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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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見た目がかわいいのは必ずしも得だとは限らない

 先程の団長の芝居がかった左手は、モルティに来るように命じる合図だった。

 その場にいる六人の視線を浴びながら、いつも通りの彼の様子で近寄っていく。だが彼の背中には秘策があった。

 「そ、それは……帝国に対する反逆だな!」

 登場した者が予想外の線の細い男だった事が災いしたのか、兵士は少しだけだが威勢を取り戻した。確かに眼前に立ちはだかる居丈夫(いじょうぶ)と比べれば遥かに細く、まして遠近感で余計に華奢(きゃしゃ)に感じるのは仕方ない。

 「……私『達』に反逆の意思はありません。」

 少しだけ間を持ってモルティ副団長は丁寧に答えた。モルティは村の中では反帝国派で通っており、今の言葉は彼の個人的な意思を抑えて村全体としての立場のみを表明した言葉であった。

 「ですが、襲われたら反撃して身を守る。それは人間も……ドラゴンも同じ自然の(ことわり)でしょう。ただそれだけの話です。」

 そう言って副団長はジャルバ団長と並んだ。団長に付き添っている団員二人の目が副団長の背中に注がれる。すると彼らの表情に変化が見受けられた。

 「例えばもし、我々がドラゴンを(かくま)っているのではなく、ドラゴンが我々を匿っているのだとしたら、それも反逆の意思になるでしょうか?」

 兵士達はその言葉の意味が理解できずに混乱した。

 「バ、バカなっ!!……魔物が……人間に味方するわけがない!!」

 モルティとジャルバは吐息のように小さく彼らの言葉を肯定した。

 「でしょうね。」

 「ま、そうだろうよ。」


 事実、キルトランスが初めて村に来たあの日、よもやドラゴンとこのような関係を築けるようになるとは、村の誰一人として思っていなかったからだ。もちろん今のタタカナルの村人達であっても、魔物と仲良く共存が出来ると思っている人など皆無に等しい。

 今日という状態が成り立ったのは、キルトランスという落ち着き思慮深い人と、エアリアーナという外見で人を判断できない心優しき少女が、奇跡のような邂逅(かいこう)を果たしただけの特例中の特例なだけである。もちろんその奇跡には無謀な攻撃を仕掛けなかったホートライドやジャルバ率いる自警団。そしてキルトランスに(おく)すること無く立ちはだかったレッタなどの要因が重なりあってこそなのだ。

 これらのどれ一つとして欠けても成立し得なかったであろう奇跡。それを|少々思慮の足りない諜報員(イルシュ・バラージ)の報告書程度で状況を知ったような気になっている帝国軍などに理解が出来ようはずもない。


 モルティ副団長の背中が(にわか)に動いた。

 『ふっふっふっ……。その通りだ矮小なる人間どもよ……。』

 「な、なんだ?!」

 明らかに自警団の男達とは異なる声が聞こえてきて、これが(くだん)のドラゴンの声かと兵士達は慌てて周囲を見渡す。だが自警団達は顔色一つ変えていない。実際は顔色を変えないように苦労しているのだが。

 『この村の者達はワタシが勝手に守護しているに過ぎない……。』

 その言葉と共にモルティ副団長の背中からゆっくりとヴィラーチェがせり上がってくる。体を隠すように腕組みをして、踏みしめる地面もないのに仁王立ちで。そしてゆっくりとモルティの肩の上に立つと、威嚇をするように鋭く腕を広げ己を誇示した。

 『ワタシが(フェアリー)ドラゴンのヴィラーチェでーす!』

 「あいた。」

 広げたときに羽がモルティ副団長の顔を強かに(はた)いた。


 「「「……え?」」」

 三人の兵士の声が同時に漏れた。そして団員は全員同時に笑いを(こら)えた。

 それはそうだろう。目の前に登場した可愛らしい生き物は、彼らの脳内に存在する如何なるドラゴンとも事なり、そもそもが名乗られなければドラゴンだと認識する事すら無理であったからだ。

 そして登場の仕方も悪かったと言えば悪かった。ジャルバ団長から一歩引いて細身のモルティ副団長が立ち、それだけでもモルティが貧相な男に見えたのに、そのさらに後ろから小さな彼女が出てきたら、対比としてとても小さく感じてしまうものだ。この三人が並ぶとそれはまるで入れ籠構造(マトリョーシカ)のようでもあり、酷く滑稽(こっけい)に見えるのだ。

 「これが……ドラゴン?」

 左の兵士が指を指して尋ねる。それもジャルバ団長に対して。仕方なく大仰に頷いてみせる団長。怒髪天を突くヴィラーチェ。

 「もー!なんで人間は見た目でそういう反応をするですか!!ワタシだって立派なドラゴン族の一人なのですよ!!」

 「いや……そう言われても……なあ?」

 顔を見合わせる兵士達。そして心情を察するあまりに同意する二人。

 「……でしょうね。」

 「……ま、そうだろうよ。」

 「お二人さんも失礼仲間ですか!!」

 そこで初めて後ろの自警団員二人が破顔(はがん)した。それでも辛うじて笑い転げることだけは耐えたが。なにせ彼ら二人は副団長の後ろに張り付いて必死で隠れているヴィラーチェと目が合っていたのだ。しかも一度目が合って、彼女が真面目にシーッ!と口を塞ぐ合図を出した。むしろこれまで破顔せずに耐えてきた事を誉めるべき精神力だったと言えるかもしれない。

