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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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はじめての帝都 入門編

 「これは……想像以上だわ……。」

 閉めた扉に背をもたれかけ、力なく荷物を床に落とすと、レッタは盛大なため息と共にずるずると崩れ落ちて尻もちを着いた。

 「お疲れさま。助かったよ。」

 そう笑顔で語りかけるホートライドもまた、疲労の色が隠せていなかった。大きい方の背嚢(はいのう)をベッドの隣の申し訳程度のテーブルに載せると、簡素な造りのそれは大きく(きし)んだ。

 ここは帝都イルラティオの宿屋。どうにか今晩の宿を決められた二人であったが、ここに来るまでには様々な紆余曲折があった事は、二人の表情から見ても想像に難くない。


 帝都への侵入は最初から波乱の様相だった。

 ホートライドの心配は、もし帝都側に今回の事件が完全に筒抜けになっており、タタカナル村からの者を拘束するように命令が出ているのではないかという点であった。

 もし、問答無用で拘束されるような事態が起きた時のために、二人は時間をずらして訪問手続をする事にした。先にホートライドが入都手続きに進み、もし彼が拘束されるような事があれば、レッタは即座に戻ってキルトランスと合流するような手筈を決めてあった。それが結果的に裏目に出たことは否めない。


 緊張した面持ちで手続きに入るホートライドとは対照的に、やる気のない番兵たちは彼の顔を一瞥(いちべつ)すると、手数料だけを取って許可証を渡すと、さっさと進めと言わんばかりに顎で街の中へ進むように命じた。どうやら彼の緊張した面持ちは、よくある田舎者が初めて帝都に来た緊張だと受け取られたようだ。もちろんそれも間違いではないのだが。こうしてホートライドは予想外にすんなりと手続きが終わった。

 しかし少し間を開けて窓口に立ったレッタは予想外の苦戦を強いられたのであった。

 なぜなら、ホートライドと別に手続きをしたために、番兵からすれば彼女は一人旅にしか見えない。この当時、女の一人旅は珍しく、よっぽど腕に自信がある者しかしない。そして彼女はどう見ても凄腕の剣士や魔術師には見えない。

 そこに目を付けた番兵に訪問の理由やどうやって来たのかを根掘り葉掘り尋ねられたのだ。

 だが、彼女の口を突いた言い訳に番兵の態度が軟化した。

 「友達に会いに来たのよ。イルシュ・バラージって子。確か……今は諜報課で軍曹やってるって……手紙に書いてあったわ。」

 番兵は奥にいる別の番兵にイルシュの名前を伝えると、在籍の確認をした。もちろん窓口に軍の名簿などあるはずもなく、城の陸戦部の事務に照会を頼んだ。それ故に非常に時間がかかり、レッタは三十分ほどそこで待たされたのであった。

 もちろん待たされたのはホートライドも同じである。

 門をくぐって帝都の中に入ったのは良いが、レッタと合流するために門からあまり離れる訳にもいかない。だからと言って、門の出口にも番兵はおり、あまり門の近くで待っていると何者かと合流をしようとしているのを気づかれるのも困る。

 だが、あまりにもレッタの姿が見えず、ホートライドの焦りがどんどんと(つの)っていくのであった。もし、レッタが拘束でもされているようならば、何らかの騒ぎになるだろうし、レッタ自身にも出来るだけ騒ぐように頼んであった。

 しかし、窓口の出口門をくぐる他の旅人達はいたって普通であり、門の外で何か問題が起こっているようには見えなかった。

 それでも気を揉んだホートライドは、少しずつ通用門に近づくと心の中で念じた。

 (次に出てきた人に窓口の様子を聞こう……。)

 そしてほどなく門が開くと一人の人間が姿を現した。しかし、その外見にホートライドは一瞬気後れした。

 暑いとまでは言わないにしても、初夏の陽気がただよう帝都には少々不釣り合いなクローク(袖の無い外套(がいとう))で足元まで包み、フードを目深にかぶった者であった。クロークの色は初夏に映える若草色ではあったが、それでも少々暑そうに見えなくもない。その若草色にふとキルトランスを思い出したホートライドは意を決すると、不自然にならないように少しずつその人物に接近を始めた。

 そしてその人物の歩みを数歩見てホートライドは三つの事に気が付く。クロークの後ろの張り出しを見るに、一つはその人物は帯剣をしているという事。もちろんホートライドも帯剣をしているしそれ自体は珍しい事ではない。そしてもう一つは女性である事であった。

