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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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どんな環境であれ慣れるもの

 「レッタ……今日は無理なんでしょうか。」

 帝都の宿屋でレッタとホートライドが眠りについた頃、ラヤ湖畔ではアリアがこの日何度目かの呟きを洩(も)らした。

 夕日の残光は夜の色へと飲まれ、湖を渡る湿り気を帯びた風には肌寒さが混じり始める。

 森の中は暗く、アリアとキルトランスもまた、共に闇に沈んでいた。

 アリアは夜になったことに気がついていた。光は無くとも時は分かる。それは風であり、虫の音であり。もちろん肌を撫でる光も判断の一つではあるのだが、それ以外にも昼夜で五感に訴えかける刺激は大きく異なる。それをアリアは子供の頃から実感していた。

 「どうであろうな……。」

 これもまた何度目かの変わり映えの無い返事。

 人間と比べて非常に長命種であるドラゴンは基本的に気が長いものだ。湖畔で数日大人しくしているだけであれば、何の苦痛も感じない程には。

 だが今回は人からの連絡を待つという事情があった。待ち人が危険に遭い連絡が来ない可能性もあるのだ。来る来ないを心配しながら待つというのは、さすがのドラゴンであっても多少は焦(じ)れるものだ。まして、親友であるレッタを待っているアリアにとっては気が気ではない事は、キルトランスでも分かっているつもりであった。

 焚火(たきび)もなく、森の闇に飲まれるままの二人ではあったが、別段問題があるわけでもない。

 アリアにとっては暖の必要のない焚火は危険なものでしかなく、キルトランスにとってはこの夜の光があれば十分に見えているからだ。折しも、今晩はまだ二つの月が同時に天頂に輝く夜であり、森の外なら人間でも夜道を歩けるほどの明るさがあった。

 焚火が必要無いという事は、もうひとつの利点があった。

 城壁から二人のいる岸辺まで距離があるとはいえ、夜の森で焚火をすれば城壁の監視兵に発見されるには十分なほどに目立つ。普段の旅人が通る街道から大きく離れている場所に光があれば、兵士が見回りに来てもおかしくはない。

 もし仮に兵士に見つかって、キルトランスの存在が知られてしまったとなれば、折角の斥候(せっこう)役の二人の努力が無駄になってしまう。

 そう考えれば待機組の二人がこの組み合わせであったのも、運が良かったのかもしれない。


 夏の夜の虫達が奏でる静寂に包まれながら、静かに座る二人の間に聞きなれた異音が流れる。

 「ご、ごめんなさい……。」

 少し大きな声で慌てたように膝を強く抱えるアリア。その異音とは彼女の腹の虫の音であった。

 「腹が鳴るのはアリアが悪いわけでもなかろう。」

 乙女の恥ずかしさなど気にも止めず、平然と答えるキルトランス。人間の習慣、もしくは感性が無いドラゴン族にとっては、なぜ謝る理由になるのかがさっぱり理解できなかった。だが村での生活の中で人間の、特に女は腹の音が鳴ることを恥ずかしく思う習慣が有ることは知っていた。

 「だが、何か食べた方が良いかもしれぬな。」

 空腹に強いドラゴンは数日飲まず食わずでも大して問題はない。深い眠りについているのであれば、一月ほど飲まず食わずでも構わないほどだ。だからキルトランス自身は空腹を覚えてはいないが、隣に座る控えめな少女の為を思って提案したのであった。

 だが背嚢(はいのう)から保存食を取り出すにも苦労した。

 中の物が見えるキルトランスは手が大きく中の物を漁(あさ)りにくく、小さな手のアリアは中の物が見えないからだ。それでもアリアは中から袋を一つずつ取り出すと、匂いを嗅いで保存食を見つけはじめた。

