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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイド 帝都に行く――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女たち帝都に触れる
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世界一の稜線にて

 キルトランス一行はふわりと舞い降りた。

 その場所は南キルメトア山脈の稜線山頂であった。

 「ふう……。」

 彼が小さくため息を着くと、彼らを纏っていた風の魔力を解いた。

 「寒っ!!」

 しがみついていたホートライドから降りた途端にレッタが叫び、足早にアリアの元に走り寄った。

 「大丈夫?寒くない?」

 そう言いながらレッタはアリアの肩をしっかりと抱く。彼女が転げ落ちないように。

 「さっきの空もすごい光景だったけど、この景色も……なんて言ったらいいんだろう。言葉にならないよ……。」

 二人分の荷物をゆっくりとおろすと、深呼吸をしてそしてゆっくりと吐き出しながら呟くホートライド。


 北キルメトア大陸南部を東西に走る大山脈、南キルメトア山脈。

 北なのに南という紛らわしい背景には、この名前が付けられた当時、まだ南キルメトア大陸の存在は知られていなかったからだ。

 平均標高二千五百メートル。最高峰ヨッカンベールは四千二百メートルにもなる巨大山脈の東部の稜線に彼らは降り立っていた。

 標高約三千メートルのここは初夏にもかかわらず残雪が散見され、見下ろす北の尾根にはまだ濃く雪が残っている。

 気温は昼間にもかかわらず氷点に近く、通常の装備の一行には過酷な環境であった。

 ホートライドがゆっくりと首を回しながら全方位の景色をゆっくりと眺める。

 遠くに大海を望む南側にすでにタタカナル村は見えなかった。そして東にも海岸線が見え、はるかに稜線を西に臨めば、さらに高い山々が見えた。

 そして北を見る。その先に彼らが目指す帝都イルラティオがあるはずだが、ここから見える事は無い。


 「空気が……綺麗……?」

 絶景の中、一人暗闇にいるアリアでも周囲の尋常でない様子は感じられた。

 彼女を後ろから抱きしめているレッタの吐息も鼓動もいつもと違っている。

 絶えず耳に入る風の音は足元からも聞こえる。つまり足元の大地の形がいつもとは違うという事だ。

 そして全ての音が反射しない。つまり周りに何もないと言うことだ。

 いつもは無意識で音による状況把握をしているアリアにとって、ここは少し不安になる場所であった。

 だから彼女を後ろから力強く抱きしめる幼馴染の体温がいつもよりも心強く感じた。

 「すごいよ。世界が全部見えそうなくらいに綺麗な光景。」

 そう言いながらレッタの眼尻に涙が浮かぶ。

 人生初の壮大な自然を目の当たりにしながらも、腕の中にいる愛しい少女に何一つ伝えられない自分の不甲斐なさ、語彙力の無さを悔いる。

 だが世界の美しさなど、人間ごときの語彙で表現しつくせるものではない。

 そう震える彼女の腕にそっと手を添えるアリアは、少しだけレッタの頬に頭を寄せて微笑んだ。

 「ありがとうレッタ。凄い所にいるって事は私でも分かりますよ。」

 そう言うと少しだけ背中をレッタに預けて力を抜いた。

 「だって、レッタの鼓動がこんなにも速い……。」

 少女は少しだけ赤面した。


 ホートライドは背嚢(はいのう)から村でもらった地図を取り出すとキルトランスに見せた。

 「今、村からずっと北に向かって飛んでもらったから、多分この辺にいるはずだね。」

 地図の山脈を指差すと、その指を少しだけ西に傾けながら説明を続ける。

 「このまま少しだけ西に寄りながら北に向かうとパタナ台地っていう少し高い場所が見えるはずなんだ。」

 「その大地の真ん中に大きな湖があって、その北側に帝都がある……はず。」