 扉から出てきた時は身長が高く、女性だとは気が付かなかったが、歩みのクセでその人物が女性であろうという事が推測できた。

 そして恐らく一人で帝都に来たという事は、女性の一人旅。つまりはかなりの手練れであろうと言う事であった。

 その洞察力があって、なぜレッタを一人にしたのかという判断は、今となっては悔やむ他ないが、この時の彼にはそこまでの意識は回らなかった。

 手練れであれば下手な接近は逆に警戒されると思ったホートライドは、人の多い大通りに向かう彼女の方へ、目立つように近づこうとした。

 だが、数歩近づいた時に、そのクロークの女性はピタリと歩みを止めた。そして急にホートライドの方に顔を向けると、少しだけ警戒したように声を発した。

 「あの……私に何か用でしょうか?」

 隠密が得意ではないが苦手と言うほどでもない彼は、自分がそんなに上手く尾行をしているとも自惚れてはいなかったが、それでも彼女の勘の良さに驚いた。

 そしてもう一つ驚いた事は、その声の美しさであった。

 晩秋の風を思わせる透明感が有りながら、春の陽射しを感じさせる温かい声であった。身長の高さと手練れ感から勝手に声の低い女性を想像していた彼の勝手な思い込みではあったのだが。

 だが気づかれているのであれば、下手な小細工はするべきではないと判断したホートライドは出来るだけ気軽な口調で、利き腕を挨拶風に上げながら声を掛けた。

 「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが……。」

 一応笑顔のつもりで話しかけたのではあるが、相手の警戒心が解けることはなかった。

 「はあ……なんでしょうか?」

 お互いに剣士であるとして、一足一刀の間合いの手前で歩みを止めたホートライド。その女性もそれに気が付いたのか、クロークの下で手を伸ばしていた剣の柄から少しだけ手を離した。

 「さっきの窓口にこのくらいの身長の髪の長い女の子がいませんでしたか?」

 レッタの身長くらいに手を当てて情報を伝えるホートライド。その様子を見て、自分に目的があるわけではないと理解した彼女は、ようやく警戒を解いた。それと共に少しだけかがんでいた背中がすっと伸びる。そこでホートライドは初めて彼女の身長が自分よりも高い事に気が付いた。

 「……もしかして、あの子の事かしら……。」

 そう言いながら少しだけ顔を上げたフードの陰から少しだけ彼女の瞳が見えた。

 その瞳を見た時、ホートライドは少しだけ目を見張った。彼女の瞳は神秘的な銀色で目元は初めて見るような切れ長の目であった。そしてフードから垣間見える髪は金髪であった。アルビでは金髪は珍しく、女性の金髪の長毛は高貴の証として崇められる事も多かった。言わばアリアの黒髪の対極の髪であった。

 この女性が高貴な者なのかどうかは分からないが、少なくともこの金髪を隠そうとして季節外れのフードを被っていたのだと納得したホートライドは、失礼にならないように少しだけ視線を外して彼女の言葉を待った。

 「私が手続きをしている時に、窓口の横で座っている女の子が一人いましたよ。座っていたので身長は分かりませんけど、亜麻色の綺麗な髪の女の子だったと思います。」

 「ああ、その子です!」

 その言葉にようやく安堵したホートライドにようやく本当の笑顔が戻った。その様子を見た彼女も少しだけ口元に笑みを浮かべて返した。

 「良かった。捕まった訳じゃなかったんだね。」

 「そうですね。少なくとも揉めているようには見えませんでしたよ。」

 目の前の好青年を安心させようと言葉を添える彼女。どうやら警戒心が強いだけで根は優しいようであった。

 「ありがとう。それを聞けただけでも少し安心だよ。」

 そう言って頭を下げる青年に少しだけ手を差し伸べて謙遜する女性。その肌はとても白く、剣の達人とは思えないものであった。

 「ご丁寧にありがとうございます。お連れ様でしたか?」

 「あ……はい。そうです……ね。」

 顔を上げたホートライドの表情に、何らかの事情を察した女性はそれ以上追及するのを止めた。連れであれば、一緒に手続きをするのが普通なのだが、それをあえて別々にしなければいけない事情があるのだろう。それを興味本位で聞いたところで、厄介事に巻き込まれるだけで何の得も無い。赤の他人とは必要以上に関係を持たない方が結果的に自分の身を守る事になるのだと、彼女は経験上知っていた。

 「恐らく、もう少し待てば無事に来ると思いますよ。」

 そう言葉を添えると、彼女は再びフードの頭を深く下げると軽く会釈をして街の人混みへと離れていった。

 ホートライドは謝意を伝えると、彼女は後ろ手に少しだけ手を挙げて返礼した。

 その(いき)な去り際を見ながらホートライドは思った。

 (さすがは帝都だね。色々な人が来るもんだな。)

 彼女の正体が少し気になるところではあったが、それ以上に気になる少女のために、ホートライドは再び通用門の近くへと向かうのであった。

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