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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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進む者 残る者

 「いいわね?キルトランス、アリアに何かしたら絶対に許さないわよ!!」

 遠くからレッタの声が湖畔に響いて渡ってくる。

 アリアは声の方向に苦笑しながら大きく手を振って、親友とのしばしの別れを惜しんでいた。彼女の洗練された聴覚は、これほどの距離を隔てたとしても、レッタのいる方角を大きく外さずに捉えているようであった。


 先ほどアリアの着替えが終わると、ホートライドとレッタは荷物の再構成をして旅立った。今日中に帰って来られない事を考慮して、野営具のほとんどをアリアとキルトランスの元に残していた。そして自分たちは路銀を半分だけ持って出かけた。

 帝都に入ればお金さえあれば大抵の事は用が足りる。しかし盗難や紛失に備えて半分はキルトランス達の元に残しておくようにした。そしてその路銀をレッタとホートライドがさらに半分ずつにして持った。

 しかしそれでも数日であれば帝都で過ごせるほどの金額があった。村の者たち、もしくはジャルバ団長がそれだけの路銀を用意してくれた事は、その分の期待の裏返しでもあり、ホートライドはその重みを感じずにはいられなかった。


 湖畔のぬかるんだ場所を避けつつ、可能な限りの最短距離を歩きながら、二人はラヤ湖沿いに一路、帝都の南の門を目指して歩く。

 「それにしても意外だったな。」

 ホートライドは湖畔の木の根上りした部分に注意深く足を載せながら、振り返ってレッタに手を差し伸べる。

 それをさも当然のように握り返しつつ、レッタも足を滑らせないように慎重に根を超える。

 「何が?」

 むしろ不思議そうな顔でレッタが首をかしげる。

 「僕に着いて来てくれる……いや、アリアと離れる提案にすんなりと乗ってくれた事がちょっと意外でね。」

 背嚢(はいのう)の肩紐を担ぎ直すと、二人は再び木陰の中を歩き始めた。時折、湖面を抜ける東風が木々を揺らした。

 「……アンタ、アタシの事バカにしてる?」

 そう言いながらも彼女の声に険は無かった。そう答える彼女自身も、そう言われるであろう理由に心当たりが山積しているからだ。

 「アタシだってやらなきゃいけない事くらい分かってるわよ。」

 二人は足元のぬかるんだ場所を避けて歩く。

 「アタシは帝都に行ったこと……、って言うか、村から出た事なんてほとんどないもの。帝都の怖い噂も聞いた事あるし。」

 辺境に暮らす村娘の外界についての情報源など、時折訪れる隊商の人達の与太話程度でしかない。そして隊商の目的はあくまでも行商であり、商品を売る事なのだ。そのために話は不必要に誇張されて吹聴される傾向が強い。

 そのおかげで村人の脳内では、都会とは生き馬の目を抜くような場所であり、盗人の巣窟であり、治安の悪さの権化のようになっているのが当たり前である。

 しかし、それらは単に自分たちを凄い所から来たんだと誇張したがり、そして自分の持って来た商品が価値のある物なのだと吹聴したいがための方便でしかなかった。

 そして真実を知る由もないレッタは、それらの情報を鵜呑みにして信用していた。

 「そんな場所にいきなりアリアを連れて行っても、守りきれるか分からないし。」

 真顔で言う彼女の横顔を見ながらホートライドは少しだけ笑った。キルトランスという人間ではとても太刀打ちできない用心棒のような存在が居ながら、(それでも幼馴染を護るのは自分の役割だ)と思っている彼女に対してだ。

 「なによ?」

 彼の口元の笑みを見逃さない彼女は少し拗ねた様な声を出した。

 「え?ううん。そうだね。」

 慌てて彼女を肯定して誤魔化すホートライドであった。

 「だから一旦、私が見に行ってからアリアを連れてきた方が安全だと思ったのよ。」

 「それに、向こうで泊まる宿が見つかってからの方が安心でしょ?帝都……あの壁の向こうは人だらけって聞いたからね。そんなお祭りみたいな人ごみの中をアリアを連れながら宿探しは結構大変だと思ってね。」

