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先んずれば即ち人を制す

 お茶の残り香に包まれた応接室に、ひと時の和らいだ空気が漂っている。

 だが彼らを取り巻く状況は、その平和な時間を長くは許さなかった。

 「まあ、そこで、だ。」

 少しだけ口元に笑みを浮かべたジャルバ団長が身を乗り出す。もっともアリアの膝に座ったヴィラーチェは「何の話だっけ?」といった表情で首をかしげたが。


 「面倒な事になる前に、こちらから動くってのはどうだ?」


 「……と言うと?」

 彼の真意を計りかねるキルトランスは素直に尋ねた。

 その圧倒的な力ゆえに、傲慢(ごうまん)な者も多いドラゴン族も多い中、素直さは彼の特徴であり、強みでもあった。

 彼は観察と思慮は深いが、勝手な思い込みをあまりしない。強い者にも弱い者にも同じ立場で接する事ができる性格であったが故に、この村に受け入れられ、今があるのだ。

 「帝国側が怒るのは間違いない。で、適当に理由をでっちあげてでも、この村をどうにかしようとするのは十中八九確実だろうぜ。」

 その言葉にレッタの眉尻が上がる。

 「自分勝手に襲ってきておいて、討伐するだなんて逆ギレもいいとこじゃん!」

 「まあまあ、その辺はそれこそ帝国側の勝手な都合だから、正論が通じるなら苦労はしないよ。」

 彼女の幼馴染みであるホートライドがなかば諦観(ていかん)した半笑いでレッタを(いさ)める。しかし彼も彼女の心情と同じなので強くは言えない。

 「昔から帝国側はそんなものです……。」

 黙していたモルティ副団長が呟く。

 タタカナル村はその昔は独立した共和国の一部であったのだが、帝国との戦争に敗れ領土となった事をモルティは今でも苦々しく思っていた。

 そんな彼の憤りを汲みつつも(さえぎ)るようにジャルバ団長は口を挟んだ。

 「ここからはオレの勝手な予想だがよ……。」


 恐らく今頃はすでに帝都イルラティオにも部隊全滅の報は届いているはずである。

 商人たちの情報網でも事件から数日後には帝都の耳には届くであろうが、国境の城塞都市ミナレバの駐屯地から魔術通信の方が速いはずである。

 その報を聞いた帝国軍はタタカナル村のドラゴン討伐よりも、ミナレバの駐屯部隊の補充を優先させるはず、とジャルバは予測した。

 なぜならタタカナルへの制裁はあくまでも国内向けの政治的なものであり、現在小康状態とは言え、隣国ガヴィーター帝国への備えは必要不可欠だからである。

 恐らく帝国はガヴィーターに駐屯地が手薄な事を悟られぬように、迅速に部隊を移動・補充させるであろう。

 そして、五百人の部隊が壊滅した事を知れば、ドラゴン討伐対策としてさらに大人数の部隊の編成が必要になる。

 もちろんドラゴン討伐に絞って帝国騎士団(パラディン)の精鋭部隊をタタカナルに送る可能性も捨てきれないが、五名の騎士を既に失ったとなれば、早々簡単には帝国騎士団(パラディン)を動かすことはしない、とジャルバは予想した。

 噂によれば聖騎士の現在の総数は百人弱ほどだと言われ、彼らは皇帝イルラティオの手足のように帝国全土に派遣されている。その中の五名で歯が立たなかったとなれば、次はそれ以上の人数、もしくは上位の騎士を用意しなければならなくなる。

 そうなれば、帝国内の治安や情報網も含め、やはり気軽に動かせる状況ではなくなるはずだ。

 以上の情報と推論により、ジャルバ団長は十日以上は直接的に帝国側が村に対して動くことは無いだろうと結論付けたのであった。


 「……という訳だ。」

 「で、だ。あの時に軍を退けられたのは……キルトランス殿の功績がほぼ全部だ。」

 その()に自警団二人が苦笑した。

 本来ならば村を護る使命を帯びた自警団ではあるが、そもそもの事の原因であり、異世界からの来訪者であるキルトランスがいなければ、手も足も出ずに村は壊滅させられていたであろう事実は恥じ入るほかなかった。

 「だが、もしあの時以上の軍勢が村を包囲したとなれば、こっちは完全にお手上げだ。もちろんキルトランス殿……。」

 そう言いかけて、アリアの膝でまどろむヴィラーチェの顔を見ると言葉を付け加えた。 「……あとヴィラーチェちゃんが加勢してくれれば、勝てなくはないんだろうがな。」

 突然自分の名前を言われて目を開いたヴィラーチェは、慌てて周りを見渡し何の話かと目をしばたたかせる。しかしアリアが優しく頭を撫でると、再び頭を預けて目を閉じた。そんな様子を見てレッタは顔をほころばす。

 キルトランスの功績に霞みがちではあるが、彼女も村への被害を食い止めた影の功労者であることは村人みんなが知っていた。火を放たれた民家を水の魔術で鎮火させ、傷ついた村人は治癒して回った。あの日以来、ヴィラーチェは村人から以前にも増して愛されるようになった。