 袋を取り出しては嗅いで戻すという行為を繰り返すアリア。キルトランスはその様子を何かの小動物のように思いつつ眺めている。まるで子供のドラゴンニュートが遊んでいるのを見ているような感覚で。それは愛(めで)でる、もしくは愛(いと)おしいという気持ちなのかもしれない。

 先ほどの気遣いと言い、今の気持ちと言い、キルトランスの心に何らかの変化が出てきたのは昔と大きく異なる部分であろう。

 アルビに来た当初、キルトランスは人間に対して過剰な偏見を持ち合わせていない魔世界の住人ではあったが、それは魔世界基準での話であって、人間の公正な感覚とは言い難かった。

 だがタタカナルでの生活は、彼の人間に対する視点を大きく変えていた。

 ドラゴンニュート族とまでは言わずとも、少なくとも他のドラゴン族を見るような感覚、と言ったら解り易いだろうか。姿形は異なれど、同じ言葉が通じ、思考も理解できる範囲の生き物。そして一連の騒動の中で、結局話の合う合わないも、利害の一致不一致も魔世界のそれと差異は少ないものだと思い始めていた。

 「キルトランス様、この袋ですね。」

 少女の顔がほころぶ。しっかりと結んだ皮袋の口を、彼女はゆっくりと指先で確認しながら解いていく。

 しばらく苦戦しながらも開けた袋から、彼女はいくつかの食糧を取り出して、嬉しそうにキルトランス見せた。それは二度焼きした硬いパンと、肉と魚の燻製(くんせい)であった。それを見てキルトランスは少しだけ鼻を鳴らした。なぜならそれらは彼の苦手な食事であったからだ。

 唾液の分泌が弱いドラゴンには人間用の保存食はパサパサしすぎており、燻製はソミュール液と呼ばれる高濃度塩水に漬けてから燻(いぶ)すために非常に塩辛いのだ。その辛さたるや、海にすむシーサーペントどもでも辟易(へきえき)するだろうとは彼の弁。

 もちろん人間もそのまま平らげる訳ではない。水に戻して塩抜きをしてから調理する場合もあれば、細切れにして少量だけ食べるなどの方法を取るのが一般的であった。

 「キルトランス様……召し上がりますか?」

 アリアは恐縮したように眉をひそめて尋ねる。アリアも知っていたからだ、彼が保存食を苦手だという事を。その気遣いに喉を鳴らしつつも彼は丁重に断った。

 「湖の水、綺麗ですか?」

 アリアはラヤ湖の方を向きながら尋ねる。干物を水戻しするためなのだが、汚い水を吸わせた物を食べれば、それだけ体調を崩す可能性も高くなり、旅先では危ない。背嚢の中に水袋も無い事はないのだが、それは飲用であって水戻しのために使うのは、少々贅沢な使い方である。もちろん帝都が目の前であるのだから、そこまで水を気にする必要はないのだろうが、やはり躊躇(ためら)いはあった。

 「……綺麗だとは思うが……。」

 キルトランスは湖面を眺めながら我流の判断を下す。

 そもそもドラゴンは生水に対する耐性が高く、ある程度の澱(よど)みであれば平気で飲むし、それで体調が悪くなることはない。

 だがそれを聞いてアリアは少しだけ考えると、苦笑しながら「やっぱり止めときましょうか。」と申し訳なさそうに答えた。

 「ふむ……。」

 キルトランスは少々残念ではあった。自分の判断が必ずしも人間の基準にそぐう物ではない。そんな事はこちらでの生活で十分に理解していたが、それでも異なる種族である事を思い知らされるからだ。

 「ではいただきますね。」

 そう言うとアリアはパンと干し肉を少しずつかじり始めた。そのままの干し肉は異常に塩辛く、一かけらだけでも舌の裏が痛くなるほど唾液が出る。

 その唾液を使いながら、硬く焼き締められたパンの破片を溶かしながら食べるのだ。だが、そんな物を普通に食べられるわけもなく、もし食べたとしたら酷い喉の渇きに苦しむ事になるために、せいぜい数欠片くらいしか食べることが出来ない。あくまでも主食は硬いパンなのだ。それに旅行用の保存食はあくまでも緊急時の為であって、日常と変わらぬ満腹を得ようとするものではない。

