王女様と王子様
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。
廊下の側面には石柱が意匠されており、その細微に至るまで装飾が施されていた。
私たちを照らすのは松明ではなく、光を発する光源石。
光源石というのは加工が難しく、専門の職人が時間を掛けて原石から削り出すものだという。
しかし、その職人はあまり王国には存在していない。
そのため、光源石は高価なものとして知られており、世間には普及しておらず一部有力貴族や王城の謁見の間や王族の私室に使われるのみだ。
それが、この『廊下』というさほど重要ではない所においてもふんだんに使われているという事実。
この空間だけでも、この国の豊かさと言うか、文化度の高さと言うか、そう言うものが感じられる。
周りを見渡していると初老の衛兵さんと大臣と話していたお父様が振り返る。
「セリリュー、緊張しているかい?」
「い、いえ、そう言うわけではなくて……私たちの国にはあまりない光源石がたくさんあったり、柱の彫刻などに見入ってしまいまして」
「そう、だよね。セリリューの気持ちよぅくわかるよ。なにせ私も最初にここに来たときには驚いたものさ。そういうのもあって、帝国とはいいお付き合いをしたいのだけれども、難しくてね、いろいろと」
「お母様の意向、ですか?」
「……まぁ、ね」
どうやらはぐらかそうとした核心をついてしまったらしい。
ついさっきまで談笑が響いていた廊下を、今度は静寂が支配する。
若干重い空気に支配された四人組は両開きの扉の前で止められた。
「この貴賓室でお待ちください。用意ができ次第お呼びいたします」
衛兵さんが扉を開け、さっきまでの砕けた調子を直し、丁寧な語調で中に入るように促した。
お父様はありがとう、それじゃあまた後で、と言い、衛兵さんはそれに対してお辞儀で答える。
貴賓室と名付けられた部屋は調度品や装飾品で彩られ、とても美しいものだった。
それだけではなく、腰掛けや長机などにも丁寧に装飾が施されている。
ちょこちょこと部屋の中を見て回り、一通り見た後に本革の長い腰掛けに腰を下ろす。
王国に置かれているそれよりもふかふかで座り心地が良い。
天井には豪華な照明器具が吊られていた。
もちろんここにも光源石が使われている。
やっぱり王国のそれよりも美しい。
「セリリュー、緊張するかと思うが君はいつもどおり、自然体でいればそれで良い。礼儀作法や立ち居振る舞いは教え込まれていて完璧だ。それに、なんといってもセリリューには華がある。そこにいるだけで、全ての視線を奪うかのような天性の素質がね」
「あんまり褒められると恥ずかしいです……」
「いや、本当のことだ。それこそ、女王陛下にだって負けていない」
今さらっとすごいことを言われたような気がした。
「準備が整いました。皇帝陛下が玉座の間にてお待ちになられております」
「わかりました。セリリューいくよ」
「はい、お父様」
衛兵さんが準備が整ったと報告しに来た。
こちらです、という声とともに、私たちを先導するように前に出る。
来た反対の方向に向き直り、歩く。
権力を示すかのような大きな階段を上がり、他と一線を画した荘厳な扉の前に立つ。
壁を見るとハルバードやブレードソード、ランスなどが飾られている。
そのどれもこれも彫刻が施されており使用向きではなく、儀式用か装飾品だろう。
そんなことを考えていると、服が擦れる音がする。
衛兵さんが居住まいを正したのだ。
それに合わせて私も気を引き締める。
「アーガレア王国使節、ギルバード・スレイプニル=アーガレア殿下、外交大臣殿ならびにセリリュー・クラニダス=アーガレア王女殿下をお連れいたしました!」
「……入れ」
「ハッ」
聞こえた返事とともに私の身長の二倍近くある扉が重厚な音をたてて開く。
奥に見えるのが玉座だろう、そこにはどっかりと皇帝陛下が座しておられた。
扉に入る前なのに伝わってくるその威圧感たるや、通常時の女王陛下にも引けを取らないほどだ。
まずお父様が一歩踏み出し、その後に外交大臣が続く。
そこに私も追随しようとした時、横から声をかけられた。
「皇帝陛下はあなたとお会いすることを楽しみにされておられましたよ」
「そう期待されていますと、余計に皇帝陛下のご想像通りの王女であらないといけませんね。あ、申し訳ありません、貴方のお名前をお聞きしておりませんでした。何というお名前なのですか?」
「一衛兵たる私めにそのような謝罪の言葉をかけていただけるなど、恐悦至極にございます。アルス・マギャリーベと申します」
「アルス・マギャリーベ……良い名前ですね。アルス、と呼ばせていただいて構いませんか?」
「御意に」
衛兵さんは敬礼をする。
一度、お父様は歩みを止め、振り返った。
そして、私の姿を見て、再び歩き出す。
私も遅れまいと、お父様達に追随した。
<><><><><>
〜アーガレア使節が貴賓室に案内された時のイービリスサイド〜
「皇帝陛下、王国使節の方々は、どなたがいらっしゃっているのでしょうか。差し支えなければ御教え願いたいのですが」