 程度の差こそあれど、彼女の懸念している事自体は間違いではない。ホートライドもまた、彼女の思慮の広さに感心した。なぜなら彼は交渉の事ばかり考えていて、帝都でどう過ごすかなど考えてもいなかったからだ。

 彼も腐っても自警団の一員なのだ。寝る場所がなければ最悪その辺で野宿をすれば良いという思考が無い訳ではない。しかしそれはある程度の腕っぷしに自信がある者だからであり、年頃の少女ともなればそうもいかない。

 野宿をするとなればそれなりの覚悟が無ければ出来ないし、可能な限り避けたい事態である。だからこそ、一番最初に現地で安全に暮らす方法を考えていたのだろう。

 「……確かにレッタの言うとおりだね。」

 先ほどとは打って変わって神妙な声で答えるホートライド。

 そうなのだ。彼は村を代表として派遣された交渉責任者であると同時に、この団の責任者でもある。つまり、全員が安全に村に戻る事も考えなければならない。

 (考えないといけない事がまだまだ沢山あるな。)

 そう考える彼にとって、これからまだ続く湖畔の道の数時間は考えるのに十分な時間であった。

 しかしそんな彼を彼女の言葉が厳しくも優しく包む。

 「アンタの事だから交渉の事ばっかり考えてそうだしね。」

 「え……。」

 虚を突かれた彼の顔を覗き込みながらレッタが不敵に微笑む。

 「だからアタシ達の事はアタシが考えるから、ホートライドは交渉に専念しなよ。」

 その微笑みに心奪われそうになりながらも彼は気を引き締め直した。

 (僕が惚れた娘は間違いなくいい女だな……。)

 危うく口から出そうになった言葉を飲み込みながら、彼はまた一歩大きく踏み出した。

 「……ありがとう、レッタ。悪いけど、そっちは任せたよ。」

 彼の口調を聞いたレッタはようやく何か()に落ちたように頷くと、足元の水たまりを軽々と飛び越えた。背嚢の荷物が少しだけ大きく鳴る。

 「任せなさい。」

 彼女の幼馴染は生真面目で優しい。責任感が強いが故に多少の視野狭窄(きょうさく)を起こすこともあるが、その反面、レッタが思いつかないほど深く考える時もある。

 それが是非が問題ではないのだ。お互いが出来る事をして助け合えれば良い。レッタはそう考えていた。

 別に彼に興味が無い訳ではない。ただ単にアリアを愛しているだけなのだ。

 村では少々変わり者だと思われている自分に、面倒臭がらずに付き合ってくれる長年の友を無碍(むげ)にするような少女ではない。

 そういう意味ではこの二人は相棒という表現が一番ぴったりと合うのかもしれない。たとえ一方通行の想いがあったとしても。


 二人の歩みは少しだけ軽く、湖畔を踏みしめてゆく。



 「キルトランス様、これからどういたしましょう。」

 林の木漏れ日の下、盲目の少女と一人の龍が静かに座る。

 「……とは言え、ホートライド達からの連絡があるまでは待つしかあるまい。」

 太い倒木を背に座るキルトランスは湖畔の向こう、城壁の方を見つめながら静かに答えた。

 周囲は木々に囲まれ、幸いなことに人が立ち入ったような痕跡は見つけられなかった。少なくとも、ここにいればばったりと見知らぬ人間に出くわして問題になることは無さそうである。

 「そうですね……。」

 木々のざわめきに混じりそうな小さな声でアリアは答えた。

 別れる前にホートライドはこう言っていた。

 もし、交渉が首尾良く進んで、キルトランスが帝都に安全に入れるようになれば、南門から狼煙(のろし)を上げる。もしくは再び歩いてキルトランスたちの居るこの場所まで戻ってくる。

 そしてもし三日以内に何の行動も無かった場合は、村に戻ってくれ、とも。

 今回の件に関しては、帝都側の行動の予想が着かない。もし、タタカナル村での事が帝都にまだ広まっていなければ御の字であるが、もしそれが知られて敵視されている場合、二人がその場で拘束される可能性も否めない。

