少年王女と少女王子の再開
遅くなってしまい申し訳ないです。
お父様の後ろを追って入った玉座の間は、この城のどの場所よりも荘厳で、絢爛であった。
扉から玉座まで敷かれた赤い絨毯。
その絨毯の傍に等間隔に傅く衛兵。
天井には応接間にあったものよりも一回りも二回りも大きいシャンデリア。
窓は透明なガラスではなく、色彩の付いた、確かステンドグラスと呼ばれるものがはまっていた。
でも玉座には豪華さはなく、黒と白の単調配色。
これによって玉座だけ厳かさが際立っている。
これはまるで、宝石箱。
文化の結晶という、貴重な貴重な鉱石の詰まった箱。
思わずその雰囲気に飲まれてしまう。
皇帝の前まで歩いて行き、お父様が頭を下げる。
少し遅れて私もそれに準じる。
「よくぞきた。私はケリドゥ・ミスティー=イービリスである。遠いところからご苦労であった。面をあげよ」
「もったいなきお言葉、恐悦至極にございます」
お父様は顔をあげる。
慌てて私も顔を上げる。
「はっはっは、セリリュー・クラニダス王女殿下。貴殿のお噂はかねがね。なるほど、噂に違わぬ美形ぶりだな。うちの倅を嫁がせたいぐらいだ。どうだ? 貴殿がその気なら一人貰わぬか?」
「えっ、あの、その……」
玉座の後ろに控えていた何人かのうちの一人が、おおっと声を上げる。
こんなことを言われたのは初めてだ。
まぁ、こういう機会が無かったからなのだが。
お父様に目線で助けを求める。
「ケリドゥ帝、久方ぶりでございます。我が娘、セリリューは既に十六でございますが初心ゆえご縁談はまたの機会にお願いいたします」
「なに、冗談だ。今のは聞かなかったことにせよ」
「わかりました。ではそろそろお話し合いの方を……」
「まあ、左様に急かなくてもよかろう。今日は初めて見えた王女殿下に我が倅を紹介しようと思うてな。将来どうなるかも分からぬからな」
「そうですね、お互い知ることは大切ですし、ここはひとつ自己紹介タイムということにしましょうか」
どうやら話が纏まったらしい。
これから自己紹介タイムに移るそうだ。
平常心、平常心。
「我が息子達よ、玉座の前に出よ」
玉座の後ろに控えていた騎士達が前に出てくる。
王族にしては少なく、三人だけだった。
「お初にお目にかかる。私は第一皇子、グラハム・グロウリー。以後、お見知り置きを」
第一皇子と名乗った男は筋肉質で身長が高かった。
真面目そうで、面白みのない感じがする。
ほかの二人よりも落ち着き払い、年長者の威厳を見せつけていた。
「よっす、王女殿下ちゃん。はじめまして。俺は第二皇子ボルギーア・ゼッヘン。ヨロシクね〜」
第二皇子と名乗った男は何というか、すごくチャラかった。
金髪でひょろっとした体。
私が一番嫌いなタイプの男。
例えるならば、何人もの女性に手を出しておきながら、いざとなったら全ての責任を放り投げて逃げそうな、そんな雰囲気がする。
この人は要注意人物だ。
「では最後に私が。エリスティと申します。私は拾い子なので義兄上達のように素晴らしい名前ではないですが、どうぞお見知り置きを」
三人目は、なんというか三人の中だったら一番好ましいタイプだ。
端正な顔立ちであまり筋肉質ではない体。
謙虚で、慎ましく、出過ぎない。
それに加えて、何か懐かしい感じがする。
安心出来る。
昔に会ったことがあるような、そんな気さえする。
冗談で飛ばされた縁談がもしあるのならこの人が良い。
というかこの人以外はゴメンだ。
「王女殿下、どうかなさいましたか? 私の顔に何か付いていますか?」
「い、いえ、なんか、そう、懐かしい感じがしてしまって。貴方とは会ったことすらないのに。変なことを言ってしまってごめんなさい」
「ぁ、ぁの……っ……そうでしたか、そんなこともあるんですね」
何かを彼は言いかけた気がするが聞き取れない。
言い直さなかったということはそれほどのことでもないのだろう。
そしてイービリスサイドの自己紹介が終わったといことは、今度はこちらの番である。
「この場にいらっしゃるお方々、お初にお目にかかります。アーガレア王国第3王女、セリリュー・クラニダス=アーガレアです。以後、お見知りおきを」
