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いわゆる前作の説明回的な

 キルトランスは魔世界の命令により、人間界(アルビ)に偵察に来た。そしてここ、タタカナル村でふとした事からアリアと同棲する事になった。

 紆余曲折有りながらも村の一員になりつつあった頃、同じく命令を受けたヴィラーチェもまたこの村に訪れ、アリアとキルトランスと共に住むことになった。

 二人は村の手伝いなどをしながら徐々に村人の一人として馴染み始めた矢先、「村がドラゴンに占領された」という風説が帝都に届き、西の城塞都市ミナレバから一人の軍人が派遣された。

 イルシュ・バラージという軍人は村に着いてすぐに、キルトランス達が危険な存在ではない事を理解し、その旨を帝都に報告してくれていたはずであった。

 しかし、先日突然ミナレバから駐屯軍が派遣され、約五百人もの軍勢により村が襲われかけた。

 中には帝国騎士団(パラディン)と呼ばれる帝王直属の精鋭が数名含まれていたが、ホートライドたちの活躍により辛うじて撃退することが出来た。

 駐屯軍本体はキルトランスの圧倒的な魔力により、一撃の下に壊滅。

 その中で、帝都からの討伐命令には村長の裏で糸を引いていた事が判明するが、その村長も騎士によって命を落とした。

 アリアの黒髪は古来より魔力の証とされており、折り悪く彼女の母親は隣国にして敵国であるガヴィーター帝国出身であったために、魔女として村長一派の村人から良く思われていなかった事が原因であった。


 村長死亡の悲報に村が悲しみに包まれたというと若干の語弊がある。確かに残念がる村人も少なからずいたのは事実であるが、多くの村人はすんなりと事実を受け入れた。つまりはその程度の人望であったという事だ。

 村長の葬儀は翌日にも行われ、後任は別居していた村長の息子が務める方向で調整されつつある。

 村人の中にはジャルバ団長を次期村長に推す声もあったが、本人が全力で拒否したために立ち消えた。

 それは本人の「めんどくせぇ。」という、これ以上ないほどの明確な理由であった。彼の性格をよく知っている村人は、彼の言い様に納得をするほかは無かった。

 これにて一件落着としたいところではあったが、そうもいかないのが辺境の小さな村の立場の弱さである。


 「どう考えても帝国側が悪いとはいえ、やっぱ帝国騎士団(パラディン)五人と駐屯軍をやっちまったのはまずいわけだ。」

 あまりまずそうな表情でないジャルバ団長が、そう言いながら茶をすする。

 なにせ戦場であれば中隊級の軍勢を、田舎の自警団とドラゴン二人で撃退したのだ。彼が痛快でないはずがない。

 「そうなのか。人間界(アルビ)の事情など私には分からぬが、ジャルバがそう言うのならそうなのだろう。」

 こちらもまったく深刻そうな表情が見えないキルトランス。

 とはいえ、彼はまだに人間界(アルビ)来て数か月しか経ってない魔世界の住人なのだ。人間たちの勝手な勢力図や政治事情などわかろうはずもない。

 二人の無頓着な様子に小さくため息を付きながらモルティ副団長が話す。

 「ミナレバ駐屯軍は西の国境、魔道帝国ガヴィーターからの防衛の(かなめ)です。それが壊滅したとなれば、帝国としては大きな痛手となります。」

 キルトランスはそれを無言で聞く。(あの程度で防衛の要なのか……)と内心では少々驚いてはいたが。

 人数にして五百余り。騎兵、弓兵、魔道兵などの混合部隊であり、「人間同士」の戦争、まして城塞都市での防衛戦を想定するならば、十分な中隊編成であったのだ。

 それをキルトランスは一撃のもと、ほんのわずかな魔力で葬り去ってしまった。翌日多少体がだるい程度の疲労はあったが、それも翌日には完治していた。

 それはドラゴンニュートと言う、ドラゴン界でも異質な魔力特化の種族の魔力が、いかに特異な存在であるかを物語っている。

 ちなみに今、クッションの上で寝転がっているヴィラーチェというドラゴン。彼女もまた魔力特化のフェアリードラゴンと言う種族ではあるのだが、その小さな体躯と同じように魔力もまた少ない。

 彼女の溜めに溜めた魔力を解放して、(くだん)のキルトランスの一撃に届くか届かないかと言った程度だ。もちろんそれでも人間にとっては脅威ではあるのだが。


 「そしてもう一つ面倒なことが……帝国騎士団(パラディン)の殺害です。」

 このモルティという男も、事の重大さを全く顔に出さないが、それは彼の生来の顔であり、基本的に仏頂面なので仕方ない。少なくともこの面子(めんつ)の中では最も事の重大さに胃を痛めている男ではある。

