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私の気持ち、彼女の覚悟

 ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえてくる。

 腕は拘束されておらず、自由に動かせる。

 でも手は何か温かいものに包まれていて自由に動かせない。

 そして何故か体が重い。

 なにかが載っているかのように。

 そう、何かかが載っているのだろう。

 うっすらと目を開く。

 そこにはエリスティと名乗った第三皇子(おんなのこ)の寝顔があった。

 すぅすぅと一定間隔に続く静かな寝息。

 私の手を握る、彼女の細く繊細な手、動かせなかったのはこのせいか。

 この重みだったら耐えられる気がする。

 いや、耐えねばならない。

 守りたいこの寝顔。

 するとそんな邪な気持ちを感知したのか彼女がゆっくりと目を開けた。

 そして目を開けた先には私の顔があって、偶然に、必然的に見つめ合う形となってしまった。


「おはようございます」

「あっ、ええっと、そのっ。申し訳ありません!」


 彼女はしどろもどろになりながら勢いよく飛び起きる。

 その勢いに彼女の座っていた椅子が耐えられず、後ろに倒れこんでしまう。


「痛っ……」


 彼女は痛みに顔を歪める。

 なかなか豪快に倒れて、怪我でもしていないだろうか?

 ベッドから起き、彼女へと手を伸ばそうとする。

 そう、しただけだった。

 実際は椅子の脚に足をを引っかけてしまい、彼女の上に覆いかぶさる形で倒れこんでしまう。

 これではさながら私が彼女を襲っているようで。

 女が男を襲っているようで。

 誰かに見られでもしたら言い訳すらままならない。


「〜〜〜〜〜〜」


 覆い被さられている当の彼女に関しては。

 もう痛みに顔を歪めてはおらず。

 目を閉じて、なにかを待っていた。

 待って。

 何かってなに。

 何かって、ナニのこと!?

 ちょっと待ってくれこれじゃあ私が変態みたいじゃないか!

 心の中で天使セリリューがやめなさい、やめなさい! と自己主張してくる。

 でも人間やっぱり悪魔の方に唆されやすくて。

 そんな正当な天使の主張を抑えつける。

 抱いたことのない押さえつけが効かない気持ちが昂ぶってくる。

 頭に靄がかかったかのようになにも考えられなくなる。

 ああ、もうどうにでもなれ。

 思考を完全に放棄しようとする。

 そうするとドアの方だけ確認しておかなければならない。

 ちらりとドアを一瞥する。

 そのドアは、少し間が開いていて、誰かがこちらを覗き込んでいた。

 その顔には覚えがある。

 イービリス帝の妃、フレミィ・レーヴァティンだ。


「あら、あら。気づかれてしまいましたわね。でも気にしなくていいわよ、誰にも話さないし私の心の中にしまっておくから、ね? だから良いのよ?」


 彼女はもう少しだけ扉を開けて話しかけてくる。

 そしてあろうことか片手の親指と人差し指で輪っかを作り、もう片方の人差し指で抜き差ししていた。

 このお妃様大丈夫なのだろうか?

 いわゆるビ○チなのではないか。

 こんなことが起こってしまい昂ぶっていた気持ちがすぅっと収まっていくのが感じられる。

 彼女の行動に関して言えば一言二言苦言を呈したいところだが、気持ちを元に戻してくれたお礼としてその件は水に流そうと思う。

 体を起こし、彼女に答える。


「フレミィ皇后陛下。ご機嫌麗しゅう。さて訂正をさせていただきたいのですが。この状況は図らずも起きてしまった偶然の産物にございます。ですのでどうか誤解のないようにお願いいたします」

「ふ〜ん、そう。じゃあ良いわ。話は変わるけど、そんなよそよそしい態度、今度から改めてちょうだいね。うちの近国の慣習で、宴の席を共にしたものは皆家族、というものがあるのよ。貴方のお父上も若い頃、よくケリドゥと盃を交わしたものだわ。玉座の間ではカッコつけるためにあんなに偉そうな態度とっていたけれど、実際はどちらも敬語なんて使わないの。こんなに親密な関係、この二国以上にありえないでしょうね」