 そうなれば、キルトランスが帝都に乗り込むことで、逆に帝国側を刺激するかもしれないのだ。そうなれば、村から正式に開放交渉をする必要が出てくるであろう。

 だがキルトランスはこれ以上村に迷惑をかけるくらいなら、いっそのこと帝都など滅ぼしてしまう方が楽なのかもしれない、などと少々物騒な事も考えていた。

 先ほど上空から見た帝都は巨大な五角形の城壁で囲まれており、その大きさは約三キロメートル四方と言ったところであろうか。

 確かにキルトランスが本気で暴れまわれば、ものの一時間もかからずに帝都を灰燼に帰す事は可能であろう。

 だがそもそも彼はそういう事をする性格ではない。あくまでも色々と考える対策の一つであり、そんなことすれば中にいるであろうホートライドとレッタを危険に晒す事になりかねない。

 しかし、そんな事を考えた彼は少しだけ魔世界の事を思い出していた。

 そしてふと思い当る事があった。

 (そうか。ここがあの森に少しだけ近いからか……。)

 ドラゴンの森ほど鬱蒼(うっそう)とはしていないが、タタカナル村には無い広い林の中。そしてアルビに来てからいつの間にか慣れていた乾燥した空気も、目の前の湖から立ち上る湿気が林に流れ込み、久しぶりの快適な空気に包まれている。

 「ふむ……。」

 一人合点して頷く彼の喉が少しだけ鳴る。すると、隣で穏やかに、まるで風にそよめく草のようにキルトランスに体を預けていた少女がふと顔を上げてキルトランスの方を見つめた。その所作は自然であり、キルトランスは一瞬彼女の瞳と合ったような感覚に陥った。

 「キルトランス様、何か良い事でもありましたか?」

 優しく微笑む口元から出た言葉は、薫風のようにキルトランスの心を包む。その感覚を三百年以上生きている龍は表現する術を持たなかった。

 だが彼の心を代弁するのであれば、最も近い心地は「安心感」のそれであろう。しかし、彼がそれに気が付くには少々経験も時間も足りないようであった。ましてそれが異種族の異性に対して抱く感情だとは、彼自身もまだ認識できないのであった。

 それでも彼の心に彼女の微笑みは触れた。それが彼を少しだけ揺すりかける。

 「……ふと、な。魔世界の、ドラゴンの森の事を思い出していた。」

 「そうですか……。」

 その言葉を聞くと少女は少しだけ表情が陰る。だが彼女の表情に慣れてきた彼であっても、その機微(きび)には気付くことは無かった。

 「この空気と森が……少しだけ森に似ていると思ったのでな。」

 キルトランスはそう言いながら喉を鳴らす。

 「どんな所だったのですか?」

 そう尋ねる彼女の言葉に先ほどの影は消えていた。

 「そうだな……。」

 思えばアルビに来て、いや、人間たちと暮らすようになっても、キルトランスはあまり魔世界の話をすることは無かった。

 もちろん興味本位で聞く村人がいなかった訳ではないが、彼もまたあまり詳細に話す事はなかった。曲がりなりにも偵察、つまりは諜報者として派遣されていた彼が、魔世界の事をあまり(つまび)らかに話すものではあるまいとは思っていたからだ。

 だが、その場の空気がそうさせたのか、キルトランスは少しだけ饒舌に自分の生まれ育った森の事を語った。

 数少ない友人のダグラノディスの事や、村の長老たち。そして自分の両親の事。

 ドラゴンニュート族では英雄並みの知名度を持つ彼の父親ハシュタナ。彼の存在を重荷に感じていた彼は、生来その話をするのが好きではなかった。

 しかし、目の前の少女は魔世界の者でもなければ、同族でもない。彼の(しがらみ)など微塵も関係ない、ただの人間の少女であった。そのような純真無垢な存在を前にして、彼は素直に父親の事を話せた。

 そしてエアリアーナは静かに、ただ嬉しそうに彼のする自分の知らない異世界の話に、時に笑い、時に驚きながら聞き入るのであった。

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