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宿場町 1

 目を開くと、そこに広がるのは見慣れた風景。


 でもその見慣れた風景とは色が違っていた。


 全てが赤に塗りつぶされた、真っ赤な世界。


 言うなれば、そう、『地獄』、だろうか。


 行ったこともなければ見たこともない想像の世界。


 そして、その『地獄』の景色の中心でこちらに振り返る少女。


 その瞳は狂気に染まり、口を半月状に開いていた。


 その顔には少し、いやはっきりと見覚えがあった。


 でも、思い出せない。


 いや、その人物と思いたくないだけで。


 すでにわかりきっていた。


 そう、その少女はーー




<><><><><><><><><><><><><><><><>




「〜〜リュー〜ま、セリリュー様!」


 体を誰かに揺すられている。

 この語尾、この声、間違いない、彼女だ。


「よかった、お目覚めになられて……すごくうなされていて、心配したんですよ?」


 気づいたら朝だった。

 けたたましいお目覚めコールによって起こされる。


「あぁ、おはようラフィ。俺、そんなにうなされていたかい?」

「ええ、それはもう。うう〜とか、やめてくれぇ〜とか、すごく苦しそうにしていましたよ」


 なるほど、そんなに苦しそうにしていたのか。

 まあ確かに夢を見ていた気もするが、今では霧散してしまい全く覚えていない。

 でも、側から見れば苦しがっているのだから心配するのも無理はない。


「覚えてないけど、心配かけてごめん。どうか許してほしい」

「まあ、大事がないなら問題ないのですが……」


 むむむーとラフィは唸る。

 そしてなにかを唱えるかのようにぶつくさと呟き始める。

 そんな彼女から目を話、俺の右側に眠っているエリスの顔を覗く。

 すぅすぅと規則正しく続く寝息。

 長い睫毛に目鼻の通った顔立ち。

 中性的ともとれるが、でもやっぱりちゃんと女の子の顔をしている。

 ものすごくかわいい。

 猛烈にかわいい。

 守りたいこの寝顔。

 そんなことを思っていると、奴が来てしまう。

 それ曰く。

 男になって、はっきり理解できたあの感情。

 寝起き×好きな人の寝顔=パオーン。

 少女だった時には抑えることができていた感情が膨れてくる。


「ん……んぅ……ぅーん、はぁ。よくねtーーヒッ……」


 運悪く目を覚ましたエリスと目を合わせてしまう。

 俺の顔を見た彼女は顔から血の気が失せ、恐怖していた。

 そんなに凶悪な顔をしていたのだろうか。


「お、おはよう、え、エリスティーゼ、さん?」

「はやく、そこを、どいてっ!」


 エリスさんの右ストレートが俺の左ほほに飛んでくる。

 武道を嗜んでいた彼女のストレート。

 そんなエリスのストレートは強力で。

 武道を一切嗜まなかった俺には回避することは叶わず。

 見事に吹き飛ばされたのだった。


「あっ、ごめんなさい!私、ああなっちゃうと力が制御できなくて……」


 殴られた左ほほがジンジンと痛む。

 これぐらいじゃ流石に歯、折れてないよね……?


「ぐっ、こっちこそごめん。気持ち悪い顔してたよね」


 エリスはコクコクと頷く。

 なんだろう、仕草ひとつひとつがかわいい。

 ああダメだ、またあの顔になってしまう。


「ヒッ……」


 エリスは再び後ずさる。

 あっ、やっぱりすごい変な顔してるんだな。

 これは直さなければ。

 朝っぱらから変な茶番をしていると、右からこほんと咳払いが聞こえた。


「あの、出発しなくてよろしいのですか?」


 ラフィの鶴の一声で、場が一瞬に動き出した。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 準備を始めてからは早かった。