「可である。王国執政補佐であり、女王陛下の愛した人、ギルバード・スレイプニル=アーガレア公と外交大臣殿、そして、セリリュー・クラニダス=アーガレア第二王女殿下の三人である。ギルバードから聞いた話によると、セリリュー王女殿下は女王陛下に似て、聡明で美しいとのことだ」
その後も義父様は詳しく教えてくれた。
セリリュー・クラニダス=アーガレア王女殿下。
人前に出れば視線を総なめにし、一目見れば心惹かれるあの容姿は、天性の魅力だろう。
そしてそのお顔は、どういうわけか、大切な思い出の中の人に酷く似ていたのだ。
あり得ないと、俺の知っている人ではないと、理解してる。
なぜなら、俺の知っているその顔の人は、男の子だったからだ。
「本当に、王女殿下なのですか?」
「当たり前じゃないか。アーガレア王国は百年前に王位継承権は女性以外に認めないという制度を制定しただろう。そ、れ、に、あんなにも美しいお方が男なわけないじゃないか。じゃあなんだ、お前にはあのお方が男性に見えるとでも」
義兄が義父様の代わりに答える。
彼は王女殿下の発する魅力にやられてしまったらしい。
まあ、あれに晒されて好意を寄せない方が少ないのだが。
「もし、もしですよ。仮に王女殿下が、男性であらせられたらーー」
冷たい感覚が首筋に触れる。
何も言葉を発していなかった大義兄の剣だった。
どうやら義兄とのやりとりが、厳しく育てられた彼の逆鱗に触れたのだろう。
「これ以上王女殿下のいないところで、殿下への侮辱は許さない」
大義兄も王女殿下に好意を寄せているようだ。
これ以上不用意な発言をして場の空気を壊すのも、義父様に悪い。
これまでの発言を撤回する。
「申し訳ありません、大義兄上。ただ、あのお方に似ている人を見たことがありまして、それで」
「分かれば良い。それは他人の空似というやつであろう。それはそうと、王女殿下は将来私と婚約するのだ。これ以上の侮辱は許されないと心得よ」
「兄ぃ、俺も王女殿下と婚約したいです」
「それは王女殿下の意向次第だな」
二人はすでにフィアンセ気取りらしい。
そう思っても声には出さない。
やぶ蛇ほどめんどくさいものはないと、今さっきのことで理解している。
「皇帝陛下、少し部屋に戻って服装を整えて来たいのですが、よろしいでしょうか?」
「良いぞ。だがもう少しで準備が整い、アーガレア使節との引見を玉座の間にて開始する。ここには戻って来ず、そのまま玉座の間にくるのだ」
義父様に一礼して王の私室を後にする。
向かう先は、自室ではなくテラス。
近隣諸国では知らないものはいないとまで呼ばれるそれは、真っ白な石で形作られ、あまり装飾が施されていない。
しかし装飾が施されていないからこそ、その物質に宿る本来の美しさを引き出している。
この時間帯には誰もいないだろうと思っていたが、そこには先客がいた。
アルス・マギャリーベ。
俺を育ててくれた育ての親、いわば本当の父様。
彼は近衛兵のリーダーであり、そして、俺の本当の姿を知っているただ一人のひとだ。
「よう、エリスティ、緊張しているか?」
「アルスお父様、あのーー」
「俺を、父様、なんて呼ぶんじゃねぇ。俺はお前を育てただけだ。あぁ、そうだ。今さっきアーガレア王国の使節を貴賓室に通してきたんだがな、多分お前がさがしている想い人、あのお嬢さんだぜ。若いのにしっかりしていて、なんかに疲れているような感じがした。まあ、勘だがな」
その言葉を聞いてさっき見た彼女、いや彼の姿を思い出す。
やはり、彼女は彼だったのだ。
彼は、おそらく王族の何かしらの決まりで女装せざるを得ない状況なのだろう。
俺、いや私も同じような状況にいる。
「私は、どうしたら良いのでしょうか……」
「んんん、そうだなぁ。お前はお前のしたいように動けばいい。あのお嬢さんのことを助けたいと思ったなら助ければいい。そうなって、この国を捨てることとなっても、気にすんな。どっちみちお前の生まれた国はここじゃねぇからな」
それに、と。
「お前は女だ。女には女なりの生き方ってものがある。今のお前はその生き方じゃあない。男として生きてやがる。俺がそう仕向けちまったんだ。本当に申し訳ねぇと思っている。だから、これからはお前の好きなように生きろ。お前をこの国に、俺に縛り付けるのは今日までだ、『エリスティーゼ・フィアリリー』」
「それって……」
「ああ、お前の本当の名前だ。男として生きさせるためにエリスティとしか読んでいなかったが、今日みたいな日のために一応は考えておいたんだ。なかなかにいい名前だーー」
「とおさまああああああ!」
突進するようにアルスに抱きつく。
アルスは、
「おいおい儀礼服がぐちゃぐちゃになっちまうよ勘弁してくれ」
と口では言いながらも優しく抱きとめてくれた。
溢れ出す思いがとめどなく込み上げてくる。
「もう緊張はしてないな。よし、そろそろ時間だ。お前は玉座の間に行ってな。俺はアーガレア王国の使節を連れて行く。それまでに気持ちを落ち着けておきな」
「よろしく、お願いしまう」
噛んでしまった。
アルスはガハハと豪快に笑う。
「ちゃんとエスコートしてきてやるよ。なに、心配するんな」
と言ってテラスを後にした。
私は玉座へと向かう。
新しく生まれた決意を胸に抱きながら。
次回ようやく物語が進みます。