 ふとある事を思いついた、と言うよりは思い出したキルトランスは、少し眉を顰(ひそ)めながら質素な食事をするアリアに向かって話しかけた。

 「私は湖で適当に魚を食べるから気にしなくてもよい。」

 そう告げると彼は湖の縁からふわりと浮かび上がると、湖面の上に移動した。

 夜目が効くとは言え、さすがのキルトランスでも闇の水の中の魚を見ることは難しい。だが幸いにも月は明るく、彼らの鱗(うろこ)の煌めきは見つける事が出来た。

 ゆっくりと腕を上げながら狙いを定めると、湖面の近くに浮き上がってきた大き目の魚目がけて腕を振り下ろした。静かな夜の湖に大きな音と水柱が上がる。

 その音にアリアはビクリと身を強張らせた。不安になりながらも大人しくしている彼女の元に、大きな足音が近づいて来た。その彼の足音にこの上ない安心感を覚えるアリアであった。

 「あちらではこうして魚を食べていたものだ。」

 そう言いながら魚を見せたキルトランスではあったが、彼女にその獲物は見えない。

 そして一気にかぶりつくと、鱗や骨を砕く音と共に咀嚼(そしゃく)音。それを聞きながらアリアは彼が魚を食べているのだろうと想像している。

 その粗野な音を聞きながら、硬いパンをまた一口頬張る。

 (キルトランス様はドラゴンなんですよね……。)

 そんな当たり前の事を考えながらも、少しだけ心臓が高鳴るアリア。だがそれはモンスターとしての彼を自覚したためか、普段見せない粗野な部分を感じたものなのか、それは彼女にも分からなかった。

 「キルトランス様。お魚はいかがですか?」

 「ふむ……。」

 胸の高鳴りを隠すように話を振るアリアに、キルトランスは返事を濁した。

 昔と言うにはあまりに近い日々を思い出して、以前のように食べてみた。そんな数百年続けていたはずの行為。それに違和感を覚える日が来るとは思わなかったのだ。

 舌という物は我儘(わがまま)なもので、一度美味い料理に慣れてしまうと、それがどんなに長年親しんだ味であっても、物足りなくなってしまうものだ。

 そんなアルビの味に慣れてしまった自分に驚きつつも、素直な感想を口にした。

 「……レッタの魚料理の方が美味いな。」

 その言葉を聞いてアリアはクスクスと笑う。

 「そうですね。レッタは本当に料理が上手いから……。」

 「うむ……。」

 (もし魔世界の連中が人間の料理の味を知ったら、多少は態度を変える種族もあるのかも知れぬな……。)

 そんな夢見事を考えながら、キルトランスは魚を尻尾まで飲み込んだ。


 魔世界は広く様々な種族がいる。

 その中には料理をする種族がある事も知ってはいた。だが、それはそれでその種族に合わせた味覚や調理法であり、それを他の種族が食って美味いと感じるかどうかは別問題である。全ての種族がそう思っているが故に、料理はあまり魔世界中に普及している訳でもない。

 もっともキルトランスの環境が例外中の例外であり、数多(あまた)のアルビに派遣された魔世界の住人たちは居れど、人間の料理の味に馴染むほど共に暮らすことが出来た例など皆無では無いかもしれないが少なくとも聞いたことは無い。

 実際彼も初めてアリアの家で料理を食べた時には、その刺激の強さに舌を巻いたものだ。だがそれも日常の食事の中で慣れていき、慣例的に美味いと感じるようになっただけなのである。


 こうして、よもやレッタがホートライドと重なり合うようにして寝ているとは夢にも思わない二人は、彼女の手料理を恋しがりつつ、微妙な食事を微妙な表情で食べていたのであった。

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