ドレスの端を摘んで持ち上げ、カーテシーを行う。
いざと言う時のために礼儀作法を学んでおいて良かった。
皆一様にこちらを向いて固まり、息を飲んでいた。
流石にそんな目で見られると恥ずかしい。
「さすがアーガレア王国の正統後継者だ。気品に満ち溢れている。王女殿下、これからよろしくお願い申し上げます」
イービリス帝は傅き、こちらに敬意を示す。
他国の王女に傅くなど、そんなことをしては彼の部下達に示しがつかないのではないだろうか。
そんなものは杞憂だった。
ほかの皆も一様にこちらを向き傅いていた。
私にはそんなカリスマ性もないのに、なんか恥ずかしい。
「よして下さい、私は一国の王女であり、イービリス帝、貴公は一国の主人です。立場は貴方の方が上。どうかお顔をお上げになってください」
「……本当にできた王女様だ」
皆のもの、とイービリス帝は傅く自国の兵に声を発した。
「今宵は宴を開く。アーガレア王女来訪の宴だ。宴の席を用意しないなんて、無礼にもほどがある。なに、今からではそんな時間はないだって? 五月蝿い、そんなことで宴をなくすなど我が許さん。一時間で準備しろ。なに、そんな短時間じゃ無理だと? 不可能を可能にせよ。できなければイービリス帝国の面汚しと考えよ」
なにやらこれから宴が開かれるらしい。
それもその内容が『私の』来訪記念と言うのだからなんかものすごく申し訳ない気持ちになる。
それに外交についても話しはじめていないのに。
「お父様、すごいことになってしまいました。私、何かいけないことを致しましたでしょうか?」
「うーん、そんなことはないと思うよ。彼、イービリス帝はね、嬉しいことがあるとああやって何か動かないと気が気でしょうがないタイプの人間なんだ。企画したのは彼だし、存分に楽しませてもらおうよ」
お父様は大丈夫だ、そう言う。
ならば大丈夫なのだろうと、独り合点を決め込んであとは場の流れに合わせることにした。
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「これを、王女殿下のグラスに入れれば。ふふふふふ……楽しみだなぁ。彼女はどんな声で鳴くんだろう」
薄暗い部屋に小さな明かりだけに照らされた小瓶。
それを見て気持ち悪く微笑む誰か。
彼の狙いは、その宴だった。
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イービリス帝の無茶振りによって始まった宴も時間が経ち、終わろうとしていた。
国賓として扱われるわたし達は、ここの城の一晩泊まることに。
イービリス帝もお父様も初めからお酒を飲み、今ではゆでだこのように出来上がってしまった。
いい大人がなにやってんだかとも思ったが、おめでたい席、それも私のために始まった席なのだから、それは言いっこなしだ。
「どうよ、うちの国の料理は。国賓の宴だけあって、いい料理人を使って作ったんだって。まじ美味しいよね」
「そ、そうですね」
第二皇子、名前は忘れてしまった。
でも次期女王としては名前を覚えておかなければおかなければ。
何かに邪魔されるように考えられなくなる。
たくさんお料理を食べて睡魔に襲われているとわかる。
「少し眠くなってきましたわ……」
「だいじょぶ? 眠いの? じゃあフラフラして倒れてもあれだし、部屋に連れて行ってあげるよ」
「まあそれはどうもありがとうございます」
チャラいだけかと思っていたが案外周りに気がつくらしい。
ちょっと評価を上げなければならないかもしれない。
「じゃあ、肩に掴まって。行くよ」
彼は私の腕を肩に乗せ歩き始めた。
少し彼の口角が上がった気がしたのは気のせいだろう。
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気がつくとそこは天蓋付きのベッドの上だった。
空気は澱み、気持ち悪い匂いがする。
手足は動かせず、動こうとするとじゃりじゃりと音を立てる。