 これからの行動を彼女たちに伝えて動き出す。

 彼女たちに伝えて内容は二つ。

 一つ目は、関所を越える時の身分について。

 これは、ただ怪しまれないようにするだけの手段。

 俺は商家の若旦那で、エリスはその新妻、ラフィはそのお付き人という感じだ。

 あまり元の位置付けと変わりないが、やっぱりこれが一番しっくりくる。

 そして二つ目、これから向かう場所について。

 俺たちがこれから向かう場所は、帝国から東に二、三〇〇klm離れた場所にある極東の国。

 その国は、最近興った国である。

 と言っても元々国自体はあったのだが規模が小さかったがため、見向きもされていなかった。

 が、近年力をつけてようやく目を付けられるようになった。

 それで、ようやく『興った』と認識されるようになった。

 そして、なぜこの国を目指すのか。

 それはここの国が王国、帝国との繋がりを持たず(私的貿易はあり)、唯一俺たちに味方してくれる可能性があるからだ。

 だから、まずここを目指す。


「関所を抜けたのはいいですが、何にもありませんね、ここ」


 そして今いるのは関所を抜けた舗装されていない道である。

  関所に関してはというと、二つ返事で通ることができた。

 そこには、一面の草原が広がっていた。

 道という道はなく、先駆者たちが作り上げた軌跡があり、点々とある木。

 そして、何かを植えている畑。

 ちょっと先だろうか、小さな村があるようにも見える。

 それでも、ここから割とかかりそうだ。

 でも、努力すれば、今日の夜までにでも着くのではないのだろうか。

 まあ、予測だが。


「うん、ほんと何にも無いな」

「何にも無いわねぇ」

「何にもありませんね」


 三人が三人、同じような言葉を口にする。

 そして、周りには誰もいない。

 今日は商いがないのであろうか、荷物を運ぶ馬車などが見つからない。

 それはそれで好都合なのだが、三人だけっていうのもなんだか味気ない気がする。


「……取り敢えず、あの見えている村みたいなところまで、頑張っていこう」

「わかりました」

「行きましょう」


 幸先の悪い思いを隠し、一歩、歩みを進めた。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 何時間歩いたのかよくわからないが、お天道様が頂上まで登っているから、おそらく四時間ぐらい経ったのだろう。

 周りに、畑が見えてきた。

 いや、畑とは違った、なんていうのが正しいのだろうか。

 その畑を言葉で言い表すならば、一面が水に浸かっていてそこから苗が生えている、だ。

 その周りには人がいないため、これがなんというのか聞くことはできない。

 次の村に着いてから、あれがなんだったのか聞いてみよう。

 フラフラ歩きながら、そんなことを考えるのだった。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




「着いたみたいだ」

「はぁ〜、疲れました……今日はゆっくり宿で休みたいです……」

「エリス様、セリリュー、お疲れ様でした」


 こんな長い距離、初めて歩ったかもしれない。

 というか、王宮生活しかしていなかったのだから当然か。

 関所の近くから見た村に着いたのは、よくわからない畑が見えてから約三時間くらい。

 村に向かう途中で何人かとあったが、話している言葉がよく分からなかった。

 でも、ニコニコしながら手を振っていたから、悪い思いを抱いていたとは思わなかった。

 中途半端な時間であるため、今日はここにとどまることにする。

 足がほしいし、ここの人たちと話せる存在も欲しい。

 まずは宿を見つけて、それから色々考えよう。



 宿は割と早く見つかった。

 言語が違い、どうしようかなと思っていたが、案外問題にならなかった。

 ここの住民は皆一様に優しく、困っていると助けてくれる。

 実際、ここに辿り着けたのも、彼らのおかげだった。

 お金は使えるか不安だったが、宿の女主人が計算してくれて、払うことができた。

 優しい、優しすぎる。

 俺の心に一抹の不安がよぎったが、そんなものはただの杞憂であった。

 そう、ここに住んでいる人たちは、心優しいものばかりなのだ。

 人の笑顔を見るため。

 人の嬉しいと思うことをするため。

 それを根幹においていつも動いているのだ。

 それはもはや尊敬に値する。

 その心は、俺たちも見習わなければならない。



 そして、これからの案内人について。

 これが俺たちが今探し求めているもの。

 流石になんでも聞くのは気がひけるので、これだけは自力で探すことにした。

 が。


「アーガレオンが話せて、ここの土地に詳しい者……やはりそうは見当たりませんね……」


 と呟くのはラフィ。

 アーガレオンとはアーガレア王国、その周辺国にて使われている言葉である。


「ううー、もう疲れたわ……」


 と弱音を吐くのはエリス。

 いやエリスは日頃鍛錬とかで動いていただろうに。

 俺は王女として生きて来たからあんまり動けてないのにこの距離頑張って歩ったんだぞ。

 そんな風に思ってしまったが、頭の中で否定する。

 彼女たちは俺を慕って付いて来てくれているんだ。

 もう足もガクガクだが、こうなったのは俺の責任だから弱い姿は見せられない。


「どうしよう、見つからないぞ」


 とついに弱気になって来てしまったのは俺の心。

 一向に見つからない。

 すれ違う人に手当たり次第声をかけて見たが、誰一人として話せるものはいなかった。

 見つからなさすぎてなんとか気力で持たせていた体ももうそろそろ限界に近い。

 やはり、いないのだろうか。

 アーガレオンが話せて、ここの土地に詳しい人……


「君たちがお探ししているのは、私のことかい?」


 奥の方から聞き慣れた言葉が聞こえてくる。

 声曰く、性別は女性。

 コツコツとこちらに近づいてくる。


「私に用があるんだろう?」


 影から出てきた女性は、ふふっとした顔で笑っていた。

 俺たち三人、顔を見合わせる。


「「「ここにいたぁ!」」」


 三人揃って歓喜の声を上げる。

 そして、俺は嬉しくって、つい彼女に抱きついてしまった。

 そこから、俺の記憶はない。

第2章、始動。

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