ふたり(+ひとり)のクーデター
エリスティの手を引き庭を駆ける。
目指す先は玉座の間。
ケリドゥ帝たちにはたっぷりと時間を与えているから、もう話し合いは終わっているだろう。
「皇帝陛下、戻ってまいりました」
「う、うむ。入れ」
なんかどもっているが気にしない。
扉を勢いよく開け放ち、玉座の間に入る。
そこにいた面々は、こちらを見て驚愕した。
ただ一人、動揺していないものもいた。
昨日、城内を案内してくれた衛兵さんだった。
彼はフッと笑っている。
なんとも不敵な笑みだ。
「こ、これはどういうことだ? お前は、まさかエリスティ!?」
「今さっきまで男として生きてきた、エリスティです。でも、それも今を以って、そんな人生、やめます。私は、女として、エリスティーゼ・フィアリリーとして生きて行きます!」
この場にいた誰も彼も眼を見張る。
昨日まで男として王族だった人が、本当は女だったというのだから驚愕ものだろう。
ケリドゥ皇帝陛下は再び頭を抱える。
なんか楽しくなってきた。
さらに追い打ちをかけてみることにする。
「お困りのところ、追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、皇帝陛下、第二皇子から聞き取りは済みましたか?」
抱えていた頭を即座にあげ、こくこくと頷く。
なんか、流石に可哀想になってきた。
「ではお聞きいたしましょう」
要約すると、元はマトモだったが変な薬に手を出して気持ちがパーリナイしてフォー! ってなってやってしまったらしい。
もうさ、これ極刑に処したいんだけど。
なんでこんなやつ生かしておかねばならんのだろうか。
世界は不合理だ。
あんなやつにもたった一つの魂を宿しているのだから。
ケリドゥ帝は彼を極刑に処するつもりだったので、そこだけは変えさせた。
被害者なのだから多少の意見は許されるべきだろう。
結論はこうなった。
一、第二皇子を廃嫡。帝宮からの排除。
二、第三皇子の身柄をアーガレアで預かること。
第一は建前、第二が本音だ。
はっきり言って仕舞えば、罰などどうでもいいので彼女をくださいでいいのだが、王族に狼藉を働いておいて、皇子くれるだけであと許す、では後で何かあるのではないかと思われかねない。
借金というのは早く返した方がいい。
作ってしまった貸しはすぐに返した方がお互いに楽だ。
これを彼らは渋々承諾した。
嫌なやつだと思われるかもしれないが、それはそれでしょうがない。
そして今度は私の番だ。
「お父様、いえ、父上。伝えなければならないことがございます」
「なんのことだ?」
父上は耳をかしてくれた。
無論伝えることとは、俺が女性でないということ。
これまで黙っていて申し訳なかったということ。
そして。
「私は、二十八代が作り上げた暗黙の了解を、変革しようと思っています」
「えっ……?」
最後の一言を聞いた時、彼は凍りついた。
俺の発した一言は、つまり今の王政に対して叛旗を翻すということだ。
周りを見たら彼だけではなく、この場にいる誰もが凍りついていた。
「私は、お前に、味方することは、できない」
父上は握りこぶしを作ってふるふると震えていた。
こうなるとはなんとなくわかっていた。
彼の立場は王配であり、国号を名乗ることを許された女王に次ぐナンバーツー。
そんな彼が王国に叛旗を翻したとあってはスレイプニル家のお取り潰しおよび彼の公開処刑は免れない。
「そうですか、残念です。では、国に帰ったら母上にお伝えください。あなたの息子がクーデターを起こそうとしていますよ、と。これと共に、ね」
ドレスの中に忍ばせていたナイフを取り出し、腰まで伸びていた髪を肩辺りでバッサリと切る。
彼は唖然とする。
これから敵になる相手に言うセリフではないと思うが、これには訳がある。
遊びではないということ。
「そう、か。わかった。ケリドゥ帝と会談を終えて、国に帰ったら伝えておくよ」
切られ、纏められた髪を受け取り、浮かない顔で返事をする。
「これまで、お前のこと、何にも知らなくて、ごめんな。不甲斐ない親で、ごめんな……」
顔を伏せ、ふるふると肩を震わせる。
なんかすごく申し訳ない気分になる。
悪いのは俺なのに。
彼は何にも悪くないのに。
心がチクチクする。
「ケリドゥ皇帝陛下、申し訳ないがもう一つ、頼みを聞いてほしい」
「……なんだね?」
目を閉じて思考を巡らせていただろう彼は、ぶっきらぼうに言い放つ。
やはり、嫌われてしまっているようだ。
いやはや、致し方なし。