暗くてよくわからないが拘束されているという事態にようやく気づく。
「〜〜〜」
助けて。
そう声に出そうとするがでない。
口まで拘束されていたからだ。
その音を聞いたのか向こう側からコツコツという音が近づいてくる。
「ようやく目覚めた? あんまり目覚めないからクスリ、強すぎちゃったのかと思ったよ」
私を見下げるのは第二皇子。
口元には気持ち悪い微笑みを浮かべニタニタと笑っている。
ようやく状況整理がつく。
彼が私をここに連れてきてこの状態にしたのだろう。
うー、うーと唸ってると彼が猿轡を外す。
「いま、このまま、ここから私を出してくれさえすればこの状態に対して一切誰にも口外しません」
はぁ? なに言ってるの? 王女殿下は、いやお前はこれからお前のとなりにいるような女みたいになるんだよ。わかってんだろ?」
慌てて隣を見る。
そこには虚ろな目をした女性が二人、生まれたままの姿で横たわっていた。
ここに漂う匂いは男と女の情事の匂い。
まだ嗅いだことのない異臭に吐き気がする。
「そんな怯えきった顔しないでよ。と、言っても、結局最後はおクスリ打ってイイ顔に無理やりしちゃうけどねぇ」
彼は小瓶を揺らす。
小さな小瓶にはたっぷりと液体が入っていた。
とっさにその小瓶をはたき棄てる。
すると叩いた反対側から平手が飛んできた。
「なにすんだよ! これ量に対して高いんだよ! あーあ、一本無駄にしてくれちゃって。これはお仕置きが必要だねぇ?」
「ひっ……」
激昂した顔からすぐに気持ち悪い顔に変わる。
本当の恐怖を感じたのはこれが初めてだ。
ここで自分のことを思い出す。
最悪初めては散らされてもいい。
でも漏れちゃいけない機密がある。
「やめて、やめてよぉ……」
絶対的な恐怖を前にして、足はおろか手は震えきり、ジワーと股間あたりが熱くなる。
漏らしてしまった。
王女ともあろうものが漏らしてしまった。
その事実が私を極限に辱める。
「漏らしちゃったのかぁ。躾のなっていない王女様だなぁ。俺が自らの手でしつけてあげるよぉ。早く服脱げ。脱げって言ってんだよぉ!」
もうどうしようもない。
逃げられないし、対抗することもできない。
お母様、申し訳ありません……
覚悟を決めてボタンに手を掛ける。
「はぁー、はぁー、そのちょうーー」
「やめろ!」
半分まで開け終わった時、その声が耳朶に響く。
凛々しく気高い、鈴のような凛とした声。
覚えている。
これは、あの時の。
あの場所で出会った彼女の声。
ドアの方を見る。
そこには第三皇子、エリスティが立っていた。
「義兄上、一体なにをしておられるのですか?l
「なにって、見ればわかるだろ? ナニをしようとしてるんだよ!」
「正気ですか? このままだと、貴方の首だけでなく、この国自体終わりますよ」
「知らねぇよ。俺は、今の快楽に従って生きてるんだよぉ。お前にとやかく言われるようなことじゃねぇ」
「そう、ですか。ならーー」
彼は前のめりになり、床を蹴る。
目にも留まらぬ速さで第二皇子に肉薄する。
私の目を見て、ふっと笑う。
「御免」
「うぐっ……かはっ」
お腹に一発、強いのをお見舞いされた第二皇子は力なくその場に倒れ伏す。
私は助けてくれた彼の顔を見た。
その顔はやはり彼女の面影があった。
彼は私をお姫様抱っこして暗い部屋を出て行った。
「ねぇ、エリスティ。貴方に一つ質問してもいい?」
「何でしょうか、王女殿下」
挨拶を交わした時から疑問に思っていたことを口にする。
「貴方、あの湖の大きな樹の下で、出会った女の子ですか?」
自分でもおかしい質問をする。
男に女の子かと聞くなんて無礼極まりない。
それにもかかわらず、彼は少し考え込むようにして、一瞬躊躇い、一言呟いた。
「そう、ですよ。セリリュー王子」
やはり彼は、彼女であった。
ずっと疑問に思っていたことが氷解する。
それなら、この腕の中も安心できる。
「そう、それは、そ、れ、は……」
緊張から解き放たれ、一気に眠気が押し寄せる。
そして、私の秘密を知っている人間が、王族以外に一人、出来た。
少々長くなってしまい申し訳ないです。




