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ホートライドの交渉術

 ヴィラーチェは激怒した。

 しかしそれも致し方ない事である。

 ホートライドが本部に行っている間、レッタに帝都の噂話を(はなは)だ聞かされて、まだ見ぬ華やかな都にその小さな胸を出港前の帆布(はんぷ)さながらに膨らませていたからである。

 「ヤですぅ!あたしもみんなと一緒に帝都を物見遊山したいのです!!」

 そう口から火を吹かん勢いで怒鳴りながら、アリアの膝の上でのた打ち回るヴィラーチェ。もちろんフェアリードラゴンは火を吹けない。

 その様子は激怒というよりは、完全に駄々をこねる子供のそれではあるが。

 アリアとレッタはなんとかヴィラーチェを(なだ)めようと試みるが、取りつく島も大海原の彼方まで見えることは無い。

 いつもは弁の立つレッタも若干歯切れが悪い。なにせ先ほどまで彼女が絢爛(けんらん)豪華な都の噂話を大仰(おおぎょう)に吹聴していたのだから、彼女自身が多少の責任を感じていたからだ。

 ましてアリアに至っては、自分だけは行けるのだから余計に分が悪い。

 ちなみに静観を決め込んでいるようなキルトランスではあったが、暴走しようとする彼女の魔力をやんわりと抑え込んでいるのであった。


 ホートライドはふと思いついて言葉を変えた。

 「実はヴィラーチェちゃん。隠していたんだけど……。」

 急な態度の変容にぐずっていた彼女も少しだけ耳を傾ける様子を見せた。

 「実は、ヴィラーチェちゃんを今回の『隠し玉』にしようと思ってるんだ。」

 「……どういうなの意味ですか?」

 涙で真っ赤に腫らした目でホートライドを(にら)む子供のような龍。彼はここが帝都来訪の前哨戦の正念場とばかりに頭を(ひね)り、交渉を試みた。

 「今回の帝都来訪にキルトランスだけを連れて行くのは、実は君をこっそり隠しておいて、いざと言う時の隠し玉にしておきたいからなんだ。」

 まだ意味を計りかねて止まっているヴィラーチェ。アリア達はホートライドの意図に気付いて事態を見守る事にした。

 「今回の任務は恐らく難しいと思う。いくらキルトランスと言えども、すんなり行くとは思えない……。」

 深刻そうな表情で語りかけるホートライドに、吸い込まれるように目を逸らさないヴィラーチェ。

 「だから……。ヴィラーチェちゃんには、僕たちが危機に陥った時に助けに来る英雄の役をやってもらいたいんだ。」

 「英雄ですと……?」

 ドラゴン界ではあまり存在感を示す事のない非力な種族のフェアリードラゴンの耳朶を、あまり馴染のない心地よい言葉が包む。

 「そう。僕たちが助けてくれと言ったら、君が颯爽(さっそう)と現れて欲しい。」

 彼の意図が組めたのか、レッタの口元が少しだけ(ほころ)ぶ。

 「だから少しだけ村で待ってて、後で帝都に助けに来てほしいんだよ。分かるかな?」

 その言葉にようやく彼女の表情が少しだけ和らいだ。自分だけが取り残されて留守番をさせられると思っていたが、少し遅くなるだけで帝都には行けると分かったからだ。

 もちろん本当の子供であればこの説得すら通用するものではないが、彼女は曲がりなりにも数十年生きている成人の龍なのだ。この程度の分別くらいは付く。

 この時、半分は出まかせのつもりであったホートライドは、帝都からヴィラーチェへの通信手段など考えてもいなかったが。

 「そうですか……あたしがみんなの英雄に……。」

 そう言われると悪い気はしないのが名誉を重んじるドラゴン族という存在だ。

 対魔世界の住人であれば分が悪いフェアリードラゴンも、人間相手であれば十分に懐刀として活躍できるのは事実である。

 こうして、少しずつではあるが溜飲を下げ始めたヴィラーチェに、ようやく一同は胸を撫で下ろしたのであった。

 一人沈黙を保っていたように見えたキルトランスも、ようやく魔力の緊張を解くことが出来た。

 なにせ一時の彼女はこの屋敷を全壊させかねない勢いの魔力の奔流を噴き出していたからだ。一息にひねり殺してしまえば楽なのではあったが、さすがにキルトランスにその判断は無かった。

 そこで一番労力が必要な、彼女を傷つけないように魔力を封じ込めるという選択肢を選び、多大な苦労を一人で背負い込んでいたいたのであった。


 こうしてヴィラーチェが落ち着いた頃、ホートライドはレッタを連れてオレガノ邸を出る提案をした。

 もちろん表向きは明日からの身支度の為である。しかし、裏の目的は彼女の両親への報告と説得であった。

 門を出て一緒に歩く二人。夕日の余韻に浮かぶホートライドの表情は物憂げであった。

 彼女一人で行かせたら、何時(いつ)ぞやのように大ゲンカの末に家から飛び出すという可能性も否定できない。自分が同行する事、責任を持って彼女を護る事を両親に説明して、頭の一つも下げなければなるまいと覚悟をしていたからだ。

 「ねえ……。」

 考え事をしていた彼に、隣を歩くレッタが声をかけた。ふと我に返った彼の表情をレッタが少しだけ覗き込みながら歩いていた。

 「さっきのアンタ、ちょっと凄かった。」

 「え?何の事?」

 他の事を考えていた彼には、彼女の突然の物言いに追いつけなかった。

 「ヴィラーチェを(なだ)めてた時ね。咄嗟(とっさ)に言い方を変えて、上手い事説得してたな~って少し感心したわ。」

 予想外の言葉に動揺するホートライド。彼女から褒められた経験などほとんど無かった彼にとって、彼女の労いの言葉は嬉しかった。

 「そ、そうかな……?」

 先ほどの弁舌はどこへやら。上手く会話がつながらないホートライド。その少しだけ赤らめた頬は、消えゆく夕日の中に上手く隠れていた。

 「ホントは、アンタが帝都に交渉に付いてくるって聞いた時に不安だったんだけど……。」

 (不安だったのかよ……。)

 意中の女のある意味想定通りの評価の低さに多少がっくりしながらも、彼は彼女の顔を見返した。

 「少し安心した。」

 そう言ってにんまりと笑うレッタ。その笑顔に少しの気恥ずかしさを覚え、少しだけ瞳を逸らした。

 「そ、そうかい。ありがとう。」

 絞り出すように答えるホートライドに、レッタが意地の悪い笑いを返す。

 「そういう訳だから、ウチの両親の説得もよろしくね。」

 一瞬呆気(あっけに)にとられたホートライドではあったが、深いため息と共に返事をした。

 「分かった。頑張るよ……。」

 どうやら彼女はしっかりと、ホートライドの裏の目的を事前に察知していたようであった。、

 やはりレッタの方が一枚上手(うわて)なのだと彼は内心苦笑した。

 (まあレッタのための苦労は、苦労の内には入らないな。)

 そう思いながら夕飯の香りがする村の道を二人、彼女の家の方に歩くのであった。

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