 「帝国騎士団(パラディン)はラクメヴィア皇帝の直属の騎士であり、軍規からも独立した、いわば『皇帝陛下の代理人』と言われている存在なのです。」

 「ふむ。」

 キルトランスは適当に相槌(あいづち)を打つ。ただ、「皇帝直属の部下」という単語で、多少の存在感は把握できたようだ。

 魔世界の王の元にも直属の戦士は存在するからだ。彼らは選りすぐりの種族から選ばれた最強の戦士が着くことが出来る立場だ。

 だが直接騎士と戦った彼からすれば、やはり人間の域を出ていない存在であった。

 たしかに剣技は自警団最強のジャルバを凌ぐものであったが、さほど本気を出さずとも撃退できたからだ。

 「ですから、この場合……あの時の騎士たちも言っていましたが、帝国騎士団(パラディン)への攻撃は、皇帝、ひいては帝国への反逆の意思と捉えられても仕方ないのです。」

 「……それは相手が襲ってきたとしてもか?」

 少々不服そうにキルトランスは尋ねる。帝国の規則など知る(よし)もない彼からすれば、単なる降りかかる火の粉を掃ったに過ぎないのだから。

 「……はい。」

 多少苦々しい口調ではあるが、(うなず)くモルティ副団長。

 口を開きかけたキルトランスがふと扉の方を見ると、先ほど人数分のお茶を用意しに行った二人が戻ってきた。しかしそれを意に介さず言葉を続けるモルティ副団長。

 「それが帝国騎士団(パラディン)という存在だからです。」

 その単語を聞いてレッタが不快そうな顔をした。

 「なにが帝国騎士団(パラディン)様よ。アリア一人を襲うために二人がかりで襲って。そんなのその辺の野盗と同じじゃん。」

 彼女はあの日、この応接室で拉致されかけたアリアを護ろうとして、騎士に襲われて瀕死(ひんし)の重傷を負った。

 幸いにホートライドによる助けと、ヴィラーチェの回復魔術によって一命を取り留めた彼女からすれば、帝国騎士団(パラディン)は忌むべき存在に違いない。

 だが、どうやら彼女の不快は自身に降りかかった被害よりも、隣で微笑む友がさらされた危機への憤慨の方が上回っているようだ。

 それほどに彼女とアリアの子供の頃の絆が深かったとも言えるが、彼女のそれは少々度が過ぎてる。

 「だからって、騎士相手に一人で戦うなんて無茶はやめてくれよ。」

 苦虫を噛み潰したような顔でホートライドが苦言を呈する。しかし彼女にとってはそんな事は些末(さまつ)な事なのだ。

 「戦ってないわよ!あいつらが勝手に襲ってきただけだし!」

 憤る彼女の言はもっともである。二人の騎士はアリアを魔女として捕獲しつつ、本来はドラゴンに対する人質にするつもりであったのであろう。

 「それにアタシはアリアを護るためだったら、相手が誰であろうが戦う。皇帝だろうが騎士だろうが……キルトランスが相手だって絶対に引かない。」

 くびれた腰に手を当てて、指をキルトランスに向け堂々と宣言するレッタ。それに困ったような顔をして止めるアリア。

 世界(アルビ)広しと言えども、ドラゴン相手にこうも臆することなく啖呵(たんか)をきれる人間はそうそう居ないであろう。

 そんな人間の小娘を見て、キルトランスは少し目を細めて喉で笑った。

 キルトランスが初めて人間界(アルビ)に来て以来、一度も彼を怖がらずにずっとこの調子なのは彼女だけなのだ。そんなレッタをキルトランスは苦手ではあるが、好ましくも思っていた。

 「ダメですよレッタ。私のせいでレッタが傷つくのは嫌です。」

 そのやり取りを聞いてジャルバ団長は笑った。

 「ほんと、レッタは女にしておくには惜しいな。その勇気があれば自警団にもぜひとも欲しいぜ。」

 そんな言葉をレッタが鼻で笑う。

 「嫌よ。私はアリアしか守らないもの。他の人がどうなろうが知ったこっちゃないわ。」

 そのあまりの潔さに男たちは苦笑せざるをえなかった。

 事実、レッタは襲撃のしばらく前から自警団の訓練につきあって、剣を習っていた。その理由はもちろんアリアを護るためであり、もしかしたらあの日に対する虫の知らせのようなものだったのかもしれない。

 そのおかげかどうかは分からないが、彼女はあの時、騎士の一撃を辛うじて防いだ。もっとも、その一撃で剣は折れ、彼女は腹を裂かれ倒れた。だが、並みの兵士ですら一刀両断する騎士の剣技から即死を避けられたのは、彼女が多少なりとも剣を習っていたおかげかもしれない。


 ともあれ、深刻なようで深刻でもない空気が中座されたテーブルは、とりあえず彼女たちが淹れてくれたお茶をいただく事としたのであった。

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