 昨日の宴を思い出す。

 たしかにお父様はイービリス帝、フレミィ皇后陛下と親しげに話していた。

 ふふふっと彼女は笑う。


「だから、ね。貴女も私たちのことを家族と思って、接してね?」


 全く変わった話だ。

 他国の王とその妃のことを親と呼ぶなんて。

 それでも、そうだったとしても。

 アーガレアにいる時よりも心が安らぐ感じがする。

 なんというか、安心できる。

 そんな気がした。


「く、るし、い、です……王女殿下……」


 下から掠れた声が聞こえる。

 そう、エリスティが下にいる。

 彼を下に引いたまま話し込んでしまっていたのだ。


「あっ、ごめんなさい、忘れてしまっていたわ」


 さっと彼の上から跳びのき、ベッドに腰掛ける。


「では、そうですね……目上の方への敬意は忘れてはならないので、やっぱり皇帝陛下と皇后陛下とお呼びさせていただきます」


 そんなことを言ったらフラミィ皇后陛下は露骨に嫌そうな顔をする。

 でも、と私は続ける。


「こちらに居させていただいている間は。ありがたくお義母さま、と呼ばさせていただきます」


 ニコッと笑う。

 今度は彼女はとても満足そうにしている。

 朝食だから早く準備して来なさいと告げて扉を閉めて戻って行った。

 エリスティと話したいことはたくさんあったが、今じゃなくて、あとで話すことに決めた。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 イービリス帝宮の朝食は豪華なものだった。

 薄く焼かれたライ麦のパン。

 ふわっふわなスクランブルエッグ。

 その柔らかいベッドの上を陣取るカリカリに焼かれたベーコン。

 そして、水の滴る新鮮な野菜。

 どれをとってもアーガレア王国の朝食より格段に美味しかった。

 これを作った料理人をうちの王国に連れて行きたいぐらいだ。

 こんなにも美味しいご飯の席なのに、誰一人会話を交わすものは居なかった。

 今さっき声をかけに来てくれたフレミィ(かのじょ)でさえ、さっきの明るい表情とはうって変わり、はぁー、と溜息ばっかり吐いている。

 そうなっている理由の見当はだいたいつく。

 恐らく、昨夜、第二皇子が私に対して起こした凶行。

 それが、彼らの頭を悩ませているのだろう。

 皇子が王女を合意なく無理矢理ことに及ぼうとしたのだからそうなるのも仕方あるまい。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 扉の端に立っていた料理人に頭を下げる。

 食への感謝とそれを作った方への礼儀は忘れてはならない。


「お、お褒めに預かり、光栄です!」


 料理人は深々とこちらに頭を下げる。

 お腹がいっぱいになり手持ち無沙汰になってしまう。

 そこで、朝の話の続きをすることにした。


「エリスティ皇子、朝食は終えましたか? それならば私に少し庭を案内して下さいませ。ケリドゥ皇帝陛下、フラミィ皇后陛下、申し開きはあとで聞かせていただきますので、今から少し、エリスティ皇子を借りますね。それまでに昨日に至った経緯を彼から聞くなりなんなりしてまとめておいて下さい」


 彼らに言葉を紡がせないように矢継ぎ早に話す。

 エリスティは立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。


「さあ、行きましょう」


 ここからが私の一番気になっている部分。

 はっきり言ってしまうと、昨日は情事に至らなかった時点で私にはどうでも良くなってしまった。

 たしかに恐怖し、生きた心地がしなかったが、ことに至らなければ栓無きこと。

 ことの始末は彼らの決断に委ねるとしよう。

 あ、でも将来の時のために死んでしまうのは困る気がするので処刑はなしだな。

 そんなことを考えながら皇子を引き連れ庭へと向かった。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 イービリス帝宮内にある庭は広かった。

