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かりそめの平和

 「キルトランス様、紅茶はいかがですか?」


 いつもの午後、今までどおりの日常。

 穏やかな光の差し込む応接室には二人の姿があった。

 紅茶を入れる少女は黒いワンピースに白いエプロン、俗に言うメイド服である。

 指先で探るカップの位置。ゆっくりとポットを傾けると同時に素早く上に離す。若干ではあるがカップから跳ねた滴は、まるで世界の法則を無視したようにそのまま宙を漂う。

 そしてカップ八分目で少女はポットを戻し、注ぐのを止めた。宙を漂っていた滴がゆっくりとカップに戻っていく。

 「慣れたものだな。」

 そう答えたのは異形の者。

 大きな翼と太い尻尾、そして堅牢なる新緑の鱗を持つ者。それはドラゴンであった。

 人のような肉体でありながら翼と角と尻尾、そして比類なき魔力を持つ彼は、魔世界ではドラコンニュートと呼ばれる種族の一人である。

 キルトランスと呼ばれた彼は、魔世界からの来訪者であり、少女の同居人であった。

 先ほどの(こぼ)れた滴をカップに戻したのも彼の魔術であった。

 「そうですね。何度も淹れている内に少しは慣れてきました。」

 そう少しはにかみながら答えた少女は目を伏せている。どうやら目に見えぬ多少の介助が、キルトランスからされている事には気付いていないのかもしれない。

 「見えずとも出来るようになるとは……アリアには驚かされるな。」

 少女の名はアリア。正しくはエアリアーナ・オレガノだ。

 彼女は生来の盲目であり、幼少に両親を亡くしてからずっとこの屋敷に住んでいた。そこに異世界からキルトランスがやってきて、今のように厄介になっている。

 アリアがゆっくりとカップとソーサーをキルトランスの方に差し出すと、彼はそれを彼女の顔ほどもある大きな(てのひら)で受け取った。

 彼女は同じようにもう一杯の紅茶を入れると、彼の向かいのソファに腰かけた。

 眼が見えずとも、長年慣れ親しんだ家であれば、一人で動く事はそこまで難しくはない。

 ただ、機微を要する細かい作業、特に料理関係は彼女には荷が重かった。

 しかし、キルトランスとの同居が始まると、アリアはこっそりと練習を重ねて、ようやくお茶くらいは淹れられるようになったのであった。

 「静かですね……。」

 「そうだな。」

 二人が口をつぐむと、穏やかな静寂が部屋を満たす。聞こえてくるのは細やかな風の音と、外で鳴く鳥の声。そして時折聞こえてくる村人たちの笑い声。

 アリアとキルトランスは静寂が嫌いではない。これといって話すわけでもなく、穏やかな沈黙が流れる。


 「あら……。」

 「……ふむ。」

 どのくらい時が経ったであろうか、二人がふと気色ばむ。

 キルトランスはゆっくりとカップを戻そうとすると、彼専用の椅子は大きく(きし)んだ。やはり彼の巨躯(きょく)を支えるには、その椅子では少々無理があるらしい。

 アリアもゆっくりとテーブルの位置を確認してからソーサーを置く。

 そして二人はこれから来るであろう訪問者たちに備えるのであった。

 少女は目が見えぬが故に聴覚や嗅覚が敏感であった。そしてドラゴン族は生来五感が人間よりもはるかに強い。


 程なく廊下の方から足音が聞こえてくる。それも複数である。

 「アリアー!!」

 声と同時に応接室の扉が若干乱暴に開かれた。

 亜麻色の髪を持つ少女が部屋に飛び込むと、迷いなくアリアのいるソファに向かい、アリアを強く抱きしめたり頭を撫でたりした。

 「アリア、おはよう元気だった?コイツに変な事されなかった?」

 「ちょっと……レッタ、苦しい……。」

 苦笑しながらも彼女の香りを感じて微笑むアリア。

 レッタと呼ばれた少女はアリアの幼馴染であり、月の半分ほどを彼女と共に過ごす半同居人であり、幼い時からずっと介助をしてくれている親友である。

 そしてレッタに少し遅れて、三人の男が部屋に入ってきた。

 「おう、キルトランス殿、元気かい。」

 髭の巨漢。名はジャルバ・ミランドール。アリアたちの住むタタカナル自警団の団長であり、豪放磊落(ごうほうらいらく)の剣の達人。

 「レッタ、少しは加減しなよ。」

 幼馴染のレッタのいつもと変わらぬ行動を、いつもと変わらず(たしな)める男。名はホートライド・ガル。

 自警団の青年部長的な存在であり、キルトランスたちの村との仲介も務める役割を持つ。

 「失礼いたします。」

 静かに頭を下げて入室した男。名はモルティ・ダラゴ。自警団の副団長を務め、冷静沈着の朴念仁。

 真面目に事務をやらないジャルバのしわ寄せを一手に受ける生真面目な青年である。

 「ただいまですよ。」

 そしてなぜかモルティの肩に座っている小さな生き物がいた。

 彼女の名はヴィラーチェ。

 人間のような体つきではあるが、腕は翼になっており、そのお尻からは尻尾が生えている。足は鳥のような爪を持っているが、彼女はフェアリードラゴンという列記としたキルトランスと同じドラゴンの眷属である。

 「あら、ヴィラーチェさんも一緒なんですね。」

 アリアがヴィラーチェに気が付くと、ヴィラーチェはふわりと彼の肩から飛び上がりアリアの頭の上にちょこんと乗った。

 レッタに抱かれ、ヴィラーチェに乗られているメイド姿のアリアは少々窮屈そうな苦笑を浮かべる。

 「ちょうど空からアリアの家に向かってるこいつらを見かけたので一緒に来たのです。」

 男たちも次々とソファに座ると、先ほどまで二人きりの空間であった落ち着いた応接室は一気に人気(ひとけ)に溢れた。

 「ではお茶をご用意しますので少々お待ちください。」

 そう言ってアリアが立ち上がると、レッタが付き添う。頭の上に乗っていたヴィラーチェはふわりと舞い降りると、ソファにあった大きなクッションの上に仰向けになって休んだ。

 キルトランスもそうなのだが、ドラゴンは尻尾があるが故に人間用の椅子に座ろうとすると、それが邪魔で上手く座れないのだ。

 だからキルトランス専用の椅子は背もたれが無く、椅子の後ろから尻尾を垂らしながら座っている。実際にはそれはオットという脚台なのだが。

 もっとも両腕が翼のヴィラーチェは仰向けになって寝られる分、ましな方である。キルトランスは背中に翼が有るために、仰向けで寝る事は出来ない。

 「アリアは凄いですね。」

 部屋を出て行った少女たちを見送りながらホートライドが呟く。

 「そうだな。まだ真似事とは言え、いつのまにやら自分で出来るようになる日が来るなんざ、思いもよらなかったぜ。」

 そう言いながら同じく感心するように髭を撫でるジャルバ団長。

 「ふむ。人間とは存外(したた)かなものだ。」

 キルトランスも目を伏せたまま呟く。


 「……で、今日は何の用でここへ来た?」

 うっすらと目を開け尋ねるキルトランス。先手を取られたジャルバ団長は少し頭を掻きながら話しはじめた。

 「先日の駐屯軍襲撃事件の話だがよ……。」

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