 「でもよ……。」

 頭を掻きながら苦笑するジャルバ団長の声に差し水のように冷静な色が混じり、すっと細めた目が隊長格の兵士の瞳を射抜く。

 「この子がドラゴンだってえのも、おめえらのお仲間五百人を一瞬で『沈めた』ってえのも、紛れもねえホンモンの話だぜ。」

 その言葉に一度は盛大に気の抜けた兵士達の顔が引き締められる。団長の言葉に嘘はない。一瞬で惨殺したのはキルトランスであったが、その死体を一瞬で地中に沈めたのはヴィラーチェなのだから。

 「そーですよ!もっと言ってください!」

 (頼むからおめえさんは少し黙っててくれねえかな……。)とは思ったが口には出さなかった団長。

 「こうなったらワタシの本当の力を見せるしかないですよ!」

 そう言うとふわりと浮き上がるヴィラーチェ。さすがの兵士達も思わず身じろぎながら抜刀をしてしまった。

 ジャルバ団長は今回のモルティ副団長の作戦は半々だな、と思った。

 キルトランス不在時に帝国が軍事的な動きがあった時の為にヴィラーチェという戦力を村に保持しておく。これに関しては確実にやっておいて良かったと思う。だが、実際に兵士達が来た際に「出来るだけ穏便に示威行動で追い払う」という作戦は完全に失敗であった。彼女の容姿と人柄的に、どうしても威嚇(いかく)には不向きであった。

 「もしかして、こいつが報告書にあった『もう一匹の小さなドラゴン』ってやつなのか?」

 兵士達は武器を構えながらも密談をしている。その微妙な緊迫感のなさも眼前のドラゴンのせいである。

 「俺はもっと……こう……小さいドラゴンみたいなのを想像してたぜ。」

 事実、彼らの思い描いていた『小さなドラゴン』というのは、ペンドラゴンの幼生体(パピー)のような姿であったが、今眼前にいるのはどちらかと言えば小さな妖精(ハーピー)である。

 「ほ、本当にこいつが駐屯部隊をやったのか……?!」

 先程よりも大分剣先が下がってはいるが、一応警戒をしつつ話す兵士。

 「一瞬でどーん!って!」

 「はい、本当です。」

 (うなず)くモルティ副団長。処理したのは本当だ。

 「で、でも部隊には騎士も何人か合流していたはず……。」

 「誰ですか?それは?」

 「……あ。」

 ヴィラーチェが平原の肉片を処理する頃には、もはやそれが「元人間」という見分けすら付かない状態であったために、そこに騎士が居たかどうかなど彼女が知る由もない。

 「五人の騎士を倒したのはキルトランス……大きいドラゴンの方です。」

 実際は残りの五百人もキルトランス一人で倒したのだが、あえて言う必要はないだろう。だが副団長が言った事実に改めて兵士達は戦慄した。

 帝国騎士団(パラディン)は帝国兵士達にも畏怖される、名実ともに「百人力」の帝国の威信の権化である。その騎士五人に勝つというのは、実質千人の軍隊を相手に二人のドラゴンが勝ったという事なのだ。

 最初は正眼の構えほどの高さであった剣先はいつの間にか下段ほどまで下がり、彼らが彼女に対して戦意を喪失しつつある事が見てとれた。

 「そんなに小さいのに……。」

 「はい、こんなに小さくても魔力は凄まじいものがありました。」

 「ワタシの魔力で人間なんかちょちょいのちょいです!」

 モルティの言葉に気を良くしたヴィラーチェが胸を反らす。

 兵士が生唾を飲む。魔術兵ではない彼らは魔力とは無縁の存在であり、ドラゴンと言えばなんとなく巨大な炎を吐いたり巨体で暴れまわるといった戦いを想像していた。だからこそ、魔力という戦い方に実感が湧かないのだ。

 「そんなにかわいいのに。」

 「はい。こんな可愛らしい見た目でも列記としたドラゴンの一族なのです。」

 「……えへへへへ。」

 ちょっと顔を赤らめてモジモジするヴィラーチェ。美醜にあまり価値をおかないドラゴン族であっても誉められて悪い気はしない。

 だがその瞬間ジャルバは見えざる豪腕に殴られたが勢いで振り返ってモルティを見た。

 「……?」

 何の合図だろうといぶかしむモルティに、慌てて何事も無かったように兵士達の方に向き直るジャルバ。

 (おいおい、マジかよ……。)

 年齢が離れているために幼馴染みでもなく、モルティと深く関わるようになったのは自警団に入ってからであった。それでもかれこれ十年近い付き合いになる二人。自警団本部で暇な時に団員達が下卑た女の話で盛り上がっている時も寡黙に一歩下がって我関せずを貫いていたような男で、たとえ話を振られたとしてもおおよそ容姿についてとやかく言ったことのない男の口から「可愛らしい」という単語が発せられたという事実に驚愕した。

 色々と思うところあるジャルバであったが、こんな空気であっても今は村の正念場。再び顔を引き締めて事に向き合うことにして、詳しい話は後で聞こうと思った。

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