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旅立ちの前夜

 月明かりの強く差し込むキルトランスの寝室。

 ベッドで丸くなるキルトランス、そしてそれに寄り添うようにしてしな垂れかかるアリア。

 アリアの家に住むようになってから半年も過ぎると、このような光景はさして珍しいものでは無くなっていた。レッタの居ない日の夜は、アリアが彼の部屋に来て一緒に寝るようになっていた。

 当初は緊張した面持ちで訪ねてきたアリアであったが、三回やればもはや習慣である。昨今のアリアが部屋を訪ねる時の面持ちは、喜びと安堵(あんど)の予感に溢れている。

 そしてアリアが眠りに落ちる少しの間、日々の他愛もない事を話すことに興じるのが日課であった。この時間はキルトランスにとっても、人間の事を知るいい機会である。

 ちなみにヴィラーチェは我関せずとばかりに、アリアのベッドを大の字に占拠して寝ていた。

 当初、夜中にベッドから起きて部屋を出ていく事に気付いたヴィラーチェが、アリアにどこに行くのかと尋ね、アリアが少しだけ恥ずかしそうにキルトランスの部屋に行くと告白した。

 それに対してヴィラーチェは「ふーん、そうですか。」とだけ答えて再び眠りについた。


 今宵のアリアは少しだけ違った。

 「ねえ、キルトランス様……。」

 返事の代わりに少しだけ喉が鳴る。今のアリアにはそれだけでも十分に心が通じた。

 「なんだかドキドキして眠れません。」

 そう言いながらゆっくりとキルトランスの腕を撫でる。

 「帝都ってどんな所なんでしょう?私、この村を出るのが初めてで……。」

 要は未知への興奮で眠れないのだ。

 「……私も知らぬ。」

 喉の奥でキルトランスが答える。多少冷たい受け答えのような印象も受けるが、基本的に彼がそういう男であることをアリアは十二分に理解していた。

 「楽しみですね。」

 アリアは少しだけ楽しかった。彼女、もしくは人間にとっては全知全能とも言えるような存在であるドラゴンにも知らぬ事はある。そんな些細な共有でも少女にとっては心地よいものなのだ。

 「…………そうだな。」

 思いもよらぬ返事にアリアの頬が少し染まり、彼女の指に少しだけ力が入った。いつもであったら返事はない。もしくは少し喉を鳴らす程度の返事であろう彼が、今宵は声に出して返事をしたのだ。きっと彼も内心楽しみにしているのだろうと彼女は思った。


 「でも……。」

 アリアの眉が少しだけ(ひそ)められる。

 「ごめんなさいね。キルトランス様は何も悪い事していないのに、こんな事に巻き込まれてしまって……。」

 謝罪のように(ひたい)をキルトランスの腕に付ける。

 「いや、何もしてない訳ではないからな。それに謝罪に行く訳ではない。あくまでも交渉に向かうのだ。アリアが気に負う事は無い。」

 ずっと瞳を閉じていたキルトランスが、少しだけ瞳を開いて答えた。暗がりにいつものように少女が寄り添っているのが見える。そんな日常に昨今の彼は少しだけ安堵を覚えるのであった。それがただの慣れなのか、それとも別の感情なのか。今の彼にはまだ理解するほどの興味はなかった。

 ただ、少しだけ尻尾を持ち上げ、彼女の脚の上に乗せた。

 そんな彼の初めての行動にアリアは少しだけ驚いたが、すぐに小さく微笑むと腕にすがりついて頬を寄せた。

 ドラゴンにとって尻尾の先と言うのはある種の弱点であり、敏感な指先にも近い器官である。それを相手に寄せるという事は信頼の証であり、相手に心を許しているという意味でもある。もっともキルトランスはそんな事はあまり意図していないようであったが。そもそも、魔世界に居た頃にすら、そんな行為をする相手がダグラノディスくらいしかいなかったのだが。ちなみにその行為にいわゆる男女間の「それ」的な意味合いは無い。

 それでもドラゴン界の者が見れば、ドラゴンが人間相手にそんな行動を取った事に大いに驚かれるであろうが。

 「まあ、何があろうが……。お前たちは私が守る……。」

 キルトランスはそう呟くと再び瞳を閉じた。無意識にアリアの脚を撫でるように尻尾の先を振る。

 「……ありがとうございます。」

 彼の言ってくれた言葉が彼女の体の中をゆっくりと撫でるように染み渡っていく。それと共に彼女の心の中を喜びと安堵が満たしていく。

 キルトランスに守れている、その安心感は今の彼女にとってこの上ないものである。

 盲目の彼女は生活に慣れているとはいえ、心のどこかに必ず世界に対する不安が付きまとっている。突然何かが体に当たるのではないか、何者かが襲ってくるのではないか。そんな不安もキルトランスと一緒に居る時だけは払拭(ふっしょく)できるのだ。

 そんなアリアは暗闇の中、自分の脚に感じる少しだけチクチクとした彼の肌の感覚を感じる。それは少しくすぐったいような、気持ちよいような不思議な感覚であった。

 初めて彼の体を「見た」時、その硬さと鱗の感覚に驚いた物であった。しかし今となってはこの感覚は彼女にこの上ない安心感をもたらすものに変化していた。

 下腹部に感じる微かな(うず)き。この感覚が何なのかを彼女もまた理解できていない。

 「……明日は忙しい事になりそうだ。少し寝る。」

 「はい。おやすみなさい。」

 キルトランスはそれだけ言うと体の力を抜いた。ベッドが少し軋み、静寂に包まれた寝室にはやけに大きく響く。

 ドラゴンと言うのはあまり睡眠を必要としないし、寝たとしても人間ほど深く寝る事は(まれ)である。

 それでもキルトランスは明日の事を考えると、久しぶりに本気で寝ることにした。

 なにせ明日はアリアとレッタとホートライドを連れて飛ぶという、慣れないどころか初めての経験をするのだ。体調を万全にしておいて損はないであろう。

 キルトランスの意識は沼に沈むように深くへと潜っていった。

 アリアはそんな彼の変化を体で感じながら、少しだけ微笑むと彼を追うようにまた眠りへと沈んで行った。

 先ほどまであった明日への興奮は、彼から感じる心地よさに包まれて沈静化していた。

 年に数度だけ訪れる、二つの月が重なるように天頂にかかる夜空。

 その輝きは強く部屋を照らし出し、異世界のドラゴンと人間の少女が寄り添って寝ている姿を鮮烈に浮かび上がらせていた。

 その姿はまるで二つの月、ルーナとユエの様であった。

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