはやめてください。」

 その袋を受け取ったホートライドはその重みに少し驚いた。これほどの重みのお金を持った経験はあまりない。

 だが四人の十日分の生活費と考えればこの位は必要なのかもしれない。

 「あと、こちらは旅の保存食です。まあ、帝都に着けば必要無いものかもしれませんが、念のために三日分用意しました。」

 ホートライドは深々と頭を下げてそれを受け取った。タタカナル村は貧しくはないが、さりとて豊かとはいえない村である。この路銀と保存食は村の厚意であると考えれば、その負担は決して少なくないはずだ。

 それをまだ若輩者の自分に託す重みを彼は感じずにはいられなかった。


 村人たちの声援も一段落着くと、いよいよ旅立ちである。

 四人はそれぞれの荷物を背負い、キルトランスの周りに集まる。アリアはレッタに黒のローブを着せてもらった。

 「じゃあ、ホートライド。この村の命運はお前らに任せたからな。」

 その言葉の重みを全く感じさせない軽い口調でジャルバ団長がホートライドの肩を叩く。

 「……分かりました。絶対に成功させてみせます。」

 ホートライドはいつにない真剣な面持ちで返事をする。

 「いいですか!何かあったら迷わず助けを呼ぶのですよ!」

 モルティの隣でヴィラーチェが偉そうに叫ぶ。やはり置いて行かれるのが悔しい彼女は最後の最後まで愚図(くず)るのであった。

 「なんなら今でもいいのですよ?!」

 ホートライドは苦笑しながら彼女の頭を撫でて

 「ヴィラーチェ、俺達が居ない間の村の安全を頼むよ。」

 と優しく諭した。

 「そうです。ヴィラーチェさんはしばらくの間、この村の護りの(かなめ)になるのですから。」

 モルティ副団長もそう言いながら彼女を諭す。憤懣やるかたない彼女は、苛立ち紛れにモルティの頭に座るとそっぽを向いてしまった。

 そんな彼女にキルトランスが静かに語りかけた。

 「ヴィラーチェ、魔世界のドラゴン族の誇りにかけて、この村の守護は任せた。」

 同じドラゴン、しかも格上のドラゴンニュートにその様に言われたら、小さな彼女の誇りが刺激される。

 「当たり前ですよ!ワタシがいる間はこの村には指一本触れさせません!」

 そう胸を張って答えた彼女に、一同が微笑む。


 「それでは、行ってきます。」

 ホートライドが高らかに宣言すると、四人の体がゆっくりと浮かび上がる。村人が驚きの声と共に旅立ちの祝福の声を送る。

 彼らはどんどんと空高く昇ってゆき、やがて一塊に見えるようになった。

 「……すごい……村があんなに小さく見える。」

 アリアの手を握りながら、レッタが呟く。

 「アリアにこの綺麗な光景を見せてあげたいのに……。」

 悔しそうに零す彼女の言葉を、強く握り返すことで答えたアリア。

 浮遊独特の感覚はアリアにも分かる。だが高低差による景色の違いなど、彼女に分かるはずもない。

 それが残念だとは思うが、その景色の素晴らしさは、レッタの声で十分に伝わるのであった。

 「キルトランスさん、行きましょう。」

 名残惜しそうに村を見下ろしていたホートライドは、未練を振り切るように顔を上げて北を向く。

 その手には地図が握られていた。

 遠くに見える南キルメトア山脈、それを超えて帝都イルラティオはある。


 「北へ……。」

 四人は村を救うために旅立つ。

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