「俺は、今から第三皇子を人質に取って、この城から出て行く。だから、衛兵に命令させて、俺のことを追わせさせてほしい」
今度はケリドゥ帝が驚愕する。
俺が言ったことの真意を読み取ったからだろう。
つまり、面目を保つための工作だ。
たった一日の間ではあったが、ケリドゥ帝の心意気は知ることができたし、フラミィ皇后には優しい言葉をかけてもらった。
そんな大切な人が治める国に、何かあって欲しくない。
「そうか、わかった。衛兵たちよ、準備をせぃ!」
彼は、賢王だ。
文化を発展させた稀代の賢王。
それ故に頭もキレる。
「うまく、やれよ。エリスティのこと、押し付けるような形になって、申し訳ない。よろしく、頼んだ」
彼は顔を伏せる。
フラミィ皇后は顔を背け、目に手を当てていた。
最後に、等の本人に最終確認する。
「エリスティーゼ、今から俺がしようとしていることは、ついてきてしまったが最後、もう、後戻りはできないよ。それでも、本当にいい? 後悔していない?」
「ええ、もちろん。私は、あなたのことが好き。好きな人に、最後までついていくわ」
照れるセリフを面と向かって言われてしまう。
ものすごく恥ずかしい。
穴があったら入って、その上から土を被せたい。
まあ、彼女の意思を確認できたから良しとする。
「それでは皆様、またいつか、会える日を楽しみにしております。それでは」
エリスティーゼ、いくよ、と声をかける。
城の中を彼女の手を引いて全力疾走。
「皆のもの、追え! 皇子が攫われた! 早くしろ!!!」
怒鳴り声で叫ぶケリドゥ帝の声が聞こえる。
そして後ろからは走ってくる大勢の足音がする。
全力疾走を始めて約三分ほどたち、平日の開け放たれた門が見えてくる。
「どけどけ!」
直線上にいる人たちを大声で威嚇する。
すると面白いぐらいに人がはけた。
門を抜け、城を抜け出して。
俺たちは、最初の一歩を踏み出した。
衛兵は皆、門を超えて追いかけてくることはなかった。
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まず向かうのはラフィのところ。
帝都に着いた時、彼女には暇を与えていた。
なんでも、帝都にいる親友に顔を合わせに行くのだそうだ。
友達がいるのはいいことだ。
俺にはいないけど……
その時に、何か急ぎの用があれば、と渡されていたメモに書かれていた場所、噴水広場にあると言う宿に向かう。
彼女と落ち合い、共に行動するためだ。
ただ、噴水広場までの行き方を知らないのでエリスに案内してもらった。
エリスというのはエリスティーゼの愛称だ。
長くて呼びずらいと言ったらものすごい悲しんでいたが、愛称としてセリスというのを提案したらニコニコして受け入れてくれた。
うん、女という生物はよくわからない。
……十六年間女として人生を歩いてきていたが。
宿屋につき、ガチャっと扉を開ける。
そこには、優しそうなおばさんが一人で店番をしていた。
「いらっしゃい、お二人かい?」
「人を探してて……こちらの宿に、ラフィリア・ギリードという女性が泊まっていますよね?」
本当なら世間話でも挟みたいが、事情も事情なので単刀直入に訊く。
すると程なく、二回右の奥から三番目の部屋だよ、と返事が返ってきた。
ありがとうございますと短く礼を述べ、階段を上がった。
ラフィの部屋の前に着く。
ノックをして彼女のことを呼んでみる。
ここでいなかったら彼女を置いていくしかない。
「どなた様でございましょうか?」
よかった、いるらしい。
「俺だ。セリリューだ。開けてくれ」
「え!? セリリュー様!? 少々お待ちください」
だっだっだという音が聞こえたかと思ったら、一分も経たないうちに扉が開いた。
が、こちらの顔を見るやいなやバタンと扉を閉めた。
エリスと顔を見合わせはてなマークを浮かべていると、中から声が聞こえてきた。
「あなた、本当にセリリュー様ですか? 口調も違うし、髪型も違うし、怪しいですね……」
そうか、彼女は知らないのか。
俺が女をやめたこと。
決意をして、髪を半分以上切ったこと。
今は後ろで一本に纏めている。
するとまた中から声が聞こえてくる。
「私が今からする質問に、正確に、正直に答えてください」
「……わかった」
「一つ目。私の瞼は一重でしょうか、二重でしょうか?」
簡単な質問だった。
なるほどこういう感じか。
割と証明するのは簡単そうだ。
「二重だ」
彼女はふーんと言って、質問を続けた。
「二つ目。私の胸のホクロはどこにあるでしょうか?」
ぶーっ!