 だがこんな小さく愛らしいドラゴンであっても、魔術師何十人分の力を秘めているのだ。

 「だが、オレら自警団としても……いや村人誰一人として、負傷者や物的被害を出したいわけじゃねえ。」

 男二人が肯く。二人の少女の口元が閉まる。

 しかし誰も表立って同意しなかったのは、それがあまりにも当然の願いであり、同意するという事は、逆に言えば同意しない者が一人でもいるかのような事だからである。

 ジャルバ団長はそんなテーブルを囲む面々の様子を見ながら内心心強さに喜ぶと、ようやく本題に切り込み始めた。


 「そこでな。先にキルトランス殿が帝都に行って、話を着けて来ればいいと思うんだが、どうだ?」


 予想外の彼の言葉に一瞬キルトランスが呆気にとられた。

 そしてその様子が珍しいために、一同が少し笑った。

 「……アンタがそんな顔するなんて初めて見たわ。」

 レッタが覗き込むようにキルトランスの顔を見る。その顔にはある種の挑発的な笑みが浮かんでいた。

 「いや~、アリアにも見せてあげたいわ!」

 そう言ってアリアの肩を抱くレッタ。アリアは少し笑いながらも残念そうな顔をした。

 タタカナル村に来て以来、キルトランスは常に冷静沈着であった。何事をも見通しているようなその態度と、何事も持ち前の魔力で解決してしまう力量は、人間たちからすれば尊敬と憧憬の対象であった。

 しかし、それらは数百年の時間を経て蓄積された思考と、人間を遥かに(しの)ぐ鋭利な五感による勘の良さ、そして大抵の事には対応できるだけの力があったからである。

 伝説に残るドラゴン達が畏怖と尊敬の対象であるのは、ひとえに彼らの態度のお陰であったと言えよう。

 「……その発想は……なかったな。」

 絞り出すように言うキルトランスからは、先ほどの様子が演技ではなく本物であった事が(うかが)い知れた。

 彼は生来、あまり積極的な性格ではない。魔世界の偵察隊の一員としてアルビに来たのも、ドラゴンニュートの森の長老から尻を叩かれて嫌々向かっただけであって、彼が志願したことではない。

 そのため、タタカナル村が直面するであろう現状に対しても、あくまでも降りかかる火の粉は払えばいい、という受け身の発想しかなかったのだ。

 「そのようだな。」

 ジャルバ団長自身も初めて見る眼前のドラゴンの様子に若干驚きつつも話を続けようとすると、キルトランスが口を挟んだ。

 「だが、なぜ私が行く必要があるのだ?」

 その声色には明らかに面倒そうな空気が混じっていた。

 「いやぁ、まさかそう来るとは思ってなかったけどよ……。」

 ジャルバ団長は髭をいじりながら苦笑すると、少しだけ口(ごも)ったが、観念して口を開いた。

 「威嚇と説得力のためだ。」


 本来、村内の荒事・揉め事の解決にも奔走する自警団だが、対外的な事になれば(いささ)か力不足であった。野盗程度であれば、訓練された武力で解決してきたが、それが対帝国ともなれば、完全に手詰まりなのである。

 なぜなら旧他国地域とは言え、現在は帝国領内なのだから、武力的な話となれば対外的は完全な内乱扱いになる。村内は当事者であるから、武力的な抵抗も賛同者が多いが、周辺地域の街や村は事情が異なる。

 本当の意味での内乱、つまり帝国転覆を狙う反乱軍という話であれば、説得によっては賛同する街もあるかもしれないが、今回はあくまでも一つの辺境の村の自衛目的だ。そんな大義の薄い彼らに意味もなく帝国と敵対しようなどという街はないだろう。

 つまり、タタカナル村は孤立無援の難局に対処せざるを得ない状況にある。

 当初ジャルバ団長は新しい村長を連れて帝都に乗り込む事も考えたが、説得の手段とあまりの交渉材料の()の悪さに、その作戦は諦めた。さすがに(かくま)った異世界のモンスターと共闘して帝国の兵士を五百人も殺しておいて、その件は正当防衛だから不問にしろというのは、色々と無理筋すぎる要求だったからだ。

 色々悩んだ結果、交渉の要である軍事力の後ろ楯、つまり強大な力を持つキルトランス本人を連れて交渉に当たるという戦略を選んだのであった。


 「キルトランス殿の気持ちも分からんでもねえが、そういう訳だからよ。少し考えてくれんか?」

 そう言うと明らかに乗り気でないキルトランスに対してジャルバ団長は深々と頭を下げた。それに(なら)ってモルティ副団長も頭を下げる。

 「この村の客人であるあなたに頼む事ではないのでしょうが、私もそれが最良の選択肢だと思いました。私からもお願いします。」

 「ふむ……。」

 煮えきらない態度のキルトランス。そこにレッタが割って入った。

 「いやいや、おっさんたち。こいつはもう客人じゃないでしょ。ここの勝手な居候ではあるけど。」

 「ちょっとレッタ!そんな言い方は……キルトランス様は私の家の大切なお客様ですよ。」

 自警団とドラゴンを目の前に、全く(おく)することなく不遜な物言いを放つ親友を、慌ててたしなめるアリア。もっとも、そんな事が通じる相手でも無いことは、幼いときからずっと共に過ごしてきた彼女自身、痛いほど解ってはいたが。

 「だいたい、そもそもの原因がアンタが村に来たことなんだから、アンタが対処するのは当然じゃないの。」

 男たちが()えて言わなかった事を、全く(いと)わずに口に出すレッタ。もはや苦笑しか出ないアリア。その正論に返す言葉もなくキルトランスは喉を鳴らした。

 確かに自分の好奇心で人間に近づき、運良くエアリアーナと出会ったことによって、なかなかに楽しい今の生活があるのだ。

 そんな「いつも通り」のレッタに苦笑いしつつも、男たちは期待を込めてキルトランスの反応を待つ。


 「アンタはもうタタカナルの村人なんだから、自警団の一員として協力しなさいよ!」


 キルトランスの中で何かが()に落ちた。

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