王子様と王女様
イービリス帝国帝都グラニスタ。
そこへ向けて王国使節団は向かっていた。
すでに帝国の領土には入っており、今は帝国の西方にある関所街を出立し、帝都へと通じる街道をを馬車で移動している。
突然だが、私は馬車に乗るのが好きでない。
王国では道は王都以外あまり整備されておらず、郊外に出かける時、小石を越えるたびにガタガタとうるさい音を立てて、座っているとお尻が痛くなってくるからだ。
しかし帝国の道は違った。
帝国は帝都のみならず主要交通路をきっちりと整備していると聞く。
実際に、今さっきまでいた街も帝都からは離れているが街道が敷かれ、私たちは今、その上を進んでいる。
さらに主要交通網以外の道路、街道なども整備されていると言う。
帝国は文化的に成熟しているところなのだろう。
「セリリュー、本当に私の仕事についてきてよかったのかい?」
「いいのですお父様。私は将来は国を背負って立つ人間です。早いうちに様々な事を学んでおくことも大切だと思うのです。それに、他の国を見れるのも楽しみです!」
「はっはっは、後者が本音か。それでも、こんなに優秀な娘で僕は本当に嬉しいよ。将来はきっとアイリスを超える女王になるだろうなぁ」
「もう、お父様ったら、そんなに褒めないで下さいませ。恥ずかしいです……」
私は顔を俯ける。
恥ずかしいというだけではない。
申し訳ないというか、なんというか、辛い気持ちになる。
お父様は私が男だという事を知らない。
単に知る機会がなかっただけなのか、お母様が意図的にお教えにならなかったのか。
でもお母様から、あの人には男ということを言ってはいけない、と釘を刺されている。
やっぱり後者なのだろうか。
どういう意図があってそうしているのかわからない。
「ちょっと眠たくなってしまったわ。お父様、お行儀悪いかもしれませんが帝都に着くまで横になってもよろしいでしょうか?」
「ああもちろん。起こしてあげるよ」
「ラフィ、申し訳ないのだけれど貴女の膝を貸していただけないかしら?」
「どうぞこちらに」
お父様はとなりに座る大臣と笑っている。
ラフィは自分の膝をポンポンと叩きながら期待の目を向けている。
彼女の膝枕に頭を乗せ、目を閉じた。
<><><><><>
身体がとても軽い。
まるで、魔法でもかかって宙に浮いているような気分。
又は、物語を俯瞰的に見る筆者のような感じだ。
その姿のない私が浮かんでいたのは大きな樹がそびえる湖畔の一角。
間違いなく、王城の脇にあった湖と千年樹木だ。
周りには大人の背丈ほどの草木が生い茂っているが、この樹木の根元の空間だけ開けている。
そして、そこにはひとりの少女が樹木に寄りかかり座っていた。
私はこの少女を知っているはずである。
でもなぜか思い出すことができない。
記憶にぽっかりと穴が開いてしまっているようなそんな感じだ。
ガサガサという音とともになにかが近づいてくる感じがする。
といっても音も感触もわからない。
わかるのは、視覚を通して視ることができる状況だけだ。
だから、音もなにも、全て視覚に合わせて適当につけている。
そのガサガサ音は水辺の反対側の草木を掻き分けてひょっこりと顔を出した。
この顔には見覚えがある。
なにを隠すそう、幼少時の自分自身であった。
少女は少年の姿を見つけると樹の元から立ち上がり、何か少年に声をかける。
それに対して少年は何かはにかみながら恥ずかしそうに答えていた。
二人は何かをずっと話し続けていた。
ずっとずっと、話し続けていた。
二人でいる時間を慈しむかのように、噛みしめるかのように。
いや、少年の方からそんな感情は感じ取れない。
また何度でも少女と会えるだろうという、安堵しきった表情。
そんな思いを感じ取れたのは少女の方だ。
少年と話す少女の姿はとても楽しげで、それでいて笑顔に陰りが見受けられる。
なぜ少女はこんなにも悲壮な表情をしているのだろうか、残念ながら私にはわからない。
どれぐらい話し続けたのだろうか、陽が傾き始めあたり一面を朱色に染めている。
少年と少女も朱色に染め上げられているが、その頬は朱色よりも濃く赤色に染まっていた。
二人は湖に向かい、手を繋いでいたからだ。
恋人同士なのだろうか、だとしたらませすぎだと思う。
少女ははにかんで少年の手を離し、樹の元に置いてあった一つのものに手を伸ばす。
それは、美しい細工の施された、一冊の本だった。
まさに、今朝馬車に乗る前に書いていた、あの日記帳だった。
少女はそれを渡してすぐ少年の来た方向と反対の方向の茂みに歩いていく。
少年は少女に何かを必死に語りかける。
少女はそれを背中で受け止める。
そのまま少女は茂みの中に入っていった。
<><><><><>
「セリリュー様、起きてください。イービリス帝国帝都グラニスタに着きましたよ」
「んん〜、よく寝たわ。あっ、髪の毛に癖付いてないかしら?」
「大丈夫ですよ。いつもの可愛いセリリュー様ですよ」
ラフィが耳元で囁いてくる。
突然のことに、ひゃっと変な声が出てしまった。
最近ラフィの距離感が近い気がするのは気のせいだろうか?
なんか愛でる対象で見られている気がする。
まあ、愛でられるのもまんざらでもないのだが。
……そういう考えになってきている自分が恨めしい。
「行くよセリリュー、足元に気をつけてね。見て見なさい。すごい歓迎だね」
「うわー! すごいです! この人たち全員私たちの訪問を歓迎しているのですか?」
「そうだとも。中にはそう思ってない人もいるかもしれないが」
「そういうものなのですか?」
「全部が全部、国民からよく思われてるわけでは無いからね」
「そうなのですね」
人前ということもあり、いつもより優雅な所作でお辞儀をする。
お父様は堂々としているなぁ、と呟き、案内役の人について行った。
私も遅れないようにお父様についていく。
<><><><><>
「えっ……」
少年は盛り上がる広場を窓から見つめる。
その中心にいるのはアーガレア王国の王女の夫婦である大臣とその子供。
その子供は女の格好をした男の子のように見える。
いや、間違いない。
椅子から勢いよく立ち上がる。
その衝撃で椅子が後ろへ、ガタッと倒れた。
でもその音は少年の耳には届かない。
今の彼にはそんなこと考える余裕なんて無かった。
「また君に会える日が来るなんて」
少年はフラフラと熱に浮かされたように言葉を発しする。
そして、横のベッドに飛び移って枕に顔を埋め、ひとり悶えた。