 地図に存在する城の絵を指しながらホートライドは言う。なにせ彼自身帝都には言った事が無いので、全く実感が湧かない。だがそんな言葉をキルトランスは素直に聞く。

 「で、その湖、ラヤ湖って言うらしいんだけど、その南側にちょっとした森があるはずなんだ。」

 地図の中では小さな湖の下に確かに木の絵が描いてある。それがどのくらいの森なのかは想像は付かないが、少なくとも地図で目印になるくらいの場所ではあるであろう。

 「まずはそこまで行って、そこでいったん休憩しよう。」

 「直接帝都に行くわけではないのか?」

 キルトランスの素直な質問にホートライドは少しだけ笑いながら答えた。

 「たぶん、キルトランスが直接帝都に行ったら、間違いなく大騒ぎ……いや、ちょっとした戦争になると思う。」

 「ふむ……。」

 ちょっとした戦争というのは妙な言葉ではあるが、キルトランスは領得(りょうとく)した。

 彼がアルビに来て間もない頃、当てもなく大地をさまよっていると、人間の多くいる場所、大都市に近づくと、例外なく攻撃されたことを思い出した。

 今思えば、それらは大都市もしくは首都、もしかしたらその中にこれから行くはずの帝都イルラティオもあったかもしれない。

 だからこそ、ホートライドの言は十分に納得できる話であった。

 「だからその手前で降りて、一休みしよう。僕が先に帝都に行ってキルトランスが行く事を伝える。ドラゴンが来るけど敵対しないようにね、と。」

 「そんな事できるの?」

 レッタが横槍を入れる。確かにその通りである。それがすんなり受け入れられるような状態なら、そもそも今回の事もなかったであろう。

 「さあね……でもやらないと。これ以上帝国側に被害を出したら、話せる事も話せなくなっちゃう。」

 苦笑いしながら応えるホートライド。だが潜入方法に関してこれと言った策を考えていたわけでもないキルトランスはそれに素直に肯いた。

 ホートライドと言う男は存外頭が回るという事はこれまでの経験で分かっていた。レッタ程の奇抜さは無いにしても、確実な方法を選ぶ傾向が強い。この男のいう事を聞いておけば間違いはないだろうとキルトランスは思った。


 「分かった。それではその…なんとかという湖に向かうとしよう。」

 「ラヤ、ね。」

 レッタを無視してキルトランスは再び気合を入れる。

 「ここは寒い……。」

 キルトランスがそう一人ごちるとレッタとアリアが笑った。

 「キルトランスにも弱い物があるんだ。」

 キルトランスはそれに答えなかった。

 元々ドラゴン界は高温多湿であり、ここのような乾燥した寒冷地に適したドラゴン族は少ない。恒温性が人間ほど無いキルトランスには、この稜線は少々酷な場所なのだ。

 ホートライドは大きな荷物を背負うと、少しだけレッタの方を見ながらキルトランスに尋ねる。

 「やっぱりレッタは僕が持って行った方がいいかな?」

 「そうだな、その方が早く着ける。」

 案の定嫌そうな顔をするレッタ。それでも事情が事情だからアリアを最後に強く抱きしめると、名残惜しそうにホートライドの元に向かった。

 レッタを抱きかかえると、ホートライドの腕にずっしりとした彼女の重みがかかる。

 だが彼とて自警団の一員なのだ。妙齢の少女一人の体重が支えられない程やわな鍛え方はしていない。ましてそれが意中の異性ともなれば、むしろ夢心地と言っても過言ではない。

 それでも彼を(おもんばか)って首に手を回し力を入れてくれる彼女に小さく謝意を伝えると、キルトランスに向かって小さく肯いた。

 「行きましょう。ラヤ湖に。」


 四人はゆっくりと浮かび上がると、滑り落ちるように稜線から飛び立つ。

 ラクメヴィア帝国の中枢のお膝元、帝国繁栄の礎を担うラヤ湖へ。



 そして数時間の後、彼らはその場所に着くことになる。

 普通の隊商が約二十日をかけて向かう場所に、たった半日もかからずに。

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