思わず吹き出してしまう。
ああたしかに!
俺しか知らないことだけども!
君の裸を見たことあるのは俺だけだけども!
ちょっとおかしくないですかねぇ!?
隣にいるエリスに白い目で見られてしまう。
視線がすごく痛い。
「……左胸の、一番右下」
さらに冷たい目で見られる。
うわーとかサイテーとか聞こえるように呟いている。
この場からさっさと逃げ出したい。
「三つ目。私のお尻にあるホクロはどこにあるでしょうか?」
「お尻の割れ目の太ももに近い部分」
思わず即答してしまう。
この部分のホクロを見つけたのは、他ならぬ俺なのだから。
側から気配が消える。
エリスがいた場所を見ると彼女はそこにはおらず、隅っこの方に逃げていた。
両手で体を隠すようにしながら。
ああ、終わったな……
離れていってしまった彼女の心を思い、自分の返答を悔やむ。
「あのー、俺の精神がゴリゴリ削られるので、もうそろそろいいんじゃないでしょうかね?」
へんな言葉遣いになってしまう。
すると、ギィーといって扉が開いた。
そこには下着姿のラフィが立っていた。
説得してとなりに戻ってきたエリスがまた隅っこに避難した。
もうどうにもならないらしい。
かなしぃ。
「ああセリリュー様。凛々しいお姿もお似合いです!さあ、ベッドへ!」
何を勘違いしたのか手を引っ張って部屋の中に連れ込まれる。
彼女は俺の騎士を務めている分、同年代の女性よりも力が強い。
鍛錬などあまりしてこなかった俺からしたら抗いようがなかった。
隅っこに避難しているエリスに助けを求める。
「待ってください!」
さすがエリス。
さすえり。
俺の思ったことをしっかりと行動に移してくれる。
ぴたっとラフィの動きが止まる。
俺は彼女の手をふりほどき、彼女に服を着るように命じた。
「そうですか。セリリュー様、自分の進むべき道を決めたのですね。そうならば、私はあなたに従うまでです」
二つあるベッドの片方に腰掛け、ラフィにことの顛末を説明する。
彼女は説明を一切質問を挟むことなく聴いてくれた。
へんなスイッチが入らない限り、彼女は優秀なのだ。
へんなスイッチが入らない限り。
大切なことなので二度言いました。
「ならば、即刻この街を出立しましょう」
ラフィの提案に俺とエリスは頷く。
そう提案してからの彼女は早かった。
ベッドから立ち上がり、クローゼットにしまっていた自分の服を布に包み、持ち運べる形態へと変化させた。
「行く当ては決まっているのですか?」
ラフィにこれからの行動を説明する。
一、東の方角に抜けアーガレアと交友のない国へと交渉を持ちかけにいく。
二、その隣国にも足を伸ばしてそことも交渉。
三、多勢を引き連れ、アーガレアへと凱旋。
ざっくりと説明する。
本当にざっくりとした筋書きだ。
「俺は王室でぬくぬくと育ってきたから世渡りはよくわからない。だから、何かあったら遠慮なく教えてくれ」
「わかりました」
彼女は頷いて、お辞儀をする。
「ああ、ごめん。俺は今王族に叛旗を翻したと身だから、もう王族じゃない。ということは、ラフィとはもうメイドと主人という関係じゃない。だから、そうやって、お辞儀をするのは今後やめてくれ」
彼女は逡巡して、コクリと頷いた。
彼女の荷物を持ち、女の子を二人引き連れ、階段を降りた。
下に降りると、おばちゃんが変わらず店番をしていた。
「おばちゃん、ごめんなさい。私、行かなければいけない用事ができてしまって。これ、三日分のキャンセル代。美味しいご飯が食べられなくて残念だわ」
「いいんだよぉ気にしないで。このお金、いらないからあなたが持って行きなさい」
「でも……」
「じゃあ、こうしようじゃないか。このお金で、また泊まりに来ておくれ。今度は、そこの二人を連れて、ね」
「ありがとう、ございます。またぜひ寄らせていただきます。それでは」
お金はこれからとても大切になる。
なんせ、自分たちで生活して行かなければならないからだ。
話を終えた彼女は戻って来て宿から出るように俺たちに促す。
俺は振り返り、おばちゃんにお辞儀をした。
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日も暮れ始めた午後の噴水広場で、最終身支度を整える。
と言っても、身だしなみを整える程度だが。
「さて、行きますか」
「はい!」
「あなたの望むままに」
こうして、俺と皇女と元メイドの旅が始まった。
これにて1章、ザ、エンドってね