 左右対称となっていて、その真ん中には彫刻が彫られた噴水がある。

 私とエリスティ皇子はその庭の右端にある樹のたもとに腰を下ろした。

 私は女座りで、彼女は胡座をかいて。

 本当は皇子(かのじょ)が女座りをし、私が胡座をかくだろう。

 なんとも不思議な感じがする。

 まさに、あべこべ、だ。


「わたしのこと、覚えていて、下さったのですね。あんな、まだ子供の頃に一回あっただけなのに」

「貴女のことを忘れたことなんて、一度たりともないわ。私も貴女が覚えていてくれて、とても嬉しいわ」


 二人の間に、微妙な空気感が漂う。

 それもそうだろう。

 当時は私が男の子の姿で、彼は女の子の姿だったのだから。

 話したいことがたくさんあるとはいえど、一度には言葉に仕切れない。


「あの!」 「あの!」


 この空気感を取っ払うために声を上げたが、それは彼女も同じだったようだ。


「あは、あははは」

「ふふ、ふふふ」


 吹き出す。

 堪え切れなくなって、笑ってしまう。

 今度こそ私から話し始める。

 私の今に至る経緯。

 今度は彼女の今に至る経緯。

 彼女は飢餓に飢えていたところを通りがかったケリドゥ皇帝陛下に拾われて王族として生活することになったらしい。

 だいぶ大雑把に説明してしまったが。

 出自は違えど、置かれた状況があまりにもに過ぎていて、偶然すぎるよね、と二人して笑う。

 笑いあって、笑い疲れて、わたしのほんしんで、彼女に尋ねる。


「私はあの時、貴女にあった時から忘れられずに今に至るの。そう、私は、貴女のことが好き。だけれど、私は女、女でなければならない。国の、王室の意向には逆らえないもの」

「わたしも、貴方の事が好きです。初めてあった時のこと、忘れてないです。だから、もうわたしの気持ちに正直になろうと思います。今日、今ここで、第三皇子としてのエリスティを捨てて、普通の女の子の、エリスティーゼ・フィアリリーに変わります」


 彼女はもうすでに男の殻を脱ぎ捨てていた。

 いや、まだ正式には捨て切れていない。

 ただ、捨てる覚悟をした。

 私のことが好きだからという理由で。

 正直彼女のことがとても羨ましい。

 私には、とてもではないけれどそんなことはできない。

 そんなことをしてしまっては、これまでの築いてきた礎を破壊しかねない。

 自分は王女なのだという気持ちがその思いを許さない。



「セリリュー。いえ、セリリュー・クラニダス。貴方は、王族である前に、一人の人間で、一回限りの人生を生きているのよ」



 私を悩ませるすべてが氷解する。

 私の懊悩の答えを彼女が示してくれる。

 それは、私にとっては許されない生き方(こと)

 そんなことを私が願っても、思い描いてもいいのだろうか。



「許される。許されないはずがない。人生一度きり、自分勝手に楽しんで何が悪い!」



 彼女は突然立ち上がり、両手を目一杯広げて叫ぶ。



「縛られた人生なんて、そんなものはつまらない! 自分の生きたいように生きればいい! 自分勝手に生きて、何が悪い! だって、人生は一度きりなんだからっ!」



 高らかに彼女は謳う。

 その姿はまるで、救いの女神のようにも見える。

 好き補正がかかってるから仕方ないが。

 ああ、そうか。

 十年前を思い出す。

 あの時も、落ち込んでいた私を、彼女は救い出したくれた。

 今回も助けられてしまった。

 ()として、なんと不甲斐ないことだろうか。


 決めた。


 心にがんとした決意を抱く。

 誰にも曲げられない、曲げさせない、自分だけの思い。

 ふらっと立ち上がり、彼女を正面から抱きしめる。



「俺は、好きな人のために、生きるよ」



 耳元で、そう囁く。

 囁かれた彼女は、ヘニャヘニャと力なくヘタリ込む。

 紅潮した頬を隠すように両手で顔を覆っている。

 そんな彼女のために、決まっていた運命をかなぐり捨てる。

 ()()今の王政を改革すると、そう心に決めた。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




「『第一段階はクリアした』と、彼らに伝えてくれるかい?」


 少女は人差し指に載せた小鳥に問いかける。

 小鳥は、ちゅんちゅんと答えて空へと飛んでいく。

 その鳥は遠く、遠くに飛んで行った。

のちのちお父様の過去とか書いてみたい気もします。

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